第3章 手術手技の実際 §1 BHA・THAに用いられる進入法
6 前方進入
石田 崇1),稲葉 裕2)
(済生会横浜市南部病院整形外科1),横浜市立大学整形外科2))
- BHA・THAにおいて筋腱を切離しない筋間進入が最小侵襲手術(MIS)として広まってきているが,なかでも前方進入はinternervous planeから進入する唯一の進入路であり,術後疼痛が少なく,早期回復が期待できる1, 2).
- 前方進入の利点は,術中体位が仰臥位で,寛骨臼側の展開が容易な点である3, 4).一方で欠点としては,大腿骨側の展開にラーニングカーブが存在し,外側大腿皮神経損傷の可能性がある点である5〜7)(表1).
- 最小侵襲前方進入法(
AMIS )は,筋温存に加え,関節包および周囲軟部組織への侵襲も最小限にした進入法であり,レッグポジショナーや特殊な手術器械の使用が有用である8〜10).
1.前方進入の特徴
近年BHA・THAに用いられる前方進入は,Smith-Petersen approachの遠位部分を利用したものである.筋腱を切離せず,internervous plane(神経支配界面)から進入する唯一の進入路であり,術後疼痛が少なく,早期回復が期待でき,入院期間の短縮が可能である1, 2).さらに,仰臥位手術であるため正確なカップ設置が可能であり,短外旋筋群を温存することが可能なため術後脱臼率が低い3, 4).しかし,大腿骨側の展開にラーニングカーブが存在し,導入後早期の合併症の発生に注意を要する5).また,外側大腿皮神経損傷の可能性がある6, 7).
① 前方進入の進入路
浅層は大腿筋膜張筋(上殿神経支配)と縫工筋(大腿神経支配)の筋間,深層は中・小殿筋(上殿神経支配)と大腿直筋(大腿神経支配)の筋間を進入する(図1).
2.手技
1セッティング
患者は仰臥位とする.通常の手術台を使用する場合もあるが,ここではレッグポジショナーを使用した最小侵襲前方進入法(AMIS)について述べる.手術台の患側の足台を外してレッグポジショナーを接続し,患側足部を専用のブーツで強固に固定する().患側股関節は軽度屈曲位で内外転中間位とし,膝蓋骨が直上を向くように足部の内外旋を調整する.健側股関節は軽度外転位とし,患側上肢は胸の上に固定する.通常は術者と助手1名で行う.術中透視が使用可能であり,レトラクターホルダーもあると有用である.
上前腸骨棘が術野に入るように覆布をかける.透明な粘着ドレープで覆い,術中に足部の位置が確認できるようにする().本法で使用する開創器・レトラクターは,Charnley開創器,Beckmann開創器,Hohmannレトラクター2本のみである().当院ではCharnley開創器の内側の深いブレードはX線透過性のあるカーボンファイバー製のもの,外側の浅いブレードは針山の形状のものを使用している.
2皮切
上前腸骨棘の遠位で縫工筋と大腿筋膜張筋の間のくぼみを指で確認し,大腿筋膜張筋の筋腹を触知する.上前腸骨棘から約2.5 cm外側の点より開始し,大腿筋膜張筋の筋腹の正中に沿って約8 cmの皮切を置く.
3筋間進入
大腿筋膜張筋の展開
皮下組織を分け,大腿筋膜張筋の筋膜を確認する.筋膜を筋線維方向に切開し,切開した内側の筋膜より大腿筋膜張筋を用手的に剥離する.大腿筋膜張筋を外側によけ,大腿筋膜張筋と縫工筋の筋間を進入する.
大腿直筋の展開
大腿筋膜張筋と縫工筋の筋間中隔にBeckmann開創器をかけ,大腿直筋の筋膜を確認する.大腿直筋の筋膜は薄く,内側から大腿直筋の白色と赤色,脂肪層の黄色の3色が透けて見える.大腿直筋の外側縁()で筋膜を切開する.大腿直筋を内側によけ,Beckmann開創器をかけ直す.
外側大腿回旋動静脈の結紮
大腿直筋の裏にある真珠色の筋膜を切開し(),外側大腿回旋動静脈を確認する.皮切の位置が正しければ,皮切の中央よりもやや遠位に外側大腿回旋動静脈が確認できる.Cobbラスパトリウムを用いて動静脈束上の筋膜を内外側によけ,ケリー鉗子で動静脈をすくって結紮する.
4関節包切開~大腿骨頚部骨切り
関節包切開
関節包前方の脂肪を切除し,iliocapsularis muscle,外側広筋,中・小殿筋に囲まれた前方関節包の三角形の部分を確認する.関節包の内下方にHohmannレトラクターを挿入する.Iliocapsularis muscleの外側縁および外側広筋の前縁に沿って関節包をV字に切開()し,V字のフラップの頂点に糸をかけ翻転する.慣れないうちは,iliocapsularis muscleの外側縁に沿ってより近位まで関節包の切開を延長し,大腿直筋の反回頭まで切開した方が展開しやすい.
大腿骨頚部骨切り
大腿骨頚部の内外側にHohmannレトラクターを挿入する.大腿骨頚部の最外側部から開始し,術前計画通りの頚部骨切り角度で,骨切り線()を電気メスでマーキングする.腸骨大腿靭帯上部線維束の付着部である結節()がよい解剖学的指標となる.当院では骨切り位置は術中透視でも確認している.股関節を牽引し,in-situで大腿骨頚部を骨切りする.牽引することで,骨切りが完了した際に骨切り部が開く.股関節を軽度外旋すると,骨切り面が前方を向くので,骨切り面より骨頭抜去器を挿入する.骨頭抜去器のハンドルを筋線維方向に頭側に倒し,大腿骨頚部後方に付着する関節包があれば切離する.筋損傷を回避するため,Beckmann開創器をはずし,骨頭を抜去する.
5寛骨臼側の展開
股関節の牽引を解除し,腸腰筋を弛緩させる.まずiliocapsularis muscle後方に残った内側の関節包に,Charnley開創器の内側のブレードを関節内から突き刺す.続いて翻転したV字の関節包のフラップに,Charnley開創器の外側のブレードを刺す.Charnley開創器は必ず関節包にかけ,筋肉に直接かけないように注意する.Charnley開創器を関節包にかけることで,関節包がレトラクターとして作用し,大腿骨近位部が後方に押し下げられ,寛骨臼側が展開できる(,).関節唇と骨棘を切除後,術中透視で確認しながらリーミングを行い(),カップを設置する.
6大腿骨側の展開
股関節の外旋操作
大腿骨側の展開で重要なことは股関節をできる限り外旋することである.そのためまず行うのは,大転子後方と寛骨臼後縁のインピンジメントを解除することである.インピンジメントを生じると,股関節の外旋が制限され,大腿骨の前方挙上も困難となる().股関節を外旋する前に軽度牽引をすると,大腿骨近位部が遠位前方に移動し,インピンジメントは解除される().その後,大腿骨頚部骨切り面よりボーンフックを挿入し,前外方に挙上しながら,股関節を外旋する().大転子が寛骨臼後縁より前方に位置していることを確認する.
関節包靭帯の切離
前方関節包には腸骨大腿靭帯上部線維束,腸骨大腿靭帯下部線維束,恥骨大腿靭帯の3つの関節包靭帯が存在し,後方関節包には坐骨大腿靭帯が存在する(,).前方関節包をV字に切開した際に,関節包靭帯のうち,恥骨大腿靭帯の一部と腸骨大腿靭帯は切離している.残った恥骨大腿靭帯を大腿骨頚部付着部から小転子基部まで切離すると,小転子を触知することで大腿骨頚部骨切り高位を確認でき,股関節をより外旋することが可能となる().大転子が寛骨臼後縁より後方に位置している場合は,坐骨大腿靭帯を切離して大腿骨近位部を前方挙上する.それでも大腿骨近位部の前方挙上が不十分であれば,内閉鎖筋と上下双子筋からなる共同腱を切離し,さらに前方挙上が必要であれば梨状筋腱を切離する.
股関節の伸展,内転操作
股関節の外旋操作を行った後,牽引を解除し,ボーンフックで大腿骨を前外方に挙上しながら,股関節を伸展,内転する().Calcar後方にHohmannレトラクターをかけ,ラスピングを行う().前方進入用に改良された,カーブしたスターターラスプやラスプハンドルが有用である().ラスピング後,ステムを挿入する().必要に応じて術中透視でステムアライメントや脚長差の確認が可能である.
7整復~閉創
ステムにヘッドを設置し,股関節の内転,伸展,外旋を順に解 除して整復する.レッグポジショナーからブーツを取り外し,安定性を確認する.必要に応じてV字に切開した関節包を縫合する.大腿筋膜張筋の筋膜を縫合し,閉創する.
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