第4章 進行がん患者の症状緩和・終末期ケア
1.痛み
林 章敏
(聖路加国際病院 緩和ケア科)
Point
- がん患者の痛みには,がん疼痛と非がん性疼痛がある
- がん疼痛にはWHO方式がん疼痛治療法を用いる
- 非がん性疼痛にはレスキュー(屯用の速効性鎮痛薬)を使用しない
はじめに
国際疼痛学会は痛みを,「実際に何らかの組織損傷が起こった時,あるいは組織損傷が起こりそうな時,あるいはそのような損傷の際に表現されるような,不快な感覚体験および情動体験」と定義している.がん患者の痛みは,身体的のみではなく,精神的,社会的,スピリチュアルな苦痛(人生の意味についての悩みなど)などからなる全人的な痛みとして捉える必要がある(図1).
症例
47歳女性.3年前に右乳がんで右乳房部分切除.術後化学療法を受け外来でフォローされている.手術直後より術痕部にキリキリとした痛みが持続している.1カ月前から背部痛を自覚しはじめ,外来を受診した.
1. 痛みへの対応の基本
1評価
詳しく病歴を聴取し,大まかな診断を予測する.その後,身体面を評価する.必要であれば検査も行う(詳細は2.がん患者の痛みの評価を参照).痛みは症状であり,その原因を把握する.聴取するときのポイントを以下にあげる.
- ① いつから痛むか? →がんの発症時期や経過から,がんとの関連を把握する
- ② どこが痛むか? →がんの病変部位との関連を把握する
- ③ どの範囲が痛むか? →放散痛の有無や,デルマトーム(皮膚分節)との関連から神経障害性疼痛の診断に活かす
- ④ 痛むきっかけは? →骨折や腱の損傷など,整形外科的な要因や薬剤との関連などを把握する.触るだけで痛むときは,アロディニア(異痛症)を疑う
- ⑤ どのような痛みか? →鋭い痛みか,鈍い痛みかなどによって体性痛と内臓痛の判別をしたり,しびれや感覚の低下などから神経障害性疼痛かどうかを判別したりする
- ⑥ 増悪するのはどのようなときか? →服薬時間との関連や,体動時や食事との関連,家族の帰宅時や帰宅後,夜間などであれば不安や寂しさとの関連などを把握する
- ⑦ 軽減するのはどのようなときか? →姿勢との関連や,レスキューの効果の有無,食事との関連や家族の面会などであれば安心感や楽しさとの関連を把握する
- ⑧ 鎮痛薬の効果は? →効果が確認できないときは,投与薬剤の用量を調節したり,耐性の有無について確認したりする.また,オピオイドのレスキューが効果を示さなければ神経障害性疼痛を疑う
2治療法の選択と実施
痛みの対応としては,薬物療法(詳細は4.薬物療法を参照)が基本であるが,期待される効果(痛みの軽減度,副作用の有無など)を予測のうえで,神経ブロックや放射線療法など,非薬物療法(詳細は5.非薬物療法を参照)なども候補として検討する.
まずは,候補となる実際の治療について患者に説明し,同意を得る.患者の生活環境や好み,副作用体験などを確認し,実施可能性が高く,より高い効果が期待できる治療法を候補のなかから選択する.
3効果の評価
薬剤投与後,最大効果発現時間に効果を判定する.一般的なオピオイドのレスキューでは投与1時間後,持続性のオピオイド(錠剤,坐剤)であれば投与2~3時間後,貼付剤のオピオイドであれば17~48時間後,静注や皮下注では15~30分後となる.詳細にはそれぞれの薬剤ごとに確認する.
4治療法の再検討
期待された効果を得られれば治療を継続し,異なる場合は投与量や使用薬剤,あるいは治療法を見直し,非薬物療法も改めて視野に入れる.
2. がん患者の痛みの評価
1痛みの分類
まず,がん疼痛か非がん性疼痛かを鑑別する(図2).がん疼痛ではWHO方式がん疼痛治療法に則り,オピオイドやレスキュー(頓用の速効性鎮痛薬)の使用を考慮するが,非がん性疼痛ではそれらの使用を控えオピオイド依存を防ぐ.
2がん疼痛の分類(表1)
1)痛みの性質による分類
① 侵害受容性疼痛
末梢神経終末の侵害受容器が受けた刺激が,神経を介して脳に伝達することで自覚する痛みである.
- 体性痛:
- 皮膚や骨,筋肉などの体性組織への切る,刺すなどの機械的刺激によって生じる痛み.局在が明瞭.
- 内臓痛:
- 食道や胃など管腔臓器の閉塞や炎症,および肝臓や膵臓など実質臓器の炎症や圧迫により生じる痛み.局在が不明瞭.
② 神経障害性疼痛
痛覚を伝える神経の損傷や,神経の疾患に起因する痛み.疼痛領域がデルマトームなどに一致する.
2)痛みのパターンによる分類
1)の性質によって分類された痛みは,同時に痛み方のパターンによっても分類される.
① 持続痛
24時間のうち12時間以上経験される痛み.持続性の鎮痛薬で対処する1).
② 突出痛
持続痛や鎮痛薬使用の有無にかかわらず発生する一過性の痛みの増強.速放性の鎮痛薬で対処する.
3非がん性疼痛の分類(表1)
1)がん治療に伴う痛み
① 手術に伴う痛み
手術操作による創の疼痛は術後痛症候群と呼ばれ,麻酔科的に対応する.創治癒後に開胸術後疼痛症候群や,乳房切除後疼痛症候群などの疼痛がみられることがある.
② 化学療法に伴う痛み
両手両足に対称的な,いわゆる手袋靴下型に生じる化学療法誘発末梢神経障害性疼痛.パクリタキセルやオキサリプラチン,シスプラチンなどで生じやすい.
③ 放射線治療に伴う痛み
放射線照射後疼痛症候群と呼ばれ,放射線治療の晩期障害による組織の線維化などにより生じる.
2)がん・がん治療とは関係のない痛み
① 急性疼痛
胆石や虫垂炎など,急性疾患の合併により生じる.急性疾患の治療と鎮痛を図る.
② 慢性疼痛
慢性疼痛は国際疼痛学会で「治療に要すると期待される時間の枠を超えて持続する痛み,あるいは進行性の非がん性疼痛に基づく痛み」と定義され,おおよそ3カ月以上持続する痛みとされる.脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアによる疼痛,帯状疱疹後神経痛などがある.心理社会的な要因が絡み合う場合,難治性となりやすい2).
③ 心理社会的疼痛
精神的,社会的,スピリチュアルな苦痛が大きく影響している場合,心理社会的疼痛と捉える.心理的負担を抱えている場合は疼痛の閾値が下がり,疼痛を強く感じやすい.傾聴やカウンセリングなどの心理的サポートや,家族の負担感の確認やねぎらいなど家族へのサポートなどを通して支える.
引用文献
- 富安志郎:がん疼痛の分類・機序・症候群.「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2014年版 第2版」(日本緩和医療学会/編),金原出版,pp18-25, 2014
- 「慢性疼痛治療ガイドライン」(「慢性の痛み診療・教育の基盤となるシステム構築に関する研究」研究班/監,慢性疼痛治療ガイドライン作成ワーキンググループ/編),真興交易(株)医書出版部,2018