第2章 疾患別評価の実際
6 僧帽弁閉鎖不全症
1 術前評価
泉 佑樹
(榊原記念病院 循環器内科)
はじめに
僧帽弁閉鎖不全症(MR)の経食道心エコー(TEE)は,3Dエコーの発展ともに劇的に進歩した.僧帽弁の3D正面像 “en-face view” ,いわゆる “surgeon’s view” を用いることで,僧帽弁葉の大きさ・位置関係や病変の部位診断を外科医に正確に伝えることが容易となった.また経皮的僧帽弁接合不全修復術(M-TEER)を含むカテーテル治療の術中TEEはまさに術野となる.エコー医は施設での僧帽弁形成術やM-TEERの手技を熟知すべきである.治療の前後でオペレーターから手術術式について学び,TEEで評価すべきポイントを議論することが重要である.
検査にあたっての心がけ
経胸壁心エコー(TTE)で的確に評価すれば,重症度や機序,病変部位の診断は十分に可能である.TEEでは術式を含めた手術手技の計画や手術成績の向上のため鮮明な画像と正確な評価・計測が求められ,3Dプローブを用いた評価が必須である.また,TTEで重症度の判定が難しい場合(一次性MRで中等症に見えるが左室拡大があるとき,複数の病変があるときなど)にもTEEが有用である.
一方で検査時間が長くなると,カテーテル治療を検討するようなフレイルな高齢者では食道合併症のリスクが上がり,若年者でも鎮静が浅くなり検査継続が困難となることがあるので,短時間で的確な撮像を心がける.
当院での撮像の流れと評価のポイント
取得する画像は,2D断層像(2D像),2Dカラードプラ像(カラー像),2D断層像とカラードプラ像の同時表示(カラーコンペア像),3Dプローブによるbiplane像,1心拍ないし複数心拍の合成による3D volume dataとそのディスプレイでの表示像(各種の3D像および3Dカラー像),僧帽弁血流や肺静脈血流のドプラ評価など,多岐にわたる.ルーチンで画像を取得しつつ,各症例で最も病変を適切に評価できる撮像法と描出断面を考える必要がある.3D解析を含む各種計測には時間がかかるため,検査終了後に行う.
MRのTEE撮像と評価のポイント
- 撮像の手順と方法(特に3D像)
- MRの原因と機序の診断
- 病変の部位診断(主病変と副病変)
- 重症度評価
- 弁や弁下組織の定性的な評価(さまざまな形態の変異がある)
- 僧帽弁形成術やカテーテル治療に必要な,弁尖や弁輪および弁下組織(腱索や乳頭筋)についての定量的な評価
- 僧帽弁狭窄のリスク評価(僧帽弁平均圧較差,弁口面積)
- AR, TR, ASDなどの合併の有無
撮像の手順と方法(特に3D像)
必要な画像や評価項目が多いため,検査室でルーチンの撮像順を固定しておくことを勧める.経験の浅い検査者であっても画像の撮り忘れを防ぐことができ,また,検査後に画像を見たときにどの断面を観察しているかが明確となる.一例として,当院での具体的な撮像順を記載する.各施設の検査環境を考慮して撮像内容や順番を調整していただきたい.
① 3Dzoomおよびカラー像(1beat):僧帽弁
まず僧帽弁3Dzoom像を撮像する.僧帽弁は僧帽弁輪部および僧帽弁尖が収縮期〜拡張期で入る範囲で,できるだけ薄く,volume rate が高くなるように作成する(図1).なお術中TEEなど全身麻酔・挿管下であれば4〜6心拍合成した3Dデータをまず取得する(後述の⑮取得の方法と⑰画像処理の項目を参照).なお,これらを最初に取得するのは,以下の2つの意味がある.
1)3D像で病変の全体像を把握し,病変を適切に評価できる断面を考えるため(図2).
2)3Dデータを解析することで最低限の評価を行うことができるため,検査が途中で終了した場合(患者の安静が保てないなど)の保険としての役割.
② 3Dzoom画像(1beat):大動脈弁,三尖弁
軽度以上の逆流があればカラー像も取得しておく.三尖弁弁輪径の解析用の画像である.
③ 僧帽弁4腔断面像(0°):カラーコンペア像
通常,デプス12 cmで記録する.TEEの基本断面であるが,僧帽弁の病変の正確な部位評価には向かない.プローブを時計方向(clockwise:クロック)に回すと画角の中で四腔像が右室側方向に,反時計方向(counter clockwise:カウンタークロック)に回すと左室側方向に回転するため,適宜プローブを回すことで僧帽弁を画面中央付近に描出する.僧帽弁を画角の中央に表示させたところで,プローブの引き/押しの操作を行い,深さを浅くすると前尖・lateral側が,深くすると後尖・medial側が評価できる.
④ 僧帽弁交連像(30〜90°,3Dで確認し両交連を切る断面に調整):2D,カラー像
まず2D像で角度を60°付近にし,前・後乳頭筋が同時に描出される断面にする.3Dで両交連を切る断面であるか確認し,角度を調整する.適切な断面(いわゆるtrue commissure view)は30〜90°と症例により幅がある(図3,4),リウマチ性で交連が癒合している場合は判断が難しい.通常,プローブを引き気味にして少し後屈すると僧帽弁輪が水平に(端子面に平行に)描出される.食道から僧帽弁が近い場合は,右屈させるとプローブから僧帽弁が遠くなり,観察がしやすくなる場合がある1).ただし,高齢者ではプローブの屈曲はなるべく控える.病変に応じて3〜5断面を記録する(図5).
⑤ 交連zoom像:2D,カラー像またはカラーコンペア像
“Zoom” は関心領域(ROI)を狭くし,解像度とframe rateを上げる方法である(Read zoom).表示された画像をデジタルに拡大するだけのZoom (Display zoom, Pan zoom)では画質は改善しない(第1章8「機器設定」を参照).細かい腱索断裂の評価や,感染性心内膜炎では必ず2D断層像で記録する.カラーコンペア像は弁尖の病変と逆流の対応を確認しやすいが,frame rateが落ちるため,別に記録する.
⑥ 交連像/長軸像のbiplane像:zoomの2D,カラー像
僧帽弁長軸像は病変評価の最重要断面だが,後から画像を見たときに,それぞれの断面が適切か,どの部位を切っているか判断が難しいことがある.弁尖や弁下構造物の変異がある場合,病変が複雑であったり複数の病変があったりするときは,biplane像でどの部位を見ている断面か明確にすることが有用である.biplane像は3D像よりフレームレートが高いため,A2およびP2弁尖長の計測に有用である.また,biplaneの角度を別々に調整できる機能がある場合は,長軸像側の角度をcoaptation lineに垂直に調整することで,3DMPR解析に近い正確な評価が可能となる.具体的には,交連部像=60°の場合,交連部像/長軸像の角度をA3P3=60°/ 120°,A2P2=60°/ 150°,A1P1=60°/ 180°といった形で調整する(第2章6-3「M-TEERの術前・術中TEE」図14参照).これはM-TEERでは重要なテクニックである.この調整を行うと,大動脈弁が描出されるいわゆるLVOT viewに近い像となる.
⑦ 僧帽弁長軸像(120〜180°,交連像+90°):2D,カラー像
medial側(A3P3)→中央(A2P2)→lateral側(A1P1)の3〜5断面を,時計回り(+押し)→反時計回り(+引き)の操作で記録する.適切な断面が描出されているかの判断は,medial側(A3P3)は後乳頭筋,lateral側(A1P1)は前乳頭筋が見えていること,中央(A2P2)は乳頭筋が映っていないことを目安とする.
僧帽弁が画面の中央に描出されるように時計回り/反時計回りおよびプローブ押し/引きを調整する.具体的には,長軸像が90°に近い場合(120〜150°)では主に時計回り/反時計回りで各断面を描出するが,長軸像が180°に近い場合(150〜180°)では主にプローブ押し/引きを使い,僧帽弁をなるべく画面中央から動かないように描出していく(図6).この操作方法はzoom像では特に重要である.
⑧ 長軸zoom像:2D, カラー像またはカラーコンペア像
2D像での評価における,主病変や副病変の判断の主な根拠となる像である.また弁尖長など各種計測のため,弁輪,弁尖,腱索,乳頭筋を画像に含める.病変に応じて3〜5断面を記録する(図6).
⑨ 僧帽弁流入血流と狭窄の評価
僧帽弁流入血流を連続波ドプラで評価し,平均圧較差を計算する(図7左上).平均圧較差>5 mmHgは有意な狭窄と考えられ,弁形成やM-TEERが困難となるが,圧較差は逆流による僧帽弁通過血流増加や頻脈により過大評価されることがあるため,狭窄が疑われる場合は僧帽弁口面積を3DMPR解析により計測することが望ましい.なお強い弁輪石灰化や,リウマチ性変化による交連やインデンテーションの癒合がある場合も,弁形成やM-TEERが困難となる(図7).
⑩ 肺静脈血流
左右肺静脈血流をパルスドプラで評価する(図8).肺静脈血流パターンは通常以下の3つに分類される.
① 収縮期優位(systolic dominance):正常パターン
② 収縮期波(S波)の鈍化(systolic blunting):S波が抑制され拡張期波(D波)より低くなる
③ S波の反転(systolic reversal)
1つ以上の肺静脈で収縮期逆流(systolic reversal)を認める場合は,左房圧上昇を示唆し重症MRの所見である2).
⑪ 大動脈弁逆流(AR)の評価
僧帽弁形成術や弁置換後の術中TEEで,大動脈弁の穿孔や弁尖の可動制限による新規ARを認めることがあるため,術前のARの有無が重要となる.特に無冠尖/左冠尖の交連付近からの逆流がある場合はレポートに明記する.
⑫ 三尖弁逆流(TR)の評価
二次性TRでも中等症以上,または軽症でも心房細動や弁輪拡大がある場合は形成術の適応となる.必要に応じて評価を加える.
⑬ 左心耳の評価
リウマチ性MRや肥大型心筋症では心房細動のときと同様に評価する.
⑭ 心房中隔欠損や卵円孔開存の有無
70〜90°のカラーコンペア像で心房中隔欠損の有無を確認する.卵円孔開存はカラードプラのスケールを低流速に下げる.
⑮ 僧帽弁3Dzoomおよびカラー像(4〜6beat):僧帽弁解析用
心拍合成した3D僧帽面正面像および3Dカラー像を取得する.患者に覚醒してもらい,息止めに協力してもらうため,検査の終盤は鎮静薬を使わないようにしておく.
画像取得の具体的な手順を示す.①腱索から乳頭筋の先端が映るdepth(通常9〜10cm)とする.②focusを弁尖のやや左室側にする.③3DzoomでROIを設定する.上側は逸脱している弁尖を入れ,下側は乳頭筋の先端まで(画面の一番下),横は弁輪が心周期で全て入るように設定する.④息止めしてstitch artifactが入らないようにし,4〜6心拍合成する.望ましいフレームレートは,HR 60/分の場合,3Dでは20〜30フレーム/秒以上,3Dカラーでは10〜15フレーム/秒以上である.解像度も高めにする必要がある.心房細動や期外収縮でRR間隔が不整の場合は2〜4心拍合成で,stitch artifactがなるべく入らない心周期を選択する.
⑯ 下行〜弓部〜上行大動脈の可動性プラーク
最後に大動脈を観察してプローブを抜去する.上行〜弓部大動脈の可動性プラークは脳梗塞のリスクとなる.またMICS(低侵襲心臓手術)では大腿動脈から逆行性送血となり,下行〜弓部大動脈の可動性プラークも脳梗塞のリスクとなるためレポートに記載する.
⑰ 3D画像の調整・加工
検査終了後,取得した3D画像を,観察したい方向,部位,断面など任意に加工する.これにより病態を端的に示すことができる(図9).
MRの原因と機序の診断(図10)
① 一次性(器質性)MR
MRの機序は,一次性(PMR)と二次性(SMR)に分類される.一次性MRは弁そのものの構造異常(器質性)によるもので,弁尖や腱索の変性が原因であり,機序は腱索断裂および逸脱が多い.一次性MRに分類されるものとしては,腱索断裂(fibroelastic deficiency),粘液腫様変性(Barlow病),リウマチ性,先天性(房室中隔欠損のクレフトやパラシュート僧帽弁),感染性心内膜炎などがある2).弁輪および弁尖の退行変性(degenerative change),すなわち肥厚や石灰化も器質的な異常ではあるが,石灰化が軽度であり逆流の主たる原因でなければ二次性MRに分類されていることが多い.なお一次性MRの1つに退行変性によるMR (DMR)があるが,M-TEERの文脈では,一次性MR全体を “DMR” とよぶことが多い.
② 心室性機能性MR
前述のような弁尖の器質的な異常がないMRを二次性MRまたは機能性MRとよぶ.二次性MRは弁尖の形態ではなく,左室と左房の評価により心室性機能性MR(VFMR)と心房性機能性MR(AFMR)に分類される.VFMRの機序は,拡張型心筋症,心筋梗塞や心サルコイドーシスにより左室拡大または局所壁運動異常をきたし,弁尖がテザリングしてMRを生じる.
③ 心房性機能性MR
一方,AFMRは一次性MR(器質的な弁の異常)とVFMR(LVEF<50%または左室局所壁運動異常)を除外し,左房拡大を認めるものである4).AFMRの機序・弁形態はさまざまで,弁輪拡大を主体として弁尖がフラットで中心性のMRを生じるものや,後尖優位な心房原性テザリング(atriogenic tethering)があり,前尖が相対的に左房側に偏位し(前尖pseudo prolapse),偏心性MRを生じるものもある.弁輪拡大の定義は僧帽弁輪前後径>35 mm,弁輪面積7.0 cm2/m2(収縮中期の3D計測)とされている4).しかし,高齢者で明らかに弁の退行変性があり,弁輪拡大も定義を満たさないものの,明らかな逸脱がないためにAFMRと分類されていることも多い.このような症例は短い後尖や弁輪および弁尖の石灰化に注意が必要である.
ご覧ください
文献
- Hahn RT, et al:Recommended Standards for the Performance of Transesophageal Echocardiographic Screening for Structural Heart Intervention: From the American Society of Echocardiography. J Am Soc Echocardiogr, 35:1-76, 2022
- Zoghbi WA, et al:Recommendations for Noninvasive Evaluation of Native Valvular Regurgitation: A Report from the American Society of Echocardiography Developed in Collaboration with the Society for Cardiovascular Magnetic Resonance. J Am Soc Echocardiogr, 30:303-371, 2017
- 「 Carpentier’s Reconstructive Valve Surgery」(Carpentier A, et al) , Saunders, 2010
- Zoghbi WA, et al:Atrial Functional Mitral Regurgitation: A JACC: Cardiovascular Imaging Expert Panel Viewpoint. JACC Cardiovasc Imaging, 15:1870-1882, 2022