第3章 肩関節のスポーツ外傷・障害
1 肩関節脱臼
中田周兵,鈴川仁人
(横浜市スポーツ医科学センターリハビリテーション科)
- 肩関節脱臼の保存療法において,初回脱臼と反復性(習慣性)脱臼で治療方針が異なることを説明できるようになる
- 初回脱臼では,損傷組織の治癒を考慮した理学療法プログラムを実施することができるようになる
- 競技復帰時には,正常な上腕骨頭運動,十分な肩回旋筋腱板機能および肩甲骨機能,正しい動作(タックルなど)が獲得できるようになる
1疾患の概要
肩関節は,人体においてもっとも可動範囲が大きい関節であり,それゆえに脱臼が生じやすい関節でもある.肩関節脱臼は,外傷性と非外傷性に分けられるが,スポーツ活動における肩関節脱臼の多くは外傷性である.また,外傷性肩関節脱臼は,その90%以上が前方脱臼であり,初回受傷例の多くが反復性肩関節脱臼へ移行する.代表的な受傷機転としては,ラグビーなどのコンタクトスポーツにおいてタックルした際に肩関節が水平伸展を強制された場合や,転倒し手をついた際に肩関節外旋・伸展強制された場合,ヘッドスライディングで肩関節過屈曲強制された場合,などがある1).
肩関節前方脱臼に伴う病態としては,前下関節上腕靭帯(anterior inferior glenohumeral ligament:AIGHL)-関節唇複合体が関節窩から剝離する
肩関節前方脱臼に対する治療方針としては,手術療法と保存療法がある.手術療法は,おもに反復性へ移行した症例に適応される.術式としては,Bankart病変(AIGHL-関節唇複合体の剝離)を解剖学的に修復することを目的としたBankart修復術や,共同筋腱(上腕二頭筋短頭-烏口腕筋)の付着した烏口突起の先端を切離し,関節窩前縁に移植固定する
2一般的な理学療法の流れ(➡p.29 )
1)問診における注意点
問診では,受傷機転を詳細に聴取することが重要である.たとえばラグビーで,踏み込みが浅く相手との距離が遠く腕だけでタックルして受傷した場合などは,スキル面の問題点が大きいと判断し,機能の回復だけではなく,復帰前に十分な動作指導やスキルトレーニングを行う必要がある.
肩関節脱臼を繰り返している場合には,初回受傷からの期間,受傷回数,それぞれの受傷機転もわかる範囲で聴取する.相手に肩がぶつかっただけで肩がずれる感覚になったり,腕全体が数分間しびれるような症状(デッドアーム症候群)が出たり,通常では脱臼しにくい肢位(下垂位や屈曲位)で脱臼をする場合には,手術療法を検討する必要がある.
2)理学療法評価のポイント
1炎症所見
肩峰や鎖骨,肩鎖関節の圧痛を確認し,肩鎖関節損傷や骨折の可能性を除外した後,肩関節前方組織(腱板疎部や前方関節包,靱帯)の圧痛を確認する.加えて,肩関節裂隙前方およびaxially pouch(腋窩囊)における腫脹(図1)や熱感を左右差で評価し,関節内病変の有無や程度を把握する.
2疼痛評価
初回脱臼直後から固定期間中(受傷後3週程度)は,患部の組織治癒を最優先とする.そのため,画像上で損傷をみとめる組織や受傷した際の肢位,疼痛を訴える運動方向などを考慮し,患部へ過度な負荷が加わらない範囲での評価にとどめることを念頭におく.また,良好な姿勢を保つために重要な肩甲骨内転運動の際に,肩前方の疼痛が出現するか確認する(図2).前方に疼痛を訴える場合,肩甲骨内転に伴う上腕骨頭の前方偏位が生じている可能性が高く,胸筋群のタイトネスを疑う.
医師の指示のもと固定が解除された後は,損傷組織の治癒状況にあわせて理学療法を進めていく.初回脱臼症例では,反復例に比べて損傷組織の治癒が見込めるため,特殊検査を用いて損傷組織の治癒状況(関節安定性の継時的な回復)を十分に把握することが特に重要である.患部保護のために,まずは下垂位で行う特殊検査(load and shift test:ロードアンドシフトテスト)から開始し,受傷からの経過のなかで安定した終末感覚(エンドフィール:end feel)が出現しはじめたら,徐々に肩関節外転位で行う特殊検査(anterior apprehension test:前方アプリヘンジョンテスト)で損傷組織の治癒状況を詳細に評価していく(図3).一方,反復例では損傷組織の治癒はほとんど見込めないため,リハビリテーション開始直後から脱臼肢位での上腕骨頭運動や腱板機能などを評価し,上腕骨頭前方偏位に対するアプローチや受傷機転となった動作スキルの向上を行い,可及的早期の競技復帰をめざすという方針になる.
3機能評価
①静的アライメント評価
肩関節脱臼症例におけるアライメント評価では,上腕骨頭前方・内旋偏位,肩甲骨位置異常,胸椎後弯(胸郭閉鎖,頭部前突)について見落としがないようにする.