成人診療科医のための 小児リウマチ性疾患移行支援ガイド

成人診療科医のための 小児リウマチ性疾患移行支援ガイド

  • 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業 小児期および成人移行期小児リウマチ患者の全国調査データの解析と両者の異同性に基づいた全国的「シームレス」診療ネットワーク構築による標準的治療の均てん化 研究班/編,一般社団法人 日本小児リウマチ学会,一般社団法人 日本リウマチ学会/他
  • 2020年05月20日発行
  • B5判
  • 141ページ
  • ISBN 978-4-7581-1876-7
  • 4,950(本体4,500円+税)
  • 在庫:あり
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Ⅰ.総論

CQⅠ.移行支援が必要な理由・時期・疾患

CQⅠ-1小児期発症のリウマチ性疾患患者の成人診療科への移行はなぜ必要か?

小児リウマチ性疾患の診療は,この20年間で飛躍的に発展し,小児リウマチ専門医の増加も相まって,早期診断・早期治療介入により治癒を目指した医療体制が展開可能となった.治療の進歩とともに,小児リウマチ性疾患患者や家族の求める生活の質は確実により高いものになったといえる.

しかしながら,小児リウマチ性疾患を専門とする小児科医はいまだ全国で80余人と寡少で,かつ専門医不在県が半数近く存在し,いわゆる「医療の集約化」が果たされていないのが現状であり,治療の進歩に普及が遅れ,難治性病態に陥った子どもたちはしばしば窮地に立たされている.標準的な診断・治療ガイドラインが漸く整備されつつあるが,その普及や浸透に今後少なからず時間を要するために,依然として大量の副腎皮質ステロイドの長期投与や対症療法のみなどの不適切な治療が行われ,積極的な抗炎症治療,免疫抑制療法が導入されていない地域があるという現実を改善しきれていない.このようななかで,疾患を抱えた子どもたちは年齢を重ね,やがて「成人移行期」の時期になり,さまざまな新たな苦難に直面することは想像に難くない.

一方,思春期や成人期となっても,医療を必要とする小児リウマチ性疾患患者は決して少なくない.小児リウマチ性疾患の代表的疾患である若年性特発性関節炎(juvenile idiopathic arthritis:JIA)を例にあげると,発症10年以内にdrug free remission(寛解)に至るのは3割程度であり1),あとの7割は移行期を経て,成人になっても病気を抱えながら生活する必要がある.また疾患そのものの再燃のみならず,長期の薬物療法による副作用,合併症に加え,心のケアも重要な問題となる.

小児リウマチ性疾患は,幸いにも対応する成人診療科である成人リウマチ科を通じて,日本リウマチ学会と組織的に結びつくことが期待でき,より充実した医療移行が可能になると考えられている.移行支援を実践していくためには,小児科サイドと成人リウマチ科サイドがお互いの意見を交えながら,共通の認識の上で一人の患者を全人的に診ていく体制づくりが喫緊の問題である2)

CQⅠ-2移行期の成長や発達に関して知っておくべきことは何か?

小児の特徴は,常に発育(成長,発達)していることである.成長は身体の量的な増大のことで, 発達とは機能的な成熟を意味する.発育期は,新生児期(出生後の4週間), 乳児期(出生より1年),幼児期(小学校入学まで),学童期(児童期:小学校在学期間),思春期(中学生から青年になるまで,あるいは身長の伸びが止まるまで)に区分される3)

小児医療の本来の目標は個々の小児の成長と発達を最適化することである.小児リウマチ性疾患の経過において,遷延する炎症や副腎皮質ステロイドの長期に及ぶ高用量投与は成長を阻害するリスク要因となる.JIAにおける関節炎症や若年性皮膚筋炎における筋障害は運動発達に影響を及ぼしうる.また,慢性的な疾患の経過や通院・入院によって,年齢相応の社会的・情緒的・道徳的発達が得られず,対人関係,学校社会生活,医療の場でのコミュニケーションに支障をきたすこともある.

小児リウマチ医は日常診療において,慢性疾患に関連した成長・発達のリスク要因を把握し,身体的成長と認知・運動・情緒の発達をモニタリングし,家庭や社会における適応を観察しながら,自立(自律)の確認や促進を行っている.

CQⅠ-3適切な移行時期はいつか?

移行支援とは,小児科から成人中心の医療に移行するプロセスの支援であり,患者のセルフケア技術の獲得と意思決定への積極的な参加を促すための自立支援(自律支援)を行い,必要なケアを中断することなく,成人期の適切なケアにつなげることを目的とする.自立(自律)の観点からみれば,それらが確立することが移行に必要な条件といえる.

本邦における移行モデルプランは確立されていないが,小児科,子ども病院においても外来や入院で受け入れる患者年齢の上限を設けている施設が多く,高校生以上になると転居,進学,主治医の異動などを契機に他施設に転医した場合,初診で小児科,子ども病院を受診することは困難が想定される.

移行プログラムの具体的な方法論はさまざまな論文が出ているが,米国MCHB(母子保健局)が財政的援助をして立ち上げたGot transition®が作成した「Six Core Elements of Health Care Transition 2.0」が最もわかりやすい4).2014年のものを一部紹介する.

①Transition Policy(移行ポリシー)12〜14歳:
移行のための実際的な方法を説明する文書(移行ポリシー)を作成し,患者・家族に伝え,移行支援をケアの一環として開始する.
②Transition Tracking and Monitoring(移行のフォローとモニタリング):
移行中の青年期患者の進捗を確認する基準を作成し,レジストリ登録を行う.若年成人については,26歳までを対象に移行のフォローとレジストリ登録を行う.
※本邦におけるリウマチ性疾患の移行例に特化した前向きな疾患登録制度は2020年5月時点では存在しない.
③Transition Readiness(移行の準備)14歳〜:
セルフケアの必要性や目標を親と確認し,議論をするために,14歳から移行評価シート(チェックリスト)を使用する.セルフケアのゴールを設定する.成人施設では若年成人を迎えてオリエンテーションをする方法を確立する.
④Transition Planning(移行の計画):
移行支援計画を作成し,評価シートの定期的チェック,医療サマリー(患者と共有)や緊急時のケアプランを作成する.治療の意思決定を保護者から本人へ移行するための準備をし,転科の最適な時期について話し合う.
⑤Transfer of Care(転院・転科):
患者の状態が安定している時期に行う.移行に必要なパッケージ(チェックリスト,最新の移行支援計画,移行サマリー,緊急時ケアプラン,その他必要な情報提供書)を準備する.成人診療科に必要な資料を添付した診療情報提供書を送付し受け入れの確認をする.成人診療科側では,チームメンバーで準備し,初回受診時には移行サマリーと緊急時の対応をアップデートする.
⑥Transfer Completion(移行の完了):
患者・保護者とは転院・転科後も6カ月は連絡をとり連携を計る.成人側では必要な支援,サービスや専門診療科との連携など,ケアチームを構築する.移行完了の確認をし,成人側での状況を評価,フィードバックを得る.

なお,本邦では小児慢性特定疾病対策による助成制度(小慢制度)の利用の制約により転科時期を考慮しなければならない場合もある(詳細は総論CQ Ⅱ-3参照)

CQⅠ-4移行支援を必要とする小児リウマチ性疾患にはどのようなものがあるか?

小児リウマチ性疾患は,現代でも不治の病とされ,①発病の機構が明らかでない,②治療方法が未確立,③希少な疾病,④長期の療養が必要,という4要素を満たす難病に位置づけられている5).この点から考えても,小児から移行期を経て成人まで疾患を持ち越す患者が少なくないことは容易に想像できる.

日本全国における小児リウマチ性疾患の実態を把握するために,2015~2016年度厚生労働科学研究「若年性特発性関節炎を主とした小児リウマチ性疾患の診断基準・重症度分類の標準化とエビデンスに基づいた診療ガイドラインの策定に関する研究」および2016年度厚生労働科学研究「小児期あるいは成人移行の若年性特発性関節炎(JIA)の全国実態調査とその臨床的検討」において,日本小児科学会専門医認定施設を対象に調査を行った.その結果,主要な小児リウマチ性疾患6)であるJIA,小児期発症全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE),若年性皮膚筋炎(juvenile dermatomyositis:JDM),小児期発症シェーグレン症候群(Sjögren syndrome:SS)について,それぞれの施設で診療あるいはフォローアップしている16歳以上の患者実数を把握することができた(回答率91.3 %).集計結果は,JIA 750名,小児期発症SLE 525名,JDM 113名,小児期発症SS 126名であり,これらの患者が移行支援を必要とする小児リウマチ性疾患の対象の中心になると考えられる.詳細は,上記各疾患での記述を参照にされたい.

参考文献・資料

  • 武井修治,他:小児慢性疾患におけるキャリーオーバー患者の現状と対策.小児保健研究,66:623-631,2007
  • 森 雅亮:特集 小児膠原病‐長期予後の改善と成人への意向を考える.小児膠原病の長期予後と移行期医療:総論.小児科,58:435-439,2017
  • 2部 成長.発達と行動.「ネルソン小児科学 原著第19版」 (Kliegman RM,他/著),pp31-64,エルゼビア・ジャパン,2015
  • Six Core Elements of Health Care Transition 2.0 Transitioning Youth to an Adult Health Care Provider[http://www.gottransition.org/providers/leaving.cfm
  • 厚生労働省:難病対策.難病法概要[http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000128881.pdf
  • 「Textbook of Pediatric Rheumatology 7th ed」(Petty RE,et al eds),pp1-4,pp188-284,pp285-317,pp351-383,pp427-435,Elsevier,2016
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  • 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業 小児期および成人移行期小児リウマチ患者の全国調査データの解析と両者の異同性に基づいた全国的「シームレス」診療ネットワーク構築による標準的治療の均てん化 研究班/編,一般社団法人 日本小児リウマチ学会,一般社団法人 日本リウマチ学会/他
  • 4,950(本体4,500円+税)
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