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基本篇
1 スマホの写真を見せられた
梅林芳弘
(東京医科大学八王子医療センター皮膚科)
症 例
30歳代の男性.数日前から夕方になると全身のあちこちに痒い発疹が出る.受診時は消えてしまっているので,昨夜スマートフォン(スマホ)で撮影したという腹部の発疹を見せている.
診断はどれか.
- ⓐ 湿疹
- ⓑ 痒疹
- ⓒ 蕁麻疹
- ⓓ 多形紅斑
- ⓔ 皮膚瘙痒症
解 説
皮疹の診かた
- スマホの画面に,皮面から軽度隆起した皮疹が大小2つある.右に下着のラインがあるので,恐らく左が頭側であろう
臨床診断へのアプローチ
- 皮膚疾患のほとんどは診察時に病変が存在し,視診か触診で確認することができる
- 客観的に確認できない病変は,①自覚症状(痒み,痛み)のみがあるか,②皮疹が消えてしまっているか,のいずれかである1)
- ①自覚症状のうち瘙痒のみあるものは皮膚瘙痒症である.疼痛のみあるものの多くは皮膚科領域の疾患ではない(神経痛など)
- ②皮疹が消えた理由が治癒ならば通常受診はしない.受診するのは皮疹が一旦消えてもまた出る(出没する)からである
- 受診時に症状が出ているとは限らないので,自宅で最盛期の皮疹を撮影しようとするのは自然な発想である.特に最近はメモ代わりにスマホで気楽に写真を撮る行動が広まっているので,それを見せる患者が多い
- スマホの写真を見せる時点で,最も蓋然性の高い診断仮説は「蕁麻疹」である
- 蕁麻疹は真皮の限局性の浮腫であるから,わずかに盛り上がった小局面を形成する.スマホ画面でこれに矛盾しない病変を確認できたら診断が確定する
本症例の診断:蕁麻疹
疾患の概要
- 蕁麻疹は,真皮の一過性,限局性の浮腫である
- 皮疹の名前としては,「膨疹」である(古い教科書には「
発斑 」という同義語が記載されていることもある) 2) - 一過性とは,個疹の寿命が24時間以内という意味である
- この一過性という点が蕁麻疹の診断上,最も重要である
- 皮膚病変の一般的表現として「蕁麻疹」を用いるのは誤り.図1のような症状で診断がわからない場合は「発疹」「皮疹」と表現する
鑑別診断の要点
- 選択肢にある湿疹,痒疹,多形紅斑を含め大部分の疾患は,個疹の寿命で鑑別できる
- 形態が膨疹様なのに24時間以上続く場合は,一般的表現として「蕁麻疹様紅斑」ということがある
- 膨疹様の皮疹が持続する代表的疾患は蕁麻疹様血管炎である.皮膚生検を考慮する
治療のポイント
- 蕁麻疹は病変が深い(真皮)ので,原則として外用薬は用いず,内服薬主体で治療する(真皮の血流を介して薬剤を到達させる).その点が,病変が浅い(表皮)ために薬を直接塗布して治療できる湿疹との大きな違いである(表1)
- 診断と治療の両方を間違えると,マイナスの二乗がプラスになるように偶然正しい処置になっていることもある(湿疹なのに蕁麻疹と診断し,そのくせ外用薬を処方するなど)
- 蕁麻疹に用いる内服薬は抗ヒスタミン薬である(p.7:薬剤一覧参照)
ⓒ 蕁麻疹
文 献
- 梅林芳弘:「皮膚診療ができる!診断と治療の公式 44」(梅林芳弘/編),レジデントノート増刊,17:pp2561-2565,2015
- 西尾一方:「新皮膚科学」(樋口健太郎/編),pp31-36,南山堂,1966