第10章 消化器系
9 直腸と肛門
Rectum and anus
直腸はS状結腸と肛門の間に存在する真直ぐに伸びた領域で,小腸と大腸で栄養素や水分が吸収された後の残渣を一次的に貯留する場になっている.直腸までは消化管の基本構造が維持されているが,肛門に移行する領域では粘膜上皮や筋層の構造が大きく変化する.
直腸の粘膜から肛門の皮膚への移行が見られる肛門の歯状線の部分では,粘膜上皮が単層円柱上皮から重層扁平上皮に変化し,その後,肛門の皮膚へと移行する.そして,直腸の内輪走筋は肛門の部分で肥厚して内肛門括約筋を形成する.さらに,内肛門括約筋の外側をとり囲むように横紋筋の外肛門括約筋が存在する.
通常の状態では排便は抑制されているので,内肛門括約筋は交感神経からの刺激で収縮して肛門を閉じている.また,外肛門括約筋は陰部神経(pudic nerve)からの刺激で安静時でも活動電位を発生して収縮し,肛門を閉じる力として働いている.そして,直腸に貯留された残渣が一定量に達すると直腸壁が伸展して,その刺激が仙髄に送られ,排便反射(defecation reflex)が引き起こされる.排便反射により直腸の蠕動運動と,それに同期した内肛門括約筋の弛緩が起きる.それらの反射運動には自律神経に支配された消化管の筋層がかかわる.さらに,陰部神経からの刺激により外肛門括約筋が随意的に弛緩すると排便が引き起こされる.その際には,横隔膜(diaphragm)や腹筋(abdominal muscle)の収縮や息みによる腹腔内圧の上昇による圧力が排便を促進する.
VS29では直腸から肛門に至る構造を観察する.
A直腸から肛門への移行部
直腸と肛門の境界に存在する歯状線(dental line)の部分には,隆起した肛門乳頭(anal papilla)と窪んだ肛門小窩(anal crypt)が形成され,肛門小窩には肛門腺(anal gland)が存在する.発生学的には,内胚葉由来の直腸と外肺葉由来の肛門の皮膚が融合した部分が歯状腺で,その歯状線の部分を境に上皮の構造が大腸の粘膜上皮から重層扁平上皮を経て肛門の皮膚へと変化する.直腸の粘膜では痛覚を感じないが,肛門の粘膜では敏感に感じる.写真は直腸から皮膚に移行する歯状線の部分を示す.
B移行部における上皮の変化
直腸の粘膜上皮は腸腺が形成された単層円柱上皮からなり,移行部の歯状線の部分になると重層扁平上皮に変化する.そして,肛門になると重層扁平上皮の表層が角質化した皮膚へと移行する.
C内肛門括約筋,外肛門括約筋
肛門には内肛門括約筋(internal sphincter of anus)とその外側を輪状にとり巻く外肛門括約筋(external sphincter of anus)が存在する.外肛門括約筋は肛門の出口の皮下の部分にまで広範囲に分布し,肛門を引き上げるような働きをする肛門挙筋(levator ani)と結合している.
D直腸静脈叢
直腸静脈叢(rectal venous plexus)は直腸から肛門にかけて,その粘膜下組織に網の目状に分布する太い静脈である.肝硬変(cirrhosis)などにより門脈に血行障害が起きると,消化管から門脈を経て肝臓へと流れる静脈血は側副血行路(collateral flow)とよばれる迂回路を経て心臓の右心房へと還流する.側副血行路には,直腸静脈叢,食道静脈叢(esophageal venous plexus),臍傍静脈(paraumbilical vein)などの迂回路がある.また,直腸静脈叢は痔核(hemorrhoid)を引き起こすもとにもなっている.
腸内細菌叢
小腸下部から大腸にかけて,消化管の内容物を栄養源として生存する膨大な数(約1,000種で100兆個)の細菌が腸内細菌叢(intestinal bacterial flora)を形成している.それらの細菌が産生する代謝産物はヒトの体にさまざまな影響を及ぼす.例えば,有益な作用として,整腸作用,免疫調節作用,代謝改善作用,ビタミンや短鎖脂肪酸などの栄養素の産生がある.その一方,有害な作用として,細菌毒素や発がん物質などの産生がある.