Ⅰ 論文出版の全体像と攻略法
第1章 論文出版ゲーム:いかにして勝つか?
あなたは日本の科学研究者として,そして世界の科学研究社会の一員として,当然,自分の研究を査読審査のあるジャーナルに出版したいと考えるでしょう.自分の研究結果を世界中の研究者仲間と分かち合い,実績をつくってキャリアを積むためです.しかし,英語のネイティブ・スピーカーも含めて多くの研究者にとって,論文の出版とは神秘に包まれ,却下されたり時間やお金が無駄となったりする可能性もある,人をおじけづかせる難渋なプロセスと映っているようです.
論文を出版に持ち込むまでのプロセスをゲームにたとえて言えば,失敗するのはゲームのルールをよく知らないか,ゲームに勝つようにプレーする方法を知らないかが大きな要因です.本書の著者(ラングマン)が編集指導して出版に至った科学英語論文は2,000以上にのぼりますが,ほとんどの著者は投稿先のジャーナルを選ぶ前に論文を書き,かなりの著者は論文出版ゲームのルールや仕組みに注意を払わないか,その存在すら知らないでいました.本書の最初のゴールは,論文出版ゲームの全貌を明らかにし,読者の科学英語論文が適切な国際科学ジャーナルに出版されるように,ゲームのルール,そして効果的にプレーして勝つ方法を教えることです.
ゲームのルール
研究論文を科学ジャーナルに投稿するのは,例えば野球のようなゲームをプレーするのと似ています.野球で効果的なプレーをするには,まずはルールを知っていなければなりません.しかし,野球は世界中どこでも同じルールであるのに対し,科学ジャーナルにはそれぞれ独自の方針とフォーマット(形式)のルールがあります.こうしたルールは各ジャーナルの投稿規定(Instructions to the Author)に細かく記されています.この投稿規定を読まず,そこに書かれたルールに細心の注意を払わなかった場合,ひどい目に遭うことになります.しかし,投稿規定について説明する前に,まずは科学論文の投稿から出版に至る全行程を一望してみましょう.
投稿から出版までのプロセス
- ❶ 編集長宛の手紙(TemplateIII-1TemplateIII-1:投稿時のカバーレター,別冊p.18,別冊p.22)とともに論文をジャーナルへ送る.編集長はジャーナルの研究分野を専門とする科学者であり,出版に関する編集と実務管理のすべてを監修する.
- ❷ 投稿された論文には論文ID番号がつけられ,最初のスクリーニング(in-house screening)を受ける.
- ❸ 最初のスクリーニングをパスしない論文は,査読に回されることなく投稿者に返却される.
- ❹ スクリーニングをパスした論文は,査読(peer review,review by referees)に回される.査読者(referees)は通常2〜3名で,ジャーナルの出版元や編集長の所属機関(研究所,大学など)以外から別々に選ばれた,論文と同じ研究領域の専門家が務める.査読者が論文を評価し,改訂の提案を含めたコメントとともに論文を編集長へ送り返す.
- ❺ 編集長は,査読者のコメントを慎重に読み,次の4つのいずれかの決断をする.
- ①論文を却下(リジェクト)する
- ②大幅な改訂(revision)をしたうえでの再投稿を勧める
- ③若干の改訂をしたうえでの条件付き受理(アクセプト)とする
- ④改訂なしで受理とする
- 論文の取り扱いについては編集長(または編集委員会)に全決定権がある.
- ❻ もし改訂を要求された場合,著者は改訂版の論文と編集長宛の手紙(TemplateIII-8:改訂版の再投稿時のカバーレター,別冊p.31)とともに,査読者に指摘されたすべての点について,改訂版ではどのように対応しているかを一つひとつ説明した文書(TemplateIII-9:査読者コメントへの返答,別冊p.33)を編集長へ送る.査読者へは,改訂版の論文と査読者のコメントに対する著者の返答が送られる.
- ❼ もし改訂版がまだ出版できる状態ではないと判断された場合,さらなる改訂/改善を要求する手紙が著者に送られる.著者は第2の改訂版を❻と同様の扱いで送り,再評価を仰ぐ.
- ❽ 改訂版がジャーナルの基準に達していると査読者と編集長が判断した場合,論文は受理され,受理の手紙(letter of acceptance)が著者に送られる.
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上の8段階のプロセスで明らかなように,論文がくぐり抜ける関門には2種類あります.編集長による第1関門(in-house screening)と,そこをパスした論文が送られる,査読者による第2関門(peer review)です.まずは第1関門をパスすることが最も大切なゴールといえます.というのは,そこをパスすれば論文は著者の研究分野のエキスパートである査読者に評価され,出版に向けての貴重な意見や提案を得ることができるからです.査読者のコメントに対して真摯に取り組むことにより,時に論文を飛躍的に改善できるのです.
ゲームプレイヤー紹介
編集長(editor in chief)
編集長はジャーナル全体を管理しており,出版される記事のレベル維持と向上への責任があります.他の編集委員やゲスト編集者とともに,投稿論文の受理,ジャーナルに不適当な論文を査読に回さないで著者に返却するためのin-house screening,外部機関の適切な査読者への論文の転送,そして査読者の評価をもとにした論文受理か却下の最終決定を行います.一つひとつの論文が,フェアかつ迅速に取り扱われるように統御するのも編集長の仕事であり,編集長は論文の取り扱い状況についての連絡先でもあります.
査読者(referees)
査読者はジャーナルに所属していない専門家で,評価する論文の研究分野におけるベテラン・エキスパートであり,たいていは大学教授か准教授,研究所の研究員(主にPI)です.査読者は,論文の却下,改訂と再投稿の勧め,もしくはそのままで出版受理のうちのいずれかを編集委員に勧めます.
査読はたいてい「シングルブラインド」で行われ,査読者には論文の著者名が明らかにされますが,著者には査読者が誰かがわかりません.一方,「ダブルブラインド」を選択できるジャーナルもあります.この場合は論文の著者名がわからないまま評価するので,初めての投稿者もベテラン研究者も全く同じ取り扱いとなります.通常2人か3人の別々の機関に属する査読者が論文を読み,相談することなく各自でコメントや提案を細かく書きます.これらはどう改訂したら出版可能となるかを示す貴重なアドバイスであり,論文を大幅に改善しうるものです.査読者のコメントは最終決定者である編集長に送られます.
著者(author)
著者であるあなたは,論文出版ゲームのルールとプレイヤーの役割を把握し,論文にマッチしたジャーナルを選び,投稿規定に注意を払って準備します.全プロセスと2つの関門をしっかりと認識してゲームに臨むことは,論文が優秀な内容であることと同じくらい必要不可欠なことです.著者の詳しい役割については次項で紹介します.
【第1関門:in-house screening】
読みにくさ,投稿規定への非準拠(投稿規定については⇨p.19).たとえ論文内容が研究分野に重要な貢献をするものであったとしても,論文の科学英語が下手で意味が通じないか,論文内容やフォーマットがジャーナルのルールと合っていないと却下となる.
【第2関門:peer review】
拙劣な研究方法,出版する価値や貢献度の低さ,不十分な文献リサーチ,不正など.これらについては⇨第3章.
著者のゴール――関門を乗り越える意味
とにかく第1関門であるin-house screeningに合格し,査読者の評価を得ることが著者の最初のゴールです.もし論文が査読なしに却下されれば,自分の論文内容の出来栄えについて何も知ることができません.論文の長所と短所がどこにあるのか,論文をどのようにして改善できるのか,再投稿するうえで必要不可欠な情報を得ることができないのです.
一方,第1関門に合格し,査読者から改訂の提案をされても,落胆することは少しもありません.査読者の評価は,たいていは論文をどのように改善できるかという著者を助けるためのポジティブなフィードバックです.研究分野の第一線にいるエキスパートの見方,方法,知識を学べる素晴らしいチャンスなのです.実際,ほとんどの場合,投稿された論文が出版可能な完成度に達するまでには少なくとも1度は改訂を求められます.私(ラングマン)が編集して出版された2,000以上の論文のうち,強いインパクトと説得力をもつ論文ですらたいていは改訂が必要とされ,2度,3度の改訂が必要とされることもまれではありません.エキスパートである査読者の意見とそれに対する自分の対応を論文に組み入れて改善することにより,最終ゴールである魅力的な論文の出版へと到達することができるのです.
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それでは,著者がこのゴールに達成するための手順をより詳しく見てみましょう.
執筆準備から出版までの手順
- ❶ 論文を書く前に,まずは自分の研究内容に興味をもつ読者層を基準にして適切なターゲット・ジャーナル(掲載を希望する学術誌)を選ぶ.
- ❷ ターゲット・ジャーナルの投稿規定を慎重に読み,そこに書かれているジャーナルの出版基準とフォーマットのルールに従う.
- ❸ 論文を書き(TemplateII:科学英語論文のマスター・テンプレート,別冊p.10),投稿規定のルールに完全に則しているかどうか慎重に読んで校正する.最後にネイティブ・スピーカーの科学者に英語をチェックしてもらう(⇨第21章).
- ❹ 編集長宛の手紙(TemplateIII-1TemplateIII-2:投稿時のカバーレター,別冊p.18,別冊p.22)を添えて論文を編集長に送る.
- ❺ 投稿論文の受領通知と論文ID番号を受け取る.
- ❻ 最初の関門in-house screeningをパスすると,投稿からたいてい4〜6週間後に査読者の評価と論文に対する編集長の決定を受け取る.
- ❼ 査読者の評価により,論文は①却下される,②大幅な改訂後の再投稿を勧められる,③若干の改訂を条件に受理される,またはまれに④改訂なしで受理される.
- ❽ 改訂を要求された場合,査読者の意見をもとにした改訂版を再投稿する.このとき,改訂版論文とともに次の文書を送る.
- 編集長宛の手紙(TemplateIII-8:改訂版の再投稿時のカバーレター,別冊p.31)
- 査読者への回答(TemplateIII-9:査読者コメントへの返答,別冊p.33):査読者のコメントすべてについて,改訂版ではどのように対応しているかを一つひとつ説明した文書.改訂された部分と削除された部分のページ数と行数を示しておく.
- ❾ 改訂版が出版に適していると編集長と査読者が判断すると,受理の手紙が著者に送られ,続いて出版に備えて間違いがないように校正するための校正刷りが送られてくる.
- ❿ 校正を送り返した後,論文がジャーナルに掲載される.
勝つための作戦
論文を書く前に投稿先のジャーナルを選ぶ
最初に適切なターゲット・ジャーナルを選んでから書きましょう! これほど大切なことはありません.適切なジャーナルを探すには,論文の仮のタイトル,研究テーマ(もしあれば発見したことのリスト)が必要です.自分の研究内容がジャーナルの投稿規定に合っているかを確かめるためです.確認しないで投稿すると,最初の関門in-house screeningで即座にはねられ,査読なしで論文が返却される可能性が大いにあります.