第2章 症候からの診断ドリル
15.嘔気・嘔吐
吐き気=胃腸炎は危険!
和足孝之
(島根大学附属病院 卒後臨床研修センター/Harvard Medical School Master of Healthcare Quality and Safety)
はじめに
初診や救急外来の主訴で最も多い主訴の1つに嘔気・嘔吐があります.嘔吐や下痢があれば必勝パターン! 患者がゲェゲェ吐いていたらとりあえず制吐剤を点滴して様子をみていれば大体よくなることも多いと思いがちです.でも,そのワンパターンのマネージメントはちょっと待った! 実は,嘔気・嘔吐の主訴は初診外来で最も危ないピットフォールの1つです.今回は,嘔気・嘔吐の顔をしてやってくる危ない疾患を見逃さないように,若手医師が安全に診療できるようになるための臨床のコツをお話しします.
- 患者:
- 60歳男性
- 主訴:
- 嘔吐
- 現病歴:
- 夕食後に大量に嘔吐して救急搬送,来院後は軽度の嘔気を認める.
- 既往歴:
- 33歳尿管結石
- 喫煙歴:
- 18歳から58歳まで15本/日
- 飲酒歴:
- 毎日缶ビール1本
- ⓐ 急性感染性胃腸炎
- ⓑ 抗がん剤副作用
- ⓒ 脳出血
- ⓓ 良性発作性頭位めまい症
- ⓔ 心筋梗塞
- ⓐ 薬剤服用歴
- ⓑ 心理的要因
- ⓒ 嘔吐の回数
- ⓓ 吐瀉物の性状
- ⓔ 随伴症状
最初に結論をお伝えします.嘔気・嘔吐の主訴はその情報のみではあまり診断に役に立ちません.症状がそれだけの場合は自然に軽快することも多く,過剰な検査は不要なことが多くなります.しかし検査などを過不足なく実施したうえで診断するということは経験が浅い医師ではとても難しいと思います.
極論でわかりやすく斬るとズバリ下記だと考えています.
どのようなことかと言いますと,後述するように嘔気・嘔吐の鑑別診断が多岐にわたり多すぎるために,嘔気・嘔吐の症候学と病態を理解することが重要です.病態に沿って嘔気・嘔吐の原因を常に考えることで,暗記する必要はなくなります.
1. 嘔気・嘔吐の病態
嘔気・嘔吐症状の出現には,延髄外側の嘔吐中枢(emetic center:EC)と第四側脳室に近接する化学受容体(chemoreceptor trigger zone:CTZ)が主にかかわっており,そこへ向かって脊髄や自律神経からの情報が伝わると考えられています(図1).つまり,それらの受容体に機械的,物理的,代謝的に影響を与えてしまう病態のすべてが嘔吐の原因になりえる! ということですね.このため嘔気・嘔吐自体の主訴から判断するのでは全く不十分で,むしろそれ以外の随伴する症状を病態生理に沿って一つひとつ丁寧に聞いていくことが重要となります1, 2).
2. 問題1の解説:嘔気・嘔吐の検査前確率は施設によって大きく異なる
さて嘔気・嘔吐はきわめてありふれた主訴であるにもかかわらず,その疫学的な調査が驚くほどありません.その理由として診断学的に嘔気・嘔吐に対する主訴はむしろ最終的な結果であることが多く,それ以外の随伴症状の方が診断に重要であることが多いからだと考えています.
ある救急外来でのセッティングでは嘔気・嘔吐患者64名の最終診断は,胃腸炎19%,高血糖6%,アルコール多飲5%,胃炎5%,腸閉塞3%,胆嚢炎3%,膵炎2%,腎疝痛2%,不明55%とされています3).しかし,検査前確率は施設によってどのような患者層(例えばがん患者の診療を行うクリニックや,コモンディジーズを診ることが多いクリニック)を診ているかで大幅に変わってしまうため,自分の施設や救急外来のセッティングを意識するとよいでしょう.
筆者が実施した1,802例の日本の医療訴訟の解析では「胃腸炎,風邪,便秘」などのコモンディジーズであると安易に判断してしまった場合に診断エラー関連訴訟に発展していました.このことからも嘔気・嘔吐の症状を見た場合には,その原因をしつこく考えることが重要であることが再認識されます.なぜ嘔気があるのか? 病態を考える姿勢をもつことで,患者さんの情報を手にいれるスキルが身につきやすくなります.実は本稿で記載した鑑別診断の8割程度は病歴だけで十分除外が可能です.一方で,見逃してはならない疾患の1,2点程度は鑑別診断のリスト中に必ず入れるように心がけると見逃しが大きく減ることがすでにわかってきています.
3. 問題2の解説:よくある主訴の嘔気・嘔吐それ自体の情報のみでは診断的価値は低い
問題はややトリッキーですね.読者の皆さんが何を最も考慮するかで病歴聴取時の優先度は当然変わってよいのです.しかし,くり返しますが嘔気・嘔吐の情報のみでは鑑別診断の絞り込みや除外にはあまり役に立ちません.そこで随伴症状を聞きだすことができるかが診断プロセスのなかでキモになります.特に診断がついていない情報が乏しい症例の場合は,見逃すとまずい緊急疾患から除外することを心がけることが重要です.
具体的には化学受容体と嘔吐中枢に直接刺激を与える疾患のなかで特に危ないものですね.覚え方は,「破れる・捻れる・裂ける・詰まる」の類のものです.頭蓋内圧が亢進する脳出血や髄膜炎,心臓や血管系のイベント,絞扼性イレウスなどの腸管虚血を考慮する病態があげられます.つまり,中枢神経症状や,急性腹症や,胸痛や背部痛などのほかの先行する病態を同時に考えながら進めます.そのほかの症状のSQは他稿に譲ります.
- ⓐ 意識障害
- ⓑ 中枢神経症状
- ⓒ 2時間続く激しい腹痛
- ⓓ 呼吸数28回/分
- ⓔ 水様性下痢が1日6回
4. 問題3の解説:嘔気・嘔吐+αを常に考えることが最も重要
特に緊急性を考慮すべきポイントとしてまずは下記3点を確認しましょう.
- ① 意識障害や中枢神経症状+
- ② 急性腹症
- ③ 冷汗,頻呼吸などの緊急的指標
実際にはどのように具体的な病歴を聴取していけばよいでしょうか? 効率よく鑑別を進めるために必要な情報を表1にまとめました.もちろん,これだけですべてを網羅するわけではありませんが,実際に嘔気・嘔吐の患者を診察する場合には鑑別診断を考慮しながら,除外ないし,最終診断を絞り込んでいく考え方をルーチンで行うことがとても有効だと考えます.結局のところ,外来などで遭遇する嘔吐の原因の多くは急性胃腸炎なのですが,その場合でも表1の情報を手に入れることで自信をもって,効率よく判断できるようになります(慣れれば5分もかかりません).特に嘔吐に続いて下痢の症状があれば急性胃腸炎の可能性がグンと高くなります(とりわけ,水様性下痢が1日6回あるような場合は緊急性が高くなります).逆を言えば,嘔吐して来院する高齢者の診療は病歴がとれないことが多いので診断エラーの宝庫になってしまうわけです.
患者に嘔吐の性状と回数,また嘔吐に先行する随伴症状を確認した.
電撃的なビリッとする腹痛と冷や汗が5分程度出現した後に大量の嘔吐が1回あった,その後に軽度の嘔気が続くことが判明した.
5. この症例のSQは?
ここまでの臨床情報からSQをあげてみましょう.まずはSQにするためのキーワードをピックアップしてみましょう.
SQを抽象化するために嘔気・嘔吐の症状をまとめますと,どうも症状の強さのイメージは図2のようなグラフになると思います.
しかし,嘔気・嘔吐は随伴症状を確認して他緊急疾患を除外することが重要でした.SQを絞り込むために随伴症状である電撃的なビリッとする腹痛との関係をさらに聴取する必要がありそうです!
食後テレビを見ている最中,ビールを飲もうとしたときに明らかにビリッと感じる腹部の痛みと,冷や汗が出現した.その後に急に気分が悪くなって嘔吐した.痛みは人生で経験したことがない強さであったが,来院時には半分程度に改善している.冷や汗は5分程度で消えた.
という情報を入手しました.ここで大きく思考のプロセスが変わることがおわかりかと思います(図3).
ここまでまとめてみましょう.「急激な秒単位で明らかな腹痛(sudden onset abdominal pain)」という重要な情報が嘔気・嘔吐の前に先行していることが明らかになり,男性,喫煙者,冷や汗という情報がより重みをもちはじめますね.
本誌の意図である症例をSQ に落とし込んでみましょう.これを第1章1と同様にPubMedでCase reportの検索をしてみます(検索ワードはsudden onset AND abdominal pain AND Nausea AND sweating).結果として“Spontaneous rupture of adrenal pheochromocytoma〜”からはじまるタイトルのケースレポートが1件だけ検出されました.このことからも,例えばsudden onsetの腹痛の「破れる・捻れる・裂ける・詰まる」を意識する必要性を感じることができますね.また造影CTでの検索は優先度が高さそうであると判断可能です.
引用文献
- AMERICAN GASTROENTEROLOGICAL ASSOCIATION:American Gastroenterological Association medical position statement:nausea and vomiting. Gastroenterology, 120:261-263, 2001
- 「制吐薬適正使用ガイドライン2015年10月 第2版」(日本癌治療学会/編),金原出版,2015
- Patka J, et al: Randomized Controlled Trial of Ondansetron vs. Prochlorperazine in Adults in the Emergency Department. West J Emerg Med, 12:1-5, 2011
- Tokuda Y, et al:Caught in the Web:e‐Diagnosis. J Hosp Med, 4:262-266, 2009
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