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実践編
1.夜間就寝中の突然の胸痛
目黒健太郎
(北里大学医学部 循環器内科学)
初診時
59歳男性.もともと脂質異常症,高血圧を健康診断で指摘されていたが,通院していなかった.夜間就寝中の突然の胸痛が出現し,冷や汗を伴ったため,救急車で来院した.
来院時,意識清明,顔貌は苦悶様.血圧154/82 mmHg,脈拍68回/分であった.来院時血液検査で白血球12,800/μL,CPK 210 U/L,CK-Mb 27 U/L,Cre 0.97 mg/dL,トロポニンT 0.108,総コレステロール200 mg/dL,中性脂肪332 mg/dL,HDLコレステロール38 mg/dL,LDLコレステロール216 mg/dLであった.12誘導心電図は以下の通りであった.冠動脈リスク因子として,喫煙20本/日.急性心筋梗塞を疑い,緊急で冠動脈造影検査施行したところ,左前下行枝#6に閉塞を認めた.引き続き,経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施行することとした.
PCI施行前に投与する抗血小板薬の種類と投与量として適切なのはどれか.
- ⓐアスピリン200 mg,クロピドグレル75 mg
- ⓑアスピリン200 mg,クロピドグレル300 mg
- ⓒアスピリン200 mg,プラスグレル3.75 mg
- ⓓアスピリン200 mg,プラスグレル20 mg
- PCI施行時にはステント血栓症の予防のために,アスピリンとP2Y12受容体拮抗薬による2剤併用療法(DAPT)が必要であり,未服用の患者ではPCI施行前に負荷投与を行う.
- 通常用量はアスピリン81~162 mgとプラスグレル3.75 mgまたはクロピドグレル75 mgの併用投与であるが,primary PCI時にはアスピリン162~324 mgに加えて,プラスグレル20 mg投与が行われる.
- プラスグレルの投与が困難な場合にはクロピドグレル300 mgを投与する.これはチエノピリジン系抗血小板薬の代謝にはCYP2C19が関与するが,日本人ではCYP2C19の遺伝子多型による代謝不全患者が多いことが知られており,代謝不全による影響を受けやすいクロピドグレルより影響を受けにくいプラスグレル投与が優先されるためである.
【PRASFIT-ACS試験】
- 日本人の急性冠症候群(ACS)患者を対象にプラスグレル投与とクロピドグレル投与を比較した試験.
- 症例数が少なく統計的な有意差はみられなかったが,プラスグレル投与が心血管イベントを抑制し,大出血の発生率は同等であると報告されている1).
ⓓアスピリン200 mg,プラスグレル20 mg
血行再建術後
薬剤溶出性ステント(DES)を使用した血行再建術に成功した.Peak CPKは7,935 U/Lであった.心エコー上,前壁中隔,心尖部にかけての高度の壁運動低下がみられEF36%と心機能低下がみられた.
長期予後改善効果のために投与すべき薬剤はどれか.2つ選べ.
- ⓐ硝酸薬
- ⓑβ遮断薬
- ⓒCa拮抗薬
- ⓓアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
脂質異常症に対する治療目標はいくつか.
- ⓐ中性脂肪<150 mg/dL
- ⓑLDLコレステロール<70 mg/dL
- ⓒLDLコレステロール<100 mg/dL
- ⓓLDLコレステロール<140 mg/dL
長期予後改善効果のために投与すべき薬剤
- 心不全兆候を有する,またはEF40%以下の患者に対して,β遮断薬を長期経口投与することが推奨されている2).
- 一方,心不全兆候がなく左室機能が正常な患者に対しては,β遮断薬の有効性を示した臨床研究の多くはPCIを用いた再灌流療法が施行される前の時代のものであり,primary PCIを施行した場合の有効性については明らかではない.
- レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系阻害薬は左室機能低下例における心血管イベントおよび死亡の抑制効果が示されており,本症例のような心機能低下例では必須である.
- RAA系阻害薬は左室機能が保たれ,心不全の既往のない場合でも,心血管イベントや死亡を抑制することが示されており,適応となる.
脂質異常症に対する治療目標
- 急性冠症候群に対するLDLコレステロール値は低ければ低いほど,冠動脈イベントが抑制されるという,いわゆる“the lower, the better”であることが示されている.2021年現在のガイドライン2)ではLDLコレステロール値の達成目標値は70 mg/dL未満と設定されているが,今後,目標値がより低く設定される可能性もある〔基礎編8)-1も参照〕.
ⓑβ遮断薬,ⓓアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
ⓑLDLコレステロール<70 mg/dL
退院時
心臓リハビリテーションを行い,入院から3週間後に退院した.退院時の心不全症状はなくNYHA分類Ⅰ度であった.退院時の身長172.6 cm,体重81.5 kg.DAPTとしてアスピリンとプラスグレルを投与した.
DAPTとする期間はどれが適切か.
- ⓐ6カ月
- ⓑ12カ月
- ⓒ24カ月
- ⓓ生涯にわたって継続
- STEMI患者をはじめとした急性冠症候群患者は血栓イベントの高リスクに分類され,欧米のガイドラインで標準的なDAPT継続期間は1年である.一方で,最近,DAPTを1~3カ月程度で終了し,P2Y12受容体拮抗薬を継続する戦略の効果と安全性を示すエビデンスが蓄積されてきており,高出血リスク(high bleeding risk:HBR)症例では,1~3カ月のDAPT期間が推奨されている〔基礎編1)-1も参照〕.
- 2020年のガイドライン3)ではDAPT期間は3~12カ月間が推奨されているが,本症例はHBR症例ではないため,DAPT期間は6~12カ月が適切と考えられる.ただし,6カ月以内に抗血小板薬単剤療法(SAPT)とする場合には単剤として残す薬剤はアスピリンではなく,P2Y12受容体拮抗薬の使用を検討することが推奨されている.
- 重要な点として,DAPTの推奨期間については2022年1月現在の状況であり,今後,新しい臨床試験の結果の蓄積により,より短い期間が推奨される可能性もあるため注意が必要である.
ⓐ6カ月,もしくはⓑ12カ月
※ 2022年1月現在では,ⓐⓑともに適切であるが,今後,より短い期間が推奨されるようになる可能性もある
文献
- Saito S, et al:Efficacy and safety of adjusted-dose prasugrel compared with clopidogrel in Japanese patients with acute coronary syndrome: the PRASFIT-ACS study. Circ J, 78:1684-1692, 2014
- 日本循環器学会,他:急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版) (2021年11月閲覧)
- 日本循環器学会:2020年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法(2021年11月閲覧)