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尿路感染症
羽田野義郎
(東京医科歯科大学医学部附属病院)
はじめに
尿路感染症はそれ自体がコモンな感染症であり,ヒトへの抗菌薬投与の約15%は尿路感染症治療に用いられていると推定されています1).この感染症のプラクティスの変化が与えるインパクトは大きく,尿路感染症のマネジメントは重要です.
尿路感染症を理解するうえでのポイントは「2つの軸」を理解することです.1つは「単純性か複雑性か」,もう1つは「下部尿路感染症(主に膀胱炎)か上部尿路感染症(主に腎盂腎炎)か」となります.なお,本稿では以降,「尿路感染症」と記載した場合,膀胱炎および腎盂腎炎を指すこととします.また,ここで言う「単純性」とは健康,閉経前,妊娠していない,かつ尿路異常がない女性のことです.それ以外の状況はすべて「複雑性」と分類します2).男性や解剖・機能異常がある,閉塞機転がある,糖尿病などの併存疾患がある場合,複雑性と分類されることになります.
これらを組合わせることにより尿路感染症は単純性膀胱炎,複雑性膀胱炎,単純性腎盂腎炎,複雑性腎盂腎炎の4つに分類されることになりますので,目の前の患者さんの尿路感染症は,分類上どれにあたるかを意識するようにしましょう.
また,治療に目を向けると原因微生物として最もコモンである大腸菌の耐性化,それに伴う膀胱炎の治療薬選択の問題など悩ましい問題は多い領域となっていますが,コモンな感染症ですのでしっかりポイントを押さえましょう.
- 年齢・性別:
- 60歳代 女性
- 主訴:
- 発熱,腰背部痛
- 現病歴:
- 来院2日前よりの発熱,悪寒を主訴にERを受診,このような症状は経験したことがない.鼻汁,咽頭痛,咳なし.肉眼的な血尿なし.既往歴,内服歴,喫煙歴,飲酒歴,アレルギーに特記事項なし.
- 身体所見:
- 血圧110/70 mmHg,脈拍80回/分,整.呼吸数16回/分,体温38.3℃.SpO2 97%(室内気).全身状態良好,咽頭発赤なし.胸部呼吸音:清.心音:S1→S2→S3(-)→S4(-).心雑音なし.腹部平坦軟,圧痛なし.肝叩打痛なし,Murphy徴候なし.脊柱叩打痛なし,CVA叩打痛:右で陽性.
- 検査所見:
- 尿検査…白血球反応3+,血尿1+.尿沈渣…WBC 50〜99/HPF,RBC 10〜29/HPF.尿のグラム染色で多核白血球とグラム陰性桿菌を認めた.腹部エコーでは明らかな水腎症はない.
以上より急性腎盂腎炎の診断で血液培養2セット採取のうえ,セフトリアキソン2 gを投与し入院となった.入院3日目,入院後尿培養,血液培養ともに大腸菌を検出(アンピシリン:耐性,セファゾリン:感性,セフトリアキソン:感性)が検出された.入院2日目に行われた尿のグラム染色では,グラム陰性桿菌は消失し多核白血球のみであり,患者さんは入院3日目には解熱,右CVA叩打痛は軽快,バイタルは安定しつつある.
■ 尿路感染症のマネジメント
1)症状・診断
尿路感染症の臨床症状は,頻尿,血尿,下腹部痛,腎盂腎炎を疑えば発熱,腰背部痛などがありますが膀胱炎経験者の若い女性の「膀胱炎だと思う,腎盂腎炎だと思う」という自己診断は尿路感染症を示唆します(陽性尤度比4.0,陰性尤度比0.0)(表1)3).問診でこちらから尋ねるようにしましょう.尿路感染症を疑う場合,除外すべき疾患として尿道炎,膣炎があります(表2)4).「帯下の増加」「陰部の掻痒感」はこれらを除外する問診として有用ですので追加しましょう.
身体所見で有名なCVA叩打痛(costovertebral angle tenderness)は,過去の文献では陽性尤度比1.7,陰性尤度比0.9と報告されており,実は確定診断にも除外診断にもあまり有用ではありません.つまりCVA叩打痛がない=腎盂腎炎ではないとは言えず,所見がはっきりしないことも多く,high yieldな病歴・所見もありません.発熱や頻尿,残尿感といった症状や検査所見(尿中の白血球数上昇など)の積み重ねで総合的に診断する姿勢が求められます.
2)検査
尿検査などの検査特性については表3の通りです5).グラム染色ができない場合,尿定性検査では,白血球エラスターゼ(尿中白血球を間接的に証明)と亜硝酸塩(尿中細菌を間接的に証明)がありますが,それぞれ感度の問題はあるものの特異度は高いという特性をもっています.亜硝酸塩については,腸内細菌科は基本的に亜硝酸塩を産生しますが,Staphylococcus saprophyticusや緑膿菌,腸球菌は亜硝酸塩を産生しないことに注意が必要です6).また無症候性細菌尿という場合もありますので細菌尿≠尿路感染症でないことも心にとめておきましょう.
3)原因微生物
尿路感染症は,大腸菌が75~95%前後を占める原因微生物であり,その他クレブシエラ属,プロテウス属などのグラム陰性桿菌も原因となります.複雑性の場合では上記に加え,緑膿菌や腸球菌,ESBL産生腸内細菌なども加わりますが,基本的には医療曝露のない方にESBL産生菌は疑わなくてよいと筆者は考えています.
■ 膀胱炎についてのtips
1)膀胱炎は水を飲めばOK?
ここでは膀胱炎についてのtipsについてそれぞれ見ていきましょう.
膀胱炎はそもそも自然治癒するということをご存じでしょうか? 成人の単純性膀胱炎患者に対してプラセボを投与した群,すなわち抗菌薬なしでも約半分は軽快したという研究があり7),軽快した場合,自然経過だったのか,抗菌薬が効いたのかわからない場合があります.また,近年の薬剤耐性の影響で抗菌薬の代わりにNSAIDsを用いた研究などがありますが,総じて抗菌薬治療よりは効果が下回る結果でした8).
以前からよく膀胱炎患者に行われる説明として「よく水を飲みましょう」とありますが,1日1,500 mLの水分摂取量増加で再発予防できたという研究があります9).水分摂取量が少ない人,心臓の問題がない,など飲水増加の影響がない人は,500 mLのボトルを食事間に1本飲んでもらうように説明すると再発予防によいかもしれません.
2)選択すべき抗菌薬
膀胱炎では,最も頻度の高い原因微生物である大腸菌の耐性化が進んでおり,抗菌薬選択が難しくなってきています.2017年 JANISのデータによる日本全体での大腸菌の耐性率によると,キノロン系抗菌薬の頻用,およびESBL産生大腸菌の増加もあり,尿路感染症で頻用されているレボフロキサシンの感受性率は東京都で58.8%まで低下しています(アンピシリン 44.8%,セファゾリン 59.1%,セフトリアキソン 72.0%) 10).またこれまで頻用されてきたキノロン系抗菌薬の重大な副反応(稀ですが重篤なものとして腱炎・腱断裂,QT延長・不整脈,低血糖・高血糖,大動脈瘤など)が判明しており,米国泌尿器学会はChoosing wiselyの1つに「女性の単純性膀胱炎の治療に,他の経口抗菌薬選択ができる状況であれば,キノロン系抗菌薬を使用しない」をあげています11).
そのため,教科書やガイドラインなどでキノロンが第1選択となっている場合もありますが筆者はキノロンを避け,ST合剤,および第2選択のβラクタム系を選択しています(引用しているNEJMの総説ではキノロンは第2選択) 2).妊婦およびその可能性のある女性の場合,ST合剤は妊娠初期の神経管欠損,および新生児核黄疸との関連が指摘されており例外を除いて避けるべきとされています.
処方例
- スルファメトキサゾール・トリメトプリム(バクタ®)1回2錠,1日2回,3日間
- セファレキシン(セファレキシンカプセル)1回500 mg,1日3回,3〜7日間
■ 腎盂腎炎のマネジメント
腎盂腎炎も膀胱炎同様,大腸菌が最も多い原因微生物であり,医療曝露が濃厚な場合は緑膿菌などを考慮します(問題1解説参照).急性腎盂腎炎の場合,大腸菌に対する感受性の高い抗菌薬(80%以上の感受性)を用いるのが原則であり,施設での大腸菌に対する感受性が良好であれば,empiric therapyの選択肢としてセフトリアキソンに加え,セフォチアムなども地域によっては第1選択薬となりえます.
急性腎盂腎炎での治療期間は点滴治療の場合,おおむね7〜10日間となりますが12),経過がよく,食事量が安定してくれば内服への変更が可能です.経口第1世代セフェムなどの(吸収率がよい)βラクタム薬はセフトリアキソン単回投与後や点滴加療後の内服へのスイッチとして筆者はよく用いています13).
内服での治療は主にキノロン,ST合剤,ペニシリン,セフェム系があがります12).それぞれの治療期間はキノロン:5〜7日,ST合剤・ペニシリン・セフェム系は10〜14日となります12).薬剤耐性の観点からなるべくキノロンは避けようという時代となっている2020年時点では,筆者はキノロンの使用は他の系統の内服薬が使用できない場合以外は避けています.
経過のフォローのしかたとして,尿のグラム染色での菌体の消失は有効であることを強く示唆します.経過がよければ,あえて水腎症の確認をくり返す必要はありません.通常治療開始後72時間以内に臨床的改善をきたすのが急性腎盂腎炎の自然経過ですので,それを超えて発熱が続く場合などは,腎膿瘍,尿路結石による水腎症などのルールアウトのため,画像的な検索が必要となります(2019年発行「抗菌薬ドリル」pp146〜155参照).
■ 腎臓周囲の脂肪織濃度上昇「のみ」で診断していないか?
急性腎盂腎炎の診断は,CTなどの画像診断ではなく「臨床所見,検査所見」で総合的に診断されることを強調しておきます14).何らかの理由で腹部CTを撮影したときにときどき見つかるPFS.この所見のみで腎盂腎炎と診断される場合がありますが,果たして本当に腎盂腎炎なんでしょうか?
このPFSは急性腎盂腎炎の患者さんの29.1〜72%にみられ15),急性腎盂腎炎の所見の1つであることは間違いないものの,以前の感染,外傷との関連でも所見を呈します.そのためPFSだけで急性腎盂腎炎と診断するのは,「急性の症状を呈しているときでも注意を要する」と言及されています16).このPFSに注目した日本の研究では,感度72%,特異度58%17)であり,急性腎盂腎炎の診断に有用とは少し言いづらい結果となっています.
特に両側の腎盂腎炎が同時に起こるのは稀であり,また以前のCT所見が参照できる場合は比較ができます.両側,以前からのPFSがある方での解釈には注意が必要です.
一方で,同じく日本発,三重県で行われた研究(今回の性感染症の筆者,谷崎隆太郎先生の研究です!)では,この所見がある場合,菌血症のリスクが高いということを示しています(多変量解析でオッズ比4.5,95%信頼区間 2.19-9.33) 15).腎盂腎炎を疑う,もしくは診断した患者さん全員にCTをとるなんてことは当然行わないわけですが,何らかの理由でこの所見を見つけたときは,菌血症のリスクが高いため,必ず尿沈査,尿培養に加え,血液培養をとりましょう.
何らかの理由で腹部CTを撮影し,PFSを見つけた,あるいは放射線科に指摘されて「画像上腎盂腎炎疑い」となった時,鑑別診断をやめて早期閉鎖しないよう肝に銘じておくべきです.
急性腎盂腎炎と診断する前に
- ①病歴,身体所見が矛盾しないか
- ②尿検査,尿培養を追加して矛盾しないか
- ③急性腎盂腎炎に矛盾しない場合,尿沈渣,尿培養,血液培養を必ず採取する
を必ず確認するようにしましょう.
引用文献
- Mazzulli T:Resistance trends in urinary tract pathogens and impact on management. J Urol,
168:1720-1722, 2002
↑尿路感染症の耐性菌比率が上がってきているという論文.同時に米国では抗菌薬処方量の15%を占めていることにも言及. - Hooton TM:Clinical practice. Uncomplicated urinary tract infection. N Engl J Med,
366:1028-1037, 2012
↑review article.まとまっており,どれか一編論文を読むならこれがおすすめ. - Bent S, et al:Does this woman have an acute uncomplicated urinary tract infection? JAMA,
287:2701-2710, 2002
↑身体所見についておなじみのJAMAシリーズ. - Gupta K & Trautner B:In the clinic. Urinary tract infection. Ann Intern Med, 156:ITC3-ITC1,
2012
↑わかりやすいIN THE CLINIC シリーズより.王道です. - Ramakrishnan K & Scheid DC:Diagnosis and management of acute pyelonephritis in adults. Am
Fam Physician, 71:933-942, 2005
↑少し前のreview articleですが表がシンプルでわかりやすいです. - Wilson ML & Gaido L:Laboratory diagnosis of urinary tract infections in adult patients. Clin
Infect Dis, 38:1150-1158, 2004
↑検査のトピックについて記載されています. - Christiaens TC, et al:Randomised controlled trial of nitrofurantoin versus placebo in the
treatment of uncomplicated urinary tract infection in adult women. Br J Gen Pract, 52:729-734,
2002
↑成人の単純性膀胱炎患者に対してNitrofurantoin投与群(n=40)とプラセボ(n=38)を比較した研究.Day7の症状改善率はNitrofurantoin投与群:88%,プラセボ群:51%. - Kronenberg A, et al:Symptomatic treatment of uncomplicated lower urinary tract infections in
the ambulatory setting: randomised, double blind trial. BMJ, 359:j4784, 2017
↑成人の急性単純性膀胱炎に対して抗菌薬 vs NSAIDsのRCT. - Hooton TM, et al:Effect of Increased Daily Water Intake in Premenopausal Women With
Recurrent Urinary Tract Infections: A Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med, 178:1509-1515,
2018
↑12カ月間の膀胱炎の再発頻度についてのRCT.水分摂取群で1.7回,対照群は3.2回であり,12カ月で1.5回再発回数が減少. - 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS).公開情報2018 年1 月~12 月 年報(全集計対象医療機関) 院内感染対策サーベイランス 検査部門[入院検体]:
https://janis.mhlw.go.jp/report/open_report/2018/3/1/ken_Open_Report_201800.pdf(2020年2月閲覧)
↑厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)からのデータ.参考になります. - American Urological Association. choosing wisely:
https://www.auanet.org/practice-resources/patient-safety-and-quality-of-care/choosing-wisely(2020年2月閲覧)
↑米国泌尿器学会の choosing wisely. - Johnson JR & Russo TA:Acute Pyelonephritis in Adults. N Engl J Med, 378:48-59,
2018
↑最近のreview article.NEJMの clinical practice はいつもわかりやすいです. - Sanchez M, et al:Short-term effectiveness of ceftriaxone single dose in the initial
treatment of acute uncomplicated pyelonephritis in women. A randomised controlled trial. Emerg Med J, 19:19-22,
2002
↑単純性腎盂腎炎においてセフトリアキソン単回投与+内服の治療方法は,セフトリアキソン点滴治療に劣らなかったという研究. - Hammond NA, et al:Infectious and inflammatory diseases of the kidney. Radiol Clin North Am,
50:259-70, vi, 2012
↑腎臓の感染・炎症疾患についてのreview article. - Tanizaki R, et al:Clinical impact of perinephric fat stranding detected on computed
tomography in patients with acute pyelonephritis: a retrospective observational study. Eur J Clin Microbiol
Infect Dis, 38:2185-2192, 2019
↑腎臓周囲の脂肪織濃度上昇は,菌血症のオッズ比4.5 (95%信頼区間:2.19–9.33). - Stunell H, et al:Imaging of acute pyelonephritis in the adult. Eur Radiol, 17:1820-1828,
2007
↑ 腎臓周囲の毛羽立ちに対する注意点を言及しています. - Fukami H, et al:Perirenal fat stranding is not a powerful diagnostic tool for acute
pyelonephritis. Int J Gen Med, 10:137-144, 2017
↑CT所見での毛羽立ちの感度,特異度は72%,58%であり,腎臓周囲の脂肪織濃度上昇は急性腎盂腎炎の診断にあまり有用ではないと結論付けています.