Part3 腹部 画像診断レッスン
Lesson8 化学反応がキーとなる腹部病変をマスターする!
石滝公一,大石香奈,扇 和之
カンファレンス
指導医:今回は化学反応がキーとなる腹部病変について勉強していきましょう.
研修医:はい.頑張ります.
* 『急性腹症診療ガイドライン2015』1)において,用語として「腸閉塞」と「イレウス」を使い分けることが提案され,腸管が機械的に閉塞した場合を「腸閉塞」とし,麻痺性の蠕動運動障害を「イレウス」と呼ぶことになりました.そのため本稿ではこれまで一般的に使用されていた「癒着性イレウス」,「食餌性イレウス」といった用語ではなく,機械的な閉塞という観点より「癒着性腸閉塞」,「食餌性腸閉塞」といった用語を使用しています.
癒着性腸閉塞?
若手放射線科医:それでは最初の症例をみていきましょう.所見はどうでしょう.
約9年前に胃がんの手術歴(胃部分切除)がある.1週間前より便秘があり,やがて食事をすると嘔吐するようになった.本日より腹痛が増強したため,救急外来を受診.精査目的で造影CTが施行された.
研修医:はい.残胃から十二指腸,空腸が液体を含んだ状態で拡張しています(図1A,C).胃がんの手術歴もありますし,癒着性腸閉塞でしょうか…腸管の拡張は空腸の近位側で終わっています.
若手放射線科医:その「腸管の拡張が終わっている空腸の近位」に癒着の所見はありますか?
研修医:う~ん.「癒着の所見」というよりは,ただの腸内容がある感じですね(図1B,D).
若手放射線科医:「ただの腸内容」でしょうか?
研修医:ええ.ただの糞便のような…アレ? でもここは空腸だから,糞便ではおかしいですね.
若手放射線科医:いいところに気がつきました.これは「small-bowel feces sign(小腸内糞便サイン)」ですね2~4).
研修医:small-bowel feces sign….
指導医:本症例は胃がんの手術歴はあるけれど,癒着性腸閉塞ではなく,食餌性腸閉塞だね5~7).
研修医:食餌性腸閉塞….
若手放射線科医:食餌性腸閉塞のなかでも特に柿胃石による腸閉塞です7).それではsmall-bowel feces signや食餌性腸閉塞,柿胃石腸閉塞について勉強しましょう.
1.small-bowel feces sign
- 小腸に大腸内容,すなわち糞便のような所見がみられた場合,small-bowel feces signと呼ぶ.小腸の閉塞を示唆する所見の1つであるが,特に食餌性腸閉塞で認められることが多い.
2.食餌性腸閉塞
- 食餌性腸閉塞とは食物が原因となって生じる腸閉塞であり,一般的には消化されにくい食物を多量に摂取することで生じる場合が多い.ただし柿胃石腸閉塞のように,化学反応により生じるものもある.
3.柿胃石腸閉塞
- 柿胃石腸閉塞は,胃酸と柿に含まれるシブオールとが化学反応して胃石が形成され,その胃石が小腸を閉塞したものである.
研修医:でも果物である柿で食餌性腸閉塞が起きるって,何か不思議な感じがします.
指導医:そうだね.餅や…それから消化しにくい食品(こんにゃくなど),繊維食品(ワカメ,セロリなど),水分で膨化する食品(昆布など)などは,一度にたくさん摂取すると腸閉塞を生じることが容易に想像されるけれど,果物で腸閉塞というのはピンとこないよね.
研修医:果物の「種」で起きるならまだわかりますが,果物の「実」で腸閉塞が起きるというのはちょっと想像しづらいです.…同じ果物の実でも,梨や桃だと起きにくいんですか?
若手放射線科医:梨や桃の実では起きにくいです…実は柿の場合は「化学反応」が関与しているんですよ!
研修医:化学反応…?
若手放射線科医:柿に含まれるタンニンのことをシブオールというんですが,そのシブオールが胃で分泌された胃酸と混ざると,化学反応を生じて固まりやすくなるんです.
研修医:そうか,そのときに胃にあった内容物が一緒に固まって…「石」みたいになるんですね.
指導医:まさに胃石(bezoar)だね.
若手放射線科医:ええ.柿の実そのものが腸閉塞を起こすというよりも,柿の成分であるシブオールと胃酸が化学反応を起こして固まった「胃石」が腸閉塞を起こすんです.
研修医:なるほど.食物塊が固まっただけなので,CTでは「ただの腸内容」みたいに見えるんですね.
若手放射線科医:そうです.それに本症例のように胃部分切除が行われていると,残胃から胃酸は出ますが,幽門輪はないので….
研修医:胃でできた胃石が容易に小腸に行ってしまう.
指導医:その通りだね.そしてバウヒン弁の手前のどこかで…つまり小腸で引っかかる.それが「柿胃石腸閉塞」だね.
若手放射線科医:胃の手術後で柿を好んで食べる患者さんの場合,小腸に「胃石」が複数個ある人も結構いるらしいです.
研修医:この症例は手術後ですが,癒着性腸閉塞か柿胃石腸閉塞かで治療法は異なるんですか?
指導医:いい質問だね.
若手放射線科医:柿胃石腸閉塞の患者さんには柿を控えるよう食事指導をする必要があります.
研修医:あ,そうか.癒着性腸閉塞と診断されていったん軽快しても,柿をたくさん食べたらまた再発するんですね.
指導医:その通り! いいポイントに気づいたね.
腸間膜の動脈硬化?
若手放射線科医:それでは次の症例をみていきましょう.所見はいかがですか?
肝機能障害に対して9年前より漢方薬(
研修医:右下腹部痛ですか…単純CTでは上行結腸のびまん性壁肥厚と周囲脂肪織の濃度上昇が認められます(図2A,B).そして…アレ? その近くに何か変な線状の石灰化が認められます(図2A,B).
指導医:いいところに気がついたね.その「線状の石灰化」について,もう少し詳しく説明してください.
研修医:何か…血管に沿って認められる感じですね(図2A,B).そして一部では肥厚した上行結腸壁の中にも石灰化が連続しています(図2A).
指導医:鋭いね.その「血管に沿って」の血管とは動脈かな,それとも静脈かな?
研修医:う~ん.動脈ならただの動脈硬化かもしれませんが…あ,でもこの患者さんは50歳代でした.そんなに高齢者というほどでもない年齢ですね.何だろう….
若手放射線科医:実は静脈の石灰化なんです.
研修医:静脈? 静脈の壁が石灰化するんですか? しかもこの部位で…腸間膜ですよね?
若手放射線科医:はい.本症例は「腸間膜静脈硬化症(mesenteric phlebosclerosis)」という疾患で,その発症には先ほどの柿胃石のように「化学反応」が関与しているんです8~12).
研修医:これも化学反応ですか….
指導医:腸間膜静脈硬化症は,その発症に漢方薬に含まれる「
若手放射線科医:ええ.山梔子は「ゲニポシド」という成分を含んでおり,このゲニポシドが上行結腸に達すると腸内細菌がもつβ-グルコシダーゼにより加水分解されて,「ゲニピン」が生じます.
研修医:それが「化学反応」なんですね.
若手放射線科医:そうです.そうやって生じたゲニピンは大腸粘膜にびらん,潰瘍などの病変を起こすと同時に,大腸壁から静脈に流入し,腸間膜静脈壁の線維性肥厚や石灰化を起こすんです9).
研修医:なるほど.ゲニポシドが腸内細菌と最初に遭遇するのが上行結腸なので,腸間膜静脈硬化症は上行結腸などの右半結腸に多いんですね.
指導医:その通り.鋭いね.ちなみにこの症例では,漢方薬(茵蔯蒿湯)の投与を中止することで大腸病変も臨床症状も改善しています.
(mesenteric phlebosclerosis)8~12)
- 山梔子を含む漢方薬を長期投与されていると発症しやすい.
- 山梔子に含まれるゲニポシドが,腸内細菌のβ-グルコシダーゼにより加水分解されてゲニピンとなり,大腸粘膜障害や腸間膜静脈の壁肥厚,石灰化をきたす.
- 右半結腸(盲腸,上行結腸,横行結腸の口側)に好発し,CTにてびまん性大腸壁肥厚と周囲脂肪織の濃度上昇,隣接した腸間膜静脈壁の石灰化所見を呈する.特に腸間膜の静脈壁石灰化が特徴的!
- 多くの症例は漢方薬の内服中止にて改善する.
胆石? それとも…
若手放射線科医:さらに次の症例をみていきましょう.所見はいかがですか?
肛門周囲膿瘍に対して抗菌薬が処方されている.胆道系酵素やトランスアミナーゼ高値が出現したため,精査目的でCTが施行された.
研修医:今度は胆道系酵素やトランスアミナーゼ高値ですか…CTでは,胆嚢(図3A,B)および総胆管(図3A,B)の内腔にそれぞれ高吸収構造が認められます.胆嚢結石および総胆管結石を考えます.…アレ? でも10日前のCTでは,この所見は認められません(図3C).本当に胆石でしょうか?
指導医:この症例では肛門周囲膿瘍に対する抗菌薬として第3世代セフェム系のセフトリアキソン(CTRX:商品名としてはロセフィン®など)が使用されています.
研修医:それが何か….
若手放射線科医:この場合は化学反応というほど大げさなものではないかもしれないけれど,セフトリアキソンはカルシウムイオンとの親和性が高いため,胆汁に移行した際にセフトリアキソンとカルシウムの複合物が形成されるといわれています13).
研修医:なるほど,その複合物が見えているんですか….「カルシウム」との複合物なので,CTで胆石と同様に高吸収構造になるんですね.
指導医:その通りだね.
研修医:「セフトリアキソンとカルシウムの複合物」は,何か普通の胆石との違いはあるんですか?
若手放射線科医:カルシウムを含んでいるので前述のごとくCTでは高吸収構造として描出され,画像上は普通の胆石と区別はつきません.でもセフトリアキソンが原因の場合は,投与を中止すれば….
研修医:消失するんですか?
若手放射線科医:はい.多くの例で消失します.ですので,普通の胆石と区別するため「偽胆石」と呼ばれています13).ちなみにこの症例では,総胆管の高吸収構造は採血データの異常があったため内視鏡的に採取していますが(結果は結石でなくdebris様構造であった),胆嚢の高吸収構造はセフトリアキソン投与中止後に自然に消失しています.
研修医:なるほど.
若手放射線科医:それからセフトリアキソンは尿中にも移行するので,尿路系でも同様にカルシウムとの複合物を形成して尿路結石のような臨床像を呈する可能性があり,注意が必要です13).この場合もセフトリアキソン投与を中止すると,多くの例で尿路結石様の高吸収構造は消失します.
研修医:目の前にみえている結石のような所見が,実は投与薬剤が原因で生じている可能性があるということですよね.投与薬剤には十分注意しないといけませんね.
若手放射線科医:そうです.セフトリアキソンは血中半減期が7~9時間と長く13),1日1回投与が認められていて組織移行も良好なため,臨床現場でよく使用される抗菌薬です.自分で薬剤を処方する際には,責任をもって管理する必要がありますね.
指導医:尿路系に閉塞をきたす薬剤には,セフトリアキソン以外にもインジナビルがありますね.
若手放射線科医:はい.インジナビルはプロテアーゼ阻害薬に属するAIDS治療薬ですが,やはり尿中で結晶を形成して尿路閉塞をきたすことがあります14).セフトリアキソンと違ってカルシウムとの複合物はあまり形成しないためCTで高吸収構造にならないことが多く,見逃されやすいので注意が必要です14).
指導医:そうですね.インジナビルは国内では販売中止になっておりほとんど使用されていないけれど,海外では使用されているので注意しましょう.
- 第3世代セフェム系抗菌薬として汎用されるセフトリアキソンは,胆汁や尿中でカルシウムとの複合物を形成して胆石や尿路結石のような所見を呈するが,薬剤投与を中止すれば多くの症例で消失する.
- AIDS治療薬として海外で使用されるインジナビルは,尿中で結晶を形成して尿路閉塞をきたすが,多くの症例ではCTで高吸収構造にならず注意が必要.
研修医:今日は化学反応がキーになるさまざまな病変を勉強しました.
指導医:そうだね.柿を食べて腸閉塞になったり,漢方薬で腸間膜静脈に石灰化が生じたりと…一見すると不思議に感じる病変もありますが,背景にある化学反応を理解するとより病気がわかりやすくなります.
研修医:はい.頑張ります.
引用文献
- 「急性腹症診療ガイドライン2015」(急性腹症診療ガイドライン出版委員会/編),医学書院,2015
- Fuchsjäger MH:The small-bowel feces sign. Radiology, 225:378-379, 2002 (PMID:12409569)
- Lazarus DE, et al:Frequency and relevance of the “small-bowel feces” sign on CT in patients with small-bowel obstruction. AJR Am J Roentgenol, 183:1361-1366, 2004 (PMID:15505304)
- Jacobs SL, et al:Small bowel faeces sign in patients without small bowel obstruction. Clin Radiol, 62:353-357, 2007 (PMID:17331829)
- 小林慎二郎,他:食餌性イレウスの2例.日本臨床外科学会雑誌,66:393-397,2005
- 濱口 純,他:昆布による食餌性イレウスの1例.日本臨床外科学会雑誌,74:1876-1881,2013
- 山本誠已,他:柿胃石症の2例とその生化学的知見.日本消化器外科学会雑誌,13:1196-1200,1980
- 岩下明徳:特発性腸間膜静脈硬化症.胃と腸,44:135-136,2009
- 内藤裕史:腸間膜静脈硬化症と漢方生薬・山梔子との関係.日本医師会雑誌,142:585-591,2013
- 大津健聖,他:漢方薬内服により発症した腸間膜静脈硬化症の臨床経過.日本消化器病学会雑誌,111:61-68,2014
- 大木宇希,他:漢方薬の長期服用が関与したと考えられる特発性腸間膜静脈硬化症の2例.日本臨床外科学会雑誌,75:1202-1207,2014
- Hiramatsu K, et al:Mesenteric phlebosclerosis associated with long-term oral intake of geniposide, an ingredient of herbal medicine. Aliment Pharmacol Ther, 36:575-586, 2012 (PMID:22817400)
- 道免和文,他:セフトリアキソン投与に伴う偽胆石症の1成人例.肝臓,57:106-112,2016
- Blake SP, et al:Nonopaque crystal deposition causing ureteric obstruction in patients with HIV undergoing indinavir therapy. AJR Am J Roentgenol, 171:717-720, 1998 (PMID:9725303)