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D.不整脈
1 心房細動
池田隆徳
(東邦大学大学院医学研究科 循環器内科学)
1心房細動とは?
- 心電図上において迅速で,不規則,多形態の心房興奮波を有する不整脈である
- 不整脈のなかの分類としては頻脈性上室不整脈に属する
- 罹患率は高く,コモンディジーズとして取り扱われている
- 肺静脈内から生じる群発性の局所巣状興奮が引き金となることが多い
- 加齢,高血圧,心不全,貧血,脱水,感染,甲状腺機能亢進症などが誘発因子となる
- 危険性の高い不整脈ではないが,虚血性脳卒中(脳塞栓症)を合併する疾患として知られている
2心房細動の分類
- 持続時間と停止様式によって,発作性,持続性,永続性(慢性)に分類される
- 基礎心疾患がなく発現するタイプは,孤立性心房細動として分類される
- 発作性心房細動では,発現状況によって交感神経緊張型,迷走神経緊張型などのように分類される
3治療の種類と治療方針
【第1選択】薬物治療(⇒5,6参照)
- 心房細動の治療の中心は薬物治療であり,次の4つがある
- 抗凝固療法
- レートコントロール療法
- リズムコントロール療法
- アップストリーム療法
【第2選択】カテーテルアブレーション
- 近年,薬物治療を選択することなしにカテーテルアブレーションを行うケースも増えてきている
【第3選択】外科的メイズ手術
- 単独で選択されることはなく,ほかの心臓手術に付随して行われるのみである
4薬物治療の原則
【第1ステップ】
- 薬物治療においてまず考慮すべきは,抗凝固療法の必要性を吟味することである
- その理由は,心房細動患者の予後を左右するのが虚血性脳卒中(脳塞栓症)のためである
- 抗凝固療法の適応においてはCHADS2スコアを活用し,2点以上では必須,1点では考慮,と判断する(表)
【第2ステップ〜】
- 次のステップは,レートコントロール療法の必要性の検討,さらに次のステップは,リズムコントロール療法の必要性の検討を行う
- リズムコントロール療法を行う場合は,心機能の程度を考慮して使用薬物を決定する
- 近年では,アップストリーム療法についての薬物の使用は考慮されなくなっている
5使用薬剤の選択方針
【抗凝固療法】
①ワルファリン:弁膜症あるいは弁置換術を受けた症例で抗凝固療法を行う場合に用いる
②DOAC(直接作用型経口抗凝固薬:direct oral anticoagulant)
-
- トロンビン阻害薬(ダビガトラン)と第Ⅹa因子阻害薬(リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン)の2種類がある
- ワルファリン使用時に活用するプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)のような血液調節指標を必要とせず,用量設定が容易である
- 薬物相互作用が少なく,食事制限も不要という利点もある
- 近年では,非弁膜症性心房細動に対して経口薬を投与する場合は,主にDOACが選択されている
- 緊急性を要する場合の静注薬としては,未分画ヘパリンが使用される.海外で使用されている低分子ヘパリンは日本では保険適用となっていない
【レートコントロール療法】
①β遮断薬:レートコントロール療法の主な治療薬
-
- 心機能が正常であれば通常量で開始する
- 心機能が低下(目安として左室駆出率<40 %)していれば低用量で開始する
- ビソプロロール:長時間作用型であり心臓選択性が高い薬剤である
- 経口薬のみならず貼付薬もあり使い勝手がよい
- 心機能低下例では微量から漸増しながら使用する
②非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬:β遮断薬でレートがコントロールされない場合,心機能が正常であればジルチアゼム,またはベラパミルを選択してもよい
③ジギリタス製剤:β遮断薬でレートがコントロールされなければジゴキシン,またはメチルジゴキシンの追加あるいは変更を行う
【リズムコントロール療法】
- 発作性心房細動に対してリズムコントロール療法を行う場合は,ⅠA群・ⅠC群薬(Naチャネル遮断薬)が第1選択となる
- 発作回数の少ない発作性心房細動例の場合,停止方法として,発作があった時点で1日量の薬剤を一度に頓服する“pill-in-the-pocket”という停止方法(投与法)がある
- 持続性心房細動を停止させるには,Ⅳ群薬(Caチャネル遮断薬)を用いる
- 心機能が低下しているか,器質的心疾患を有する例では,Ⅲ群薬(Kチャネル遮断薬:アミオダロン)を用いる
6うまくいかなかった場合の裏ワザ
【抗凝固療法】
- 抗凝固薬(特にDOAC)の通常量を用いて出血の合併症をきたした場合は,添付文書上の設定された低用量に変更する
【レートコントロール療法】
- β遮断薬を使用しても十分なレートコントロールができない場合は,心機能正常であれば非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬,心機能低下例であればジギタリス製剤を併用する
【リズムコントロール療法】
- 最初に選択したNaチャネル遮断作用中心のⅠ群薬でリズムコントロールができない場合は,Kチャネル遮断作用を併せもつ抗不整脈薬を選択する
- 発現に自律神経活動が関与する発作性心房細動の場合は,β1受容体またはM2受容体遮断作用の有無を考慮に入れると薬物の有効性を高めることができる
- 薬剤選択の詳細は薬剤編17(Ⅰ群薬)を参照
7NG! 〜やってはいけない不適切処方〜
【レートコントロール療法】
- 心機能が低下した患者では,レートコントロール目的でベラパミルを処方してはいけない.心停止をきたした報告がいくつか出されている
【リズムコントロール療法】
- 心機能が低下した患者では,ⅠA群・ⅠC群薬を使用してはならない.心停止をきたす可能性がある
8患者への説明
- 次の3点を伝える
- 心房細動自体は危険性の高い不整脈ではないこと
- 心房細動の治療において最も重要なことは,脳塞栓症などの血栓塞栓症の予防であること
- 自覚症状が強く,QOLを損ねている患者においては,治療法として薬物治療だけでなくカテーテルアブレーションもあること
9専門医へのコンサルト
- 心機能が高度に低下している患者がリズムコントロールを希望した場合は,不用意に抗不整脈薬を用いると心停止をきたすことがあるため,不整脈の専門医に紹介する
- 患者がカテーテルアブレーションによる心房細動の根治を希望した場合は,不整脈の専門医にコンサルトする
Case1 心筋梗塞後の経過中に発症した発作性心房細動
- 患 者:
- 75歳,男性.
- 主 訴:
- 動悸.
- 既往歴:
- 心筋梗塞.
- 現病歴:
- 高血圧を治療中(服薬あり).症状を伴う発作性心房細動を繰り返している.
- 検査結果:
- 血圧 138/90 mmHg,脈拍数 (非発作時)72回/分・(発作時)100回/分程度,左室駆出率38 %,血液検査ではCre 1.3 mg/L(CCr 42 mL/分).
【現在の服薬状況】
◆ 今後の治療
【治療方針】
- 脳塞栓症の予防として抗凝固療法を行い,リズムコントロールをめざす
- 心筋梗塞後の低心機能患者であるため,予後の改善も考慮する
【追加する薬剤】
◆ この症例での薬物選択ポイント
【脳塞栓症の予防】
- 脳塞栓症発現の指標であるCHADS2スコアが3点であり,抗凝固療法を開始した
- 高齢であり腎機能がやや低下傾向で,抗血小板薬のクロピドグレルが投与されていたことから,リバーロキサバンを低用量で使用した
【心房細動発作の抑制】
- 心機能が低下していることからⅠ群薬は適応外になる.そのため,Ⅲ群薬のアミオダロンを選択した.アミオダロンは排泄経路が主に肝臓であるため問題ない
【心機能への配慮】
- 選択した薬剤はすべて心機能が軽度〜中等度低下した症例にも使用できる薬剤である
- β遮断薬の投与は心筋梗塞後の予後改善効果も期待できる.加えて,発作時の心拍数上昇を抑えることができる
【腎機能への配慮】
- 使用した薬剤はすべて腎機能が軽度〜中等度までの低下であれば使用可能である
◆ この症例で考慮すべきこと
- 抗凝固薬に抗血小板薬が併用されているので抗凝固薬単独使用よりも出血の危険性が高い
- 高齢の患者では急速に腎機能が悪化する場合があるので,年に2回くらいは血液検査で腎機能をチェックし,経口抗凝固薬(リバーロキサバン)による副作用(出血)に注意する
- 抗不整脈薬のアミオダロンの重篤な副作用として間質性肺炎がある.定期的(3〜6カ月ごと)に聴診,胸部X線,肺機能検査,血液検査(KL-6など)でチェックする
Case2 頻脈をきたしている持続性心房細動
- 患 者:
- 69歳,女性.
- 主 訴:
- 息切れ.
- 既往歴:
- 一過性脳虚血発作,脂質異常症.
- 現病歴:
- 1年前の心電図では異常はなかったが,今回は頻脈性の持続性心房細動が記録された.
半年前頃から階段を上るときなどに息切れを自覚していた. - 検査結果:
- 体重48 kg,血圧136/78 mmHg,脈拍数128回/分・不整,左室駆出率54 %,腎・肝機能は正常.
【現在の服薬状況】
【本人の希望】
- 薬物治療を希望している
◆ 今後の治療
【治療方針】
- 脳塞栓症の予防として抗凝固療法を行い,レートコントロール療法による症状の軽減を図る
【追加する薬剤】
◆ この症例での薬物選択ポイント
【脳塞栓症の予防】
- CHADS2スコアが2点であり,脳塞栓症のリスクがあることから,抗凝固療法を開始する
- 体重48 kgと小柄な患者であることから,エドキサバンを低用量で使用した
【心拍数の調節】
- 心機能が保たれていることから,心臓選択性の高いβ遮断薬のビソプロロールを通常量で選択した
- 2.5 mg/日の使用でレートコントロールが不十分であれば,5.0 mg/日まで増量する
【自覚症状の改善】
- ビソプロロールの投与で持続性心房細動の心拍数が安定することで,自覚症状が軽減する可能性が高い
◆ この症例で考慮すべきこと
- レートコントロール療法で症状が軽減しない場合は,薬物による除細動を試みる.その場合はⅣ群薬のベプリジルを選択する
参考文献
- 日本循環器学会:不整脈薬物治療に関するガイドライン(2020年改訂版).2020年3月発行予定