第1章
総合内科病棟のギモン
Q1“かぜ”症状の患者さんにどう対応する?
宇野俊介
(慶應義塾大学医学部 感染症学教室,医学教育統轄センター)
質問
「“かぜ”をひいたように思う」と訴える患者さんが受診した場合,どのように対応したらよいでしょうか?
お答えします
- まず,気道症状があるかないかを必ず確認しましょう.気道症状がない場合には安易に風邪と診断してはいけません
- 気道症状は,鼻症状(鼻汁,鼻閉),咽頭症状(咽頭痛),下気道症状(咳,痰)に分けて,それぞれ除外すべき疾患を覚えましょう
- 最終的に,鼻症状,咽頭症状,下気道症状がそれぞれあまり際立っておらず均等に含まれるのが風邪です
- ※注意事項:
- 本稿では,患者さんが訴える上気道症状や急性の倦怠感などを含めた症状の総称を“かぜ”あるいは“かぜ”症状,疾患としての急性ウイルス性上気道炎を風邪と表記しています.
■ “かぜ”に抗菌薬を処方していいの?
〜ある日の救急外来〜
- 研修医
- 先生,25歳の男性で,「“かぜ”をひいたように思う,明後日に大事な仕事があるので,なるべく早く治る薬を出してほしい」とおっしゃる患者さんが受診しました.本当に風邪なのかどうかは自信がないのですが,現時点では全身状態は比較的悪くないようですので,セフカペンピボキシル(商品名:フロモックス®など)を処方して様子をみていただくのはいかがでしょうか.
- 指導医
- ちょっと待った! “かぜ”に抗菌薬とはどういうことだ!
- 研修医
- ひえぇ,すみません.でも,もし今後患者さんの状態が悪くなったらと思うと,心配なのです.なので,念のため抗菌薬を処方した方がいいのかと思いまして.
- 指導医
- なるほど,その心配はもっともだね.でも“かぜ”に闇雲に抗菌薬を処方してはいけないよ.なぜかというと,実は“かぜ”症状を訴えて受診した患者さんに抗菌薬を投与した場合,100,000人あたり約8人の入院が必要な肺炎を予防できたとする一方で,55人には何らかの副作用が出ていたという報告があるんだ1).だから,“かぜ”に闇雲に抗菌薬を処方すると,有害な場合の方が多いということをまず認識しておくことが重要だよ.
- 研修医
- そうだったのですね.知りませんでした.よかれと思って処方しても,よくないことの方が多いのですね.
■ “かぜ”に対するアプローチ
- 研修医
- でも“かぜ”症状で受診される方のなかには抗菌薬が必要な患者さんもいらっしゃいますよね.どうしたらそれを見分けられるのでしょうか.
- 指導医
- そのためには,やはり診断の知識が重要だね.この患者さんは,どういった症状を気にしているのかな?
- 研修医
- えーと,昨日起きたときから,頭がぼーっとする感じと喉がいがらっぽい感じがあったそうです.熱を測ると38.2℃だったそうなので,昨日は会社をお休みして市販薬を飲んでいたそうです.今日は,熱はやや下がり,調子はよくなってきたようなのですが,咳と鼻汁が出るとおっしゃっていて,早く治したいのでよく効く薬を出してほしいとのことです.ほかに症状がないかどうかも細かく聞きましたが,そういったものはないそうです.
- 指導医
- 食事や水分の摂取は問題ないのかな?
- 研修医
- 食欲は少し落ちているようですが,食事や水分の摂取については問題ないそうです.
- 指導医
- 話を聞いたところ,それは99%風邪だねぇ.
- 研修医
- え,どうしてそう言い切れるのですか? そこが一番知りたいところです.
- 指導医
- 先生ももう2年目の研修医だし,1年半以上当直で救急外来を経験してきたから,“かぜ”と言って受診する患者さんには,さまざまな疾患が紛れ込んでいることはよくわかるよね?
- 研修医
- はい.以前にも,風邪だと思った患者さんが,後に肺炎であるとわかったことがあったのです.なので,見逃したのではないかと怖くなってしまうんですよね.
- 指導医
- まず,患者さんが“かぜ”と言って受診した場合には,必ず気道症状があるかどうかを確認する.風邪は急性ウイルス性上気道炎なので,気道症状があることが重要だ.もし気道症状がなく倦怠感や発熱のみであれば,絶対に安易に風邪と診断してはいけない.この場合には,敗血症や感染性心内膜炎,急性心筋炎,結核などが鑑別疾患に含まれるから,血液培養を採ったり,全身状態が悪いようなら入院して経過をみたりして,慎重に診断しよう.特にこういった場合には確定診断もないまま抗菌薬を処方することは絶対に避けるべきだ.
- 研修医
- 確かに,感染性心内膜炎に血液培養を採らずに抗菌薬を使ってしまうと,血液培養が陰性化してしまって診断が難しくなってしまうと循環器の先生に教わりました.
- 指導医
- そう,その通りだ.また,もし結核だった場合にも,ニューキノロン系抗菌薬を投与することによって診断や治療が遅れてしまうこともあるので注意が必要だ2).
- 研修医
- なるほど.ニューキノロン系抗菌薬も抗結核作用のある薬でしたよね.
■ 気道症状のタイプ分け
- 指導医
- もし気道症状があるようなら,さらに4つのタイプに分ける.鼻症状(鼻汁,鼻閉)が目立つタイプか,咽頭症状(咽頭痛)が目立つタイプか,下気道症状(咳,痰)が目立つタイプか,その3つの症状がどれもあまり際立っておらずほぼ均等に含まれるタイプだ(図)3).
- 研修医
- なるほど.そのように考えるのですね.
- 指導医
- 鼻症状が目立つタイプには,急性副鼻腔炎タイプの疾患が含まれる.副鼻腔炎にも細菌性とウイルス性があるけれど,細菌性の特徴は二峰性の悪化といわれているから,経過をみて再度鼻症状が悪化するようなら細菌性の可能性を考えればいい.
- 研修医
- わかりました.咽頭症状が目立つタイプだとどうなのでしょうか?
- 指導医
- 咽頭症状が目立つタイプには,危険な疾患が最も多く含まれるので気をつけないといけない.例えば,急性咽頭炎で危険な合併症を起こす菌は先生もよく知っているよね?
- 研修医
- A群溶連菌ですね!
- 指導医
- その通り.救急外来でもときどき検査をすると思うけど,特に39℃以上の発熱や,唾も飲み込めないくらい喉が痛い,などという場合には要注意だ.ほかには,伝染性単核球症〔Epstein-Barrウイルス,サイトメガロウイルス,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)〕や,急性喉頭蓋炎,深頸部膿瘍(扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍,Ludwig angina),Lemierre症候群などが含まれるから注意しないといけないよ3).また,嚥下時痛や咽頭・扁桃の炎症所見を伴わない咽頭痛の場合には,頸部への放散痛として急性心筋梗塞,くも膜下出血,頸動脈解離,椎骨動脈解離などの可能性もあるといわれているよ3).
- 研修医
- 咽頭痛が目立つタイプでは,特に要注意ですね.
- 指導医
- 咳や痰などの下気道症状が目立つタイプには,急性気管支炎や肺炎などが含まれる.肺炎であれば細菌性を考えなければいけないけれど,急性気管支炎の原因微生物はウイルスが90%を占めるといわれている.
- 研修医
- 細菌性肺炎の可能性はどのように考えたらよいのでしょうか.
- 指導医
- 70歳以下の基礎疾患がない人だと,バイタルサインの異常(脈拍数≧100 回/分,呼吸数≧24 回/分,体温≧38℃)や胸部聴診での異常所見がなければ肺炎らしくないとして,胸部X線写真も不要とされているよ4).高齢者では典型的な症状が揃わないことがあるから,難しい場面もあるけどね.なので,高齢者の場合には2〜3日後に再受診していただくようにして経過から診断していくというのも有効な方法だね.
- 研修医
- なるほど.結局この患者さんはバイタルサインの異常もありませんし,胸部聴診も問題ありません.咽頭のいがらっぽさと鼻汁の症状があるので,3つがあまり際立っておらずほぼ均等なタイプということになるのでしょうか?
- 指導医
- お,わかってきたね.その場合には,風邪が多いのだよ.まず微熱や倦怠感,咽頭痛があって,続いて鼻汁や鼻閉,咳などが出てくるようになって,発症から3日目前後でピークを迎えて7〜10日間程度で自然に改善するのが典型的な経過といわれている3,5).
- 研修医
- なるほど,それで99%風邪だろう,というわけですね.
- 指導医
- うそう.乳幼児や高齢者では難しいことも多いけど,基礎疾患のない成人患者さんであれば,多くはこのような考え方で診断できるからね.
- 研修医
- よくわかりました.でも,患者さんはなるべく早く治る薬を希望されているのですが,どうしたらよいのでしょうか?
- 指導医
- 確かに,そうだったね.では,私と一緒にもう一度診察をして診断について考えてから,患者さんに説明をしようか.あまり患者さんを待たせてもいけないからね.治療薬については,患者さんを帰した後にレクチャーするとしよう.
- 研修医
- お願いします.
文献
- Meropol SB, et al:Risks and benefits associated with antibiotic use for acute respiratory infections:a cohort study. Ann Fam Med, 11:165-172, 2013
- Chen TC, et al:Fluoroquinolones are associated with delayed treatment and resistance in tuberculosis:a systematic review and meta-analysis. Int J Infect Dis, 15:e211-e216, 2011
- 厚生労働省健康局結核感染症課:抗微生物薬適正使用の手引き 第二版,2019
[https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000573655.pdf](2020年1月閲覧) - Harris AM, et al:Appropriate Antibiotic Use for Acute Respiratory Tract Infection in Adults: Advice for High-Value Care From the American College of Physicians and the Centers for Disease Control and Prevention. Ann Intern Med, 164:425-434, 2016
- Gwaltney JM Jr, et al:Rhinovirus infections in an industrial population. II. Characteristics of illness and antibody response. JAMA, 202:494-500, 1967
研修医になると最もよく診療する疾患の1つが“かぜ”ですね.今でこそかぜ診療の良質な参考書が数多く出版されていますが,医学部教育ではなかなか“かぜ診療”について扱われることは多くないのではないかと思います.医療においても「経験は力なり」ではありますが,間違った経験を積んでしまうとかえってマイナスになってしまいます.「“かぜ”に抗菌薬」もその1つで,つい抗菌薬を処方する経験をたくさん積んでしまうと,いつしか抗菌薬を処方しないことが不安になってしまう可能性があります.そうならないためにも,抗菌薬は病態をきちんと見極め,必要なときに限って処方しましょう.本書をお読みの研修医のみなさんには,ぜひ早いうちから,正しい経験をたくさん積んでほしいと思います.
Q2風邪の患者さんに何を処方する?
吉野鉄大
(慶應義塾大学医学部 漢方医学センター,医学教育統轄センター)
質問
風邪の患者さんにはどんな説明をして,何を処方したらよいでしょうか.
お答えします
- まずは患者さんの不安や希望を受け止めながら必要な情報を伝えましょう
- 投薬は患者さんの症状に合わせて,エビデンスも加味しながら適宜必要なものを選びましょう
- ※注意事項:
- 本稿では,患者さんが訴える上気道症状や急性の倦怠感などを含めた症状の総称を“かぜ”あるいは“かぜ”症状,疾患としての急性ウイルス性上気道炎を風邪と表記しています.
■ 風邪の患者さんに何を処方するか
- 研修医
- 先生,前稿は風邪の診断についてでした.今度は99%風邪だろうと思われる患者さんについて,お薬をどうするかという話ですね〔Q1「“かぜ”症状の患者さんにどう対応する?」参照〕.
- 指導医
- そうそう,診断がついたら次は処方だね.とはいえ風邪に限らず,薬を選ぶことだけが僕たちの仕事ではないと思うんだ.患者さんの不安や希望を受け止めながら,必要な情報を伝えるというのも重要だね.
- 研修医
- なるほど.「風邪はウイルスによる上気道炎だから抗菌薬は効果がなくて,しかも自然に治るから心配は不要ですよ」というような説明ですね!
- 指導医
- それだと患者さんは,少し見放されたような気持ちになってしまうかもね.よし,まずは説明の方から考えてみようか.
■ 効果的な説明のためには
- 指導医
- 今の先生の説明には否定的な言葉が多かったよね.「抗菌薬はいらない」「心配はいらない」.患者さんは熱が出たり咳が出たりして,肺炎かもしれないから抗菌薬を点滴しないといけないかも,とかいろいろな心配を感じているはずだ.
- 研修医
- でも風邪に抗菌薬はいらないから,その不安を解消するためには,患者さんの思い込みや過剰な不安を否定するしかないですよね.
- 指導医
- 確かに,否定しないといけないこともある.ただ,否定されてばかりだと患者さんの不安はなかなかとれないので,ではどういうときに抗菌薬は必要なのか,とか,どんな症状が出てきたら特別な治療を考えるから再診してほしいのか,というような内容を肯定的な表現で具体的に伝えておくと受け入れてもらいやすいよ1).
効果的な情報伝達のため,否定的・肯定的な表現を両方含めよう
否定的な表現の例
- 風邪に抗菌薬は不要
- 現段階では入院や点滴は不要
肯定的な表現の例
- 肺炎や髄膜炎などには抗菌薬が必要
- 強い悪寒戦慄・食事が摂れないなどの症状が出てきたら再診する
- 加湿加温や適切な水分補給,休養,ハチミツなどで症状の改善が期待できる
- 研修医
- なるほど,肯定的な表現で伝えることで患者さんの不安に寄り添った説明ができそうですね.また,一般的な風邪の経過を伝えたり,再診のタイミングを具体的に指示したりすることも重要になりそうですね.
- 指導医
- その通り.例えば風邪の初日のようなごく初期に受診した場合,咽頭痛・鼻汁・咳とそろっていても咳がごくわずか,というケースによく遭遇する.そのときに何かを処方したとして,咳が翌日〜翌々日にかけていったんひどくなりうることを伝えておかないと,「薬を飲んだから咳がひどくなった」と思われてしまうことになりかねないんだ.
一般的な風邪の経過の例2,3)
- まず微熱や倦怠感,咽頭痛を生じる
- 続いて鼻汁や鼻閉,その後に咳や痰が出てくるようになる
- 発症から3日目前後が症状のピーク
- 7~10日間で軽快していく
- 咳は3週間ほど続くこともある
- 研修医
- 確かに,近医を受診して処方を受けた翌日に咳がひどくなったから抗菌薬がほしいと言ってきた患者さんを担当したことがあります.
- 指導医
- もちろん薬剤の影響も考えなくてはいけないけれど,風邪の自然経過をみているという場合も多いんだよね.ちなみに,その患者さんはなぜ抗菌薬がほしいと思っていたのかな?
- 研修医
- 「以前に抗菌薬を飲んだら症状が改善したから,今回も抗菌薬を使用したら早く改善するんじゃないか」ということでした.
- 指導医
- そう,つまり患者さんは「早く症状が改善すること」を期待しているわけなので,「抗菌薬を使用すること」そのものを期待しているわけではないんだよ.
- 研修医
- 確かに,患者さんにとっては,症状が早くよくなるなら,抗菌薬を飲んでも飲まなくてもどちらでもよい,ということですね.
- 指導医
- そうなんだよ.でも医学的には風邪を早く治す薬はない.ただそれをそのまま否定的な表現で患者さんに伝えるとなかなか不安をとり除くことができないから,肯定的な表現も含めて伝えていく必要があるんだ.患者さんの症状を1つひとつ丁寧に受け止めて,それに対して真剣に対処しようとしていることを伝えれば,わかってもらえることが多いよ.
■ 投薬はどうするか
- 研修医
- 先生,そうしたらやはり症状緩和のための薬の話も聞かせてください.とはいえ先生は漢方がお得意なので,葛根湯とか麻黄湯とかの話になりますか.
- 指導医
- いやいや,西洋薬も漢方薬も,みなそれぞれ1つのツールだから,なるべくいろいろな選択肢を検討したうえで,漢方薬がよさそうであればぜひ漢方薬も活用してほしいけどね.
- 研修医
- 参りました.好き嫌いとか,得意不得意で治療を決めないように心がけるということですね.
- 指導医
- その通り.さて,風邪の症状と一口に言ってもいろいろに分けられる.前稿(Q1)で注目した,鼻症状(鼻汁・鼻閉),咽頭症状(咽頭痛),下気道症状(咳・痰)というような局所症状と,発熱・倦怠感・関節痛のような全身症状に分けて考えるとわかりやすいね.実は,漢方薬を選ぶときにもこのように症状を分類しておくことは有効だ.1つひとつの症状に対して僕がだらだら喋ってもわかりにくいから,今回は表を用意してみました!
- 研修医
- わぁー,先生ったら○分クッキングみたいな準備のよさですね.でも,なんというか絶望的な表ですね.結局,症状が早くよくなることについて確たるエビデンスのある薬はないということでしょうか.
- 指導医
- そうだね.精力的な研究が今現在も行われているわけではないから,どうしても古い研究が中心となって,現代の目でみると不十分なエビデンスしか存在しない,というところかな.
■ 風邪に有効な漢方薬は?
- 研修医
- 先生,いよいよ漢方薬についてはどうですか.かぜに対する漢方薬といえば,落語にもなっている葛根湯が有名ですよね.
- 指導医
- 漢方薬については正直なところ現代的な意味でのエビデンスは不足しているんだけど,いくつか紹介してみようか.
葛根湯は確かに風邪のひきはじめに使われる処方として有名だよね.葛根湯を選択するポイントは,首筋のこわばり・ときに軟便かな.さらに発熱などの全身症状が強くて,上気道症状や鼻症状などの局所症状が目立たない場合は葛根湯よりも麻黄湯を選択しよう.麻黄湯はいくつかのRCT(ランダム化比較試験)でインフルエンザに対する有効性が示されてきているよ15). - 研修医
- RCTが行われている漢方薬もあるんですね.
- 指導医
- ちょっとだけね.もし悪寒が目立たなくて,患者さんが自覚する熱感が強く,咳がある場合には保険病名に注意しながら麻杏甘石湯を使用することもある.麻杏甘石湯は麻黄湯と1つ生薬が違うだけの処方なのだけど,麻杏甘石湯に
銀翹散 を合わせた処方はインフルエンザに対する治療として中国でRCTが行われているんだ16). - 研修医
- なるほど.一部の漢方薬は臨床試験が行われているけれども,薬効や使い分けについてエビデンスが十分にあるわけではない.この辺りはこれからに期待ですね.
- 指導医
- そうだね.風邪の治療薬は玉石混交いろいろな選択肢があって,だからこそおもしろい部分でもある.医師である限り風邪診療は日常茶飯事だろうけれど,意外と勉強する機会の少ない疾患だから,ぜひまた自分でも追加で調べてみてね.特に2019年に厚生労働省から発表された『抗微生物薬適正使用の手引き 第二版』3)は非常に参考になると思うから,ぜひ読んでみて.
- 研修医
- わかりました!
文献
- Mangione-Smith R, et al:Communication practices and antibiotic use for acute respiratory tract infections in children. Ann Fam Med, 13:221-227, 2015
- Gwaltney JM Jr, et al:Rhinovirus infections in an industrial population. II. Characteristics of illness and antibody response. JAMA, 202:494-500, 1967
- 厚生労働省健康局結核感染症課:抗微生物薬適正使用の手引き 第二版,2019
[https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000573655.pdf](2020年1月閲覧) - De Sutter AI, et al:Antihistamines for the common cold. Cochrane Database Syst Rev:CD009345, 2015
- Deckx L, et al:Nasal decongestants in monotherapy for the common cold. Cochrane Database Syst Rev:CD009612, 2016
- Li S, et al:Acetaminophen(paracetamol)for the common cold in adults. Cochrane Database Syst Rev:CD008800, 2013
- Kim SY, et al:Non-steroidal anti-inflammatory drugs for the common cold. Cochrane Database Syst Rev:CD006362, 2015
- Smith SM, et al:Over-the-counter(OTC)medications for acute cough in children and adults in community settings. Cochrane Database Syst Rev:CD001831, 2014
- Malesker MA, et al:Pharmacologic and Nonpharmacologic Treatment for Acute Cough Associated With the Common Cold: CHEST Expert Panel Report. Chest, 152:1021-1037, 2017
- Becker LA, et al:Beta2-agonists for acute cough or a clinical diagnosis of acute bronchitis. Cochrane Database Syst Rev:CD001726, 2015
- 日本小児科学会:インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤の影響について,2000
[https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=201](2020年1月閲覧) - Sullivan JE, et al:Fever and antipyretic use in children. Pediatrics, 127:580-587, 2011
- Fever in under 5s: assessment and initial management. NICE guidelines, 2013
[https://www.nice.org.uk/guidance/cg160](2020年1月閲覧) - Hayward G, et al:Corticosteroids for the common cold. Cochrane Database Syst Rev:CD008116, 2015
- Yoshino T, et al:The use of maoto (Ma-Huang-Tang), a traditional Japanese Kampo medicine, to alleviate flu symptoms: a systematic review and meta-analysis. BMC Complement Altern Med, 19:68, 2019
- Wang C, et al:Oseltamivir compared with the chinese traditional therapy maxingshigan-yinqiaosan in the treatment of H1N1 influenza:a randomized trial. Ann Intern Med, 155:217-225, 2011
さまざまな媒体で国際的な耐性菌対策が取り上げられるなかで,風邪に抗菌薬,インフルエンザに抗ウイルス薬の投与を「要求」してくる患者さんはかなり減ってきているように思います.とはいえ,肺炎に抗菌薬を処方しないといけない,風邪には抗菌薬を処方してはいけない,というような二元論的な理解だと患者さんとのコミュニケーションがうまくいかないことも多いので,ぜひ背景となっている論文を読み,グレーなエビデンスを体感していただければと思います.
Q3熱を下げるにはどのクスリを使うのがいい?
澤野充明
(慶應義塾大学医学部 循環器内科)
質問
患者さんにとって「最適な」解熱薬って何でしょうか?
お答えします
- ひとつ覚えるなら,アセトアミノフェン!
- 高齢者,気管支喘息,腎機能障害がある場合も,アセトアミノフェン!
- 上の3つに該当しなければ,NSAIDsも選択肢となります
■ どの薬をどれくらい出すか?
- 研修医
- 先生,たいへんです! 入院患者のAさんが38.3℃で発熱しています.
- 指導医
- それって,部長のB先生の患者さんだよね.困ったね,そろそろ退院かなってB部長は言っていたのに.他のバイタルはどう?
- 研修医
- 脈拍数は85 回/分と普段より上昇はしていますが,血圧や呼吸状態に大きな異常はありません.でも,汗をかいて,ボーッとしていてなんだか辛そうです.
- 指導医
- まぁ,飲水はできそうだから,ひとまず解熱薬内服してもらって,様子をみようか.
- 研修医
- はい.解熱薬は何がいいですか?
- 指導医
- 好きなもの出しといて.
- 研修医
- えっ.は,はい.わかりました.処方しておきます.
- 研修医
- (発熱って言っても,そもそも治療なんているのかな? うーん,まず調べてみよう.自分の本棚を探ってみるか)
内科レジデントマニュアル1)(医学書院)
- アセトアミノフェンをまず使用
- 禁忌や注意すべき患者でなければNSAIDs
ワシントンマニュアル2)(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- アスピリンおよびアセトアミノフェンを用いる
- ウイルス感染が疑われる若年者ではアスピリンの使用は避ける
ハリソン内科学3)(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- アスピリンやNSAIDs は強力な解熱作用を有するが,血小板や消化管に悪影響を及ぼす.したがってアセトアミノフェンが好んで使われる.小児ではアスピリンによるReye症候群のリスクがあることから,必ずアセトアミノフェンを用いる
- 研修医
- (これだとアセトアミノフェンがよさそうだなぁ.でもアセトアミノフェンで肝障害が起こるって国家試験で勉強したことがあるな.自分でアセトアミノフェンを飲んだことはあんまりないし,ちょっと不安だから,いちおう確認しておくか).先生,ちょっといろいろ読んでみたのですが…〔読んだ内容を報告〕.
- 指導医
- おっ,よく調べたね.アセトアミノフェンは安全性を考えると重宝される薬だよ.最近になってようやく日本でも,成人で最大4,000 mgまで内服で使用可能になって,静注薬も使用できるようになっている.ちょっと注意が必要なのは,日本の場合,欧米と違ってアセトアミノフェンは「鎮痛」目的では4,000 mgまで承認されていても,「解熱」目的では1,500 mgまでしか承認されていないところなんだ.保険病名に気をつけないといけないね.
- 研修医
- そうなんですね.でも,日本では成人にはあまり使用されていないように思います.
- 指導医
- こういうふうに適切な用量設定が可能になったのも最近の話だからこそ,日本ではアセトアミノフェンの使用量が少なすぎて効いていない印象をもたれているんじゃないかな? 生命予後を悪くするデータも示されてはいないよ.2015年のNew England Journal of Medicineに解熱薬についての研究(HEAT 試験4))の結果が掲載されていたね.
HEAT試験2)
PICO:Patient(対象),Intervention(介入),Comparison(比較),Outcome(効果)の形式でみると,
- P:
- 集中治療室に入院が必要な敗血症患者に対して
- I:
- アセトアミノフェン静注1 g・6時間ごとをルーチンに使用して解熱する群が
- C:
- 解熱しない群と比較して
- O:
- 死亡率や集中治療入院期間を減らす
かどうかを検証したランダム化比較試験.結果として,両群に統計学的な差は認められなかった.少なくとも,アセトアミノフェンが害になっていることはなさそうであることが読みとれる.
■ アセトアミノフェンによる副作用はどのくらいの量使用すると出る?
- 研修医
- 先生,害といえば,アセトアミノフェンは肝障害が有名ですよ.
- 指導医
- どんな薬も過量投与すれば,体に害にはなるよ.でもアセトアミノフェンの場合,世界中でよく使われているから,自然と副作用を経験する回数も増えるだろうね.
アセトアミノフェンは,実は投与直後に肝障害が起こるというよりは,投与から数時間以内は食欲低下,悪心・嘔吐などの非特異的な胃腸症状が多くて,そして1〜3日後に肝毒性を引き起こすといわれている.重症例では黄疸や出血傾向,低血糖など肝機能低下の症状が前面に出てくることがある.アセトアミノフェンの主要な代謝産物で毒性をもっているN-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)は肝臓のチトクロムP-450酵素系で生成されるけど,急な過剰摂取は肝臓のグルタチオン貯蔵を枯渇させるゆえに,NAPQIが蓄積して肝壊死を起こすんだ.この肝障害を起こす1つの目安は「24時間以内に150 mg/kg(成人で約7.5 g)以上」といわれている. - 研修医
- 体重50 kgであれば,7,500 mgを1日で飲む計算ですね.アセトアミノフェン500 mg 錠であれば,合計15錠か.結構な量ですね.
- 指導医
- 日本ではそうなるんだよね.欧米では750 mg錠があるんだが….ところで,アセトアミノフェン肝障害の患者に出会ったら,どんな対処法があるか覚えているかい?
- 研修医
- 国家試験でやりました! N-アセチルシステインですね.NAC(ナック)とも呼ばれていますね.使用したことはないですけど.ギリギリ覚えていました.
- 指導医
- その通り.NACはNAPQIと結合することにより解毒作用を発揮する解毒薬だね.救急外来では重宝されている薬の1つだよ.
- 研修医
- 先生,でも,わたくし個人としては,ロキソプロフェン,イブプロフェンあたりに馴染みがあって,よく解熱してくれるし,とても効いているイメージですけど,間違っているでしょうか?
- 指導医
- 解熱効果については,正しい量を使えばさして変わりはないだろうね.必要となる錠剤の量は,ロキソプロフェン,イブプロフェンなどの方が少なくてすむこともある.でも,NSAIDsには使用「禁忌」があるから要注意だよ.理想的には病歴をよくチェックしてからの処方が原則だけど,意識障害や意思疎通が困難な患者さんに解熱薬を出そうと思っている場合には,NSAIDsを使用してはいけないね.短期的には,アスピリン喘息を誘発する危険性だってある.アスピリン喘息の特徴は知っているかい?
- 研修医
- アスピリンによって誘発される喘鳴,あとは鼻茸ですね.
- 指導医
- その通り.10%程度の患者には,血管浮腫や蕁麻疹を伴う例もあるし要注意だ.NSAIDsは長期服用者に出血や腎機能障害などが問題になる例が多数報告されているよ.内服が長期間に及ぶ場合はやはりアセトアミノフェンへの切り替えを検討したほうがよさそうだね.
- 研修医
- 解熱薬1つでも,奥深いものですね.薬を処方することってそれだけでも怖いことが起こることを改めて痛感しました.
- 指導医
- 薬1つとっても,利益と不利益をよく考えることが大事だよ.ときにしっぺ返しを食らうことがあるからね.不利益についても患者さんとよく話して,ベストな選択をしていくことが大切だよ.忙しくしているときにこそ,油断しないようにね.さいごに,発熱時の薬選びの考え方をまとめてみたから確認してね(図).
文献
- 「内科レジデントマニュアル 第9版」(聖路加国際病院内科専門研修委員会/編),医学書院,2019
- 「ワシントンマニュアル 第13版」(髙久史麿,他/監訳),メディカル・サイエンス・インターナショナル,2015
- 「ハリソン内科学 第5版」(福井次矢,他/日本語版監修),メディカル・サイエンス・インターナショナル,2017
- Young P, et al:Acetaminophen for fever in critically ill patients with suspected infection. N Engl J Med, 373:2215-2224, 2015
熱や痛みなど炎症に伴う自覚症状は辛いことが医療従事者でもよーくわかるはずなので,それを適切な手法で緩和することは大事な治療行為です.その一方で,どのような処方薬でも患者さんがもつ既往歴をよく把握・確認し,副作用を出現させることのないよう注意しましょう.また,医療従事者が発熱していれば自身が感染源となってしまうのですぐに上級医に相談しましょう.気合と根性で「乗り切って」はいけません.