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第4章 理学療法評価と治療,理学療法士に求められる要素
2 理学療法における治療
辻本直秀
(西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部)
- EBM,NBM,VBMについて理解する
- 運動療法,物理療法の特徴と歴史を理解する
- ファンクショナルトレーニング(Functional training),患者教育,義肢・装具について理解する
- 医療事故について理解する
1現代医学におけるパラダイム
1)EBM(根拠にもとづく医療)
- EBM(evidence based medicine)とは,根拠にもとづく医療であり,臨床上の疑問に対する問題解決の手法の1つである.
- 臨床上の疑問とは,どうしたら目の前の患者がよくなるかという根本的な問いである.
- EBMという言葉は1990年,マクマスター大学の臨床疫学者グループの一員であるグヤットによってはじめて使用された.
- 医学文献から得られたエビデンス(根拠)を患者のケアに実際に応用する過程を重視した臨床スタイルは,それまでのものとは大きく異なり,このスタイルを実践するための研修プログラムがEBMと命名され,1991年にACP Journal Clubにはじめて活字として示された.
*医学文献は,きちんとしたルールの下で行われた医学研究の結果がまとめられたものである.医学文献のなかでは,例えば新しく開発された治療法がどのような症状をもつ患者にどのぐらいの確率で効果があるのかといった結果が報告されている.その結果は基本的には再現性があると考えられるが,報告が間違っていたり,必ずしも目の前の患者にあてはまらないこともある.なお,医学文献は医学論文や学術論文などとよばれることもある(第1章-7参照).
- グヤットは,EBMに必要な能力として,①文献検索の能力,②批判的吟味の能力,③情報の融合能力,④目の前の患者への適応能力,⑤直接的なエビデンスが利用できないときの統合的なアプローチ能力をあげた.
- EBMといえば,最新の文献を読んで批判的吟味を行い,患者にエビデンスを適応するという誤解がある.しかし,EBMは当初から文献検索や批判的吟味だけでなく,臨床判断のための大きな枠組みとして定義され,臨床意思決定過程における行動指針のようなものである.
- EBMの考え方が生まれたことは,医療界における大きなパラダイムシフトの象徴であるといえる.
- EBMが登場した背景には,医療者が「ほら,これ効いたでしょ?よくなりましたよね?」と患者を言い含めるような医療でも,患者の「これが効くような気がするから」という主観的な意見にもとづいた医療でもなく,きちんとした研究によって実証された科学的根拠をもとに一貫性と再現性を伴う,より確実な結果を出せる医療を提供しようとする医療者の凝縮した想いが根底に存在している.
- 医療費の増加からより効果的な医療の提供が求められたこと,患者の権利に対する意識変化により治療方法を選択する権利が主張されたこと,情報量の増加やインターネットなど通信技術の進歩もEBMの背景に大きくかかわっている.
- 本邦では1990年代後半に医師を中心に叫ばれるようになり,それが徐々にリハビリテーション医学や理学療法学,また看護学の領域にも発展し,普及することとなった.
- エビデンス(根拠)とEBM(根拠にもとづく医療)の混同を避ける必要がある.エビデンスとは,臨床判断においてその判断に根拠を与える情報のことであり,EBMとは臨床判断という個別医療のプロセスにおいてエビデンスという一般情報をいかにして利用するかという方法論のことである.
- すなわち,エビデンスは一般的な情報であり,EBMは個別医療の実践として考えておく必要がある.
- EBMの産みの親とされているサケットは,EBMの実践は個人の臨床的専門技能と患者の価値観とをもって,最良の研究によるエビデンスを統合することを意味すると述べている(図1)1).
- EBMに対する大きな誤解の1つとして,エビデンスという一般情報が個別医療の実践において「確実な根拠」を提供するという盲信的な思い込みがあげられる.
- エビデンスは,個々の患者の未来予測に対する確率論としての情報しか与えていない.よって,エビデンスに完全な保証はなく,医療の不確実性をすべての医療従事者が受け入れなければならない事実が常に存在していることを忘れてはいけない.
- またEBMにもとづきエビデンスを臨床応用する際には,レシピのような画一的医療や,数字だけを判断基準とする非人間的医療,臨床経験を無視する医療ではなく,患者の選好や価値観,治療者の経験なども含めて臨床意思決定を行うことが重要である.
- EBM実践には5つのステップがあり,図2におおまかな手順を示す.
- EBMは劇的に発展し,今日では当たり前のこととなった.医師国家試験や理学療法士国家試験においてもEBMに関する出題がなされており,医療者教育において重要な考え方である.
2)NBM(物語と対話にもとづく医療)
- NBM(narrative based medicine)とは,物語と対話にもとづく医療と訳され,医師は患者が語る物語から,病気だけではなく患者個人の背景や人間関係を理解し,患者の抱える問題を全人的(身体的,精神・心理的,社会的)にアプローチしていこうとする考え方である.
- エビデンスが必ずしもすべての患者に適応される唯一の方法ではないことを前提とし,治療方針の決定には患者の主観的な主張を尊重する試みである.
- EBMとNBMは対立する概念として理解されがちであるが,NBMはEBM実践の3要素(図1)のなかの患者の価値観を理解するためのアプローチを示したものともいえる.いずれも患者中心の医療を実現するために両輪として機能することが期待される.
- NBMにおける患者の語りは,主に診療・治療現場においてその実践が検討されてきた.一方で,診療・治療現場以外の場でも患者の語りを社会資源として,医療現場や社会コミュニケーションとして活用しようという活動がはじまっている.
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文献
- Sackett DL, et al:Evidence based medicine:what it is and what it isn’t. BMJ, 312:71-72, 1996