書 評
皆川洋至
(医療法人城東整形外科)
“Orthopedics”とはOrthos(矯正)とPaidios(小児)を組み合わせた造語です(1741, Nicolas Andry).Orthopedicsが“整形外科”と訳された1900年代初頭は,X線診断が普及しはじめた時期と一致します.自分は平成元年卒ですから,学生時代と研修医時代はX線写真しかなく,MRIは簡単にオーダーできませんでした.当然,骨で病態を考える時代ですから,画像診断はX線検査,治療は内服薬投与に依存せざるをえず,注射も肩や膝といった大関節やトリガーポイントへのブラインド注射しかできませんでした.
MRIの普及で骨以外の軟部組織も視覚化されるようになると,画像で描出された構造異常を主病態と解釈する傾向が強くなっていきます.普段使用する病名を思い起こせば,多くの疾患が画像病変をそのまま病名として採用していることに気づくでしょう.しかし,腱板断裂があっても全く痛みや機能障害のない症例が多数存在する,脊柱変形の矯正は成功しても持続する腰痛や下肢痛に患者が苦しむ,といったことを数多く経験してきました.
守破離.江戸時代,千利休が残した言葉です.【守】とは教えを守り鍛錬を積んで型を身に着けること,【破】とは型の矛盾に気づくこと,そして【離】とは独自の型を創造することを意味します.われわれに当てはめれば,解剖学と整形外科学に習熟し多くの患者を診る,構造異常だけで病態解釈することの間違いに気づく,そして末梢神経を中心とした機能異常で病態を考える頭の再教育と実践,ということになるでしょう.検査値に異常があるから外来受診する内科疾患と異なり,整形外科受診する患者の多くがどこか痛くて外来受診します.治療対象は明確で“痛み”です.けっして構造異常ではありません.
昭和の整形外科教育を受けた人たちでも自分を時代遅れに感じさせないほど,本書は非常に読みやすく簡潔にまとまっています.運動器エコーのエキスパートたちが執筆を担当していること,明快でわかりやすいプレゼンで聴衆を魅了する中島祐子先生,中瀬順介先生が編集していることが本書の“質の高さ”を保証します.整形外科医ばかりでなく,運動器診療にかかわる研修医,救急医,総合診療医,ペインクリニック,さらに理学療法士にとっても大いに役立つ教科書の一つと言えるでしょう.