第4章 胃の内視鏡治療
3 胃ESDの部位別・シチュエーション別テクニック ⑦ 潰瘍瘢痕・高度線維化合併例
籔内洋平
(神戸市立医療センター中央市民病院 消化器内科)
1はじめに
早期胃癌では潰瘍を併存する病変もESDの絶対適応病変となるため,日常臨床においても対応が必要である.しかしながら,潰瘍の存在や粘膜下層における線維化は,治療時間の延長や分割・不完全切除にかかわる因子とされ,技術的難易度は高い病変と考えられる1,2).
潰瘍瘢痕・高度線維化合併例が難しい理由は,剥離すべき層の認識が困難となることに尽きる.この稿では,潰瘍瘢痕・高度線維化合併例ではどのようなことを意識してESDを行うかについて解説する.
2マーキング・局注・粘膜切開・トリミング
原則として,高度線維化が予測される場合は,線維化のない部分をマージンとして確保するようにマーキングする.この場合は,局注・粘膜切開・トリミングに関しては普段通りでよい.意識すべき点としては,適切な剥離ラインを認識するために,固有筋層直上までトリミングすることを心がけておく.こうすることで全周性に適切な剥離ラインとなる粘膜下層と固有筋層の境界を認識できる(図1).
線維化部分を避けると対象病変に比べて切除ラインが大きくなりすぎる場合は,あえて瘢痕上にマーキングを行うこともある.そのような場合はまず線維化のない部分から粘膜切開・トリミングを開始し,引き続きトリミングできた部分から引っ掛けるようにして線維化のある部分の粘膜切開に進む.線維化部分ではどうしても切開ラインが浅くなってしまいがちなので,全周切開後に切開部の開き具合を確認し,ある程度は切開部が開くようにトリミングまでは行っておく(図2).この作業を怠ると,線維化部分での剥離ラインの辺縁部が認識できず,後々難渋してしまう.
3剥離
この工程が線維化症例の肝である.以下にそのエッセンスを記載する.
① 線維化のない部分で適切な剥離ライン(固有筋層直上の粘膜下層)を視認する
まずは線維化がないところの剥離を進める.線維化がなければ局注が入るため,粘膜下層と固有筋層の境界を認識しながら,その間のラインで剥離可能である.その際に重要なのは固有筋層の直上を意識することである.線維化部分での剥離スタートラインが粘膜下層の浅い層になってしまうと,この後の剥離ラインを読み違えて病変粘膜側に切れ込みやすくなってしまう.
② 線維化部分の両サイドの剥離ラインから,線維化部分での剥離ラインを想定する.広範囲な線維化の場合は,距離をとって俯瞰的な視野でラインを確認する(図3)
高度線維化部では全体が白色化してしまっているため,そこだけを眺めていても粘膜下層と固有筋層の境界がわからない.そのため,周囲の正しい剥離ラインを視認して,線維化部分の剥離ラインを想定する(動画1).線維化の範囲が広い場合は,近接した視野では剥離ラインがわからなくなってしまうため,少し距離をとって俯瞰的な視野で剥離ラインを想定する.
③ 剥離の際には少し斜め下にナイフを進めるイメージで行う(図4)
線維化部分は硬いためナイフが弾かれて剥離ラインが浅くなりがちである.また人間の心理的にも剥離層がわからなくなってしまうとついつい浅い層を狙ってしまう.しかし,ESDの最大のメリットは一括切除による根治性の担保であり,剥離ラインが浅くなって粘膜側に切れこんで検体に穴をあけてしまうことは避けるべき事態である.ESDの始祖である小野先生も「上に行くくらいなら下に行け」という名言をおっしゃられている.ここは心構え的な部分だが,剥離を開始する際には仮想剥離ラインより浅くならないように少し斜め下を狙うようなイメージでナイフを進めよう(もちろん行き過ぎは禁物).
④ 1回のストロークで欲張りすぎない.適宜,俯瞰的な視野で剥離ラインを確認する
線維化部分を剥離する際には,近接した視野で行うことが多い.線維化の範囲が狭く,剥離のスタートラインからゴールラインまでが視認できている場合はそのままのストロークで線維化部分を処理してもよいが,線維化部分が広範囲な場合は,近接の視野では剥離を進める先を間違ってしまうこともあるので,ここまでは確実と判断しているラインまで剥離した後は,俯瞰的な視野で剥離ラインを適宜確認する.そうすれば万が一,粘膜側に切れ込んでしまったり,深い層を切ってしまった場合も,傷口が小さいうちに仮想剥離ラインの修正が可能となる(動画2).
⑤ トラクションをかけすぎると,筋層が牽引されるため注意する(図5)
重力側にある病変などでは粘膜下層を視認するためにトラクションを用いたESDが有効である.線維化症例でも剥離すべき層を認識しやすくするという点では効果的だが,注意点もある.トラクションがかかりすぎると筋層も同時に牽引されるため,剥離すべきラインが山型(逆V字)になってしまうので,そのようなシチュエーションで真横に剥離すると穿孔してしまう.剥離が進んだ終盤になるほど牽引されやすくなるので注意が必要である.
内視鏡的には潰瘍瘢痕があると思っていても,線維化がないことも経験します.事前に予測することは可能でしょうか?
A1内視鏡的潰瘍と病理学的潰瘍はしばしば乖離する.特にL領域では術前診断が外れることが多い
内視鏡診断は深達度にしても潰瘍にしても,あくまで内視鏡所見からの予測であるため必ず当たるわけではない.実は内視鏡的潰瘍はあてが外れることも多く,内視鏡的潰瘍があると診断しても,病理学的潰瘍がないことが38.7%もあり,特にL領域の病変では過大評価しやすいと報告されている.一方で,内視鏡的潰瘍がないと診断しても,病理学的潰瘍があることが5.5%あると報告されている3).
深達度が深い可能性がある場合,および線維化が癌によるものか判断困難な場合,断端陰性で剥離するためにどの程度まで深く剥離すべきでしょうか?
A2胃の筋層の解剖を理解したうえで,選択的に筋層を剥離できる場合には内視鏡的選択的筋層剥離術も考慮される(ただしエキスパートに限る)
近年は高齢化社会のため,粘膜下層浸潤癌であっても相対適応として内視鏡治療が選択されることがある.粘膜下層浸潤癌に対するESDでは垂直断端がしばしば陽性になることが問題とされ,内視鏡的選択的筋層剥離術を行うという報告もある4).
胃の筋層は内側から順に,内斜走筋,中輪状筋,外縦走筋の3層に分けられるが,胃の全体にこれらすべての筋層が存在するわけではないので,おのおのの筋層がどのように分布するかを理解しておく必要がある.そのうえで,選択的に剥離すれば穿孔しない筋層に関する知識と,その筋層だけを選択的に剥離するという技術があるエキスパートに限られる処置と考える.
線維化症例では,高周波装置の設定は通常時と変更するべきでしょうか? また,ナイフの使い分けはどうしているでしょうか?
A3高周波装置は細かい設定値の変更よりもモード変更で使い分ける.それでも剥離困難な場合は先端系ナイフを用いる
静岡県立静岡がんセンターの胃ESDでは,ITknife 2™とVIO®3を用いて,プレカットではDry Cutのeffect 4.1,粘膜切開ではEndo Cut Iのeffect 2,duration 4,interval 1,粘膜下層剥離ではSwift Coagのeffect 7.1という設定で行っている.もちろん施設や術者の好みもあるため,絶対的に正しい設定というものはない.剥離で重要なのは,適切な視野を保ち,適切な部分にナイフをあてがい,適切なテンションで,適切な方向にナイフを進めるという行為であって,細かい設定値の変更ではないと考える.そのため線維化症例であっても,各モード内の設定を細かく変更することはなく,前述したモードの変更で対応している.一般的には,Swift Coag→Endo Cut I→Dry Cutの順に切開能が上がるので(その分,止血能は落ちる),この順にモードを変更している.切れない剥離を続けると組織の炭化を引き起こし,より一層剥離が困難になるため,剥離が困難と感じた場合はすみやかにモード変更を行う.それでも剥離が困難な場合では,先端系ナイフ(針状ナイフ,DualKnife™,FlushKnife®など)に変更する.このようなケースでは剥離がかなり困難であるため,基本的にはEndo Cut IかDry Cutの切開モードを用いる.先端系ナイフは電流密度が高く,切開能が上がるためITナイフの要領でテンションをかけると思った以上にナイフが進んでしまうことがあるので,少しゆっくりとナイフを進めるように意識する.
また,線維化で病変が展開しないためITナイフの先端チップがうまく剥離スペースに入り込まないときも,先端系ナイフを用いる.先端系ナイフのメリットとしては,線ではなく点で剥離することができるため,線維がつっぱっている(手前に凸になっている)部分にあてがって放電するだけで少しずつ剥離することも可能である.
残胃や胃管でのステープルがある部分はどのように処理すればよいでしょうか?
A4ステープルを避けて剥離できない場合は,ステープルに先端系ナイフをあてがって切開波を用いると容易にステープルを取り除ける
残胃や胃管でのESDでは,しばしば縫合線上に剥離ラインがかかることがある.縫合線上を剥離しようとしていると,ITナイフでは急に剥離できなくなることがある.これは外科手術時のステープルによる影響で,ナイフがステープルと接触するとステープル側に電流が逃げてしまうためと考えられる.ステープルを避けてナイフを操作できればよいが,それが難しい局面ではステープルを除去してしまう必要がある.鈍的に除去する方法も1つだが,先端系ナイフをあてがって,切開波をポンッと踏むと,容易にステープルが除去できる.いくつかステープルが除去できればしだいに視野も展開するため,ステープルを避けて剥離ラインを認識できるようになる(図6,動画3).
余談ではあるが,残胃や胃管でのESD検体では,検体側にステープルが残っていることがあり,このようなステープルの残存は病理切片作成時の割を入れる際の刃がかけてしまう原因にもなるため,切除後には検体の裏側もチェックしてステープルが残っていないか確認する必要がある.
高度線維化病変に対するESDは,胃病変の最難関です.高度な線維化部分では,剥離深度が浅いのか,適切なのか,深いのか,の認識が難しいです.まず線維化のない部分において,粘膜切開・粘膜下層剥離を開始し,適切な剥離深度まで剥離を進めましょう.その後に線維化部分に進み,線維化のない部分で作成した両サイドの適切な剥離深度より,適切な剥離ラインを想定しながら,慎重に剥離を進めて,線維化部分を突破しましょう. (小田一郎)
文献
- Suzuki H, et al:Short-term outcomes of multicenter prospective cohort study of gastric endoscopic resection:‘Real-world evidence’in Japan. Dig Endosc, 31:30-39, 2019
- Kim JH, et al:Risk factors associated with difficult gastric endoscopic submucosal dissection:predicting difficult ESD. Surg Endosc, 31:1617-1626, 2017
- Yabuuchi Y, et al:Discrepancy between endoscopic and pathological ulcerative findings in clinical intramucosal early gastric cancer. Gastric Cancer, 24:691-700, 2021
- Yabuuchi Y, et al:Endoscopic selective muscular dissection for clinical submucosal invasive early gastric cancer. Dig Endosc, 32:e24-e25, 2020