Chapter1
ECMOの歴史(概略)
1始まり
体外式膜型人工肺(ECMO)によるサポートは,体外式生命維持法の一形態である.ECMOは治療ではなく,基礎疾患の病態を修復するものではない.
この技術は,心肺バイパスや,心臓手術で使用される人工心肺装置から直接的に発展したものである.
体外生命維持装置には他に,透析,持続的血液濾過および人工心臓などの装置が含まれる.
表1に,ECMOの発展につながった主な出来事を列挙している.ガスと血液との混合を行った初期の実験は,血栓形成によって失敗した. 20世紀初めのヘパリンの発見により,この問題を解決することができた.ガスと血液との混合を可能にした各種の装置が開発され,そのなかで最も知られているものはおそらく気泡型人工肺であろう.この装置では,文字通り酸素が気泡として血液の中に沸き上がっていた.気泡の大きさを注意深く調整し,除泡装置を備えた回路デザインによって,このシステムは気泡が血流に混入することなく,つまり空気塞栓を引き起こすことなく,応用が可能となった.ただ,ガスと血液が混合すると,さまざまな形で血液の恒常性の崩壊が起こるため,使用期間が限られていた.そのためガスと血液との間に半透膜を介在させる手法の発見は,より長期のサポートにつながる重要な進歩であった.
ECMOの誕生は,1929年にロシアで行われた犬での体外循環の初めての成功例に起源する.ヒトに対する最初の心肺バイパスの成功例は,1953年にGibbonによって成し遂げられた.
1971年,外傷患者が3日間のECMOサポートの後に生存退院した.この患者はECMOの恩恵を受けた最初の患者と考えられている.数年後,Robert Bartlettは,最初の乳児のECMO成功例を報告した.この技術は多くの臨床医に影響を与え,多くの患者に応用された.
2黎明期
呼吸不全患者の体外式補助の最初の臨床研究は,米国国立心肺血液研究所(National Heart, Lung and Blood Institute)によって開始された.1979年に発表されたこの研究結果は,大部分の患者(90%)が死亡し,グループ間の背景には有意差がなく,非常に期待外れの結果であった.この研究では,ECMOは患者の生命をサポートすることができても,肺自体の回復は得られず,悪化は阻止できないことを示唆した.
この研究の結果,ほとんどの臨床医はECMOの使用を中止した.
それでも限られた少数派はECMO技術の開発を続けた.その一方で呼吸不全患者の治療法の異なる側面を改善させようとしたグループもあった.ある臨床医は,肺は人工呼吸器による陽圧によって傷害されていると考えた.この人工呼吸器による傷害を減少させる方法が開発された.このいわゆる肺保護換気戦略は,実際に傷害を最小限にする肺換気技術である.その有望な方法の1つとして,人工呼吸管理に必要な換気量の減少を目的として,二酸化炭素(CO2)除去のためにECMOを治療に組み合わせることが考案された.しかし,比較研究では,ECMO使用群が従来治療群よりも良好であるという証拠は得られなかった.
小児臨床医は,ECMOは生命維持法として有効であると確信し,数々の臨床試験や症例報告によってその確信が正しいことを証明した.小児ECMOは改良され,多くの臨床医が採用した.小児施設は,専門知識と経験を蓄積し続けた.しかし,残念ながら本書は成人患者に関するものであることをお伝えしたい.
熱心な臨床医はチームを組んで,1989年にExtracorporeal Life Support Organization(ELSO)を設立し,主に小児の生命維持の成功例の報告によってその活動を正当化した.このネットワークは,経験の共有と,全参加施設からのデータ集積の重要性を認識していた.世界中の経験の共有を目指して,小児および成人ECMOのデータを前向きに集積した.
3成長期
21世紀の初めに,心肺バイパス装置の改良と最適化によって技術は進歩した.気泡型人工肺は使用されなくなり,(半透膜によって血液相とガス相の分離が可能な)膜型人工肺のみが使用されるようになった.これにより,遠心ポンプの出現と相まって,プロセス全体の生体適合性が改善した.無害とまではいかないが,技術はより単純になった.デザインの改良により,多くの機械的問題が解決された.より小さくて干渉の少ない回路を導入することで,移動性が向上した.劇的な変化を認めたこの成長期の時代は「次世代ECMOの始まり(非公式にECMO v2.0と呼ばれている)」と表現されている.
専門施設は,肺移植後呼吸不全など特定の患者にECMOを使用し始めた.その他の施設は,心臓と肺のサポートのためのECMOの使用を探索してきた.ECMOの技術は,高度に専門化された施設と特殊な患者に限定されていた.
主に若年者に感染するインフルエンザウイルスの新しいサブタイプ(H1N1)に直面した2009年に,ECMOを使用し,多くの患者を合併症なく救命した医療施設もあった.その結果の差はECMOの効果による,と証明されたわけではないが(それを確信している研究者もいるが,多くの議論の対象となっている),この経験は治療の普及につながった.注目すべきは,ECMOが,パンデミックの最中に多数の最重症例に使用されたにもかかわらず,平時の医療サービスを崩壊させることなく,利用できる財源を捻出したことである.
パンデミックと同時に,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者に対するECMOの使用についての大規模前向き試験の結果がThe Lancet(CESAR試験)に発表され,議論と使用の両方が促進された.この試験では,ARDS患者を,必要に応じてECMOが可能な専門施設に搬送することで,より高い生存率が得られることが示された.一方で,その結果はECMO自体の有効性を示したものではなかった.
パンデミック時の救命報告とRCTの論文発表によって,臨床医はECMOの早期導入を検討するようになり,新たに多くの施設がECMOの使用を始めた.一部の国では,国主導のネットワークを構築した〔例:National Health Service(英国)呼吸器ECMOサービス,プログラムはオンラインでアクセス可能;Chapter 2参照〕.
呼吸機能を補助するECMOの開発と並行して,心肺機能不全患者の補助を目的としてもECMOは使用されてきた.この使用法に際しては,ECMOは心肺バイパスとして,(心停止状態などに対して)迅速導入して短期間のみ使用する場合と,(心臓手術後の人工心肺離脱困難例などに対して)数日間使用する場合とがある.症例集積研究(および多数の一例報告)では,臓器に酸素化された血液を連続的に供給するための手法として,静脈動脈(veno-arterial:VA)ECMOの使用が支持されている.VA-ECMOは,「ある一定層の疾患に対しては有効である」と考えている臨床医が主体となり,多くの患者に使用されてきている.その一方で科学的根拠は示されていない.
KEYPOINTS
- 本書は成人患者に関して述べている.
- ECMO回路はより単純で安全になった.
- ECMOは,H1N1インフルエンザパンデミック時に,多くの患者を救命した.
- ECMOは,生命維持法であり,治療ではない.
もっと学びたい人のために
- Gattinoni L, et al:Low-frequency positive-pressure ventilation with extracorporeal CO2 removal in severe acute respiratory failure. JAMA, 256:881-886, 1986
- Lim MW:The history of extracorporeal oxygenators. Anaesthesia, 61:984-995, 2006
- Noah MA, et al:Referral to an extracorporeal membrane oxygenation center and mortality among patients with severe 2009 influenza A(H1N1). JAMA, 306:1659–1668, 2011
- CESAR trial collaboration.:Efficacy and economic assessment of conventional ventilatory support versus extracorporeal membrane oxygenation for severe adult respiratory failure (CESAR): a multicentre randomised controlled trial. Lancet, 374:1351-1363, 2009
著者プロフィール
Alain Vuylsteke,BSc,MA,MD,FRCA,FFICM
Consultant in Intensive Care and Clinical Director
Papworth Hospital Cambridge, UK
Daniel Brodie,MD
Associate Professor of Medicine
Columbia University College of Physicians and Surgeons
New York-Presbyterian Hospital
New York, NY, USA
Alain Combes,MD,PhD
Professor of Intensive Care Medicine
University of Paris, Pierre et Marie Curie
Senior Intensivist at the Service de Réanimation Médicale Institut de Cardiologie
Hôpital Pitié -Salpêtrière
Paris,France
Jo-anne Fowles,RGN
Lead ECMO Nurse
Papworth Hospital
Cambridge, UK
Giles Peek,MD,FRCSCTh,FFICM
Professor and Chief of Pediatric Cardiac Surgery
ECMO Director
The Children’s Hospital of Montefiore
New York, NY, USA