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第7章 胃:観察と拾い上げのポイント
9 もうひとつの胃炎
-自己免疫性胃炎(AIG)-
- :最近話題の自己免疫性胃炎(autoimmune gastritis:AIG)について説明しましょう.
- :AIGって,増えてきてるんですか?
- :疾患の罹患数が増えているかはわかっていませんが,AIGが診断されやすくなってきているのは事実です.
- :なんでAIGが見つかりやすくなったんですか?
- :ひとつはピロリ未感染の頻度が高くなり,AIGの内視鏡所見が認識されやすくなったからです.あとで説明しますが,AIGとピロリ感染が混在すると,診断がとても難しくなります.次に,AIGの診断ポイントを理解した内視鏡医が増えてきたからです.
- :ほんまのこと言うと,AIGを自分で診断したことないです….
- :それは,AIGに遭遇しているけど,見逃しているのではないかな.
- :見逃してたんやろか….ところで,AIGの頻度はどんくらいなんですか?
- :健診センターの健康一般人のAIGの頻度が0.9%(男性0.6%,女性1.1%)と報告されており,決して珍しい疾患ではないです30).
- :100人に1人ってことですか!? そんなにAIGの患者がいるんですね!
- :でも,この数字は,AIGに情熱をかけた先生がいる施設での結果なので,一般の施設ではこんなには見つかりません.見慣れていない内視鏡医が検査をすると,容易に見逃されてしまうのが,この疾患の問題点なのです.実際,私も最近AIGが診断できるようになって,だいたい100回の検査のうち1人は,AIGを発見してます.でも,ほとんどの症例が1年前の内視鏡レポートでは通常の萎縮性胃炎と診断されており,AIGに気がついていないのです.
AIGは意外に多い(約1%)
結構,見逃されている
1.AIGの病態と内視鏡所見
- :「AIGの診断は内視鏡医の腕次第」ということですね.AIGを見逃さないためのコツってなんでしょうか?
- :その前に,まずはAIGの病態を解説しながら,内視鏡所見について説明していきましょう.
- :病態を理解しないと,内視鏡所見も理解できないということですね.
- :そうです.病態はやっぱり基本です(Table 1).AIGの病態について説明できますか?
- :AIGの病態は,胃底腺の壁細胞に対する自己抗体(抗胃壁細胞抗体,抗内因子抗体)が原因です!
- :そのように書いてある教科書も多いですが,実は抗胃壁細胞抗体や抗内因子抗体の自己抗体は原因ではなく,結果であるという学説もあります.
- :えー,ホンマですか!
- :マウスでの研究では,AIGは細胞性免疫の異常が原因であると考えられています.
詳しく説明すると,何らかの原因で制御性T細胞(regulatory T cell)が異常をきたし,その結果,細胞傷害性T細胞が壁細胞を攻撃してしまうのです.そして,細胞傷害性T細胞によって破壊された壁細胞を抗原にして産生されたのが,抗胃壁細胞抗体や抗内因子抗体ということです.また,抗胃壁細胞抗体を移入するのみではAIGは発症しないことも明らかとなっています31〜34).
- :T細胞よる壁細胞の破壊が先で,自己抗体がその結果やったとは….知らんかったなぁ….
- :あくまでもマウスでの研究なので,ヒトでのAIGの病態解明はこれからですね.
- :これからの研究に注目したいと思います.
- :あと,自己免疫疾患ですので,橋本病やバセドウ病といった自己免疫性甲状腺疾患や1型糖尿病などの,他の自己免疫疾患の合併も多いです.また,壁細胞が産生する内因子の低下によりビタミンB12吸収障害をきたして,大球性貧血を伴うこともあります.
- :既往歴にも注意が必要ですね.
- :例えば,甲状腺機能低下症の既往があって,昨年の内視鏡レポートが萎縮性胃炎O-3,ピロリ除菌歴なし,血清ピロリ抗体陰性という情報があれば,AIGが隠れているのではないかと思って検査をします.また後で説明しますが,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor:NET)と胃癌の合併が多いので注意が必要です.
- :そういえば,先日の学会で橋本病(甲状腺機能低下症)とAIGを合併した症例報告がありました.そのとき,多腺性? 自己免疫? なんとか症候群ってゆうてました.
- :それは,多腺性自己免疫症候群(autoimmune polyglandular syndrome:APS)ですね.自己免疫の病態により内分泌腺を含む複数の組織が傷害される症候群のことです35,36).
自己免疫性甲状腺疾患(橋本病・バセドウ病)とAIGの合併症例はAPS 3B型に該当します.
- :ときどき,自己免疫性甲状腺疾患とAIGの合併ってみかけますけど,APS 3B型って診断されているのはみたことありません.
- :APS 3B型という疾患名が浸透していないからでしょうね….私も最近まで知りませんでした37).
- :なんで,自己免疫性甲状腺疾患とAIGが合併するんですかね?
- :APSは複数の遺伝因子と環境因子が関与する多因子疾患と考えられていますが,詳細はまだわかっていません.
興味深い研究としては,制御性T細胞を除去したマウスではAIG,自己免疫性甲状腺疾患,1型糖尿病などの自己免疫性疾患が発症したという報告があります.つまり,制御性T細胞の異常がAPS 3B型の原因かもしれません.
- :さっきもでてきましたけど,制御性T細胞ってなんですか?
- :制御性T細胞とは,免疫抑制細胞の一つです.免疫が自分の体を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の発症を防ぐために,自己に対する免疫応答を抑制(免疫寛容)する役割をもっています34).健常人の末梢血にあるCD4+T細胞のうち5%程度が制御性T細胞と考えられています.
- :なるほど! 免疫をコントロールしている制御性T細胞に異常が起きると,免疫が暴走して,いろんな自己免疫疾患が発症してしまうのですね.
- :まだ,確定的なことは言えませんが,そうだと思います.今後の研究が期待されますね.
- :基礎研究を知ると内視鏡診断もめっちゃおもろなってきました!
- :AIGとピロリ感染では萎縮の進み方がちゃうんですか?
- :ピロリ感染ではまず前庭部から萎縮がはじまり,その後,体部小彎の口側に萎縮が進行し,さらに小彎から大彎へと段階的に萎縮していきます.
しかし,AIGでは壁細胞が存在する胃底腺領域が全体的に萎縮していきます.ピロリ感染のような萎縮境界は認めません.ただ,萎縮は多巣性に起こり,徐々に癒合していく傾向があり,部位により萎縮のムラがみられます.そのため萎縮が進んでいない粘膜が残存胃底腺粘膜として認識され,残存胃底腺粘膜の形態は島状や偽ポリープ状の形態を示します(Fig. 1).幽門腺領域には標的である壁細胞はわずかしか存在しないので,前庭部の萎縮は目立ちません.これがピロリ感染と違う,いわゆる逆萎縮の所見です(Fig. 2).
AIG:壁細胞に対する自己免疫
- 壁細胞が豊富な胃底腺領域:萎縮あり
- 壁細胞が乏しい幽門腺領域:萎縮なし
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文献
- 青木利桂,他:内視鏡検診におけるA 型胃炎.胃と腸,54:1046-1052,2019
- Mori Y, et al:Parietal cell autoantigens involved in neonatal thymectomy-induced murine autoimmune gastritis. Studies using monoclonal autoantibodies. Gastroenterology, 97:364-375, 1989
- Field J, et al:Experimental autoimmune gastritis: mouse models of human organ-specific autoimmune disease. Int Rev Immunol, 24:93-110, 2005
- 伊藤公訓,他:Helicobacter pylori と自己免疫性胃炎との関連.日内会誌,110:42-46,2021
- 坂口志文:制御性T 細胞と自己免疫病〜自己免疫性胃炎を中心に.分子消化器病,3:192-197,2006
- Neufeld M, Blizzard RM:Polyglandular autoimmune disease.「Symposium on autoimmune aspects of endocrine disorders」(Pinchera A, et al eds), pp357-365, Academic Press, 1980
- Betterle C & Zanchetta R:Update on autoimmune polyendocrine syndromes(APS). Acta Biomed, 74:9-33, 2003
- 後藤善則,他:多腺性自己免疫症候群3B 型の1 例.Gastroenterol Endosc,57:1603-1608,2015