実験医学増刊:核酸医薬 本領を発揮する創薬モダリティ〜新たな作用機序を生む核酸のサイエンスから、新薬・ワクチン承認をもたらした核酸修飾・DDS技術、難治性疾患治療への挑戦まで
実験医学増刊 Vol.39 No.17

核酸医薬 本領を発揮する創薬モダリティ

新たな作用機序を生む核酸のサイエンスから、新薬・ワクチン承認をもたらした核酸修飾・DDS技術、難治性疾患治療への挑戦まで

  • 横田隆徳/編
  • 2021年10月20日発行
  • B5判
  • 204ページ
  • ISBN 978-4-7581-0398-5
  • 5,940(本体5,400円+税)
  • 在庫:あり
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序にかえて

核酸医薬による分子標的治療の幕開け

横田隆徳
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野脳神経内科)

核酸医薬とは

核酸医薬とは化学合成されたDNAやRNAといった天然および人工核酸からなる医薬品で,さまざまな種類がある.主な種類と特徴を表1にまとめた(それぞれの特徴の詳細は後述).典型的な核酸医薬は12〜30塩基の核酸からなる鎖状の構造をもち,RNAの制御を主体として,メッセンジャーRNA(mRNA)からタンパク質への翻訳の阻害による遺伝子発現の制御,RNAのスプライシングの制御,非コード機能性RNAの制御,またはタンパク質の生体反応の制御といった作用を有する.核酸医薬は広義では遺伝子治療の1つとの考え方もあるが,一般には遺伝子治療はベクターによって生体の細胞の核内にDNAを導入することでRNAやタンパク質を発現させる治療方法を意味するため,区別されることが多い.

また,現在の分子標的治療の主流を成す抗体医薬との関係では,抗体医薬がその生物学的特性から標的の分子は細胞表面または血中などの体液中の主にタンパク質に制限されるのに対して,核酸医薬は細胞内の核酸を標的にする点において,標的分子は細胞の外と内,タンパク質と核酸というようにお互いに相補的な関係にあるといえる(図1).そのなかで例外として,アプタマーは細胞外,デコイ核酸は細胞内のタンパク質を標的とするオリゴ核酸である.

また,近年核酸医薬はペプチド医薬と並んで中分子医薬との位置づけもされるようになった.それは,この両者は低分子医薬より標的特異性が高いことと,抗体医薬と異なって細胞膜を通過して細胞内に自身で導入可能な点,化学合成が可能な点が特徴とされる.

また,核酸医薬は,塩基配列依存的でその作用機序とデザインは明快でかつ化学合成可能なことから,COVID-19のmRNAワクチンで実証されたように短期間での創薬が可能である.このことからも,遺伝性疾患の個々の患者さんへの個別化医療に適している点で,「N-of-1」核酸医薬治療が米国ではじまり注目されている(p.16 核酸医薬の新しい潮流参照).

核酸医薬の発展史

核酸(DNA/RNA)が体外から入ってくることに対しては,生体防御の観点から好ましい状態でないため,生体はさまざまな核酸分解機能をもっている.そのため核酸を主体とする核酸医薬の最大の課題は,標的に届くまでに分解されないことと,標的にピンポイントに届くということであった.つまり生体内の安定性向上と輸送システムの確立が核酸医薬の歴史といえる.さらに細かくみると核酸医薬の発展史は各種の核酸医薬開発の歴史とオリゴヌクレオチドの化学修飾,人工核酸の開発の歴史の2つの側面がある(図2).

まず,核酸医薬はヌクレアーゼ耐性の獲得が最優先課題であり1966年にヌクレオチド間結合のリン酸基の酸素原子を硫黄原子に置き換えたホスホロチオエートの合成法が発表され,現在もアンチセンス核酸の多くに適応されている.その利点は,ヌクレアーゼによる核酸分解の抑制に加え,タンパク質結合性が高く,細胞内への取り込み促進効果があることである.さらにRNaseHの認識を許容する点でギャップマー型アンチセンス核酸に適応可能な特徴がある.その3年後の1969年には,糖部の2′位における2′-O-メチル修飾法が報告された.この修飾法は,ヌクレアーゼ耐性の向上に加えて,多くの場合に核酸医薬品にとっては有害作用となってしまうToll様受容体(TLR)を介した自然免疫賦活作用の抑制にも寄与してsiRNA(small interfering RNA)に適応されている.1987年にRNase H依存性のギャップマー型のアンチセンス核酸が開発され,アンチセンス核酸の遺伝子抑制効果は飛躍的に向上した.続いて,1989年にはモルフォリノ核酸が開発された.糖鎖部分が6員環のモルフォリノ環からなり,核酸間結合がリン酸基に2つの窒素原子が配されたホスホロジアミデート構造で,ヌクレアーゼ耐性の高さはもとより,さらには塩基部分の距離と配向が適切であることから結合親和性が強いため薬効が強い.また,チャージをもたないために毒性が低い利点があり,exon skippingに用いるステリック型アンチセンス医薬で利用されている.さらに1990年にはアプタマーの新しいタイプのアンチセンス核酸が開発された.1997年には,日本の今西・小比賀博士やデンマークのWengel博士らによってほぼ同時期に核酸糖部の2′位と4′位を架橋するBNA/LNA技術が開発された.これによって糖部の立体構造のゆらぎを抑えてリボース環の立体構造をN型に固定するため,標的RNAとの親和性が顕著に向上し,ヌクレアーゼ耐性も増した.2001年にははじめてRNA干渉に基づくsiRNAが発見され,アンチセンス核酸と全く異なる細胞内作用機序の核酸医薬が登場した.2013年にはmiRNA(microRNA)の初の臨床治験が行われている.また関連する技術として2012年にCRISPR-Casによる遺伝子編集の技術が発見されている.

代表的な核酸医薬

ここでは代表的な核酸医薬であるアンチセンス医薬とsiRNA,アプタマー医薬,ヘテロ核酸についてその概要を説明する.

1)アンチセンス医薬(antisense oligonucleotides:ASO)

ASO(antisense oligonucleotide)は特定のmRNAに相補となる配列(アンチセンス配列)をもつ人工核酸により構成された1本鎖DNAまたはRNAで,標的となるRNAと配列特異的に2本鎖を形成して生体内の疾患関連タンパク質の制御を行う1).現在,臨床試験が行われているASOの作用機序はRNase H依存性とRNase H非依存性に大別される.RNase H依存性作用では,DNA/RNA 2本鎖を認識してRNA鎖を切断するエンドヌクレアーゼであるRNase Hが,ASOと標的RNAが形成した2本鎖を認識してRNA鎖を分解することでタンパク質への翻訳が抑制される.単独のASOが触媒的に標的RNAを次々と分解するため高い遺伝子抑制効果をもたらすと考えられている.現在,最も開発が進んでいるギャップマーとよばれる構造が,アンチセンス医薬の主流となっている.これは,両末端にエキソヌクレアーゼ抵抗性を示す2′-O-methoxy-ethyl(MOE)やlocked/bridged nucleic acid(LNA/BNA),2′, 4′-constrained 2′-O-ethyl bridged nucleic acid(cEt)などを配し,中央部にDNAを配す.加えて核酸間結合をホスホロチオエート(phosphorotheoate:PS)化することでヌクレアーゼ耐性の獲得,細胞内取り込みの改善,腎排泄抑制効果と血中滞留性の改善,さらにはRNase H誘導活性という利点を有し,より高効率な遺伝子抑制効果を獲得している1).一方,RNase H非依存性作用は,ASOが標的RNAの翻訳開始部位に結合することでタンパク質翻訳を立体的に阻害する作用(ステリックブロック:steric blocking)やスプライシング調節部位に結合することでexon skippingやexon inclusionを誘導するなど,標的RNAに結合するが分解はせずにRNA編集や非コードRNAの機能を阻害する効果を狙ったものである2).核酸構造はMOE/PSや架橋型核酸とDNAが混在するミックスマー型アンチセンス核酸や人工核酸としてのモルフォリノ核酸が用いら れる.

非コードRNA(non-coding RNA)のなかではmiRNAが現在の主な標的である.miRNAとは20~25ヌクレオチドの一本鎖のnon-coding RNAであり,生体内においてmRNAからタンパク質が翻訳される際の調節(主に発現抑制)機能をもつ.miRNAを標的とする核酸医薬としては,miRNAの阻害剤としての1本鎖オリゴヌクレオチド(antimiR/antagomiR,広義にはアンチセンス医薬に含まれる)とmiRNAの作用を有する2本鎖RNA(miRNA mimetics)がある.miRNAは複数のmRNAの翻訳を調節するため,miRNA mimeticsは標的以外への副作用(オフターゲット効果)が懸念される一方で,1分子の分子標的を超えた薬効のポテンシャルは高いと考えられる.

2)small interfering RNA(siRNA)

siRNAは3′側が2塩基突出した構造をもつ21塩基前後の短い2本鎖RNAで,細胞質内で相補的な配列を有するmRNAの切断・分解を誘導し,タンパク質翻訳を阻害するRNA干渉(RNA interference:RNAi)という元来細胞内に備わった遺伝子サイレンシング機構を利用している3).RNA干渉とよばれるこの現象を発見したAndrew Z. FireとCraig C. Melloは2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞した.2本鎖のsiRNAは細胞内でエンドヌクレアーゼ活性を示すAgo2タンパク質などと複合体(RNA-induced silencing complex:RISC)を形成し,この複合体のなかでパッセンジャー鎖(センス鎖)は切断されガイド鎖(アンチセンス鎖)が1本鎖となる.RISC内に残ったガイド鎖が標的mRNAを誘導してAgo2によって標的mRNAが切断される.siRNAはASOと比べて低濃度で触媒的にmRNAを分解できることから核酸医薬の重要な創薬シーズと考えられていたが,血中滞留性が悪く薬剤送達が困難で,また,自然免疫系を活性化させることなどの問題が指摘されていた.しかし,2′-O-methyl(2′-OMe)や2′-Fの化学修飾が施され,lipid nanoparticles(LNPs:脂質ナノ粒子)へのDDS搭載によってトランスサイレチンアミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチー)に対しての薬剤が上市された.さらに肝細胞の特異受容体(ASGPR:asialoglycoprotein receptor)のリガンドであるGalNAc(N-acetylgalactosamine)を結合することで,細胞結合性が飛躍的に高まって有効性が向上し,次々に開発品が承認されている4)

3)アプタマー医薬

15~40塩基から成る1本鎖のDNAまたはRNAである.タンパク質をはじめとした生体高分子に特異的に結合し,一般にはタンパク質の立体構造の凹みに入って安定的な三次元構造を形成することで,タンパク質の機能を阻害する.標的分子に対する高い親和性と特異性を有し,細胞内への取り込みを考慮しなくてもよいという特徴があることから,抗体医薬に替わる医薬候補として大きく期待されている.

4)ヘテロ核酸

われわれは,ASO鎖(主鎖)と薬剤送達リガンドを結合させた相補的RNAからなる非天然核酸「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸(HDO:heteroduplex oligonucleotide)」を開発した.HDOは2本鎖構造をとることからASOに比較して血中や髄液中では安定だが,リガンド効果で細胞内に取り込まれてからは相補鎖が分解されてリガンドが外れASO鎖が有効になる.従来困難であった肝臓以外の臓器・組織の遺伝子制御を可能とし,最近血液脳関門を超えて中枢神経の制御が可能となった5).薬剤送達システム内蔵の日本発の新規核酸医薬としてその発展が期待される.

上市された核酸医薬(表2

1998年にCMV(サイトメガロウイルス)に対するASOであるfomivirsenがはじめて承認されて以来,mRNAワクチンを除いて現在まで15の核酸医薬が承認されている.2013年には家族性高コレステロール血症ホモ接合体を対象としたギャップマー型のアンチセンス核酸であるmipomersenが米国FDAから承認され,世界初の全身投与できる核酸医薬が上市された.さらに,2016年にデュシェンヌ型筋ジストロフィー症(DMD)を対象疾患にしたexon skipping作用を有する人工核酸モルフォリノ核酸であるeteplirsenが開発された.引き続いて同年,脊髄性筋萎縮症(SMA)を対象疾患としたSMN2遺伝子のRNA retention作用を発揮するMOE/PSのアンチセンス核酸nusinersenが開発され,欧米で認可されて大きなブレイクスルーとなった.nusinersenは2017年に日本でも認可されて,日本においても核酸医薬による分子標的治療はついに幕を開けた.さらに,2018年にトランスサイレチンアミロイドーシスに対してLNPをDDSに用いたはじめてのsiRNA医薬patisiranが承認され,肝移植と同等の効果を達成した.その後GalNAc結合siRNAである急性肝性ポルフィリン症に対するgivosiran,原発性シュウ酸尿症1型に対するlimisiran,高コレステロール血症に対するinclisiranが立て続けに認可されて肝臓に対する核酸医薬としてGalNAc結合siRNAはその地位を確立しつつある.また,2020年に日本新薬と国立精神・神経医療研究センターによってDMDに対して日本初の核酸医薬viltolarsenが認可されて欧米以外で開発されたはじめての核酸医薬となった.

おわりに

核酸医薬による分子標的治療はついに幕開けになった.今後単一遺伝子に原因のある遺伝性疾患は次々に核酸医薬が開発されていくことであろう.さらに,最近核酸の合成技術で液相合成が可能となるという大きな進歩があり,製造コストが下がって核酸医薬開発は加速されている.そして,大規模ゲノムワイド関連解析により,孤発性疾患で疾患関連遺伝子が多数同定されており,今後の最新技術を取り入れた病態解明を踏まえて,抗体医薬と並ぶ新規の分子標的治療の中心として核酸医薬の臨床応用がさらに広がることが期待される.

文献

  • Bennett CF & Swayze EE:Annu Rev Pharmacol Toxicol, 50:259-293, 2010
  • Kole R, et al:Nat Rev Drug Discov, 11:125-140, 2012
  • de Fougerolles A, et al:Nat Rev Drug Discov, 6:443-453, 2007
  • Dowdy SF:Nat Biotechnol, 35:222-229, 2017
  • Nishina K, et al:Nat Commun, 6:7969, 2015
  • Lundin KE, et al:Hum Gene Ther, 26:475-485, 2015
  • Ma CC, et al:Biotechnol Adv, 40:107502, 2020
  • 国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部ホームページ

著者プロフィール

横田隆徳:脳神経内科医として診療科を預かる立場と並行して,創薬の基礎研究の結果「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」を創生して,バイオベンチャー,RENA Therapeuticsを立ち上げ,臨床応用をめざしている.また,日本核酸医薬学会の理事長として,核酸医薬の発展に尽力している.

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