第1章 バイオバンクプロジェクトの全体像
1.国内外のバイオバンクとバイオバンク・ネットワーク
Biobanks and biobank networks in Japan and abroad
荻島創一,村上善則,後藤雄一,高木利久
Soichi Ogishima1)2)/Yoshinori Murakami3)/Yu-ichi Goto4)5)/Toshihisa Takagi6)7):The Advanced Research Center for Innovations in Next-Generation Medicine (INGEM), Tohoku University1)/Tohoku Medical Megabank Organization, Tohoku University2)/Division of Molecular Pathology, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo3)/Central Biobank, National Center for Global Health and Medicine4)/Medical Genome Center, National Center of Neurology and Psychiatry5)/ Toyama University of International Studies6)/National Bioscience Database Center7)(東北大学高等研究機構未来型医療創成センター1)/ 東北大学東北メディカル・メガバンク機構2)/ 東京大学医科学研究所人癌病因遺伝子分野3)/ 国立国際医療研究センター中央バイオバンク4)/ 国立精神・神経医療研究センターメディカル・ゲノムセンター5)/ 富山国際大学6)/ 科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンター7))
[略語]
- EHR:
- electronic health record(電子健康記録)
はじめに─バイオバンクと医療研究開発
バイオバンクは,大別すると,疾患バイオバンク(disease biobank)と一般集団バイオバンク(population biobank)に分かれる1).
疾患バイオバンクは,医療機関に併設され,患者から包括同意を取得して,疾患サンプルや臨床情報の提 供を受けて,収集・管理するバイオバンクである.疾患サンプルとしては血液や尿などの液性検体のほか,手術などで採取される組織検体(tissue sample)もあり,とくにこれらを収集する場合は組織バンク(tissue biobank)ともよばれる.
一般集団バイオバンクは,前向きに曝露から疾病罹患までを観察するコホート研究などにより,一般住民から研究参加者を募り,包括同意を取得して,血液や尿など液性検体や属性情報,既往歴などを収集し,追跡調査により疾患の罹患情報を収集することが特徴である.
バイオバンクは医療機関に併設された疾患バイオバンクに始まり,疾患研究や創薬のシーズ探索,疾患のバイオマーカー探索,in vitro 薬効・毒性評価などに用いられる生体試料を供する一方で,ゲノム医療の研究開発の進展に伴い,各国で大規模な一般集団バイオバンクの形成が始まり,大規模なゲノム情報,メタボローム情報などの解析情報,医療情報を提供するようになってきた.
バイオバンクは医療研究を支えるために,保管する試料・情報の品質管理を行っている.医学研究において,人由来の試料・情報の品質管理が不十分であるという問題が報告されてから,品質管理の重要性が高まり,国際標準化機構(ISO)のバイオテクノロジーの技術委員会TC276 が,バイオバンク活動の国際規格ISO 20387:2018"Biotechnology-Biobanking-Generalrequirements for biobanking"「バイオバンキングの一般要求事項」を策定し,発行した2).AMED ゲノム創薬基盤推進事業「バイオバンク及びゲノム医療に係る検査の品質・精度の国際的基準構築と実施,及びバイオバンクの連携体制構築に関する研究」は,このISO20387:2018 やこれまでのバイオバンクの運用経験に基づき,バイオバンク自己点検票3)を作成して,バイオバンクの品質管理の均てん化を図っている.
アカデミアや産業界の研究者は医学研究のためにバイオバンクの試料・情報を一定の条件のもとで利用することができる.利用にあたっては,バイオバンクと研究機関の間でMTA(material transfer agreement)/DUA(data use agreement)を締結したうえで,研究者は責任をもって試料・情報を取り扱い,医学研究に利用することができる(図1).
1国外のバイオバンク
国外のバイオバンクは,欧州,イギリス,アメリカ,オーストラリア,台湾,韓国,中国のバイオバンクがよく知られている.国ごとにその運営形態に特徴がある.欧州は国がバイオバンクの整備を行い,既存のバイオバンクが連携する形態をとっている.フィンランド,デンマーク,オーストラリア,韓国も同様である.一方で,イギリスやアメリカ,台湾は,既存のバイオバンクを運営しながら,巨大な国家プロジェクトで新たなバイオバンクを構築する形態をとっている.イギリスはUK Biobank4),アメリカはAll of Us5)が新たなバイオバンクとして構築されている.中国は国を中心として,いくつかの大規模なバイオバンクを運営しており,ただ,現在のところは連携するようには構築されているわけではないようである.
イギリスのUK Biobank は一般住民50 万人のバイオバンクである.2006 年から2010 年の間に40 ~ 69 歳の50 万人をリクルートし,生体試料として血液・尿を採取し,生活習慣を調査して,2,400 種類の形質を得て,がん診断,死亡および入院の記録とリンケージしている.採取した血液からはDNA を抽出し,SNP アレイによるジェノタイピング,エキソーム解析を行っており,これらのデータはWeb から利用申請し6),申請が認められれば,データにアクセスして解析することができる.UK Biobank のデータは,多因子疾患のゲノム医療の研究に幅広く利用されている.
アメリカのAll of Us は一般住民100 万人の多人種のコホートのバイオバンクである.生体試料として血液・尿を採取し,EHR データ,身体計測データ,既往歴,家族歴,ライフスタイルやコミュニティの情報,ウェアラブルデバイスによる計測データ等を収集している.特徴的なことは,参加者は研究の対象者ではなくパートナーであり,参加者は自らのデータを閲覧することができる点である.また,Fitbit のウェアラブルデバイスを活用したコホートとなっている.5 年間でリクルートし,半年ごとにEHR データの更新等の継続した追跡調査を実施する計画である.All of Us のデータは,今後,ゲノム医療の研究に供される予定である.
欧州のフィンランドはバイオバンク法(Biobank Act688/2012)に基づいて,国の基盤としてバイオバンクを構築している.バイオバンク法により,提供者の権利を保証し,同意を得たうえで,試料と個人の情報を将来の研究のために収集し,バイオバンクに保存することができる.2019 年4 月には社会健康情報の二次利用に関する法律(Act on the Secondary Use of Health and Social Data 552/2019)が成立し,社会健康情報について,法定の範囲で本人の同意なくデータの二次利用が可能となり,FINDATA がこれらのデータの提供を開始している7).
2国内のバイオバンク
国内のバイオバンクはAMED のゲノム医療研究支援として,バイオバンク情報一覧としてまとまっており8),現在,49 にのぼるバイオバンクがある.分譲での利用のバイオバンクが11 施設,共同研究での利用のバイオバンクが16 施設,分譲・共同研究での利用のバイオバンクが16 施設ある(表1).このうち,一般集団バイオバンクは7 施設あり,その他の42 施設は疾患バイオバンクであった.提供している試料の種類としては,DNA のバイオバンクは29 施設,血液のバイオバンクは35 施設,組織のバイオバンクは27 施設ある(表2).このようにわが国には,73 万人の提供者による120 万検体にものぼる試料が保管されており,その試料の種類は非常に多様で,伝統的に品質の高いバイオバンクがある.
疾患バイオバンクとしては,国内ではバイオバンク・ジャパン(Biobank Japan)やナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(National Center Biobank Network),大学病院に併設されたバイオバンクなどが知られており,それぞれ専門とする疾患領域を活かして疾患サンプルや臨床情報を収集している.大学病院に併設されたバイオバンクとしては,クリニカルバイオバンクとして,京都大学医学部附属病院クリニカルバイオリソースセンター,東京医科歯科大学疾患バイオリソースセンター,筑波大学附属病院つくばヒト組織バイオバンクセンター,岡山大学病院バイオバンクなどが知られている.
一般集団バイオバンクとして,コホートとしては古くは久山コホートから,多目的コホート研究(JPHC Study,JPHC-NEXT Study),日本多施設共同コホート研究(J-MICC Study),最近では,東北メディカル・メガバンク計画などが知られている.それぞれのバイオバンクの利用申請については,AMED のゲノム医療研究支援としてまとめられた,バイオバンク情報一覧の利用条件・連絡先を参照されたい.
3国外のバイオバンク・ネットワーク構築
前述のように,欧州は国がバイオバンクの整備を行い,既存のバイオバンクが連携し,ネットワークを形成する形態をとっている.EU の計画のなかで,EU 参加国の国家レベルの活動として研究インフラの整備が進められており,バイオバンクについてはBBMRI-ERICという欧州のバイオバンクの連合体が既存のバイオバンクを連携させたネットワークの構築を進めている.EU の法令のもとにEU 各国のバイオバンクが参加し,連携しようとしている.
現在,BBMRI-ERIC はウィーンの本拠地の中央事務局と,各国のナショナルノードから構成され,500 以上の参加機関の1 億サンプル以上のバイオリソースの提供環境を整備しており,バイオバンクのディレクトリー,そして,生体試料の所在を検索できるシステムの整備が進んでいる.ディレクトリーとしては,BBMRI-ERIC Directory が公開されており,678 の施設の2,517のコレクションを検索することができる(2021 年2 月現在)9).生体試料の所在を検索できるシステムとしては,Sample Locator の開発が進んでおり,BBMRI-ERICのドイツのナショナルノードが2019 年10 月からサービスを開始しており,German Biobank Allianceの10 のバイオバンクの,10 万人,50 万検体の試料が検索できるようになっている(2021 年2 月現在)10).
4国内のバイオバンク・ネットワーク構築
国内では,AMED のゲノム医療実現推進プラットフォーム事業(ゲノム研究プラットフォーム利活用システム)により,わが国のゲノム医療実現推進の基盤となるバイオバンク利活用促進のため,国内の主要なバイオバンクとして,バイオバンク・ジャパン(BBJ),東北メディカル・メガバンク計画,ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(NCBN)の3 大バイオバンクに加え,中核的な大学病院等のバイオバンクとして京都大学医学部附属病院クリニカルバイオリソースセンター(KUB),東京医科歯科大学疾患バイオリソースセンター(TMD),筑波大学附属病院つくばヒト組織バイオバンクセンター(THB),岡山大学病院バイオバンク(OBB)のバイオバンク・ネットワークの構築が進展している(図2).
2019 年10 月から,このネットワークに参画するバイオバンクが保有する試料・情報を横断検索するシステムの運用が始まっている11).30 万人,65 万検体の試料,19.8 万件ものゲノム情報等の解析情報が検索可能となった.これはドイツのGerman Biobank AllianceのSample Locator が始まったのと同じタイミングとなった.
バイオバンク・ネットワークの試料・情報の最小共通項目は提供者の性別,既往歴・併存症,試料の種別,病名,採取時年齢,解析情報の種別,ベンダー,プラットフォームであり,これらの項目がバイオバンク間で標準化され,横断検索システムの検索対象となっている(図3).バイオバンク横断検索システムの運用開始後,実利用に伴う追加の利用者ニーズを取り込み,試料品質管理情報,同意についての情報を検索項目に追加して,横断検索システムの第2 版がリリースされるなど,バイオバンク横断検索システムの高度化も進展している.
検索対象の試料・情報は順調に増加しており,42 万人,85 万検体の試料,20.3 万件ものゲノム情報等の解析情報が検索可能となった(2020 年11 月時点,図4).わが国全体で,73 万人,120 万検体の試料があるうちの半数以上がこの横断検索システムで検索可能となっている.疾患の種類も3,811 疾患と幅広い疾患の試料が保有されており,わが国ではバイオバンクの非常に豊かなヒト試料・情報が利用可能となっている.
現在,バイオバンク横断検索システムを用いて,アカデミアや企業の研究者が共同研究や分譲に必要な試料を希望する際に,ニーズに最も適合した試料・情報の迅速な入手をコーディネートする機能の開発を進めている.わが国のさまざまな特徴あるバイオバンクの利活用が促進され,医学研究開発が加速することが期待される.
5ゲノム医療の実装とバイオバンク
ゲノム医療の研究開発の進展にともない,クリニカルシークエンスを実施した際の偶発的所見や二次的所見を含めた結果の患者への開示についての検討やガイドラインの策定が進むなか,未診断疾患プログラムやがんゲノム医療などの医療実装が始まっている.医療機関併設型の疾患バイオバンクに集積した試料・情報は研究開発に供される一方,シークエンスされたゲノム情報は医療の参考に供されるようになってきている.一般集団バイオバンクにおいても,ゲノム情報から判明した病的変異,多数の変異の組み合わせによるリスクスコアであるポリジェニックリスクスコアにより算出される疾患の罹患リスクなどの結果をいかに市民に返却(return of results:RoR)するかが課題となっている.バイオバンクは医学研究のためのリソースであり,診療と研究が隣り合わせのゲノム医療においては,その実装になくてはならない存在になっている.
おわりに
本稿では国内外のバイオバンクとバイオバンク・ネットワークについて紹介した.これまでヒト試料・情報を用いた研究を行うためには,試料・情報を入手するところから研究をデザインする必要があった.医療研究を促進するために,国内外で,ヒト試料・情報を保有するバイオバンクの整備が進み,近年,バイオバンクの保有試料・情報を用いた研究デザインが可能となった.特に,わが国には非常に多様で,品質の高いバイオバンクがあり,わが国の主要なバイオバンクのネットワークも構築され,その利活用促進もなされている.バイオバンクの保有試料・情報を利用した新しい研究スタイルが今後,広がってゆくものと考えられる.
文献
- 「実験医学増刊 Vol.35 No.17 ヒト疾患のデータベースとバイオバンク」(山本雅之,荻島創一/ 編),羊土社,2017
- ISO 20387:2018 “Biotechnology-Biobanking-General requirements for biobanking”
- バイオバンク自己点検票
- Sudlow C, et al:PLoS Med, 12:e1001779, 2015
- Denny JC, et al:N Engl J Med, 381:668-676, 2019
- UK Biobank Access Management System
- FINDATA
- AMED,ゲノム医療研究支援,バイオバンク情報一覧
- BBMRI-ERIC Directory
- BBMRI-ERIC German Biobank Node Sample Locator
- バイオバンク横断検索システム
<筆頭著者プロフィール>
荻島創一:東京大学工学部計数工学科卒業.東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程修了.博士(医学).同大学難治疾患研究所生命情報学分野助教,東北大学東北メディカル・メガバンク機構医療情報ICT 部門バイオクリニカル情報学分野准教授を経て,ゲノム医療情報学分野教授および東北大学高等研究機構未来型医療創成センター教授.専門はバイオインフォマティクス,システム生物学,医療情報学.