第3章 心房細動アブレーションのコツ&トラブルシューティング
5.心房細動アブレーションの合併症と対策
桑原大志
(東京ハートリズムクリニック)
1心タンポナーデ
心タンポナーデは,心房細動アブレーションに伴う致死的合併症の原因として最も多いものである(22%).心タンポナーデの原因としては,①心房中隔穿刺時の誤穿刺,②心筋へのカテーテルの強いコンタクト,③過度の心筋焼灼が考えられる.
心房中隔穿刺時の誤穿刺とは,中隔穿刺の際に,誤って右房後壁や大動脈壁を穿刺することである.また,心房中隔が硬いもしくは過伸展するために,穿刺針を過度に押しすぎて,左房壁を穿刺することも心タンポナーデの原因になりうる.それらを予防するために,心腔内エコーガイド下で高周波心房中隔穿刺針を用いた心房中隔穿刺を勧める.
心腔内エコーと高周波心房中隔穿刺針を用いた心房中隔穿刺法
a)心腔内エコーによる卵円窩の描出
安全に心房中隔穿刺を行うためには,心腔内エコーによる心房中隔の観察が必須である.心腔内エコーで穿刺針が卵円窩に接触していることを確認してから穿刺する.心房中隔が明瞭に観察できない状態で穿刺すべきではない.穿刺部位としてはその後の左房内でのカテーテルの操作性を考慮し,卵円窩が望ましい.心房中隔の位置や解剖は症例により大きくことなる.それを心腔内エコーで描出するためには,心腔内エコープローブの位置や先端の曲がりの角度を調節する必要がある.心腔内エコーとしては,Biosense Webster社のACUSON AcuNavTMやSOUNDSTAR®,アボットメディカルジャパンのViewFlex Xtra ICEカテーテルが使いやすい.それぞれの心腔内エコーは単独で先端の曲がりを調整可能であるが,先端可変タイプのロングシース(アボットメディカルジャパン,AgilisTM NxTスティーラブルイントロデューサー,Baylis社,SureFlex®スティーラブルガイディングシース)を通して使用すると,さらに微調整できる.なお,ViewFlex Xtra ICEカテーテルは太さが9Fなので,上記ロングシース(8.5F)には挿入不能である.
b)高周波穿刺針による心房中隔の穿刺
心房中隔穿刺に金属針を使用すると,穿刺部位で針を押した際に,針先が卵円窩上で滑ることがある.またフロッピータイプの卵円窩の場合は針を押しても,卵円窩が伸びるだけで穿刺できないこともある.一方,高周波穿刺針は針先を卵円窩に軽く接触させ通電しただけで穿刺可能であり(図1),安全性は高周波穿刺針の方が高い.また,高周波穿刺針のカーブの種類には標準と大があり,多くの日本人には標準が適する.しかし,卵円窩の位置は人により大きく異なるので,標的部位に針が当たるように高周波穿刺針の先端のカーブの曲がりを調整する必要がある(図2).
心臓内でのアブレーションカテーテルの操作,焼灼方法
前述のとおり,心タンポナーデの原因としては誤穿刺のほかに②心筋へのカテーテルの強いコンタクト,③過度の心筋焼灼が考えられる.これらを避けるためには,コンタクトフォースが測定可能なアブレーションカテーテル(ジョンソン・エンド・ジョンソン,THERMOCOOL SMARTTOUCH® カテーテルやアボットメディカルジャパン,TactiCathTM コンタクトフォースアブレーションカテーテル)を使用し,推定焼灼深度(CARTO®システムのAblation IndexやEnSiteTMシステムのLesion Size Index)を計測しながらアブレーションすることを勧める.心タンポナーデを引き起こさない最大のコンタクトフォースと推定焼灼深度は不明である.筆者の施設では(CARTO®システム使用)コンタクトフォースは20 g以下,ablation indexは600以下(多くは500以下)としている.この設定での心タンポナーデの発症は2,000例中1例(0.05%)である.
なお,基本的なことであるがすべてのカテーテルは心臓内でゆっくりと進めるようにする.仮に,50 gを超えるような圧でカテーテルが心筋にコンタクトしたとしても,勢いよく心筋に当たった場合とゆっくりと当たった場合では後者の方が心筋への障害の程度は少なくてすむ.
全身麻酔を行い人工呼吸器による調節呼吸下でアブレーションを実施する
心房細動アブレーションを深鎮静下で実施すると,患者の深い呼吸により,心臓が大きく動き,術者の意図に反してコンタクトフォースが突然大きくなり,心タンポナーデを発症するリスクがある.特に左房天蓋部など,アブレーションカテーテルが心筋壁に対して垂直に当たっている場合,そのリスクが顕著となる.そのため,筋弛緩薬と鎮静薬を投与した全身麻酔の元,人工呼吸器による調節呼吸下にアブレーションを実施することを勧める.呼吸に伴う心臓の上下動の幅が少なくなり,一定のコンタクトフォースで安全に焼灼できる.
鎮静薬はプロポフォール,筋弛緩薬はエスラックスを使用する.気管内挿管の代わりに,i-gel®を使用し人工呼吸器管理を行う.i-gel®では空気がやや漏れるので,目標1回換気量は至適体重(kg)×10~12 mlと気管内挿管の場合よりやや多めにし,従圧式の強制換気とする.術中は血中酸素飽和度と呼気終末二酸化炭素分圧を計測しながら,分時換気量を調整する.アブレーション終了時には,ブリディオンを投与し,筋弛緩作用を中和する.
心タンポナーデ発症時の対応(心嚢穿刺法)
穿刺部位は剣状突起の下1〜3 cmである.体軸に対して,10〜20°左方向に10〜30°の進入角度で穿刺針を進める.穿刺針先端と心外膜との位置関係を確認するためには,胸部側面透視像が有用である.
剣状突起-横隔膜,肝臓間のスペースは個人差が大きい(図3).肝臓が前方に張り出し,剣状突起と肝臓との間にわずかなスペースしかない症例も存在する(図3B).腹腔内出血を避けるために,横隔膜や肝臓を穿刺しないように注意する.そのためには,剣状突起もしくは胸骨柄の下縁を這わすように穿刺針を進める.
穿刺部位から心外膜腔まで肝臓が被さっている場合は,穿刺部位を背側に圧迫し,穿刺針の進入角度を浅くすることで,肝臓穿刺を回避可能である(図4).
2脳梗塞,一過性脳虚血発作
世界規模の調査によると,心房細動アブレーションに伴う脳梗塞,一過性脳虚血発作の合併率は約1%である2).また,MRIの拡散強調像で確認される無症候性脳梗塞は約10%の患者に生じている.これらを予防するためには,下記の3つが重要である.
- ❶ DOAC(direct oral anticoagulant)の内服を継続しながらアブレーションを実施する
- ❷ 術中のヘパリンは,末梢動静脈へのシース挿入後,直ちに投与する
- ❸ 術中の活性凝固時間(activated coagulation time:ACT)は300秒以上に維持する
DOAC発売開始前は心房細動アブレーションの周術期にはワルファリンを継続させることで,血栓塞栓症の合併予防を図っていた.しかし,ワルファリンとDOACを比較した研究によると3,4),ワルファリン内服群で出血性合併症の発症が多いと報告された.血栓塞栓症の発症率は両群で有意差はない.心房細動アブレーション周術期の抗凝固薬としてはDOACが安全である.
DOACを術当日朝も継続した場合と,術当日朝のみ休薬した場合では,心房細動アブレーション周術期の血栓塞栓症合併と出血性合併症の発症率に有意差はない5).万が一アブレーション時に出血性合併症が発症した場合を考慮すると,術当日朝はスキップした方が安全と思われる.
抗凝固薬継続下のアブレーション中に出血性合併症が発症した際の対応
まずは,プロタミンでヘパリンを中和する.次に,抗凝固薬の最終投与時間から,出血性合併症が発症した時点での抗凝固薬の残存効果を推定する(表1).まだ効果が残存していると思われれば,中和薬を投与する.現在,本邦で使用可能な中和薬はダビガトランに対するイダルシズマブのみである.他のXa阻害薬(ダビガトラン,アピキサバン,エドキサバン)には現在のところ使用可能な中和薬は存在しない.しかし,プロトロンビン複合体製剤(ケイセントラ®)が抗凝固作用の効果を減弱させる.DOACを術当日朝,スキップした場合は表1を考慮すると,抗凝固作用がほとんど消失している症例も存在する.その場合,前述の中和薬(イダルシズマブ)やプロトロンビン複合体製剤は投与不要である.ワルファリン内服中の患者はビタミンKとプロトロンビン複合体製剤を投与する.
3食道関連合併症
前述の世界規模の報告2)によると,心房食道瘻の合併率は0.04%である.また,筆者らの4,500人の心房細動アブレーションのデータでは,胃蠕動不全症が0.3%,食道炎が約20%の頻度で合併する6,7).現在のところ,これら食道関連合併症に対する確立された予防方法はない.しかし,経験的に以下の方法が実施されている.
- ❶ 食道造影を参考に食道の走行を避けて左房後壁を焼灼する
- ❷ 食道上を焼灼する際には,高周波通電出力を下げる
- ❸ 食道上を焼灼する際には,食道温度を測定し,ある一定の温度で高周波通電を中止する
胃蠕動不全症は,食道迷走神経が障害されて発症する.アブレーション後に腹部膨満感,嘔気を訴える.一晩絶食下で実施した胃内視鏡検査,腹部CT等で食物残渣が中等〜大量に胃に残存している(図5).治療は対症療法しかないが,急性期に胃蠕動運動促進作用があるエリスロマイシンの静脈注射を行うことが,症状緩和に有効である6).なお,同剤の経口投与は無効である.
肺静脈隔離時に食道の走行に沿って,上下に左房後壁を焼灼する際は,食道上の左房後壁を,食道温度制限に引っかかりながら不十分に焼灼するよりは,たとえ心筋壁が厚くなっても,食道を避け,温度制限に引っかからないようにしながら左房後壁を十分に焼灼した方が,結果的に,広範囲で効率的な肺静脈隔離が可能となる(図6).
食道上を焼灼せざるをえないときは,食道病変をできるだけ少なく,また軽度に抑えるために,高周波通電出力は30 W以下(イリゲーションカテーテル使用時)にする.また,左房後壁焼灼中の食道制限温度は40〜42℃が相応しい.筆者らは42℃を制限として7,000例以上の症例に心房細動アブレーションを実施しているが,心房食道瘻の経験は1例もない.しかしながら,この制限温度では,軽症も含め,食道炎は20%程度に発症するので,術後は,プロトンポンプ阻害薬を1〜4週間内服させた方がよい.数週間以内にほとんど完治する7).
4致死的合併症(血胸)
心房細動アブレーションに伴う血胸の合併率は,前述の世界規模の調査でも0.02%ときわめて稀である2).最近筆者らは(3施設)心房細動アブレーションに合併する血胸を3例(1症例/1施設)経験した.3施設合計の頻度は0.1%である.3例とも原因は第8肋間動脈の損傷であった.1例は死亡し,1例は肋間動脈コイル塞栓術を施行されたが,再出血し,胸腔鏡下止血術が行われ(図7),1例は開胸手術で止血術が施行された(図8).あとの2例は生存退院した.
図8の症例において,第8肋間動脈は左房の後壁を横切るように走行している(図9).特に右下肺静脈後壁は第8肋間動脈と近接しており,同部位でコンタクトフォースを強く,高エネルギーで通電すると,肋間動脈を損傷する危険性が高くなる.術前に肺静脈CTを実施する際に,肋間動脈も撮影すると,その近接の程度が明らかとなり,焼灼の際に注意できる.上記3例の経過より,仮に血胸を合併したら,すぐに開胸手術が望ましい.血胸の止血の遅れは死につながる可能性があるため,原因検索のための動脈造影も時間の無駄と思われる.血胸の原因のすべてが第8肋間動脈からの出血とは限らないが,開胸手術で原因検索と止血の両者が同時に可能である.また,早期発見のためには術中に右肺野も透視で確認する.血胸を合併すると肺野の透過性が低下しすぐに気がつく.
文献
- Cappato R, et al : Prevalence and causes of fatal outcome in catheter ablation of atrial fibrillation. J Am Coll Cardiol, 53 : 1798–1803, 2009
- Cappato R, et al : Updated worldwide survey on the methods, efficacy, and safety of catheter ablation for human atrial fibrillation. Circ Arrhythm Electrophysiol, 3 : 32–38, 2010
- Calkins H, et al:RE-CIRCUIT Study Steering Committee. RE-CIRCUIT study-randomized evaluation of dabigatran etexilate compared to warfarin in pulmonary vein ablation: assessment of an uninterrupted periprocedural anticoagulation strategy. Am J Cardiol, 115:154–155, 2015
- Nogami A, et al:Safety and efficacy of minimally interrupted dabigatran vs uninterrupted warfarin therapy in adults undergoing atrial fibrillation catheter ablation: A randomized clinical trial. JAMA Netw Open, 2:e191994, 2019
- Nakamura K, et al:Uninterrupted vs. interrupted periprocedural direct oral anticoagulants for catheter ablation of atrial fibrillation: a prospective randomized single-centre study on post-ablation thrombo-embolic and haemorrhagic events. Europace, 21:259–267, 2019
- Kuwahara T, et al : Clinical characteristics and management of periesophageal vagal nerve injury complicating left atrial ablation of atrial fibrillation : lessons from eleven cases. J Cardiovasc Electrophysiol, 24 : 847-851, 2013
- Kuwahara T, et al : Oesophageal cooling with ice water does not reduce the incidence of oesophageal lesions complicating catheter ablation of atrial fibrillation: randomized controlled study. Eurpace, 16 : 834–839, 2014
- 心房中隔穿刺は,心腔内エコーで卵円窩を確認しながら,高周波心房中隔穿刺針を用いて行う
- コンタクトフォースが測定可能なアブレーションカテーテルを使用し,推定焼灼深度を計測する
- 心タンポナーデ発生時の心嚢穿刺は,剣状突起または胸骨柄の下縁を這わすように穿刺針を進める
- 周術期の脳梗塞を予防するために,DOACを継続したままアブレーションを行い,ヘパリンはシース挿入直後に投与し,術中ACTは300秒以上に延長させる
- 食道上の左房後壁を焼灼する際には,食道温度を測定し,ある一定の温度で高周波通電を中止する