検査値ドリル〜基礎・応用問題から鍛える、診断につながるポイントを見抜く力

検査値ドリル

基礎・応用問題から鍛える、診断につながるポイントを見抜く力

  • 神田善伸/編
  • 2021年03月04日発行
  • B5判
  • 272ページ
  • ISBN 978-4-7581-1895-8
  • 4,730(本体4,300円+税)
  • 在庫:あり
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基礎編 3)肝胆膵関連検査

1.AST,ALT

木村昌倫,木村公則
(がん・感染症センター 都立駒込病院 肝臓内科)

はじめに

本稿では,血液検査の際に必ずと言ってよいほど測定される肝逸脱酵素をとりあげる.これまで何となく肝機能を評価するために測定していたかもしれないがAST(GOT)とALT(GPT)だけでも,検査結果によってはさまざまな疾患の鑑別が可能となる.ASTとALTは検査項目のセットとして考えられることが多いがいくつかの相違点もある.本稿では症例に対し3つの問題を提示する.まずは提示した実際の臨床症例から,現時点で自分がこの肝機能障害に対してどれだけのことを考えられるのか挑戦してみてほしい.

基準値

倦怠感を訴える
65歳女性

既往歴
気管支喘息,心房細動,帝王切開
嗜好歴
喫煙:なし,飲酒:機会飲酒
アレルギー歴
なし
内服歴
ワルファリン
家族歴
父:肺がん,母:B型肝炎
現病歴
他院に甲状腺がんの化学療法のために通院中であった.これまで肝機能障害の指摘をされたことはない.1週間前に咳と微熱を認めたため,通院中の医院を受診した.上気道炎の疑いで抗菌薬と鎮咳薬を処方された.しかし,症状は改善せず新たに倦怠感と腹部膨満感も出現したため当院の救急外来を受診し,そのまま入院した.
入院時現症
身長 158 cm.体重 38 kg.体温 37℃.脈拍数 70回/分.血圧 107 mmHg.皮膚に黄染あり.眼瞼結膜に軽度黄疸あり,貧血なし.頸部リンパ節は触知しない.肺音に異常はない.心音に異常はない.腹部は平坦で軟,圧痛はない.軽度の肝腫大や脾腫を認める.下腿浮腫あり.

問題

肝機能障害は急性期か,または急性期を過ぎているか?
肝機能障害の原因として考えにくいのはどれか?
  • ⓐ心不全
  • ⓑ甲状腺機能障害
  • ⓒ肝硬変
  • ⓓ薬剤性肝障害
  • ⓔウイルス性肝炎
すぐに行う必要がない検査はどれか?
  • ⓐ肝生検
  • ⓑIgGの測定
  • ⓒ心エコー検査
  • ⓓ腹部エコー検査
  • ⓔ胸部X線検査

解答

急性期
ⓒ肝硬変
ⓐ肝生検

検査値の解釈

AST

  • GOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)と同じものだが,最近はAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)の表記の方がよく使われる.
  • ASTは肝細胞内に存在しているが,実際には心筋や骨格筋の筋細胞内や赤血球内にも存在している.

ALT

  • GPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)と同じものだが,最近はALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)の表記の方がよく使われる.

AST・ALTの関係と上昇の原因となる疾患

  • 表2に列挙した疾患をこの機会にしっかり覚えておいてほしい.
  • ASTが上昇していた場合は肝疾患ばかりを考えるのではなく,常に心筋障害,骨格筋障害,溶血性疾患を念頭に入れて鑑別していく必要がある.
  • ALTは主に肝細胞内に存在しているため肝細胞障害に対する特異性はASTよりも高い.また,肝細胞中ではASTの方がALTよりも多く存在する.そのため,血液検査で肝機能が正常であるならば,基本的にAST>ALTでASTとALTがともに正常範囲内にある
    • この関係がわかっていると,例えばASTとALTが正常であってもAST<ALTの場合には違和感を感じるだろう.前述のような結果を見た場合には慢性肝炎脂肪肝の可能性を考えてほしい.
    • ただし,肝硬変,肝細胞がん,アルコール性肝障害の場合にはAST>ALTになることが多いことも併せて押さえてほしい.

ASTとALTの半減期

  • ASTの血清半減期は約5〜20時間なのに対して,ALTは約40〜50時間である.すなわち血清半減期はASTよりもALTの方が長いということである.

解説

Q1…肝機能障害は急性期か,または急性期を過ぎているか?

  • AST 355 U/L,ALT 225 U/Lとどちらも高値だが,AST>ALTである.
  • ASTとALTの半減期の関係から急性肝炎の症例ではAST優位であればまだ急性期であると判断できるし,ALT優位であればすでに急性期は過ぎていると判断することができる
    • 本症例はAST優位であることからまだ急性期であると判断できる.
  • 急性肝炎の場合には急性期を過ぎたことを確認できるかが臨床医としては非常に重要である.なぜなら急性期であれば,さらに肝機能障害が進行して急性肝不全に至る可能性があるからである.

Q2…肝機能障害の原因として考えにくいのはどれか?

ⓐ心不全
  • まず既往歴として心房細動があり,身体所見上も下腿浮腫を認める.
  • 心不全の存在も考慮すべき既往歴や所見である.また,心不全は進行するとうっ血肝にもなり肝機能障害が出現するため,原因の1つとして可能性がある.
ⓑ甲状腺機能障害
  • ASTとALTのどちらも上昇しているほか甲状腺がんで化学療法中である.
  • 甲状腺機能障害を考慮すべき検査結果と現病歴である.
  • 肝機能障害と甲状腺機能障害の関係は絶対に押さえておくべきであるし,甲状腺機能亢進症であろうと甲状腺機能低下症であろうとASTとALTは上昇すると覚えておくとよい
  • 甲状腺ホルモンには肝細胞毒性があるため,甲状腺機能亢進症ではASTやALTの上昇がみられる.一方,甲状腺機能低下症では代謝低下により胆汁うっ滞がおこるため,ASTやALTの上昇がみられる.
ⓒ肝硬変
  • これまで肝機能障害を指摘されたことがない.
  • 長い年月をかけて完成する肝硬変に本症例があてはまると考えるのは無理がある.そのため本症例の肝機能障害の原因として肝硬変は除外される.
ⓓ薬剤性肝障害
  • 近医で抗菌薬と鎮咳薬を処方されている.
  • 肝機能障害では薬剤性肝障害が常に鑑別にあがるが,本症例は処方薬内服後に症状が悪化していることから特に考慮する必要がある.
    • 被疑薬である処方薬の抗菌薬と鎮咳薬に対してリンパ球刺激試験(DLST)を実施してみる価値がある.
    • ただし,DLSTは感度・特異度がそれほど高くないこと,また一部の薬剤は偽陽性になりやすいなどの問題があることに注意する必要がある.
ⓔウイルス性肝炎
  • 母親がB型肝炎であることに加え,本人も甲状腺がんで化学療法を行っている.
  • 特にB型肝炎に注意する必要がある.その理由としては,母親がB型肝炎であることから垂直感染した可能性があるためである.また,今回は本人が化学療法を行っていることから仮にB型肝炎の既往感染の状態であってもB型肝炎の再活性化がおこる可能性がある.
  • 本症例ではHBs抗原,HBs抗体,HBc抗体を調べる必要があり,いずれかが陽性であればさらにHBV-DNA量を測定する必要がある.
    • 結果によっては早急に核酸アナログ製剤を開始する必要があるかもしれない.なお,HBV再活性化に対する予防および治療は免疫抑制や化学療法を扱う診療科では必須の事案である.そのため,必ず日本肝臓学会が作成したB型肝炎治療ガイドライン1)の「免疫抑制・化学療法により発症する B 型肝炎対策ガイドライン」の項目を一読してほしい.

Q3…すぐに行う必要がない検査はどれか?

ⓐ肝生検,ⓓ腹部エコー検査
  • 本症例に限らず肝生検は侵襲的でもあることから,まずやるべき検査ではない.また,本症例は肝生検ができるような肝機能かどうかの確認もまだできていない.
 【肝生検】
  • 結果が出るまで通常1週間以上かかることからもまずは血液検査や腹部エコー検査などを優先して行うのがよいだろう.
 【腹部エコー検査】
  • 腹部エコー検査は非侵襲的な検査で,かつベッドサイドでも行うことができる簡便な検査であり,肝機能障害を認めた場合には必ず行う検査といってよいだろう.しかしながら,検者の技術による精度が問題となる.そのため,まずは腹部エコー検査をスクリーニングとして施行し,ほかの画像検査が必要かを判断していくのが基本的な検査の流れになる.
ⓑIgGの測定
  • 65歳女性の肝機能障害である.
  • IgGは肝機能障害のスクリーニング検査項目に含めておかなければいけない.というのも,自己免疫性肝炎を常に肝機能障害の原因の1つとして考える必要があるためである.また,自己免疫性肝炎は特に中高年の女性に好発であることから,本症例ではまず測定しなければいけない.
ⓒ心エコー検査
  • Q2でも解説したように,肝機能障害の原因として心不全が否定しきれない.
  • 鑑別診断もふまえ心エコー検査で心機能を評価する必要がある.
ⓔ胸部X線検査
  • 発熱や咳がみられた.
  • 本検査はスクリーニングのほか,心拡大や胸水の有無のチェックも行うことができるため重要である.なお,本症例では肺炎像の評価にも必要である

おわりに

本稿ではASTとALTという普段の臨床現場でもよく測定する項目を取りあげた.わずか2つの項目でも肝炎が急性なのか慢性なのかを鑑別することができたり,さらに肝臓以外の病気を示唆していたりと内容が盛りだくさんで得ることも多かったと思われる.本稿の内容は実臨床ですぐに使える内容ばかりのため,今日から早速,AST・ALT血液検査の結果を新たに得た視点で考察してほしい.

文 献

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