切片のチョイス・質の良さに感心.
コストパフォーマンス,システムの簡便さも後押し
田畑 純(東京医科歯科大学硬組織構造生物学分野)
導入前の講義状況
実習は毎回4〜6組の組織切片を配布し,見るべき組織や細胞などの課題を与え,顕微鏡で探してスケッチする.提出されたスケッチは5段階評価し,最終判定に加える.全体像をラフスケッチしてから,課題部分を拡大して詳細にスケッチする.色鉛筆を使ってきれいに仕上げ,名称などを入れてから提出.細胞レベルでの識別ができていることを求めている.
実習用の組織切片は,おおよそ総論用50組,各論用140組,口腔組織用50組で計240組あり,それぞれで学生数+予備の枚数を用意してある.古い切片のメンテナンスをしつつ,年に3〜4組ずつ新しい切片も作成.古い切片はヒトのみであったが,近年は,適宜,動物組織も使用している.比較的新しい機種の顕微鏡(オリンパスBX)が学生数用意されている.
導入した理由
バーチャルスライドの導入きっかけ
2020年3月下旬に書店で本書を見て購入.切片のチョイスがよいことと,質も高いことに感心.ただし,そのときはコロナ禍もまださほどでもなく,3月いっぱいの休校要請がでていたものの,実習利用は全く想定していなかった.それが,4月7日の緊急事態宣言が出てから,状況が大きく変わった.対面講義と実習ができなくなったからである.講義はZoomで開始したが,実習ができない状態が続き,バーチャルスライド(VS)の利用を検討開始.いくつかの候補から,5月初旬に本書のVSを使うことに決めた.6月5日からVSを使った在宅実習を開始,現時点で7回行っており,良好な手応えを感じている.
顕微鏡実習でこれまで不便に感じていたこと
従来は,学生は顕微鏡操作を覚えつつ,組織切片の見方を覚える必要があった.顕微鏡の操作はなかなかすぐには慣れないようで,両眼視できない,ピントがあわせられない,すぐに眼が疲れるといった状況に悩まされる学生が少なからずいたが,VSにはこうした悩みはない.教員側としては,貴重な切片を割られたり,顕微鏡を壊されたり,レンズに指紋を付けられたり,といったことに悩まされずに済む.
本書以外の候補
候補としてはCD添付で組織切片像を提供している書籍やVSのシステムを提供している企業などがあるが,システム導入については病理標本や研究用であって,実習用には不向きでありコストも釣り合わないと考えた.
本書を選んだ理由
画像の精細さ,最初からよいスライドがそろっていること,コストパフォーマンスなどで,検討したなかでは最も導入しやすく実用的と思われた.また,システムの簡便さも大きなメリットで,ブラウザやPCの機種を問わないことは自宅学習を前提に考えたときは絶対的な条件とも思えた※.しかも,Zoomとの相性がよく,専用ソフトなども不要であり,トラフィックも軽いこと,サポートも迅速であったことも,今,思うと大きなメリットである.
※ 羊土社注:タブレット,スマートフォンでも使用可能
講義での使用方法
学生は自宅からPCなどでZoomに参加.その日の課題や注意などを聞いたあと,各自のブラウザで羊土社のVSサイトに入り,指定されたスライドの観察とスケッチをはじめる.学生からの質問はZoomのチャットで受け,その順番にマイクオンで対話して教員が回答するようにした.
学生には,自分が今見ている場所をURLで指定して質問するように指示した.Google EarthのようにURLに切片の座標が示されているので,同じところを教員が表示できる.これをZoomの画面共有で出しておいて,学生とやりとりをする.このやりとりは学生全員が見ることができるので,間違いやすいところなどがすぐに共有できるメリットがあった.また,通常の実習だとあちこちで同じ質問が出て,個別に答えていたのが,VSだと1回ですむことが多かった.
使用したVSは,01,04,05,06,08,11,12,14,27,33,48,49,50,51,52.どちらかというと各論用の切片がそろっているという印象だった.
VSを使ってはいるが,リアルスライドの実習のときと同様,スケッチを描いて提出してもらった.ラフスケッチで全体像を描き,拡大して細胞の輪郭が明瞭な組織像を描く.スケッチは直近の登校日に集め,その日のうちに採点して返却した.
本書の評価
使いやすい,良いと思った点
顕微鏡操作に煩わされないためか,学生は組織を見るのに集中しやすく,没頭してスケッチができたとのことであった.リアル実習だと顕微鏡を使える時間に限度があり,時間内に終わらせる必要があるため,時間延長は日常的であったし,その一方で学生をせき立てるようにしながら実習を進める必要があった.その点,VSの場合は,やりくりさえできれば,学生はいくらでも時間をかけることができるので,学習効果は大きいと感じた.
本書の場合,Zoomとの相性がいいことも導入の理由であったが,学生側の通信環境はさまざまであり,併用することでPCの動作が緩慢になったり,フリーズしたりという事態もあるのではないか,と考えていた.だが,現在まで,そうした事例は報告されていない.専用ソフトを使わないこと,機種やブラウザを問わないことなども採用決定を後押ししたのだが,そうしたこともあわせて,本書のVSシステムは設計や仕様がよくできていると思う.
使いにくい,改善を希望する点
要改善点としては,①ショートカットやVSサイトへの入り方の簡素化を求めたが,これらはすぐに改善された.②座標がわかるようにしてほしいと思っていたが,URLで示されることがわかったのでこれも解決.あとは,③倍率やスケールがわかるしくみがあるとよい.学生にはなかなかスケール感が身につかないからである.それから,④ライセンス利用についてだが,ひとりが同時に複数台使わないことを防止できる程度のしばりでよいのではないかと思う.いつもはPCで見ているけれど,試験前や電車のなかではスマホやタブレットで観察するというようなニーズがあると思うからだ※.
※ 羊土社注:2020年秋に改修
VSの欠点は,ホンモノの切片には写真精度の点でかなわないこと,ピントをあわせ直すとより正確な像が得られるというような作業ができないこと,ひとりひとりに違う切片を渡すことができないこと,などである.そのため,人数分の顕微鏡と組織切片がそろっているならば,それらを捨ててVSに替えるというのは,オススメできない.
しかし,数枚しか用意できないような貴重な標本でもVSなら全員で使えるようにできるし,みんなが同じ切片を見て描くという点で公平というメリットもある.質問なども共有しやすく学生の理解が早いのもメリットだろう.こうした点を重視するのであれば,VSはオススメである.
来年以降の活用について
VSとリアルスライドのどちらかにするのではなく,「併用」を考えている.最初はVSではじめ,学生が組織の見方に慣れてきたところで,顕微鏡を使ったリアルスライド実習にする.ただし,段階的併用ではなく,常に課題の半分程度はVSにする.実習室での拘束時間を短くし,自宅での組織観察を促すのが目的である.これによって,学生は自分のペースで作業できるし,自習の習慣も身につきやすい.組織学の学習目標は「組織像を読める」ようになることであるが,こうした方法によってかなり改善されるはずである.また,リアルスライドとVSを上手に組合わせた課題を作ることが可能なので,いろいろと「いいとこ取り」の実習になると考えている.
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