BHA・THA 人工股関節置換術パーフェクト〜人工骨頭置換術・人工股関節全置換術の基本とコツ

BHA・THA 人工股関節置換術パーフェクト

人工骨頭置換術・人工股関節全置換術の基本とコツ

  • 稲葉 裕,神野哲也,加畑多文/編
  • 2021年03月17日発行
  • A4判
  • 278ページ
  • ISBN 978-4-7581-1896-5
  • 15,400(本体14,000円+税)
  • 在庫:あり
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第3章 手術手技の実際 §1 BHA・THAに用いられる進入法

6 前方進入

石田 崇1),稲葉 裕2)
(済生会横浜市南部病院整形外科1),横浜市立大学整形外科2)

  • BHA・THAにおいて筋腱を切離しない筋間進入が最小侵襲手術(MIS)として広まってきているが,なかでも前方進入はinternervous planeから進入する唯一の進入路であり,術後疼痛が少なく,早期回復が期待できる1, 2)
  • 前方進入の利点は,術中体位が仰臥位で,寛骨臼側の展開が容易な点である3, 4).一方で欠点としては,大腿骨側の展開にラーニングカーブが存在し,外側大腿皮神経損傷の可能性がある点である5〜7)表1).
    表1◆前方進入の利点と欠点
  • 最小侵襲前方進入法( AMIS エイミス )は,筋温存に加え,関節包および周囲軟部組織への侵襲も最小限にした進入法であり,レッグポジショナーや特殊な手術器械の使用が有用である8〜10)

1.前方進入の特徴

近年BHA・THAに用いられる前方進入は,Smith-Petersen approachの遠位部分を利用したものである.筋腱を切離せず,internervous plane(神経支配界面)から進入する唯一の進入路であり,術後疼痛が少なく,早期回復が期待でき,入院期間の短縮が可能である1, 2).さらに,仰臥位手術であるため正確なカップ設置が可能であり,短外旋筋群を温存することが可能なため術後脱臼率が低い3, 4).しかし,大腿骨側の展開にラーニングカーブが存在し,導入後早期の合併症の発生に注意を要する5).また,外側大腿皮神経損傷の可能性がある6, 7)

前方進入を導入する際の注意点 前方進入を導入する際には症例選択が重要である(表2).手技に習熟すれば適応を拡大可能であるが,導入後早期は難症例は避けるべきである.展開不良のまま無理に大腿骨側の操作を行うと,大転子骨折やcalcar骨折などを生じるリスクがあるので注意を要する.
表2◆前方進入を導入する際の症例選択
① 前方進入の進入路

浅層は大腿筋膜張筋(上殿神経支配)と縫工筋(大腿神経支配)の筋間,深層は中・小殿筋(上殿神経支配)と大腿直筋(大腿神経支配)の筋間を進入する(図1).

図1◆前方進入の進入路
前方進入の歴史 前方進入は1880年代にドイツのHueterによってはじめて報告された11).その後,1917年にSmith-Petersenが報告してから英語圏に広まったため,前方進入はSmith-Petersen approachとよばれるようになった12).1950年にフランスのJudet兄弟はJudet tableとよばれる両下肢保持型の整形外科用手術台を使用し,はじめて前方進入によるアクリル樹脂製のBHAを報告した13).1980年にLightとKeggiが前方進入によるTHAを報告し,direct anterior approach(DAA)と表現した14).1990年代後半よりMISへの関心が高まり,筋腱を切離せず,internervous planeから進入する前方進入が注目されるようになり,広く普及した.2006年にフランスのLaudeがより侵襲の少ない前方進入を報告し,anterior minimally invasive surgery(AMIS:最小侵襲前方進入法)と命名した8)

2.手技

セッティング

a b c

患者は仰臥位とする.通常の手術台を使用する場合もあるが,ここではレッグポジショナーを使用した最小侵襲前方進入法(AMIS)について述べる.手術台の患側の足台を外してレッグポジショナーを接続し,患側足部を専用のブーツで強固に固定する().患側股関節は軽度屈曲位で内外転中間位とし,膝蓋骨が直上を向くように足部の内外旋を調整する.健側股関節は軽度外転位とし,患側上肢は胸の上に固定する.通常は術者と助手1名で行う.術中透視が使用可能であり,レトラクターホルダーもあると有用である.

上前腸骨棘が術野に入るように覆布をかける.透明な粘着ドレープで覆い,術中に足部の位置が確認できるようにする().本法で使用する開創器・レトラクターは,Charnley開創器,Beckmann開創器,Hohmannレトラクター2本のみである().当院ではCharnley開創器の内側の深いブレードはX線透過性のあるカーボンファイバー製のもの,外側の浅いブレードは針山の形状のものを使用している.

セッティング後に両側の上前腸骨棘を手術台の遠位より視認し,骨盤が水平になっていることを確認する.骨盤が健側に傾斜している場合には,健側殿部の下にタオルなどを入れて骨盤が水平になるように調整する.

皮切

a b

上前腸骨棘の遠位で縫工筋と大腿筋膜張筋の間のくぼみを指で確認し,大腿筋膜張筋の筋腹を触知する.上前腸骨棘から約2.5 cm外側の点より開始し,大腿筋膜張筋の筋腹の正中に沿って約8 cmの皮切を置く.

外側大腿皮神経 外側大腿皮神経は,上前腸骨棘の内側を通って大腿筋膜張筋と縫工筋の筋間を走行し,大腿外側に向かう.皮切を外側寄りにすることで,多くの症例では外側大腿皮神経の損傷は回避できるが,走行や分枝には解剖学的破格が多く,全例で温存するのは困難である6).外側大腿皮神経を損傷すると,大腿外側のしびれ,知覚鈍麻,感覚異常などの症状が出現するが,自然に軽快することが多い7)

筋間進入

a b
大腿筋膜張筋の展開

皮下組織を分け,大腿筋膜張筋の筋膜を確認する.筋膜を筋線維方向に切開し,切開した内側の筋膜より大腿筋膜張筋を用手的に剥離する.大腿筋膜張筋を外側によけ,大腿筋膜張筋と縫工筋の筋間を進入する.

進入路の間違い 大腿筋膜張筋の筋膜は薄く,大腿筋膜張筋が透けて見える.もし白く厚い筋膜が見えれば中殿筋を覆う大腿筋膜であり,進入が外側すぎるため,より内側を展開する必要がある.
a b
大腿直筋の展開

大腿筋膜張筋と縫工筋の筋間中隔にBeckmann開創器をかけ,大腿直筋の筋膜を確認する.大腿直筋の筋膜は薄く,内側から大腿直筋の白色と赤色,脂肪層の黄色の3色が透けて見える.大腿直筋の外側縁()で筋膜を切開する.大腿直筋を内側によけ,Beckmann開創器をかけ直す.

a b
外側大腿回旋動静脈の結紮

大腿直筋の裏にある真珠色の筋膜を切開し(),外側大腿回旋動静脈を確認する.皮切の位置が正しければ,皮切の中央よりもやや遠位に外側大腿回旋動静脈が確認できる.Cobbラスパトリウムを用いて動静脈束上の筋膜を内外側によけ,ケリー鉗子で動静脈をすくって結紮する.

関節包切開~大腿骨頚部骨切り

関節包切開
関節包切開

関節包前方の脂肪を切除し,iliocapsularis muscle,外側広筋,中・小殿筋に囲まれた前方関節包の三角形の部分を確認する.関節包の内下方にHohmannレトラクターを挿入する.Iliocapsularis muscleの外側縁および外側広筋の前縁に沿って関節包をV字に切開()し,V字のフラップの頂点に糸をかけ翻転する.慣れないうちは,iliocapsularis muscleの外側縁に沿ってより近位まで関節包の切開を延長し,大腿直筋の反回頭まで切開した方が展開しやすい.

iliocapsularis muscle Iliocapsularis muscle は,下前腸骨棘と関節包前面から起始し,小転子遠位部に停止する.寛骨臼形成不全の患者で発達しており,股関節の安定性に関与している可能性があるとされている15)
大腿骨頚部骨切り
大腿骨頚部骨切り

大腿骨頚部の内外側にHohmannレトラクターを挿入する.大腿骨頚部の最外側部から開始し,術前計画通りの頚部骨切り角度で,骨切り線()を電気メスでマーキングする.腸骨大腿靭帯上部線維束の付着部である結節()がよい解剖学的指標となる.当院では骨切り位置は術中透視でも確認している.股関節を牽引し,in-situで大腿骨頚部を骨切りする.牽引することで,骨切りが完了した際に骨切り部が開く.股関節を軽度外旋すると,骨切り面が前方を向くので,骨切り面より骨頭抜去器を挿入する.骨頭抜去器のハンドルを筋線維方向に頭側に倒し,大腿骨頚部後方に付着する関節包があれば切離する.筋損傷を回避するため,Beckmann開創器をはずし,骨頭を抜去する.

寛骨臼側の展開

a
b c

股関節の牽引を解除し,腸腰筋を弛緩させる.まずiliocapsularis muscle後方に残った内側の関節包に,Charnley開創器の内側のブレードを関節内から突き刺す.続いて翻転したV字の関節包のフラップに,Charnley開創器の外側のブレードを刺す.Charnley開創器は必ず関節包にかけ,筋肉に直接かけないように注意する.Charnley開創器を関節包にかけることで,関節包がレトラクターとして作用し,大腿骨近位部が後方に押し下げられ,寛骨臼側が展開できる().関節唇と骨棘を切除後,術中透視で確認しながらリーミングを行い(),カップを設置する.

寛骨臼を展開する際に多くのレトラクターをかけると,レトラクターで筋肉を損傷する可能性があり,寛骨臼前縁にかけるレトラクターの先端で大腿神経,大腿動静脈を損傷するリスクもあるので注意を要する.本法ではCharnley開創器を関節内から関節包にかけることで,関節包が筋肉を保護するため術中の筋損傷のリスクを低減することができ,さらに関節包外にレトラクターを挿入する必要がないため大腿神経,大腿動静脈を損傷するリスクを回避することもできる.大腿骨側の操作もCharnley開創器を関節包にかけたまま行うため,術中に多くのレトラクターを出し入れする必要がない.

大腿骨側の展開

a b c
股関節の外旋操作

大腿骨側の展開で重要なことは股関節をできる限り外旋することである.そのためまず行うのは,大転子後方と寛骨臼後縁のインピンジメントを解除することである.インピンジメントを生じると,股関節の外旋が制限され,大腿骨の前方挙上も困難となる().股関節を外旋する前に軽度牽引をすると,大腿骨近位部が遠位前方に移動し,インピンジメントは解除される().その後,大腿骨頚部骨切り面よりボーンフックを挿入し,前外方に挙上しながら,股関節を外旋する().大転子が寛骨臼後縁より前方に位置していることを確認する.

a b c
関節包靭帯の切離

前方関節包には腸骨大腿靭帯上部線維束,腸骨大腿靭帯下部線維束,恥骨大腿靭帯の3つの関節包靭帯が存在し,後方関節包には坐骨大腿靭帯が存在する().前方関節包をV字に切開した際に,関節包靭帯のうち,恥骨大腿靭帯の一部と腸骨大腿靭帯は切離している.残った恥骨大腿靭帯を大腿骨頚部付着部から小転子基部まで切離すると,小転子を触知することで大腿骨頚部骨切り高位を確認でき,股関節をより外旋することが可能となる().大転子が寛骨臼後縁より後方に位置している場合は,坐骨大腿靭帯を切離して大腿骨近位部を前方挙上する.それでも大腿骨近位部の前方挙上が不十分であれば,内閉鎖筋と上下双子筋からなる共同腱を切離し,さらに前方挙上が必要であれば梨状筋腱を切離する.

a b
c d
股関節の伸展,内転操作

股関節の外旋操作を行った後,牽引を解除し,ボーンフックで大腿骨を前外方に挙上しながら,股関節を伸展,内転する().Calcar後方にHohmannレトラクターをかけ,ラスピングを行う().前方進入用に改良された,カーブしたスターターラスプやラスプハンドルが有用である().ラスピング後,ステムを挿入する().必要に応じて術中透視でステムアライメントや脚長差の確認が可能である.

大転子外側にレトラクターをかけると,レトラクターの先端で中・小殿筋の付着部を損傷する可能性があるため,当院では使用していないが,ラスピングが困難であれば大転子外側にレトラクターをかけてもよい.
大転子骨折 骨切り高位が低すぎると,特に高齢の骨粗鬆症患者では大腿骨操作時に大転子骨折のリスクが高くなるので注意を要する.慣れないうちは,骨切り高位は術中透視で確認した方が安全である.また,手技に習熟すれば多くの症例で坐骨大腿靭帯は温存可能であるが,導入後早期は関節包の温存にこだわりすぎると大転子骨折のリスクが高くなるため,坐骨大腿靭帯は一部切離した方が安全である.

整復~閉創

ステムにヘッドを設置し,股関節の内転,伸展,外旋を順に解 除して整復する.レッグポジショナーからブーツを取り外し,安定性を確認する.必要に応じてV字に切開した関節包を縫合する.大腿筋膜張筋の筋膜を縫合し,閉創する.

BHAでは整復操作に難渋することがあるため,当院ではバイポーラカップの関節内組立が可能な機種を選択している.まず寛骨臼内にアウターカップを挿入し,大腿骨にステムを挿入してステムにインナーヘッドを設置した後,関節内でインナーヘッドとアウターカップを結合する10)

文献

  • Free MD, et al:Direct anterior approach total hip arthroplasty: An adjunct to an enhanced recovery pathway: Outcomes and learning curve effects in surgeons transitioning from other surgical approaches. J Arthroplasty, 33:3490-3495, 2018
  • Wang Z, et al:A systematic review and meta-analysis of direct anterior approach versus posterior approach in total hip arthroplasty. J Orthop Surg Res, 13:229, 2018
  • Siguier T, et al:Mini-incision anterior approach does not increase dislocation rate: a study of 1037 total hip replacements. Clin Orthop Relat Res:164-173, 2004
  • Matta JM, et al:Single-incision anterior approach for total hip arthroplasty on an orthopaedic table. Clin Orthop Relat Res, 441:115-124, 2005
  • Spaans AJ, et al:High complication rate in the early experience of minimally invasive total hip arthroplasty by the direct anterior approach. Acta Orthop, 83:342-346, 2012
  • Rudin D, et al:The anatomical course of the lateral femoral cutaneous nerve with special attention to the anterior approach to the hip joint. J Bone Joint Surg Am, 98:561-567, 2016
  • Gala L, et al:Natural history of lateral femoral cutaneous nerve neuropraxia after Smith-Petersen MN. A new supra-articular subperiosteal approach to the hip joint. Am J Orthop Surg. 1917;15:592–5.anterior approach total hip arthroplasty. Hip Int, 29:161-165, 2019
  • Laude F:Total hip arthroplasty through an anterior Hueter minimally invasive approach. Interactive Surgery, 1:5-11, 2006
  • 石田 崇,他:レッグポジショナーを使用した最小侵襲前方進入法による人工股関節全置換術の手術手技.整形外科,69:450-455,2018
  • 石田 崇,他:レッグポジショナーを使用した最小侵襲前方進入法(AMIS)による大腿骨人工骨頭挿入術.Hip Joint,46:5-11, 2020
  • 「Grundriss der chirurgie, 2nd edition」(Hueter C, ed), pp129–200, FCW Vogel, 1883
  • Smith-Petersen MN:A new supra-articular subperiosteal approach to the hip joint. J Bone Joint Surg Am, s2-15:592–595, 1917
  • Judet J & Judet R:The use of an artificial femoral head for arthroplasty of the hip joint. J Bone Joint Surg Br, 32-B:166-173, 1950
  • Light TR & Keggi KJ:Anterior approach to hip arthroplasty. Clin Orthop Relat Res:255-260, 1980
  • Babst D, et al:The iliocapsularis muscle: an important stabilizer in the dysplastic hip. Clin Orthop Relat Res, 469:1728-1734, 2011
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