運動機能障害の理学療法〜運動連鎖に基づく評価・治療

運動機能障害の理学療法

運動連鎖に基づく評価・治療

  • 相澤純也,大路駿介/編
  • 2021年04月30日発行
  • B5判
  • 255ページ
  • ISBN 978-4-7581-0253-7
  • 6,380(本体5,800円+税)
  • 在庫:あり
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第1章 下肢

6 膝ACL損傷(再建術後)

大路駿介
(東京医科歯科大学スポーツ医歯学診療センター)

はじめに

  • 前十字靭帯(ACL)を損傷した患者の多くはスポーツ復帰を目指して再建術と術後リハビリテーションを受ける.
  • ACL損傷前からの習慣的なアライメント不良や,再建術後に生じやすい膝の前部痛や不安定感から,恐怖心が増大してしまい,受傷前と同じパフォーマンスでスポーツに復帰できないアスリートは少なくない1)
  • 膝関節の機能障害や運動力学的連鎖不良の関連性を分析し,運動・動作中の膝関節へのメカニカルストレスをコントロールする.

リハビリテーションにおける臨床的問題

Ⓐ 主な臨床的問題

  • 膝の疼痛や不安定感が改善しない.
  • アライメント不良が修正できない.
  • 受傷前と同じようなパフォーマンスが発揮できない.

Ⓑ 原因・要因

  • ACLの再建術後では,受傷前,再建術前からの機能的な問題に,再建術後特有の機能障害や運動力学的連鎖の破綻が加わることで,膝関節に加わるメカニカルストレスがさらに増大して前部痛や不安定感が生じやすい.
  • 再建術後患者はACL損傷や再建術後に生じる膝の前部痛や不安定感を悲観的に解釈し,恐怖心が増しやすい2)
  • 疼痛や恐怖を感じる動作を回避することにより,ACL損傷前と同じ競技パフォーマンスを発揮しにくくなる.
  • 再建術後の膝の前部痛や不安定感の要因として,膝関節の機能障害,神経筋コントロールの不良に加え,静的・動的なアライメント不良などに起因する運動力学的連鎖不良が挙げられる.

リハビリテーションフェーズ

Ⓐ 急性期phase ❶

  • 再建靭帯の成熟,固着を妨げることなく,膝の前面痛や不安定感のない歩行や階段昇降などの日常生活動作の獲得をめざし,片脚スクワットやジョギングの開始につなげる.

Ⓑ 回復期phase ❷

  • 受傷前に参加していたスポーツへの復帰に向けて走行,ジャンプ着地,方向転換などの基本スポーツ動作の獲得をめざす.

Ⓒ スポーツ復帰時期phase ❸

  • 患者個々の参加スポーツ種目に特異的なスキルの獲得とともに,再損傷リスクの軽減とパフォーマンスのさらなる向上をめざす.

スクリーニング・評価

Ⓐ 再建術の侵襲による問題phase ❶

  • anterior interval(AI),膝蓋上嚢,関節鏡挿入点(ポータル),腱採取部の癒着・瘢痕拘縮を触知でチェックする.
  • 再建術後に生じやすい膝蓋骨アライメント不良外方傾斜・外方偏位など,図1)を目視や触知でチェックする3)
  • 膝蓋下脂肪体の硬さ,可動性の異常はHoffaテストでチェックする(図24)
  • 膝蓋骨の移動制限,膝屈曲・最終伸展の制限,大腿四頭筋の筋力低下や筋萎縮などの問題との関連性を推察する.
図1 再建術後患者に残存しやすい膝蓋骨アライメント不良 図2 Hoffa テスト

Ⓑ 関節可動域制限,筋機能異常phase ❶, ❷

図3 再建術後患者に見られる特徴的な下腿外旋運動
  • 膝関節の屈伸可動域制限は最終域まで角度計や定規で確認する.
  • 大腿四頭筋セッティング中の内側広筋の筋硬度の左右差を触知し,自動下肢伸展挙上におけるextension lagを目視でチェックする.
  • 大腿二頭筋,大腿筋膜張筋などの過活動による膝関節屈曲時の下腿外旋パターンを目視や触知でチェックする(図3).
  • 内側ハムストリングスや腓腹筋内側頭などの下腿を内旋させる筋群の機能を触知でチェックする.
  • 可動域制限や筋機能異常と膝外反,下腿外旋,足部回内などの不良運動力学的連鎖との関連性を推察する.

Ⓒ アライメント,運動力学的連鎖の不良phase ❶, ❷, ❸

  • 連鎖が途切れてしまい,膝関節に負荷が集中していないかを確認する(図4A).
  • 他関節の連鎖不良によって膝関節への負荷が増大していないかを確認する(図4B).
  • 膝関節への負荷を過剰に代償していないかを確認する(図4C).
図4 不良アライメント・運動力学的連鎖のチェック

Ⓓ 立位phase ❶

  • 再建術後は術前から習慣化しているアライメント不良や,再建術の問題による代償的な不良姿勢が生じやすい.
  • 前額面では足部回内(leg-heel angle, 図5A),squinting patella(やぶにらみ膝,図5B),膝外反,骨盤傾斜を目視や傾斜計を用いてチェックする.
  • 矢状面では腰椎前弯姿勢(図6A),フラットバック,スウェイバックなどの典型的な不良姿勢パターンを目視や傾斜計を用いてチェックする(図74)
  • 水平面・前額面では骨盤の回旋を目視や触知でチェックする(図6B75,6)
  • 静止時のアライメント不良をスクリーニング・評価し,動作時の運動力学的連鎖との関連性を推察する.
図5 代表的な下肢の静的不良アライメント 図6 静止立位の不良アライメント・運動力学的連鎖 図7 静止立位のアライメント評価(矢状面)

Ⓔ 歩行phase ❶

図8 再建術後初期にみられる回避行動 (quadriceps avoidance gait)
  • 矢状面では膝の二重膝作用が消失したり,大腿四頭筋の収縮を過剰に回避するquadriceps avoidance gaitがみられやすい(図87)
  • 前額面では術側立脚期でのtoe out,トレンデレンブルグ徴候,体幹側方傾斜がみられやすい.
  • 立脚初期の踵接地から荷重応答期,立脚中期までの下肢・体幹の動きを目視や撮影した動画で観察する.

Ⓕ スクワットphase ❶

  • 静止時のアライメントや再建術後の機能障害が影響し,体幹側方傾斜,遊脚側への骨盤傾斜,knee dominance,膝外反,toe out,足部回内などの不良アライメント・運動力学的連鎖が生じやすい.
  • 矢状面ではknee dominanceや,骨盤・脊柱の後弯を目視や撮影した動画で観察する(図9A).
  • 前額面では主にtoe out,足部回内,膝外反,体幹側方傾斜・回旋を同様に観察する(図9B).
図9 片脚スクワット中のアライメント不良・運動力学的連鎖

Ⓖ ジャンプ着地phase ❷3カ月〜

  • ジャンプ着地時の膝外反や,着地時の過大なインパクトはACLにストレイン(ひずみ)が加わりやすい.
  • 両脚のミニスクワットジャンプの確認から開始し,段階的にジャンプ高を上げ,両脚→スプリット→片脚のように負荷の高い動作の確認へと進める(図10).
  • 着地や踏み切り中の膝外反,骨盤傾斜,体幹側方傾斜を目視や撮影した動画で確認する.
  • 接地音の大きさや左右差から,接地時の衝撃を推察する.
  • 踏み切り動作中の足―膝―股の同期的な伸展運動(トリプルエクステンション)と,着地中の屈曲運動(トリプルフレクション)を目視や撮影した動画で確認する(図11).
  • 6カ月で片脚でのスクワットジャンプ着地が支障なく行えることを確認する.
図10 スクワット・スクワットジャンプ強度の段階 図11 ジャンプ着地のトリプルモーション(3関節の運動力学的連鎖)

Ⓗ 方向転換phase ❷, ❸(4,5カ月〜)

  • 方向転換には膝外反や体幹支持脚側への側方傾斜によりACLにストレインが加わりやすい(図128)
  • 反復横跳びのような,その場でできるサイドステップを行わせtoe out,足部回内,膝外反,骨盤傾斜,体幹側方傾斜の有無を目視や撮影した動画でチェックする.
  • 直線走行からカッティングを開始し,45°,90°と方向転換角度を増大させ,前述の下肢体幹のアライメントをチェックする(図13).
図12 方向転換のアライメント・運動力学的 連鎖 図13 方向転換エクササイズ

Ⓘ 神経筋コントロール不良phase ❶, ❷, ❸

  • 静止立位の閉眼片脚バランス保持(静的バランス)の時間を計測しながら不安定な部位(足・膝・股)を目視でチェックする.
  • 動作中の片脚バランス能力(動的バランス)を目視やY-balance testなどで数値化する.

リーズニング&試行的アプローチ

Ⓐ リーズニングのOne-point Advice

  • 患者個々の動作に対する癖や習慣を確認するために,はじめは詳細な指示はあえて出さずに,任意の姿勢や動作を観察する.
  • 続いて,理想的な姿勢や動作を徒手や鏡によるフィードバックを用いて指導し,修正できるかチェックする.
  • 修正の有無により可動域制限や筋機能異常のような機能障害であるか,神経筋コントロール不良や運動スキル要素が強いのかスクリーニングする.
  • 前述の姿勢アライメントは定期的に記録してフィードバックまたは治療の効果判定に用いる.

Ⓑ リーズニング&試行的アプローチ

  • 膝の前部痛や不安定感が生じる原因をスクリーニング・評価からリーズニングし試行的にアプローチする.

ケア・指導・エクササイズ

Ⓐ 再建術後の問題phase ❶

  • AI周辺組織の癒着・瘢痕拘縮に対するモビライゼーション(図14AB).
  • 超音波治療(表1).
  • テーピング(図14C).
  • 即時効果チェック:介入後の関節可動域や筋機能改善効果をチェックする.
図14 試行的アプローチ:膝瘢痕拘縮,筋機能異常対するケア・エクササイズ 表1 超音波治療の強度設定

Ⓑ 関節・筋の柔軟性向上ケア,筋機能向上エクササイズphase ❶

  • 愛護的ROMエクササイズ.
  • 大腿四頭筋セッティング.
  • 筋スパズムに対する等尺性収縮―弛緩などのリラクセーション.
  • 筋の短縮や疲労性の筋緊張亢進に対するストレッチングやモビライゼーション.
  • 股関節や体幹筋群の筋力低下に対する筋機能向上エクササイズ.
  • 即時効果チェック:介入後の動作時のアライメントや運動力学的連鎖改善効果をチェックする.

Ⓒ アライメント・運動力学的連鎖修正エクササイズ

図15 姿勢アライメント修正
  • 姿勢修正指導(図15phase ❶
  • 荷重エクササイズ(スクワット,ランジ,ニーベントウォーク)phase ❶
  • ジャンプ着地
    • 両脚スクワットジャンプ→スプリット→片脚(図1011phase ❷
    • その場→前後左右→90°,180°回転ジャンプphase ❷, ❸
  • 方向転換(図13phase ❷
    • 反復横跳び,サイドステップphase ❷
    • カッティング(45°→90°).
    • ツイスティング,ピボッティング.
  • 即時効果チェック
    • アライメント修正効果を目視や撮影した動画でチェックする.
    • アライメント修正による膝の前部痛,不安定感改善効果をNRSやVASにて定量的にチェック記録する.
    • 動画を用いてフィードバックすることで患者の理解を促す.

Ⓓ 神経筋コントロールエクササイズ

図16 股関節にフォーカスした神経筋コントロールエクササイズ
  • 自重,抵抗バンドを用いた股関節神経筋コントロールエクササイズ(図16phase ❶
  • 即時効果チェック
    • アライメント修正効果を目視や撮影した動画でチェックする.
    • アライメント修正による膝の前部痛,不安定感改善効果をNRSやVASにて定量的にチェック記録する.

エクササイズの負荷量調整

Ⓐ 医学的情報・エビデンスベース

  • 再建靭帯の成熟・固着を妨げない.急性期では靭帯が脆弱なためOKC運動や衝撃が加わるジョギングやジャンプは行わない.
  • 半月板縫合例では術後数カ月にわたり屈曲位荷重が禁忌となる場合があるため,担当医と相談して慎重に進める.
  • OKC・CKCいずれもACLの伸張ストレスは膝10〜30°屈曲位で最大になり,30〜60°の間に徐々に減少し,60°を超えると0に近づく10).術後経過や術式(半月板縫合の有無など)を考慮したうえでエクササイズ可否を判断する.
  • OKCの座位膝伸展エクササイズでは,抵抗が膝関節に近いほどACL伸張ストレスを小さくすることができる.
  • CKCのスクワットやランジでは,体幹前傾・股屈曲が増大するほどハムストリングスの収縮によりACLの伸張ストレスを小さくすることができる.

Ⓑ 症状・患者個々の能力ベース

  • 疼痛:炎症による疼痛がある場合には負荷量を下げる.瘢痕拘縮や可動域制限によるメカニカルストレスが原因の疼痛の場合には,代償動作や患者の心的不安などがないことを確認し,負荷量を調整する.
  • 不安定感:関節構造的な問題によるものか神経筋コントロール不良によるものかを評価し,神経筋コントロール不良の場合には安定化のためのエクササイズを行う.
  • 姿勢や動作のアライメント・運動力学的連鎖の修正エクササイズの回数設定は患者個々の状態(運動歴,運動レベル,コンプライアンス,アドヒアランスなど)に応じて調整する.
  • 試行的にケアやエクササイズを行った直後に改善効果を確認し,症状が出現せずに効果が確認できれば適量とみなす.
《例1:再建術後の可動域制限》

自動屈伸エクササイズを3分実施したが直後の関節可動に改善効果はなし.

追加で3分実施した後に改善効果を認めた.

最低負荷量を3分×2セットと設定する.

《例2:スクワットエクササイズ》

両脚スクワット70°で10回3セット実施した後に疼痛が出現した.

屈曲角度を60°以下に減少させるか,10回1〜2セットに変更して症状を確認する.

セルフケア・エクササイズへの応用ポイント

  • 姿勢や動作のやみくもな修正はさけ,修正の必要性を患者に説明し理解を促す.
  • エクササイズや修正指導による効果をチェック,フィードバックする.
  • 患者自身が不良なアライメント,運動力学的連鎖を容易に理解できるよう,鏡や動画,アプリケーションを用いて視覚的にフィードバックする.
  • 関節の動き自体に意識を向けさせる(インターナル・フォーカス)のではなく,スティックなどの目印に意識を向けさせる(エクスターナル・フォーカス図1711)
図17 外的な指標(スティック)を用いた動作修正方法(エクスターナル・フォーカス)

ケーススタディ

ケース①:膝外反により膝不安定感が残存した症例(再建術後3カ月)

  • 片脚スクワット時に膝外反,骨盤遊脚側傾斜,体幹支持脚側傾斜を認めた.足関節背屈5°であった.
  • 股関節・体幹神経筋コントロールエクササイズと足関節モビライゼーションを実施し,2週間後に膝外反が修正された.介入前の不安定感をNRS10とすると,0となった(図18).
図18 股関節・体幹神経筋コントロールエクササイズと足関節モビライゼーションによる膝外反修正

ケース②:knee dominanceにより膝前部痛が残存した症例(再建術後1カ月)

  • スクワット時に膝蓋下にNRS5/10程度の疼痛を認めた.
  • 種々のエクスターナル・フォーカスを用いたスクワットエクササイズによりknee dominanceが改善し,NRSが即時的に2/10に減少.1週間後に疼痛が消失した(図19).
図19 エクスターナル・フォーカスによるknee dominanceパターンの修正

ケース③:股関節伸展不足による運動力学的連鎖不良でジャンプ高が低下した症例(再建術6カ月)

  • スクワットジャンプの最高到達点にて股関節伸展不足によりトリプルエクステンションができなかった.
  • 荷重位での股関節伸展筋力トレーニングを2週間継続したところトリプルエクステンションが出現した.ジャンプ高は介入前30cm,介入後45cmに改善した(図20).
図20 荷重位股伸展筋力トレーニングによるトリプルエクステンション動作の改善

文献

  • Ardern CL, et al:Return to sport following anterior cruciate ligament reconstruction surgery: a systematic review and meta-analysis of the state of play. Br J Sports Med, 45:596-606, 2011
  • Ardern CL, et al:The impact of psychological readiness to return to sport and recreational activities after anterior cruciate ligament reconstruction. Br J Sports Med, 48:1613-1619, 2014
  • Van de Velde SK, et al:The effect of anterior cruciate ligament deficiency and reconstruction on the patellofemoral joint. Am J Sports Med, 36:1150-1159, 2008
  • Dragoo JL, et al:Evaluation and treatment of disorders of the infrapatellar fat pad. Sports Med, 42:51-67, 2012
  • 建内宏重:股関節と下肢運動連鎖 (特集 運動連鎖からみた下肢スポーツ障害)―(下肢運動連鎖の基礎知識).臨床スポーツ医学.30:205-209, 2013
  • Khamis S & Yizhar Z:Effect of feet hyperpronation on pelvic alignment in a standing position. Gait Posture, 25:127-134, 2007
  • Devita P, et al:Gait adaptations before and after anterior cruciate ligament reconstruction surgery. Med Sci Sports Exerc, 29:853-859, 1997
  • Quatman CE & Hewett TE:The anterior cruciate ligament injury controversy: is "valgus collapse" a sex-specific mechanism? Br J Sports Med, 43:328-335, 2009
  • Draper DO & Ricard MD:Rate of Temperature Decay in Human Muscle Following 3 MHz Ultrasound: The Stretching Window Revealed. J Athl Train, 30:304-307, 1995
  • Escamilla RF, et al:Anterior cruciate ligament strain and tensile forces for weight-bearing and non-weight-bearing exercises: a guide to exercise selection. J Orthop Sports Phys Ther, 42:208-220, 2012
  • Benjaminse A, et al:Optimization of the anterior cruciate ligament injury prevention paradigm: novel feedback techniques to enhance motor learning and reduce injury risk. J Orthop Sports Phys Ther, 45:170-182, 2015
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