総論
1.入院患者の診療の進め方
石丸裕康
(関西医科大学 総合診療医学講座(地域医療学)/ 関西医科大学香里病院 総合診療科)
Point
- 今日の入院診療は複雑化しており,複数の問題を抱えた患者さんが,多数の医療従事者からケアを受けている,という状況が普通になっている
- 入院診療のプロセスでは,入院初期,中期,後期のそれぞれのフェーズで注意すべきポイントがある
- 診断・治療の知識・技術のみでなく,複雑な状況をうまくマネジメントする能力も身につける必要がある
はじめに
現代の入院診療環境は非常に複雑です.医療技術の進歩はもちろんのこと,高齢化などを背景に患者さんの状況も複雑化し,医療ニーズが多様化しています.これらのニーズに対応するため,医師だけでなく多職種が関与するチーム医療が一般的となっています.この状況は,パイロットやほかの職種が共同して安全な到着をめざす飛行機の運行に似ています(医療業界が航空業界から学ぶべき点は多いと思われます).多職種が共同で目的に向かう現代の入院診療において,医療の提供のしかたや働き方の変化が求められていますが,古いやり方が続いているケースも多いでしょう.
本稿では,このような複雑な入院診療の進め方について,その要点を解説したいと思います.
1. 入院診療の進め方
入院診療のプロセスは航空機運行に例えると,出発準備~離陸(入院初期:入院時の初期評価),安定航行(入院中期:初期評価後の診療),着陸~到着(入院後期:退院調整)の3つのフェーズに分類できるでしょう.それぞれのフェーズの特徴と注意点を以下に述べます.
1(専門医を呼べるとしても)自分でやるべきこと(図1)
患者さんが入院すると,図1に示すように病歴,身体所見,検査所見などを収集し,初期評価を行います.定期的な入院の場合,このプロセスの大部分は外来で完了しており,入院担当医の役割は再確認やダブルチェックなどになる場合もあります.このプロセスで入院担当医が注意すべきポイントは以下の通りです.
- 外来担当医の情報を鵜呑みにしない
- 入院時の基本データ収集を怠らない.特にアレルギー歴や薬歴(他院での処方)は漏れがちであるが,包括的に収集する.近年では多剤内服(ポリファーマシー)が大きな問題とされており,薬剤の確認と処方理由・必要性の見直しは入院診療の1つの役割となってきている
- 栄養,高齢者総合的機能評価(CGA),緩和医療に関する情報についても包括的に情報収集する.この面での情報は看護師を中心に収集されていることも多いが,入院担当医として必ずこの項目に漏れがないか確認し,必要に応じてプロブレムリストにあげる
- 初期のプロブレムリストの作成は非常に重要であり,目標設定を含めてできるだけ明確な方針を提示したい.ここの設定が曖昧だと,目的地がわからないまま離陸する飛行機のような状態になってしまう
本書では,特にポリファーマシーを意識した対応(第4章-5 p.248参照),CGA(第1章-2 p.31参照),栄養(第2章-3 p.74参照)などの基本的な考え方について解説しているので参照してください.
2入院中期の進め方(図2)
初期プロブレムとその評価(アセスメント),プランが適切に設定できれば,以降の診療はおよそそれに沿って進められます.航空機運行で言えば安定航行に入った状態と言えるでしょう.医療現場で言えば,典型的にはクリニカル・パスに乗った状態で,大きな問題がなければある程度自動的に診療プロセスが進んでいくかもしれません.
しかしながら航空機と大きく異なり,入院診療,特に内科系の複雑な患者診療では,このような標準的プロセスからの逸脱が頻繁に起こります.入院担当医の力量が問われるのはまさにこの「逸脱」への対応であり,早期にそれを感知して,対処・修正する能力が求められます.このプロセスでの注意すべきポイントを以下にあげます.
- 入院時に設定されたプロブレムを常に意識して毎日の情報収集と評価を行う
- 情報源は,病歴・身体所見などのベッドサイド情報や,検査所見のみではなく,日々患者さんをケアする看護師からの情報も重要である.またあなたが後期研修医であれば,チームの初期研修医から得る情報も重要である
- 薬剤については薬剤師が,リハビリの進捗状況についてはPT/OT/STなどのリハビリ担当者が最も情報をもっている.こうした各専門職からの情報収集経路も確保しておくべきである
- 看護師,ほかの医療専門職,コンサルタント,同じチームの医師からの情報などは間接的情報であり,鵜呑みにせず必要に応じて自ら確認する姿勢が大切である
- 収集した情報は,①現在のプロブレムへの対処がうまくいっているか,いないか,②特に患者さんの基本的状態(ADL,栄養状態,緩和医療など)が変化していないか,③新たな問題が生じていないか,といった軸に沿って評価する
日々の情報収集と分析により,各プロブレムが進展したり(図2ではA→A’で表現),新たなプロブレムが出現したりします.本書では,病棟で頻繁に起こる問題とその対処について,解説いただいているので参照してください(第2章~第3章 p.60~217).
3入院後期の進め方(図3)
入院プロセスが進み,各プロブレムが解決ないし整理がついてくる状態になると,退院をめざしたフェーズとなります.このフェーズでは,未解決あるいは安定したプロブレムをうまく退院後へ移行させるスキルが問われます.このフェーズで入院担当医に求められるポイントを以下に示します.
- 入院中のプロブレムを整理し,外来へ移行する問題点を明確にする
- それぞれをどこの部門に引き継ぐのかを設定する(典型的には,病院の外来担当医と,地域のプライマリ・ケア担当医が主体になるだろう)
- それぞれに移行したい内容を適切に引き継ぐように段取りする(診療録記載,紹介状など).特にそれぞれのプロブレムを誰が主として対応するか,投薬をどの医師が行うのか,を明確にしておく
- 患者さんの状態によっては地域のケア担当者・看護担当者ともコンタクトをとる必要がある.複雑な事例では,関係者が一堂に会して退院調整会議を開催することが必須となる
これらのケア移行はうまくいかないと,頻繁にエラーが発生し(特に薬剤投与),再入院を要する事態となったりするなど重要なプロセスですが,あまり注目されていません.しかしながら,医療の質向上・安全を保つうえで重要であることを理解してください(第4章 p.218参照).
2. 「困った」状況をどう乗り切るか?
いくつか問題が起きるとは言え,多くの患者さんではおおむね大きな問題なく前述のようなプロセスを経て退院していくのですが,時に困ってしまう事例が生じます.入院診療を担当している医師であれば,だれでも「いったいどうしたらいいのだろうか?」と戸惑ってしまうような事例を経験しているでしょう.いろいろと検査を重ねているのに診断がつかない,治療方針を巡ってA科とB科の意見が全く逆のことを主張する,最適と説明する診療方針に患者さん本人が同意しない,患者さんを退院させる先の見当がつかない,など入院担当医として困る状況は枚挙にいとまがありません.しかもこうした問題をクリアに解説してくれる教科書や論文があるわけではないのです.こうした複雑な状況には,なるべく直面したくないものですが,逆に言えばこうした状況への対応こそプロとしての医師に求められているスキル,とみる考え方もできます.複雑な状況に対処する画一的手法があるわけではありませんが,ある程度のコツはあります.以下にいくつかのポイントをあげます.
- 解決に力になってくれそうな人を見つけ出し,マネジメントに巻き込む.診断に迷う事例であれば関係の各専門医であろうし,退院調整であればMSWなどを巻き込む
- 多くの関係者の能力をうまく発揮させるためのスキル(ファシリテーションスキルやリーダーシップ,交渉術)を身につける.このようなスキルはカンファレンスなどで役立つだろう
- 複雑な状況を整理するツールを利用する.例えば臨床倫理の四分割表などが役に立つだろう.一定のフォーマットで状況を整理することで,見通しがよくなり,問題点を関係者で共有しやすくなる場合がある
- 複雑な状況を記述する能力を身につける.例えば倫理的問題の分析方法や,CGAなどに習熟し,「困った状況」を適切な用語で記述することができると,文献検索などが可能となり,解決につながるステップとなる
※MSW:Medical social worker(医療ソーシャルワーカー)
3. 入院診療の質を高める
ここまで入院のプロセスとその対応,注意点について述べました.基本的には入院診療は前述のプロセスのくり返しであり,慣れてくればあまり意識しなくとも円滑に進めることができるようになるでしょう.ただ,漫然とこのプロセスをくり返すのでなく,もう一歩進んでその質を高めることができないか,という意識を常にもって診療に取り組んでほしいと願っています.
医療の質は,近年,有効性(科学的根拠に基づいた医療が行えているのか),安全性という観点のみでなく,患者中心性(患者さんの意向,ニーズを尊重した医療が行えているのか),効率性(医療資源が浪費されていないか),公平性(患者さんの社会経済的背景によらず医療が提供されているか),適時性(適切なタイミングで医療が提供されているか)といった多面的な観点から評価されるようになっています1).
特に患者中心性という視点から,Patient experience(患者経験)といった指標が重視されつつあります2).初期研修医や専攻医の皆さんはベッドサイドで頻繁に患者さんや家族と最前線で接する立場であり,患者さんのニーズや意向の把握,対話を通じて患者経験を向上させることで,入院診療の質を高めることができるキープレーヤーであることをぜひ理解してほしいと思います.
おわりに
飛行機の乗客にとって飛行機に乗ること自体が目的なのではなく,旅行であれ仕事であれ,着陸後の行動こそが目的であるのと同じように,入院患者さんも,入院生活そのものが目的なのではなく,退院後の(可能な限りの)健やかな人生こそ目的なのであり,入院はそのための1つの手段にすぎません.われわれは毎日を病院で過ごしているため勘違いしがちですが,患者さんにとって入院生活は非日常なのであって,入院前の生活や,入院後の生活こそが本来の日常なのです.
入院担当医にとっては(特に初期研修医にとっては)退院が大きなゴールであって,退院させれば一丁上がり,といった感覚に陥りがちです.しかし入院生活は患者さんの長い人生の1つの局面にすぎず,退院した後も,患者さんの人生は続いていくのである,ということを(あたり前といえばあたり前なのですが)念頭において診療にあたってほしいと思います.
なお,本稿はレジデントノート増刊 Vol.16 No.5「病棟でのあらゆる問題に対応できる! 入院患者管理パーフェクト(2014 年発行)」掲載稿を基に加筆修正を行ったものです.
文献・参考文献
- Institute of Medicine(US)Committee on Quality of Health Care in America: Crossing the Quality Chasm:A New Health System for the 21st Century. Washington(DC):National Academies Press(US):doi:10.17226/10027, 2001(PMID:25057539)
- 青木拓也.Patient Experience(PX)評価の意義と展望.医療の質・安全学会誌,17(4):393-398, 2022
著者プロフィール
石丸裕康(Hiroyasu Ishimaru)
関西医科大学 総合診療医学講座(地域医療学)/関西医科大学香里病院 総合診療科
長年勤務した病院から,一昨年大学勤務に変わり,小規模病院で総合診療科を立ち上げるチャンスに恵まれました.総合診療医や総合内科医の実践・教育に適した環境で,日々刺激に満ちた取り組みに励んでいます.
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