実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ:改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学〜やっぱり脳はとってもスゴイのだ!
実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ

改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学

やっぱり脳はとってもスゴイのだ!

  • 工藤佳久/著
  • 2021年08月31日発行
  • B5判
  • 296ページ
  • ISBN 978-4-7581-2210-8
  • 4,620(本体4,200円+税)
  • 在庫:あり
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第2部 機能編(感覚)──外界を認識するしくみ

第3章 視覚のしくみ

光として入力される外界の情報を,立体カラー動画像として刻々と認識するしくみは脳機能のなかでも最も精巧で,複雑なものである.視覚は聴覚,味覚および嗅覚と並ぶ特殊な感覚の1つであるが,そのなかでもとりわけ複雑な感覚であり,このしくみを,与えられた紙幅で理解できるように解説することは難しい.しかし,最も重要な部分をやや詳しくたどって,いかに素晴らしいしくみであるかを知り,さらなる理解への手がかりとしたい.

眼球は自動焦点・自動絞り・手ぶれ防止つき立体高感度カメラ

眼球には水晶体(lens)とよばれる軟らかいレンズ構造があり,毛様体筋(ciliary muscle) の力でその厚みを変化させて,自動的に焦点調節を行う.レンズのすぐ前には光を遮るた めの色素が分布する 虹彩 こうさい (iris)があり,その伸縮により(pupil)のサイズを変化させて入力光量を調節する.まるで,現在広く使われている自動焦点・自動絞りつきカメラのようだ(図2-11).

確かに眼球は明暗や色,形やその動き,奥行きの情報を脳に送り込むための装置である.対象物が結像される面には光センサーがびっしりと分布した網膜(retina)が存在し,そこで受けた光や色の情報を最終的には神経信号に変換している.しかし,網膜はフィルムやCCD 画面のように均一な感光面をもっているのではない. 黄斑 おうはん (macula)※1の中心部分, 中心窩 ちゅうしんか (fovea)の感度が最も高くなっている(図2-11).そのように感度が不均一な受光面であるが,確かに私たちはゆがみのない画像を認識している.これは網膜に映し出された対象物を,単純に信号化して画像として認識しているのではないことを意味する.網膜で捉えられた光信号は網膜内神経回路で高度な情報処理を経たのちに脳に送られ,さらに,脳での多様な処理を経てはじめて画像として認識されるのである.

光エネルギーを神経信号に変換するしくみ
──視細胞は光電素子

網膜は光エネルギーを神経信号に変える光電素子である.この過程にはニューロンならではのしくみが見事に利用されている.

1)網膜を構成する細胞と層構造

網膜は図2-12Aに示すように,大脳皮質にみられる層構造と同じような構造をもっている.取り込んだ情報を的確に処理するため必要な細胞が合目的に配置されているのだ.その構造と機能から考えると,網膜はまさに脳の一部である.網膜の外表面から,神経節細胞(ganglion cell),双極細胞(bipolar cell),視細胞(photoreceptor cell)が直列に配置され,水平細胞(horizontal cell)やアマクリン細胞(amacrine cell)が横切る形で配列されている.そして,視細胞の先端部(外節)は真っ黒な色素上皮層(pigment epithelium)に包まれた形になっている.これらの細胞が分布した状態は,解剖学的に図2-12Aに示す層に分類されている.

網膜に入った光は,神経節細胞層,内顆粒層(双極細胞層)そして外顆粒層(視細胞の細胞体層)を通り抜けて,視細胞外節層の光感受性部分に到達するしくみになっている.いくら透明度が高いとはいえ,3種の細胞体を通り越せば,それなりに画質は低下するし,感度も稼げない.実は図2-11に示したように,光の入射角度が0度にあたる中心窩の部分は神経節細胞と双極細胞が押し倒された形になっており,眼前にある対象物から入射する光が視細胞に直接入るように設計されているのだ.また,光感受部位が黒い色素層に包まれているのは,入力された光の散乱を防ぐためである.実にきめの細かい設計であると感心させられる.

視細胞には大きく分けると2種ある(図2-12B).1つは光感受部位が棒状になった 桿体 かんたい (rod)とよばれるもので,その数は約1 億個もあり,光の強度(明暗)に反応する.もう1つは三角形になっている 錐体 すいたい (cone)であり,その数は数百万個であり,赤色,緑色および青色(RGB)の三原色に対応する3 種の細胞からなる.外界の光情報を一次的に感受するのはこれらの視細胞のみである.明暗感覚に対して,色感覚の素子が少ないような気がする.しかし,視細胞の総量より網膜内での分布が重要である.色視覚には網膜の中心部である黄斑の部位が主に使われており,錐体細胞はこの部分に高密度に分布しているので,数は少なくても十分に機能しているのだ.

2)網膜における光情報の信号化

それでは視細胞で光を神経信号に変換するしくみを考えてみよう.

変換装置の部品群と暗状態での活動

視細胞に分布し,光に反応する分子は視物質(visual pigment)とよばれる.明暗感覚にかかわる桿体に含まれるのが,有名なロドプシン(rhodopsin)である.このロドプシンはオプシン(opsin)とよばれるタンパク質に,レチナール(retinal,正確には11- シスレチナール)とよばれるビタミンA の誘導体が結合した分子である.暗所ではこの形でスタンバイ状態になっている( 暗順応 あんじゅんのう ).一方,錐体には錐体オプシン(cone opsin)またはイオドプシン(iodopsin)とよばれ,光の三原色である赤色(R:最大識別波長560 nm),緑色(G:同530 nm)および青色(B:同425 nm)に対応する吸収帯をもつ3 種のオプシンのうちの1 種が発現している.それぞれの錐体の識別波長範囲は非常に広く,互いに重なり合っているので,与えられた光の色は複数の錐体の反応の総和として認識されている(参考図書41).

実は,これらのオプシンは膜を7 回貫通する分子で,神経伝達物質受容体の項(第1部 第3章6)で解説したG タンパク質共役型受容体と同じ構造なのである.視細胞の外節部分には脂質二重膜でつくられた円盤状の組織(円盤膜:disk)がぎっしりと詰め込まれている.ロドプシンは神経伝達物質受容体と同じように,この脂質二重膜を貫通する形で存在している.そして,円盤膜の外側(すなわち,視細胞の細胞質側)に存在するトランスデューシン(transducin)とよばれる分子(実はG タンパク質)と共役する形になっている.この膜上には活性化されたG タンパク質の標的分子として,ホスホジエステラーゼ(環状ヌクレオチドリン酸分解酵素:PDE)が存在する(図2-13B).

さらにもう1 つ重要な部品が必要である.それは視細胞外節の細胞膜に存在するcGMP依存性Naチャネルである.このチャネルはcGMP が十分存在するときには常に開口した状態を保っている.したがって,視細胞は暗状態では脱分極状態であり伝達物質グルタミン酸を遊離し続けているのだ

光が神経信号に変わる瞬間

暗状態では脱分極状態でスタンバイしている視細胞に光が届くと,外節の円盤膜に分布するロドプシンに含まれるレチナールに吸収される.光によってレチナールは構造を変化させる(光異性化反応:11- シス型からオールトランス型への変化)(図2-13A).その結果,ロドプシンの構造に変化が生ずる.ロドプシンの構造変化はG タンパク質(トランスデューシン)を活性化させ,GTP をGDP に分解することでエネルギーを得て,前述のホスホジエステラーゼが活性化される.その結果,円盤膜の外側(視細胞の細胞質側)でcGMP環状グアノシン一リン酸)が分解されGMPグアノシン一リン酸)になる.そうすると,光がない状態でcGMP によって活性化され,開口していたNaチャネルが閉じてしまう.結果として,脱分極を保っていた視細胞の膜電位は一気にマイナス方向に変化する.このしくみでマイナスの光受容電位が生じるのだ(図2-13B).

同様なしくみが錐体オプシンにおいても起こる.特定の波長の光を吸収すれば,その波長の色信号として,錐体細胞に過分極が生ずる.3種の錐体がどの程度の割合で活性化されたかによって色情報を感知するのだが,この段階では単に入力された色を3色の量に対応した神経信号に変換するだけである.

日常の光のなかではスタンバイ状態の視物質と活動している視物質がほどよく混在した状態に保たれている( 明順応 めいじゅんのう ).

参考図書

  • 41)『カンデル神経科学』(エリック・R・カンデル,他/ 編 金澤一郎,宮下保司/ 監修),メディカルサイエンスインターナショナル,2014
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