第3章 ケーススタディ
3 意識変容の原因精査を行った症例
中本英俊,江川悟史
本症例は神経集中治療の醍醐味を感じとれる症例とも言えます.ぜひ,意識障害の鑑別診断を考えながら読み進めてください.
来院時のGCSはE1V2M4.明らかなけいれんは認めなかったが,よくみると咽頭部のミオクローヌスを時折認めていた.脈拍は120回/分,血圧は160/90 mmHg,呼吸数は30回/分で,体温は37.3℃だった.血液検査や全身CT,頭部MRI検査を施行したが,異常所見は認めなかった.髄液所見は多核球1/mm3・単核球 5/mm3・蛋白93 mg/dL, 髄液糖 99 mg/dLだった.尿検査のトライエージは陰性で,病歴からも薬物中毒は否定的であった.
さて,困りました.意識障害の原因がわからないのですが,娘さんからは,「お父さんはこんな人ではありません.何が起きているんでしょうか? 昨日までは平気だったのですが…」と訴えがあります.
皆さんであれば,どうしますか?
もちろん,しっかりと訴えを聞いたうえで,安静が保てるように鎮静薬を使用することも選択肢の1つかと思います.ですが,原因はどう考えればよいでしょうか?
ここまで言えばわかりますよね.そうです.答えは下記の通りになります.
A:脳波モニタリング
モニタリング中の脳波を判読してみよう
1)脳波モニタリング開始後
さて実際の脳波を提示します(図1).判読してみてください.
判読ポイント
いかがでしょうか?モニタリング開始後の脳波です.意識状態はGCS scoreでE1VtM4で刺激に対する反応がなく,体動に乏しい状態です.
まずはACNSの分類に従って所見をつけてみましょう.左右の大脳半球にPDsがみられることには気づきましたか? 図2,で示しているところです.左右のPDsは,一見全般性(G:Generalized)に見えますが,よく見ると場所によっては左側が優位な箇所,右側が優位なところもあります.左右が同期していないところもあるので,局在は(BI:Bilateral Independent)と表現することが適切と考えられます.つまり,所見はBIPDsということになります.難しく考えないで,PDsがあり黄色信号である印象をもつだけでも,一歩前進です.
次に周波数を数えます.不規則であり,2~3HzのPDsを認めます.画面が10秒表示ですが,左右とも25個以上のPDsがあります.ザルツブルグコンセンサスの診断基準からは,2.5Hz以上のPDsやSW,律動性発射が10秒以上持続している場合(または10秒間に25個以上の同様の波形がある場合)は発作(NCSz/ESz)と定義されますので,この症例も発作と診断できます.これが10分以上持続している状況であり,NCSE(ESE)と診断して1st line,2nd line,場合よっては3rd lineといつものように抗てんかん薬や静脈麻酔薬などを使用していくのがよいです.もちろんNCSEに対する正規の治療ガイドラインはまだなく,けいれん性てんかん重積状態のガイドラインを参照しつつ治療を行うのが現実的です.
本症例ではけいれん性てんかん重積状態の第一選択薬であり,効果も迅速に得られるロラゼパム4 mgを投与し評価を行いました.その後の脳波所見,臨床所見の変化を評価しました.いわゆるベンゾジアゼピンテスト*です.
*ベンゾジアゼピン系薬剤を投与し,臨床所見や脳波所見が改善するかどうかを評価するテスト
2)ベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパム)投与2分後
図3を見てみていかがでしょうか?こちらも判読してみてください.ロラゼパムを静注してから約2分後の脳波です.先ほどの脳波と比較してみてください.
判読ポイント
PDsが消失していることに気づきましたか?さらに,これまでにみられなかった背景活動が出現していることにも注目してください.前頭部,後頭部に8~12Hzのα帯域の波形と,6~8Hzのθ波が混在しています.このときは,humpやspindleといった睡眠構造まではみられていませんが,ベンゾジアゼピンテストでは「脳波所見が改善した」と言えます.また,本症例ではこれまで重度意識障害を認めていた患者が開眼し,簡単なよびかけに対して頷くことができるようになりました.「臨床所見が改善した」と言えます.脳波所見も臨床所見も改善していますので,ベンゾジアゼピンテストは自信をもって陽性と言えます.
抗てんかん薬投与後に脳波所見と臨床所見双方の改善がみられたことからもNCSE(ECSE)と診断できます(詳しくはコラム:ACNS2021年版におけるNCSEの診断基準の改訂について参照).
3)ベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパム)投与10分後
さて,ベンゾジアゼピンの効果発現は迅速ですが,単回投与では短時間しか効果が持続しません.約10分後の脳波を提示します(図4).
いかがでしょうか?
判読ポイント
再び右半球優位にBIPDsが出現し(図5),右半球については10秒間に25個以上のPDsがみられ,発作が再発している状態であることがわかります(NCSz/ESz).もちろん,意識障害も再発しました.前述の通り,ベンゾジアゼピン系薬剤の単回静注は効果持続時間が短く,発作コントロールのためには,ほかの薬剤の併用が必要になってきます.2nd lineの抗てんかん薬としてホスフェニトイン,レベチラセタムをてんかん重積状態に対して十分量順次投与して評価を行いましたが,これらの薬剤では発作を軽減することはできませんでした.
ここまでの脳波の所見用紙は,以下のようになります.
所見用紙
まず,ロラゼパム投与前の所見用紙を提示します(表1).左右ともに25個以上のPDsがあり,NCSEと診断できます.
次にベンゾジアゼピンテスト後の所見用紙を提示します(表2).ロラゼパム投与後,脳波所見・臨床所見ともに改善がみられました.
診断
脳炎に合併したNCSE(ESEかつECSE)
ベンゾジアゼピンテストで明確な脳波所見の改善と臨床所見の改善を認めた.
治療と経過
脳波モニタリングを継続しつつ,3rd lineの治療薬としてミダゾラム持続静注を開始しました.すると脳波上の発作(PDsのevolving)は消退し,再度指示に応じるようになりました.最終的にはクロナゼパム内服を開始し,脳波上の発作は改善しました.
同時に原疾患に対する治療も大切です.この患者さんはNORSEと判断し,自己免疫性脳炎が強く疑われました.ヘルペスPCR,NMDA受容体抗体は陰性でしたが,非ヘルペス性辺縁系脳炎と診断し,ステロイドパルス療法や血漿交換療法を行いました.
1カ月後には意識状態の急速な改善がみられ,自宅退院となりました.数カ月後に脳波検査を再度行いました.もちろん患者さんは意識が清明であり,高次機能障害もなく社会復帰されておりました.
1)数カ月後の脳波
その脳波を見てみましょう(図6).
今回は発作を疑っているわけではありませんが,いかがでしょうか?
判読ポイント
解説をしていきます.今回は発作を疑って脳波検査をしていませんので,判読のポイントが少し違います.注目すべきは,下記の通りです.
- 背景活動の周波数,分布の左右差
- 局所的な徐波の有無
- 覚醒時と睡眠時(軽い眠気も含む)の変化が適切かどうか
- てんかん様異常波(棘徐波や鋭波など)の有無
今後の発作のリスクを鑑み,抗てんかん薬を減量するのか否かといったところがポイントとなります.
いわゆるてんかん様異常を示唆するような波形はありません(図7).
では背景活動をチェックします.背景活動の評価は,睡眠中の脳波なのか覚醒中の脳波なのかを区別して行うことがコツです.背景活動の評価は閉眼した直後に行います.この方の場合,後頭部優位の9〜11 Hzのα波と前頭中心領域優位の低振幅な13~15Hzのβ波がみられます(図7).
2)睡眠中の脳波
次に,睡眠中の脳波を見てみましょう(図8).同じ検査中の脳波で睡眠相がみられたので提示します.
判読ポイント
いかがでしょうか?
正常脳波を思い出してくださいね.Czで位相が逆転していることに気づきましたか? humpという言葉を覚えていますか? 忘れた方は第1章2を読み返してください.簡単に説明しますと,これは中心領域優位の瘤波(humpの訳語.vertex sharpともよぶ)ですね.図9のところを見てください.先ほど位相が逆転していると言いましたが,中心領域で波形が反転しています.さらに前頭中心優位の紡錘波(spindle)がみられます(図9).これらはともに睡眠相でみられる所見でこのときは睡眠相stageⅡです.このように,睡眠相の脳波所見が明確にみられ,覚醒と睡眠の変化がみられるようになったのは,正常脳機能に近づいた証拠です.
その他左右の脳波とも,β波が目立ちますが,これはそのときクロナゼパムを内服中だったからだと考えられます.ベンゾジアゼピン系薬剤やフェノバルビタールを内服している患者さんではβ波が優位な背景活動になることがあります.
所見用紙(数カ月後)
数カ月後の脳波の所見用紙を埋めてみてください.
てんかん様異常を示唆するような波形はなく,背景活動もほぼ正常のため,所見用紙は表3のようになります.
- 原因不明の意識障害の鑑別診断を確実に行うことが第一歩.脳炎はSE(NCSE含む)を合併する可能性があり,脳波モニタリングも忘れないようにしましょう.特にNORSEには辺縁系脳炎など,自己免疫性脳炎が隠れていることがあるので積極的に精査治療を行いましょう.
- ベンゾジアゼピンテストは症例によっては有効です.特に,脳波所見と臨床所見の両方がよくなる場合は治療介入が必須でしょう.
ここで,もう一度現場をイメージしながら脳波の必要性を吟味してみましょう.まず,この患者さんで意識障害の鑑別として何が想起されるでしょうか?教科書的にはさまざまな意識障害の鑑別が想起されますが,最も重症な脳炎を見逃さないようにしてください.ヘルペス脳炎などの感染性の脳炎以外にも自己免疫性脳炎や腫瘍関連の脳炎などがあります(第2章7参照).意識障害の鑑別のなかにこの脳炎もしっかりと入れてください.脳炎は初期には画像検査で明瞭な所見がないことが多いです.脳炎を初期にルールアウトするのはきわめて困難であり,ほかの意識障害の原因が確定しない限りは,最後まで鑑別診断のリストに残ります.さらに,脳炎の症例ではNCSEを合併していることも多く,診断には脳波が必要です.
もちろん原因不明の意識障害だからという理由で脳波モニタリングが必要と考えてもシンプルですね.
この患者さんは実際,ICUに入ってからも不穏が継続しており,困り果てた研修医が上級医に相談したところ,脳波モニタリングを行うように指示がでました.その直前にハロペリドールを使用したこともあってか,呼吸も浅くなっていたため人工呼吸管理も開始しました.