第Ⅲ部 核酸の取り扱いと構造機能解析
12章 DNAシークエンシングとゲノム解析
重合分子を構成するモノマーの配列(sequence)の順番を解析することをシークエンシング(シークエンス解析)という.DNAの塩基配列解析は遺伝子工学のコアをなす技術の1つで,制限酵素切断解析やハイブリダイゼーション解析といった大まかな核酸解析技術を過去のものにするほどの威力をもっている.今や日常的作業になりつつあるDNAシークエンシングについて,その技術的な面に加え,変遷・応用・可能性などについてもみていこう.
ジデオキシ法によるマニュアルシークエンシング
伝統的DNAシークエンシングはDNAの化学的分解法であるマクサム・ギルバート法もあるが,基本的には酵素合成法であるサンガー法を使い,手作業で行われる.オリジナルのサンガー法(プラス - マイナス法⇒次頁memo)と区別するためジデオキシ法ともいわれ,RI標識した酵素反応物を電気泳動で分離し,オートラジオグラフィーで検出する.
1)原理
DNA合成反応で,基質としてdNTPではなく,2′,3′ - ジデオキシリボヌクレオシド三リン酸(ddNTP)を使うと,それらはDNAに取り込まれるも,3′末端に-OHがないのでその後の鎖伸長が起きない(図12-1).この鎖停止反応をそれぞれの塩基について行い,RI標識産物を変性ゲル電気泳動とオートラジオグラフィーで解析すれば,バンド(反応の止まった生成物)の位置から塩基の種類が判断できる.実際にはdNTPとddNTPの両方を加えるために,特定塩基において種々の場所で伸長停止した産物ができ,それらがオートラジオグラフィー上ではしご状のバンドとして現れる(図12-2).実施され始めた頃は,一本鎖の鋳型DNAを調製しなくてはならなかった(図12-3).
プラス-マイナス法
サンガーにより開発されたシークエンス法である.マイナス反応(あるヌクレオチドを除くとその塩基の前で合成反応が止まる)とプラス反応(あるヌクレオチドを加えると,酵素の3′→5′エキソヌクレアーゼによる反応がその塩基部分で止まる)のセットからなる.反応停止が確実に起こらないためにあまり普及しなかった.ジデオキシ法は鎖停止が確実に起こるよう開発された,いわばマイナス法の改良型である.
2)一本鎖鋳型DNAの準備
DNA合成の鋳型として,最初期には一本鎖DNAを用いていたが(図12-3),これを取得するためには,M13ファージ由来のM13mp系ベクターや,一本鎖ファージを産生できるプラスミド(ファージミド)にいったんサブクローニングする必要がある(⇒7章-7).
3)反応,電気泳動,検出
A(アデニン)停止反応の場合,ddATPに対して10倍程度のdATPを,そしてリン32- α -dNTP(通常はdCTP)を加え,クレノー断片でDNAを合成させる.反応の最後に高濃度dATPを加え,反応を完結させる(チェイス.反応途中段階のものを除く)場合もある.他の塩基についても同様に行い,変性後8M尿素入りの変性ポリアクリルアミドゲルで隣に並べて電気泳動する.プライマーから数百塩基までの範囲が解読できる.
4)現在までに改良された点(昔のものから順に)
操作を簡便に行えるように,以下のような改良が加えられてきた.
① 一本鎖DNAを得るためにファージミドが開発された(例:pUC118 ⇒ 7章-7).
② 二本鎖DNAをいったん変性させ,二本鎖に戻る短い間にシークエンス反応を終えられる,例えば3′→ 5′エキソヌクレアーゼがなく高速合成能をもつ酵素が開発された.二本鎖DNAがそのまま鋳型として使えるようになった.
③ 高温で失活しない酵素が開発され,二本鎖DNAでも,65 ℃以上でのシークエンス反応が可能になった.
④ PCRによるサイクルシークエンシングが確立した.合成DNAを熱変性で鋳型から外し,再度プライマーをアニールさせてDNAを合成するという操作を繰り返す.鋳型が何度も利用されるので少量のDNAで済む.
⑤ DNAをプラスミドにクローン化せず,PCRで増やしただけのDNAをサイクルシークエンスするダイレクト(サイクル)シークエンシングが確立された.
ノーベル賞を3回受賞していたかもしれないF.サンガー
上で度々名前が挙がったサンガー(F. Sanger,1918-2013)はイギリスの分子生物学者で,ケンブリッジ大学定年後はサンガーセンターを設立してヒトゲノム解析などに尽力した.サンガーは1958年にタンパク質(インスリン)の構造解析で一度目のノーベル化学賞を受賞し,1980年には本文で述べたDNA塩基配列解析法でW. ギルバートとともに二度目のノーベル化学賞を受賞した.しかしサンガーの元々の狙いはRNAの構造解析だったようで,DNAシークエンス法開発の成果はいわば副産物であった.RNA塩基配列解析でもノーベル賞受賞の対象になってもおかしくないほどの業績を上げており,すべての情報高分子で輝かしい業績を残した,まさに分子生物学,遺伝子工学の巨人といえよう.