書 評
西原崇創
(中目黒診療所 院長)
歴史のある検査でいまだに新しい指南書が次々に出版されるものは心電図くらいではないだろうか.本書はその歴史に楔を打ち込む,まさに名著になるかもしれない.
心電図関連の出版や講演が数えきれないほどあっても,判読の最短ルートをいまだに見つけることができないのはなぜなのだろう.「講演を聞くといったん読めるようになった気がするが,実際読もうとするとやはり読めない」こんな経験をしたことはないだろうか.本書の冒頭で,「心電図ですべての疾患が診断できるわけではない」,「器質的疾患は病歴や他の検査所見による総合的な判断が重要」と述べられている.この当たり前で実は最も核心をついたことが最初に述べられているのは著者らがまさに心電図判読のプロであることの証明だ.われわれがすべきは患者像を可能な限り正確に診断,病態を理解し治療に反映することであり,心電図はそのためのツールの1つに過ぎず,波形を正確に読むことに終始すべきではないからだ.ただ,この考え方は非常に伝わりにくい.そのため本書では即診断(snap),精読,応用という大きく3つに心電図のパターンを分け判読のポイントが伝わりやすくなるように工夫されている.もちろん,QRS波形やT波の読み方,心筋梗塞の部位診断,期外収縮起源の推定など,自身の判読スキルをステップアップさせたい方のニーズも十分に満たすものにもなっている.
本書のなかで最も秀逸と思われるものの1つに病歴の一部から予測される心電図を思い浮かべる『心電図判読に必要な臨床的知識のまとめ』があり,日常的に専門医が行っている思考プロセスの一端を垣間見ることができる.また,著者お二人の経験に基づくコラムは心から共感できる.1人として同じ患者がいないように,全く同じ心電図は決してない.そして,このことが臨床の魅力であり,日々の学びと診ることの喜びにつながる.著者らが今まで真摯に患者に向き合ってきたプロだからこそ,得られた知識と経験が文章中に余すところなく表現され,その魅力を伝えている.
本物でなければ伝わらない説得力がこの本にはある.本書は心電図検定の試験対策を主眼においた本だが,試験対策だけを目的とするには本当にもったいない.歴史に残る名著を皆さんも手にとってみてはいかがだろうか.