痛みの理学療法シリーズ:膝関節機能障害のリハビリテーション
痛みの理学療法シリーズ

膝関節機能障害のリハビリテーション

  • 石井慎一郎/編
  • 2022年07月07日発行
  • B5判
  • 238ページ
  • ISBN 978-4-7581-0254-4
  • 5,940(本体5,400円+税)
  • 在庫:あり
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第3章 機能解剖学的合理性のある関節運動の獲得

❶ 生理的な屈伸運動の再獲得

石井慎一郎
(国際医療福祉大学大学院福祉支援工学分野)

  • 機能解剖学的合理性のある正常な運動を再現しながら関節の屈伸運動を行い,疼痛のない運動を経験することが重要である.
  • 膝関節は,伸展0°から屈曲140°~160°の範囲で屈伸運動が可能である.
  • 生理的な屈伸運動の再獲得には,ロールバックモーション,medial pivot movement,スクリューホームムーブメントを適切に作動できるようにすることが重要である.
  • 半月板の可動性や,膝関節をまたぐ筋群の柔軟性や適切な収縮力も不可欠な要素である.

ロールバックモーションの誘導図1

背臥位または坐位姿勢で,患者の大腿部が動かないように固定する.関節運動を修正しながら可動域練習を行うためには,両端の体節が同時に動かないように一方の体節を固定しておくことが重要である.両端の体節が同時に動くと,関節運動を制御することが難しくなる.膝関節の可動域練習を行う場合には,患者の大腿が動かないように固定して,下腿の運動を制御しながら関節運動を修正するとよい.

このトレーニングの目標

膝関節屈曲運動時のロールバックモーションを誘導して,生理的な屈伸運動の再獲得と,疼痛のない運動の経験,関節可動域の拡大を目標とする.

【手順】

①患者の大腿部を固定し,大腿と下腿を90°屈曲した位置に保持する(図1).

②一方の手で腓骨小頭のレベルで下腿の後面を支え,もう一方の手で足関節を底背屈0°に保持する(図1).

足関節が下腿にぶら下がるような肢位に置かれると,大腿直筋が緊張してしまうため,セラピストが膝関節の運動を制御下に置くことを困難にしてしまう.

③下腿の後面を支えている手で脛骨をわずかに前方へ引き出しながら,膝関節を屈曲する(図1).

脛骨が前方へ引き出されることで,脛骨関節面上で大腿骨の接触点が後方へ移動しロールバックモーションによる接触点の後方移動を再現することができる.

medial pivot movementの誘導図2

このトレーニングの目標

膝関節屈曲運動時のmedial pivot movementを誘導して,生理的な屈伸運動の再獲得と,疼痛のない運動の経験,関節可動域の拡大を目標とする.

【手順】

①患者の大腿と下腿を90°屈曲した位置に保持する(図2).

②両方の手で脛骨粗面の両側を包み込むように把持する(図2).

③脛骨粗面の両側を包み込むように把持している手で脛骨を内旋する(図2).

その際,脛骨内側関節面が回旋の中心になるように固定をして,脛骨外側を前方へ引き出すように回旋を誘導し,medial pivot movement(2章5参照)を誘導する.

④次に,一方の手で腓骨小頭のレベルで下腿の後面を支え,もう一方の手で足関節を底背屈0°に保持する(図2).

⑤脛骨を支えている手で脛骨外側を前方にわずかに引き出し,medial pivot movementによる膝関節の内旋を誘導しながら,足を保持している手で膝関節を屈曲させる(図2).

腸脛靱帯の滑走性の改善

medial pivot movementによる膝関節の内旋を誘導した際,脛骨の外側の動きが不良の場合,腸脛靱帯の滑走性が低下している可能性がある.腸脛靱帯は膝関節が伸展位にあるときには,外側上顆の前方を下降して脛骨前面外側に付着する(図3a).一方,膝関節が屈曲位に置かれたときには,2cm程度後方へ移動し,外側上顆の後方を通過する(図3b1~3).腸脛靱帯は大腿の外側部の筋膜が肥厚して大腿長軸上に下降する線維となったもので,腸脛靱帯の一部線維は膝蓋骨外側と大腿外側広筋に付着をもっている.また,大腿筋膜は大腿外側広筋の辺縁部から深層に向かう線維をもち,大腿骨外側後面に付着する(図4).以上のような解剖学的特徴から,大腿が内旋位に置かれた場合(図5a)や,大腿外側広筋の緊張が高まった場合(図5b),または大腿外側筋膜の柔軟性が低下した場合には,腸脛靱帯が後方に移動できなくなるため,medial pivot movementによる膝関節の内旋が制限される.

medial pivot movementによる膝関節の内旋を誘導した際に,膝関節前外側部に抵抗を感じる場合には,腸脛靱帯の可動性を高めるために以下の操作を行う(図6).

このトレーニングの目標

腸脛靱帯の可動性を改善して,生理的な屈伸運動の再獲得と,疼痛のない運動の経験,関節可動域の拡大を目標とする.

【手順】

①股関節をわずかに外転させ,腸脛靱帯の緊張が緩んだ肢位に置く.

②長内転筋を把持し,大腿骨の周りの軟部組織が骨軸周りにずれないように固定する(図6).

③大腿筋膜張筋を把持して筋を長軸周りにねじるような操作を加える(図6).

④ ③の操作で筋の柔軟性が改善してきたら,長軸方向に短縮させたり,伸張させたりする操作を加える(図6).

⑤大腿筋膜張筋の筋腹の柔軟性が改善してきたら,大腿外側部に操作の手を移動させる.腸脛靱帯を大腿外側広筋の上で前後に滑動させるように操作をして,腸脛靱帯の可動性を改善する(図6).

⑥ ①〜⑤の操作を十分に行った後,膝蓋骨を包み込むように把持して,外側上顆のやや上方で腸脛靱帯の肥厚した腱様部を把持して,前後に移動させる操作を行う(図6).

スクリューホームムーブメントの誘発

膝関節疾患に共通する歩行障害の特徴は,初期接地時に膝関節の剛性が高められず,下肢が接地した直後にアライメントの崩れが生じることである.変形性膝関節症のlateral thrustやACL損傷のgiving way(膝くずれ)など,いずれも立脚初期に膝関節のアライメントが著しく崩れる.そのため,歩行に愁訴をもつ膝関節疾患に対する理学療法では,初期接地の剛性制御を可能にすることが重要となる.荷重による関節面の圧縮と靱帯の緊張によって膝関節が剛性を高められる角度は,伸展0°~屈曲9°の範囲である(2章5,図5参照)4,5).したがって,膝関節疾患に対する理学療法では,スクリューホームムーブメントを誘発し,膝関節を完全に伸展できるようにすることが,最重要課題だといえる.

膝関節はスクリューホームムーブメントが誘発されないと完全伸展することはできない.半膜様筋はスクリューホームムーブメントに及ぼす影響が大きく,膝関節の過剰な外旋を制動し,内側顆の後方への逸脱を防止する安全装置の役割を有していると考えることができる(図7).半膜様筋の伸張性低下は,スクリューホームムーブメントによる膝関節の外旋運動を過剰に制限することで,伸展可動域を制限することになる.

また,脛骨が前方へ変位した状態における膝関節の伸展運動では,膝関節の回転軸を形成している靱帯の緊張バランスが変容する4,6,7).外側側副靱帯は,大腿骨から斜め後方に下降し,脛骨に付着する(図8a).これに対して,内側側副靱帯は反対に斜め前方に下降する(図8b).そのため,脛骨が前方へ引き出されると,外側側副靱帯は緩み,逆に内側側副靱帯は緊張を強める4,8).この状態で,膝関節が伸展運動を行うと,内側側副靱帯の緊張により内側関節面での動きが制限され,外側関節面のみが動くため,脛骨は内旋しスクリューホームムーブメントと逆方向の回旋運動を引き起こすことになる9,10).スクリューホームムーブメントが誘発されず,膝関節の伸展可動域制限が確認される場合には,以下に図示する半膜様筋のリリース,膝関節のアライメントの修正,スクリューホームムーブメントの誘導を行う.また,補足的に膝窩筋に対する収縮練習や半月板の可動性を改善する介入を併用するとよい.

1)半膜様筋のリリース図9

このトレーニングの目標

半膜様筋の伸張性を改善して,スクリューホームムーブメントを誘発し,膝関節の伸展可動域の拡大を図る.

【手順】

①患者を腹臥位に寝かせ,大腿骨の内側上顆と外側上顆を結ぶ線(図9黄色の線)が床面と平行になるように大腿部の位置を修正する(図9).

②膝関節を屈曲させて半膜様筋の緊張が緩む肢位にする(ポジショナルリリース11)図9).

③腓腹筋をよけながら膝窩部から顆間窩に指を侵入させ,内側上顆の内側壁面付近で半膜様筋が関節包および斜膝窩靱帯に付着する部位に圧迫を加え,半膜様筋の走行に沿って遠位部に向かって筋線維をゆがませる(図9).

④患者にセラピストが圧迫している部位を緩めるように指示をして,「気づき(アウェアネス)」を用いたリリース(2章4参照)を行う.

2)膝関節のアライメントの修正と伸展運動図10

このトレーニングの目標

膝関節のアライメントを修正して,膝関節の靱帯の緊張バランスを正常化させて,スクリューホームムーブメントを誘発する.

【手順】

①患者を腹臥位に寝かせ,大腿骨の内側上顆と外側上顆を結ぶ線(図9参照)が床面と平行になるように大腿部の位置を修正する(図10).

②膝関節を屈曲させた肢位で脛骨粗面が大腿長軸と一致するように操作を行い,膝関節の回旋を中間位にする(図10).

③膝関節の回旋を中間位にした後,脛骨が床面に対して垂直になるように,内外反角度を中間位にする(図10).

④脛骨が過度に前方へ変位しないように脛骨近位端を固定した状態で,内外反中間位を保持しながら,ゆっくりと膝関節を伸展させる(図10).

脛骨が前方へ変位すると靱帯の緊張バランスが崩れ,スクリューホームムーブメントは逆回旋を引き起こすことになる.

(以下中略)

引用文献

  • Terry GC, et al:The anatomy of the iliopatellar band and iliotibial tract. Am J Sports Med, 14:39-45, 1986
  • Matsumoto H & Seedhom B:Tension characteristics of the iliotibial tract and role of its superficial layer. Clin Orthop Relat Res:253-255, 1995
  • Orchard JW, et al:Biomechanics of iliotibial band friction syndrome in runners. Am J Sports Med, 24:375-379, 1996
  • 「図解・膝の機能解剖と靱帯損傷」(Bousquet G, 他/著,弓削大四郎,井原秀俊/監訳),協同医書出版社,1995
  • 「Gait Analysis : Normal and Pathological Function 2nd edition」(Perry J & Burnfield JM eds), Slack Inc, 2010
  • 「The Physiology of the Joints Vol.2 The Lower Limb 7th ed.」(Kapandji AI),Handspring pub, 2019
  • 石井慎一郎,佐保美和子:変形性膝関節症患者の下肢運動連鎖.東保学誌,1:93-96,1998
  • 古賀良生,他:変形性膝関節症の運動解析.関節外科,16:327-333,1997
  • 石井慎一郎,山本澄子:非荷重時の膝関節自動伸展運動におけるスクリューホームムーブメントの動態解析.理学療法科学,23:11-16,2008
  • 石井慎一郎:膝関節能動伸展運動におけるスクリューホームムーブメントの動態解析.国際医療福祉大学 博士論文,2008
  • 「カパンジー機能解剖学Ⅱ下肢 原著第7版」(Kapandj AI/著,塩田悦仁/訳),医歯薬出版,2019
  • 吉元洋一:下肢のROMとADL. 理学療法学,15:247-250,1988
  • 井原秀俊:2.機能解剖.「整形外科痛みへのアプローチ2 膝と大腿部の痛み」(鳥巣岳彦/編,寺山和雄,片岡 治/監),南江堂,1996
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  • 石井慎一郎/編
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