第6章 頸部・上肢
3.手関節・手指
正富 隆
(行岡病院整形外科・手の外科センター)
Point
- 手関節は前腕骨と手根骨の複合した動きの合算として可動し,手指の向きを微調整している
- 母指は対立し,手指は手外筋と手内筋が協働して動くことで巧緻性を発揮している
- 病態を知っていれば診断が容易なことも多く,舟状骨骨折の看過だけはしないように心がけたい
はじめに
上肢機能は,緻密な動作で機能を発揮する出力端子たる手指を,肩・肘・前腕・手関節でリーチ・方向調節して目的物に届かせることで成り立っている.身体のなかで最も自由度の高い動きをする肩関節で大きな方向を決めて肘関節の屈伸で対象との距離を調節し,前腕の回旋(回内・回外)を合わせた手関節で方向の微調整をしながら手指の機能を発揮(出力)している.
本稿では,手の方向の微調整と機能出力をそれぞれ担う手関節と手指に関し,知っておきたい病態や診察法について機能解剖を交えながら概説する.
手関節
1. 手関節の機能解剖
手関節の動きは解剖学上,背屈・掌屈,橈屈・尺屈と規定され,前腕の回旋(回内・回外)1)による180°の動きを加えて手指の向きを調整するが,実際には8つの手根骨と前腕骨(橈骨・尺骨)の動きの合算として動いている1).図1Aに正常手関節のX線画像を示す.
1骨解剖
1)前腕骨
橈骨と尺骨という2本の骨を受け皿として手(手根骨)が乗っている関節がいわゆる手関節であり,解剖学的には橈骨―手根関節・尺骨―手根関節と表される.手関節では橈骨の方が幅広く手根骨を支え,その橈骨が尺骨を軸としてその周りを回旋する(図1B).
2)手根骨
機能的な意味での手関節には,さらに手根骨間の関節が含まれる.手根骨は近位列の3個(舟状骨・月状骨・三角骨)と遠位列の4個(大菱形骨・小菱形骨・有頭骨・有鈎骨)に分かれ,三角骨に対し掌側に重なる(豆状―三角骨関節)豆状骨を合わせて8つ存在する.遠位列4個と近位列の月状骨・三角骨はそれぞれ一塊と考えてよいほど相互の動きは少ない.それらを動きながら橋渡しするのが舟状骨である(図1B).
2関節構造
手関節の動きは,以下に述べる3つの関節の合算と考えることができる.
1)手根中央関節
手根骨近位列を受け皿として遠位列が動く関節である.関節裂隙の形をみれば,橈尺屈方向には動かず,掌背屈に関与する関節であろうと想像はつくと思う(図1B).この関節で手関節背屈の約40%,掌屈の約60%を担っている.実際には回転軸が掌背屈方向に対して約45°傾いており(図1Bの断面図),ダーツの矢を投げるときの手関節の動き(橈背側から尺掌側へ)として「ダーツスローモーション」と呼ばれる2).
2)橈骨(尺骨)―手根関節
手関節背屈の約60%,掌屈の約40%を担っており,実は純粋な橈尺屈の動きはここでもあまり生じていない.ここではダーツスローモーションの回転軸に対して90°の回転軸上で動き(逆ダーツスローモーション),手根中央関節のダーツスローモーションとの合算で見かけ上の掌背屈・橈尺屈が生じていると考えれば理解しやすい(図1B).
3)遠位橈尺関節と TFCC(三角線維軟骨複合体)
尺骨頭の周りに回旋する動きは遠位橈尺関節が担う.その回旋軸は尺骨茎状突起の基部(尺骨小窩:ulnar fovea,図1Bの●)を通り,ここに掌側・背側の橈尺靱帯と尺骨手根骨間靱帯が付着して橈骨を回転軸に引き付けている.これらの靱帯に囲まれて三角骨と尺骨頭の間の空隙を埋めるように,膝の半月板のような軟骨(軟骨円板)が存在する(図1Bの).これらの靱帯と軟骨円板を併せて三角線維軟骨複合体(triangular fibrocartilage complex:TFCC)という.
2. 手関節の痛みと病態
手関節痛の原因には外傷,炎症,変性疾患などがあるが,痛みの部位ごとに原因となる病態を知っていれば,案外診断が容易であることも多い.
1橈骨遠位端骨折
転倒して手を突いたときに生じる.骨の脆弱性に基づく外傷であるので,小児期あるいは骨粗鬆症を生じる閉経後の女性に多い.手関節部ではあるが,前腕骨の橈骨・尺骨の骨折であるので,痛みや腫脹・変形の部位をみればX線撮影するまでもなく診断は容易である.
2橈側の痛み
1)舟状骨骨折(図2)
橈側部痛の原因となる外傷の代表である.転倒して手を突くという受傷機転は橈骨遠位端と同じであるが,青壮年の男性が仕事やスポーツ活動中に受傷することが多い.パンチ動作で受傷することもある.
遠位列と近位列を橋渡しする舟状骨が偽関節部で動くと,手関節の運動バランスが破綻してしまい,将来的に変形性関節症(scaphoid non-union associated collapse:SNAC)に至り(図2C),痛みと機能障害をきたす.診断には,まずsnuff box(嗅ぎタバコ窩)の圧痛を確かめ(図3),X線は斜位を含めた4方向撮影すること(舟状骨骨折に限らず手関節の診断においては手根骨の評価のため4Rをルーチンとすべきである).snuff boxに圧痛があれば,骨折の可能性を説明して念のためギプス固定し,手外科医に紹介する.2週間程度で骨折線が明瞭となることはよく経験する.
2)de Quervain腱鞘炎
外傷ではない橈側部痛の代表である.長母指外転筋腱(abductor pollicis longus:APL)・短母指伸筋腱(extensor pollicis brevis:EPB)が通る橈骨茎状突起部の第Ⅰ伸筋区画(図1Bの断面図,3)における腱鞘炎である.出産後に子どもを抱くことが増えるなど過負荷に基づく場合も多いが,中年以降に伸筋区画をつくる靱帯の肥厚により第Ⅰ伸筋区画が狭小化し,普通の日常生活を続けているだけで生じることも多い(狭窄性腱鞘炎).Finkelstein testが陽性(母指を手掌に握り込ませ,手関節を尺屈させると痛みが誘発される)であれば診断も容易である.ステロイド注射が有効であるが,的確に注射する必要があり,狭窄性の場合は,手術適応となるので治療は手外科医に任せたい.
3)母指CM関節症・STT(舟状―大小菱形骨関節)関節症(図1C)
橈側部痛の原因となる変性疾患の代表.注意深く圧痛を探る.snuff boxに近いがやや遠位・母指寄りになる.CM(carpometacarpal)関節症の場合は,母指の中手骨を把持して大菱形骨に軸圧をかけながらgrindingする(押しつけて捻りながらグリグリする)と痛みが誘発される.母指基部の関節なので,母指機能を大きく障害する.X線で関節裂隙の狭小化,骨棘形成や骨硬化を認める.
3尺側の痛み
以下のような病態が代表的であるが合併していることも多く,その診断・治療は手外科医も難渋するところである.
1)TFCC損傷
外傷による尺側部痛の原因であるが,軽微な外傷でも生じることがあり,他の炎症性,変性疾患との鑑別が難しい(受傷のエピソードを覚えていないこともある).尺骨小窩の圧痛(fovea sign)が特徴である(図4A).近年TFCCの存在と機能解剖が明らかになるに従い,手関節尺側部痛があれば安易にTFCC損傷と診断されてしまうのが問題となっている.特に労災や交通事故の後遺症診断において,TFCC損傷ではない尺側部痛(単なる捻挫・打撲など)を最初にTFCC損傷と診断・治療された場合,残存した尺側部痛は金銭的な利得にかかわるためトラブルとなるケースが頻発している.
2)尺骨突き上げ症候群
橈骨に対する尺骨の長さはulnar variance(橈骨尺側関節面と尺骨関節面の高さの差を示す)として表されるが(図1A,B),個人差も左右差もある.尺骨が長いplus varianceであれば,尺骨頭と月状骨・三角骨,またその間のTFCCの軟骨にかかる圧が高まり,軟骨変性が生じて痛みの原因となる変性疾患である(図1C).手関節の尺屈ストレス(shake hand test:図4B)による疼痛誘発が,1つの目安である.
3)ECU(尺側手根伸筋)腱鞘炎・脱臼
尺骨頭の背側には手関節を尺背屈させる尺側手根伸筋腱(extensor carpi ulnaris:ECU)が通っている(第Ⅵ伸筋区画:図1B).手の過回外によりECUに張力ストレスをかけると疼痛が誘発されるのが特徴である(carpal supination test:図4C).ラケットスポーツなどのインパクトの衝撃で第Ⅵ伸筋区画の隔壁が断裂して生じる「ECU腱脱臼」も外傷による急性尺側部痛の原因となる.
4正中の痛み
手を突いて荷重し,手関節背屈強制位での痛みが主訴となることがある.正中背側の圧痛(月状骨周囲)があり,まずはKienböck病(月状骨壊死)を鑑別する.X線やMRI(T1W low, T2W low)で診断するが,初期には所見がない場合もあるので,疼痛が続けば数カ月単位で経過をX線でフォローする.MRIで潜在性の小さなガングリオン(関節や腱鞘に連続する嚢胞の中に関節液や滑液が濃縮してゼリー状となって貯留する腫瘤)が見つかることや,経過中ガングリオンが出現することもある.診断のつかない正中の痛みは,手外科医にフォローを依頼する.
手指
1. 機能解剖
1骨・関節
固有指部は指節骨と指節間関節(inter-phalangeal joint:IP関節)からなり,手部の中手骨との間に中手―指節間関節(metacarpo-phalangeal joint:MP関節)をつくる(図5).母指の指節間関節(IP関節)は1つであるが,示指~小指には遠位(distal inter-phalangeal:DIP関節)と近位(proximal inter-phalangeal:PIP関節)という2つの指節間関節(IP関節)がある.関節には橈・尺側の側副靱帯が関節の内外転を制動している.MP関節においては伸展位では内外転は許容され,屈曲位で制動される構造になっている.
2手指の伸展
1)手外筋(extrinsic muscle)
手指を駆動する筋のうち,前腕に筋腹をもつものをいう.総指伸筋(extensor digitorum communis:EDC)は主にMP関節の伸展を担う.これによりIP関節を屈曲したままMP関節を進展させることができる(intrinsic minus position:図6A).
2)手内筋(intrinsic muscle)
手部(手関節以遠)に筋腹をもつ筋をいう.骨間筋や虫様筋などがそれで,IP関節を伸展させると同時にMP関節は屈曲する(intrinsic plus position:図6B).EDCが断裂すると,代償的にこの指位をとりながら指を伸展させようとする.
3手指の屈曲
各指は中節骨に停止する浅指屈筋(flexor digitorum superficialis:FDS)によりDIP関節以外が屈曲し,末節骨に停止する深指屈筋(flexor digitorum profundus:FDP)によってのみDIP関節は屈曲する(FDP test:図6C).FDPは各指の独立性が低いため,全指を同時に握ってはじめてDIP関節を力強く屈曲できる.つまり各指1本だけDIPを屈曲しようとしても簡単には屈曲できない.それに対してFDSは比較的独立性があるので(1本だけPIP関節を屈曲することはできる),FDS test(図6D)によりFDSの連続性や先天的欠損の有無などを確かめることができる.
4母指
屈伸は手外筋である長母指伸筋,短母指伸筋と長母指屈筋で行うが,母指において最も重要な機能は手指(示指〜小指)に対向し(対立位:図6E),物を把持することである.これは手内筋である母指球筋で行う.母指は,屈伸可動性よりも安定した対立位がとれるかどうかが機能を左右する.したがって対立の動きを司る母指基部のCM関節は重要である.
2. 外傷
1腱損傷
ガラスや刃物での切創により腱損傷を疑えば,図6のような手指の動きを確認して腱の連続性が保たれているか否かを確かめる.しかし,一部でも連続性が残っていれば動きに問題は生じないため,後になって完全断裂を生じることがある.また同時に神経損傷を合併していることも多く,腱損傷の可能性のある切創をみれば,指の動きに問題がなくても感染防止処置をして手外科医に紹介すべきである.
1)マレットフィンガー(mallet finger:槌指)
軽い突き指により伸筋腱が末節骨停止部で皮下断裂するものである.痛みを伴わないことも多く「気がついたらDIP関節が伸びなくなっていた」という主訴で受診する.末節骨の剥離骨折を伴うこともあり,この場合は疼痛・腫脹がみられる.
2)ラガージャージ損傷
ラグビーのタックル時にジャージを強く握っているとき(=FDPを強く収縮させDIP関節を屈曲しているとき)にジャージに引っ張られてDIP関節が他動的に伸展させられる力がかかることで末節骨に停止するFDPが剥離断裂するもので,環指に多い.受傷機転とDIPの屈曲不能で診断は容易である.
2骨折・靱帯損傷など
1)回旋変形治癒
手指の骨折は関節内骨折になると慎重になるが,関節外骨折は安易な治療がされがちである.特に伸展位では外見上もX線上も変形が少ないため,骨癒合が完成した後に回旋変形に気づくことがある(図7).たかが骨折と思わず,手外科医による加療を勧める.
2)skier’s thumb(母指MP関節尺側側副靱帯損傷)
スキーのストックを握ったまま転倒して手を突くという受傷機転から命名されている.MP関節屈曲位で基節骨に橈屈ストレスがかかって断裂する.手指の靱帯損傷は保存治療の適応となることが多いが,これは断裂靱帯が母指伸展機構の上に逸脱し,手術適応となりやすい外傷である.先述の通り,母指は安定性が重要なので的確な治療を要する.これも手外科医へのコンサルトが望ましい外傷である.
3. common disease
屈筋腱を骨に沿わせるための靱帯性腱鞘(pulley)部で生じる狭窄性腱鞘炎である「ばね指」(指の屈伸に際し,腫脹した屈筋腱がMP関節掌側のA1 pulleyを通過するときに引っかかるために生じる弾発現象)やDIP関節の変形性関節症である「Heberden結節」,第6章4で詳説される手根管症候群や肘部管症候群はよくある病態であるが,症状を知っていれば容易に診断できるのでぜひ覚えておいてほしい.
おわりに
手関節・手指の機能解剖は複雑で敬遠されがちなので,できるだけ単純化して述べた.また痛みや機能障害は,知っていれば研修医でも簡単に診断できる病態も多く,それを中心に簡単に紹介した.本稿が手外科に興味を抱くきっかけになれば幸いである.
引用文献
- 米本恭三,他:関節可動域表示ならびに測定法(平成7年4月改訂).リハビリテーション医学,32:207-217, 1995
- 森友寿夫,他:手関節のキネマティクス:in vivo三次元運動解析.日本手の外科学会雑誌,20:26-29, 2003
参考文献・もっと学びたい人のために
- 「手の外科の実際 改訂第7版」(津下健哉/著),南江堂,2011
↑1965年に初版が出版されて以来,日本の手外科医のバイブルであり続け,姉妹書である「私の手の外科(改訂第4版)―手術アトラス」は数カ国語に翻訳され,世界中で愛読されています. - 特集 手関節尺側部痛をきたす疾患の診断と治療(加藤博之/編),関節外科 基礎と臨床, 36:793-884, 2017
↑病態の理解や診断・治療についていまだに議論の多い「手関節尺側部痛」をとりあげた特集です.最先端の研究者たちが最新の知見を網羅し,今後の研究・臨床の発展への基礎を固めるにはうってつけの内容です.
著者プロフィール
正富 隆(Takashi Masatomi)
行岡病院整形外科・手の外科センター
手外科医はマイクロサージャリー・関節鏡・人工関節などあらゆる整形外科領域で応用可能な技術を身につけることができ,究極の総合整形外科医といえます.運動器に興味があれば,まず手外科を勉強してみてください.