第2章 病理形態の解析
7 使いたくなる病理解析新技術
豊國伸哉,伊藤文哉,本岡大社,蒋 麗
(名古屋大学大学院医学系研究科生体反応病理学)
組織マイクロアレイ(ティッシュアレイ)
組織マイクロアレイとは,組織標本ブロックから検索対象となる部分を円筒状にくり抜き,それを1つのブロックに整列させて再包埋したものを指す.そのブロックは多数の組織片が搭載されており,一度に多数の組織を染色,分析することが可能となる.時間やコストの削減につながるきわめて効率的な手法である.例えば,30個のブロックを5種類の抗体で免疫染色を行う場合,従来法では30個のブロックを各5枚,150枚を薄切し,150枚のスライドを染色し,150枚の観察解析をする必要があるが,ティッシュアレイを用いれば30ブロックを埋め込んだティッシュアレイをたった1つ作製すれば,5枚の薄切,5枚の染色で済む.150カ所の観察は必要であるが,スライドの枚数はわずか5枚となる.保管場所にも困ることもない.忙しい研究者の方々にはぜひとも試していただきたい手法である.筆者は動物実験を日常的に行っているが,ブロックが作成されHE染色を作製した段階で,ティッシュアレイを作成している.本稿では,東家医科器械社製のティッシュアレイヤーを用いたブロック作成方法について述べる.
- パラフィン包埋による病理標本作製装置一式(これがすでに整っている場所での実施をおすすめする)
- セロハンテープ
- 両面テープ
機器
- ティッシュアレイヤー装置(KIN-Ⅱ型,東屋医科器械)(図1)
- 円柱刃(1〜7mm)
- 押し出し棒 (1〜7mm)
- ティッシュブロック 1〜7mm
- 包埋皿
1. パラフィン包埋ブロックの準備
- ❶ HE染色等による観察により,組織マイクロアレイで使用するためにくり抜く部分をあらかじめ決めておく*1.重要な所見が複数にあるブロックの1つをくりぬくことが望ましい.
- ❷ ブロックの面出しをする(試料面を保護膜で覆っている場合).
- ❸ ティッシュアレイヤー装置によるくり抜きを行う.
- ❹ 使用する円柱刃をセットし,固定ねじにてロックする.
- ❺ メイン電源をONにしてヒーターが温まるのを待つ.
- ❻ ブロックをヒーターにて温める(3〜5分).
- ❼ ブロックをステージにセットし,あらかじめ決めておいた部位にステージを移動させる.
- ❽ 試料抜きハンドレバーをゆっくり下げて,円柱刃をドナーブロックのカセット面に軽く当たるまで押す(図2).
- ❾ 採取したブロック片は円柱刃のなかに入った状態で採取される.
- ❿ブロックをピンセットなどでやさしくつまみ,マルチウェルプレートなどに一時保管する(図3).
2. 再包埋
自動免疫染色
自動免疫染色装置は,免疫染色に必要な各種ステップを脱パラフィンから核染色に至るまでの全過程を自動化した機器である.臨床における病理診断のみならず,研究においても必須スキルの一つである免疫染色は用手法(手染め)で行うと頻回の洗浄操作や抗体作用操作など,時間や手間がかかる.そこで,この工程を自動化できる自動免疫染色装置は,用手法で行う4〜5時間の操作を実働30分にしてくれるだけでなく,感度を格段に上げる,人的ミスを減らしてくれるなど,さまざまなメリットがある.ここでは,私たちの研究室で使用しているライカマイクロシステムズ社(Leica)のBOND Maxについて述べる.Leica BOND MAXの特徴はスライドトレイが独立しており,トレイごとに染色方法を柔軟に調整できること,染色ステップも変更できること,自社以外の抗体が使用できることなど,研究手段として柔軟に対応可能であるという点があげられる.蛍光免疫染色やin situ hybridizationへの応用も可能である.
試薬
- BOND Polymer Refine Detection (#DS9800) (ポリマー法)
- BOND Intense R Detection (#DS9263) (LSAB法)
- BOND Epitope Retrieval Solution 1 (pH 6.0)
- BOND Epitope Retrieval Solution 2 (pH 9.0)
- BOND Primary Antibody Diluent
- BOND Dewax Solution
- BOND Wash Solution 10x Concentrate
機器
- BOND MAX(ライカマイクロシステムズ社,図6)
1. 組織サンプルの準備
免疫染色における組織切片は,薄切直後から抗体の反応性が徐々に低下していくと意識しておくべきである.特に核内抗原に関しては,その他の抗原と比較して反応性の低下が顕著であるため,可及的に早く薄切後1週間以内には染色することが望ましい.少なくとも,比較対象とするブロック同士は,薄切時期と染色時期をそろえたほうが厳密である.
- ❶ 染色キットにはLSAB法とPolymer法の2種類があり,Polymer法の方は使用期限が長いため,当研究室では主にPolymer法を用いている(LSAB法は1〜2カ月,Polymer法は3〜6カ月).
- ❷ 4℃保存してあるキットのふたを開け,コンテナ設置部位に設置する(5分).
- ❸ 機械がキットのバーコードを読み込み,PCに設置完了と表示される(5分).
- ❹ バーコードラベルを作成する,バーコードにはスライド名,染色モード,賦活化条件,分注量などを登録する(5分).
- ❺ ラベルを印刷し,スライドに貼り付ける(5分)(図7).
- ❻ 機械へスライドを設置しカバータイルをセットしロードする(2分)(図8).
- ❼ 各スライドのバーコードが自動で読み込まれ,コンピュータ上にスライド情報と染色条件が登録される(2分).
- ❽ 十分な試薬と抗体量があることが自動的に確認され染色が開始される(2.5〜4.0時間).
Polymer法(2.5〜3.0時間)
LSAB 法(3.5〜4.0時間) - ❾ 染色完了後は一般的なカバーガラスを用いた封入を行う.核内抗原を標的とする免疫染色もあることから,当研究室では核染色に関しては手染めで行っている.核内抗原のときには一般的には核染を薄めにしている.
核染色→脱水→透徹→封入(10分)
染色条件の設定(条件検討について)
はじめて使用する抗体においては,染色条件の検討をする必要がある.染色状態に影響する因子はたくさんあるが,本稿では抗原賦活化と抗体濃度について言及する.賦活化は,ホルマリン固定により構造が変化(ホルムアルデヒドなどによる重合など)したタンパク質などの抗原を抗体が認識できるようにほぐすステップである.この際,液中で加熱を行うが,ターゲットとなるタンパク質や抗原によって至適のpHを検討する必要がある.Leica BOND MAXではpH 6.0とpH 9.0の試薬を賦活化用として検討することができる.温度による賦活化以外に酵素処理による賦活化にも対応しているが,多くの抗体は加熱による賦活化で十分であるため,第一選択は加熱による賦活化であろう.賦活化の条件検討は1スライドトレイ(スライド10枚)内であれば一度に検討が可能である.
抗体濃度に関しては,われわれの経験上,自動免疫染色装置を用いることで用手的に染色するよりも感度が2倍以上に上がる.そこで,推奨濃度の2倍以上に希釈した抗体から開始する.抗体濃度の条件検討は異なるスライドトレイで行う必要がある.
はじめて使用する抗体の条件検討は,手染めで行う場合,賦活化溶液を個別に準備し,複数の濃度条件を実施する場合かなりの労力となる.一方で,自動機械を使用すると,一度に賦活化は2条件,抗体濃度は3条件を同時に検討可能である.
マウスの組織の染色を自動免疫染色装置で実施するときには,モノクローナルあるいはポリクローナルのウサギ抗体の使用をおすすめする.
レーザーマイクロダイセクション
いわゆるレーザーマイクロダイセクション(laser assisted microdissection:LAM)は光学顕微鏡技術から派生した手法で,不均一な組織の中から注目する組織や細胞をレーザーを使用して特異的に収集する方法である.これにより均一度の高い細胞集団を用いたDNAやRNA,タンパク質の解析が可能になる.LAMはLCM(laser capture microdissection)とLMD/LEM(laser cutting microdissection/laser excision microdissection)の2つに大きく分類される.LCMは熱可塑性フィルムを検体に近接・接触させておき興味のある領域に赤外線レーザーを照射することで,フィルム上に対象領域を接着させ回収する方法である.LMD/LEMは主にUVレーザーで対象領域を切りとる方法で,切りとった検体の回収はレーザーカタパルトで上方に飛ばしたり,重力によって下方に落としたり,LCMと同様にフィルムに接着させたりして行われる.LAMでは凍結切片やホルマリン固定切片などを検体として用いることができる.本稿では,ホルマリン固定後にパラフィン包埋した切片からLMD/LEM,レーザーカタパルトにより必要な組織を回収する方法を紹介する.
機器
- 滑走式ミクロトーム(サクラファインテックジャパン社,#IVS-400)
- Zeiss PALM MBⅢA(図9A)
試薬
- Carl Zeiss Membrane slide 1.0 PEN(カールツァイスマイクロスコピー社,#415101-4401-00)
- キシレン
- 100%エタノール
- Mayer’s Hematoxylin solution
- Eosin Y
- Carl Zeiss Adhesive caps(カールツァイスマイクロスコピー社,#415190-9211-000)
1. 病理組織切片の準備
1) 組織の固定,パラフィン包埋ブロック作成(2〜3日)
- ❶ 組織を10%ホルマリンで24時間固定した後,水で洗浄し,70%アルコール置換後に,パラフィンブロックに包埋する.
2) メンブレンスライドの作成(1日)
- ❶ メンブレンスライドへの核酸のコンタミネーションが疑われる場合は,乾熱キャビネットにて180℃で4時間処理する.
- ❷ 吸着力を高めるため,細胞培養キャビネットなどでメンブレンスライドに254 nmの紫外線を30分間照射する.
- ❸ パラフィン包埋ブロックをミクロトームで厚さ10 µmに薄切する.薄切した切片は40℃の温水に浮かべた後,メンブレンスライド上に回収する.ブロック作成から時間が経った検体では表面の数切片は使用しない.
- ❹ メンブレンスライドは56℃でover night静置する(図9B).
3) HE染色(1時間)
- ❶ キシレン内に10分間3セット浸し,脱パラフィンする.
- ❷ 100%エタノール1分,95%エタノール1分,70%エタノール1分,distilled waterに1〜2分の順に親水化する.
- ❸ Mayer’s Hematoxylin solutionで1〜2分染色する.
- ❹ distilled waterで1〜2分洗浄する.
- ❺ Eosin Yで10秒染色する.
- ❻ 70%,96%,100%のエタノールですばやく洗浄する.
- ❼ 風乾する(図9B).
2. レーザーマイクロダイセクション
検体面を上にしてスライドを機器にのせ,回収チューブをスライドの上方にとり付ける.鏡検像がモニター上に表示されるため,回収したい細胞や組織に合わせて切離ラインを設定し,レーザーを照射する.切離組織はレーザーカタパルトで,チューブの蓋の粘着面に飛ばし回収する.
LCMと異なり回収機器が検体に直接触れないため接触による組織の混入は防げるが,カタパルト法では大きな切片や組織密度の高い切片は飛びにくいため小刻みな切除が必要となり時間を要する.
レーザーの設定項目には出力,焦点距離,切除速度があるが,切除ライン周囲組織を焼かないようにするためには,焦点距離を合わせたうえで出力を弱め切除速度を遅くするとよい.
なお,1 µgのゲノムDNAを回収するには,厚10 µmの切片で1〜2 mm2の切除が必要であり,6時間程度を要する.PCR用であれば作業時間は短時間となる(図9C〜F).
レーザーマイクロダイセクションの検討事項
検体の作成法として,ホルマリン固定の他に,エタノールやアセトンによる化学固定する方法や,固定を行わず凍結切片を用いる方法がある.形態学的な観察はホルマリン固定>化学固定>凍結切片の順に優れているが,DNA・RNA・タンパク質の質は凍結固定>化学固定>ホルマリン固定の順に良好である.
凍結切片を用いた検討を行う際は,3分間冷メタノールで固定後,短時間に染色可能なトルイジンブルーなどで染色して観察を行う.
gDNAの抽出時にはQIAamp DNA FFPE Tissue kit(キアゲン社, #56404)を使用している.
RNAscope
RNAscopeとはAdvanced Cell Diagnostics社の開発した高感度RNA in situ hybridization のシステムであり,誰でも実施可能なようにキット化されている.通常の中性ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)病理組織切片で使用可能である.シグナルは理論的に8,000倍に増幅されるという.同社はこのシステムに使用する最適化されたプローブやキット一式を販売しており,正しく使用すればシグナルがでることを保証している.さらに,現在販売されていないプローブは多少高くはなるものの,新たに設計販売してくれる.また,2種類の異なるRNAを同時に可視化することにも対応している.最近では,COVID-19を含む,mRNAではないRNAに対しても広く対応するようになっている.
特異抗体がすぐには手にはいらないときや,そのタンパク質を産生している(取り込んでいるのはなく)細胞を確実に同定したいときには強力な解析ツールとなる(図10).
- 試薬:RNAscope 2.5 HD Reagent Kit(ACD,Advanced Cell Diagnostics社)
1. FFPE病理組織切片のベイキング
- ❶ 60℃,1時間でベイキングを行う.
2. 脱パラフィン(室温)
- ❶ キシレン#1,5分.
- ❷ キシレン#2,5分.
- ❸ 100%エタノール#1,1分.
- ❹ 100%エタノール#2,1分.
- ❺ 風乾,約5分*1 *2.
3. 内在性ペルオキシダーゼ(HRP)活性のブロッキング
- ❶ Hydogen Peroxideを切片が完全に覆われるように数滴滴下し,室温で静置10分.
- ❷ 室温に蒸留水で洗浄,ラックを3〜5回上下させる.
- ❸ 同様に,新しい蒸留水で洗浄をもう一回くり返す.
4. 抗原賦活化
- ❶ 10倍希釈したTarget Retrievalの入ったビーカーをホットプレートに乗せる*3.
- ❷ ビーカーにアルミホイルを被せ,そのうえから温度計を刺し,沸騰まで待つ.
- ❸ 沸騰したら,ラックごと静かに浸し,アルミホイルでフタをする.
- ❹ 賦活化:FFPE切片:15分~30分,固定凍結切片:5分*4.
- ❺ 室温の蒸留水で洗浄,ラックを3〜5回上下させた後,30秒浸す.
- ❻ 100%エタノールに浸し脱水,5分.
- ❼ 風乾,約5分*5.
5. プロテアーゼ処理
- ❶ Protease Plusを切片が完全に覆われるように数滴滴下する.
- ❷ インキュベーション40℃,30分.
- ❸ 試薬を落とし,室温の蒸留水で洗浄,ラックを3〜5回上下させる.
6. プローブハイブリダイゼーション
- ❶ プローブを切片が完全に覆われるように数滴滴下する.
- ❷ ハイブリダイゼーション 40℃,2時間(切片が乾わかないように,パラフィルムで被う)*6.
- ❸ 試薬を落とし,室温に50倍希釈したwashing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
7. シグナル増幅 (順次AMP1~6を切片が完全に覆われるように数滴滴下する)
- ❶ AMP1 40℃,30分後,室温にwashing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
- ❷ AMP2 40℃,15分後,室温にwashing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
- ❸ AMP3 40℃,30分後,室温にwashing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
- ❹ AMP4 40℃,15分後,室温にwashing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
- ❺ AMP5 室温,30分後,washing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
- ❻ AMP6 室温,15分後,washing bufferで洗浄,2分を2回くり返す.
8. DAB発色
- ❶ 使用直前に,DAB-AとDAB-Bをマイクロチューブに等量によく混ぜる.
- ❷ DAB混合液を切片が完全に覆われるように数滴滴下する.
- ❸ 遮光静置,1~10分.
- ❹ 室温に蒸留水で洗浄,ラックを3〜5回上下させる.
- ❺ 同様に,新しい蒸留水で洗浄をもう一回くり返す.
9. 核染色
- ❶ 50%ヘマトキシリンに浸す.30秒~2分.
- ❷ 水道水で色出しする.3~10分.
10. 脱水
- ❶ 70%エタノール,2分.
- ❷ 95%エタノール,2分.
- ❸ 95%エタノール,2分.
- ❹ キシレン,5分.
11. 封入
- ❶ キシレンベース封入剤で封入する.
- ❷ 5分以上乾燥させる.
12. 観察(図11)
参考文献
- Day RC, et al:Trends Plant Sci, 10:397-406, 2005
- Emmert-Buck MR, et al:Science, 274:998-1001, 1996