小説みたいに楽しく読める睡眠医学講義

小説みたいに楽しく読める睡眠医学講義

  • 内田 直/著
  • 2025年03月05日発行
  • 四六判
  • 464ページ
  • ISBN 978-4-7581-2134-7
  • 3,850(本体3,500円+税)
  • 在庫:あり
本書を一部お読みいただけます

第1章 睡眠とは

睡眠とはどのようなものかや、その役割は何か、を正確に定義するのはとても難しいことです。なぜ眠るのかについてもさまざまな説明はあるものの、明確にその理由を説明することは現在の科学ではできないと思います。大まかには脳や体の疲労からの回復が主な目的であろうと考えられますが、睡眠中には脳内や体内でさまざまなことが起きていることが知られています。しかし、このような機能がなぜ睡眠中に行われるのかについても、推測の域を出ません。おそらく、外界からのインプットが断ち切られた状態なので、脳の内部や体の内部で次の活動に備えた準備が行いやすいのだと思います。それは、脳の疲労回復の一部なのでしょうか。あるいは、本来の疲労回復とは別に、この都合のよい時間帯にさまざまな機能が組み込まれたのでしょうか。これらが解明されていくことが今後の睡眠研究の課題とも言えます。

疲労回復としての働き

経験的にも疲れたときに眠るというのは自然な流れです。よく眠れば疲れが取れる。それについては、誰しも大筋同意することでしょう。したがって、眠ることの大きな役割の1つは、回復過程であると考えてよいと思います。これは、脳の疲労の回復と身体の疲労の回復の両方が考えられると思います。脳の疲労については、第7章「睡眠時間と睡眠負債」の項目で、身体の回復については、第5章の睡眠構築についてのお話の中で説明していきます。

2睡眠中の脳の働き

睡眠中も脳は完全に休んでいるわけではありません。外界からのインプットがほぼ断ち切られた状態の中で、さまざまな活動が行われています。その中でも、記憶に関連した働きは最近研究がいろいろと進んでいます(第9章「睡眠と記憶」などで後述します)。

3宇宙の摂理と睡眠

一方で、夜眠るというごく当たり前のサイクルも、進化の過程の中で作られてきたものであろうと想像できます。動物の種によっては、昼間眠り夜活動する夜行性の動物もたくさんいます。しかし、昼間と夜という24時間のリズムから外れて睡眠をとる動物は、知られる限りいません。これは、睡眠や生物リズムが天体の運行との関わりの中で作られてきたからです。

太陽系に位置する地球の動きは、1つは太陽が朝出て夕方沈むという現象として観察される地球の自転。もう1つは、太陽の周りを回る地球の公転。公転軸に対して自転軸が角度をもっているため、1年を通じて四季が訪れるということがあります。

私たちは24時間周期で眠ることを自明のように思っているかもしれませんが、実際は太古の時代から24時間リズムで地球が自転していたために生物の進化の過程でこの天体の運行に合わせて睡眠のリズムが形成された、と考えるのが妥当です。

また、天体の動きによって四季が作られますが、四季によって睡眠が影響を受けることも知られています。北極圏のように夏場は暗くなることがなく、冬場ではほとんど太陽が見られない地域ではその影響がとても強く現れます。スウェーデンの研究では、夏場の睡眠は短く、冬場の睡眠は長いという統計的にも有意な差があるようです。このような差は,日本でも認められます。

さて、ヒトが24時間周期で寝たり起きたりすることについて、これと天体との関連を考えてみましょう。NASAのウェブサイトに太陽系のさまざまな惑星の自転と自転軸についてのわかりやすい動画があります(図1-1)。こちらを見ると、地球の自転が24時間で軸が約23度傾いているのとは違い、他の惑星では春夏秋冬があるのが当たり前ではないことが、直感的に理解できます。金星を例にあげると自転周期が243日26分で、金星の1日の長さが地球の約243倍あるということがわかります。さらに、地球とは逆の方向に回転しています。したがって、仮に金星に住むことがあれば、太陽は西の空からゆっくりと上がり、122日くらいの長さのある昼が始まるわけです。このような環境で仮に生物が生まれたとすれば、睡眠時間が8時間くらいで、24時間周期で生活するものにはならなかったでしょう。このようにして地球固有の条件のもとで生物に作られた約24時間のリズムをサーカディアンリズム(概日リズム)と呼んでいます(第4章参照)。

このようにしてできた生物リズムと睡眠は表裏一体であり、私たちの睡眠を考えるときには、24時間周期の中に現れる睡眠という位置づけを忘れないようにすることが大切です。植物にも24時間のサーカディアンリズムを認めるものがありますが、本書では主にはヒト、ここでは動物の睡眠やサーカディアンリズムについて考えていきましょう。

4睡眠の要素

サーカディアンリズムの中に位置づけられる睡眠には、いくつかの要素があります。睡眠の長さ、睡眠の質、そして睡眠のフェーズ(相)がその主な3つの要素です。3番目の睡眠のフェーズが最もサーカディアンリズムと関わり合いがありますが、実は睡眠の長さも質もサーカディアンリズムと関係するのです。これについては、後の第7章「睡眠時間と睡眠負債」でくわしく説明しましょう。

睡眠の長さ

睡眠の長さは、長い動物もいれば、短い動物もいます(第6章「動物の睡眠」参照)。ヒトの睡眠の長さは、だいたい7〜8時間とされていますが、これも人によって非常に大きなばらつきがあります。それから、睡眠の長さは起きているときの活動によっても大きく変化します(第11章「運動と睡眠」参照)。さらには、年齢によっても睡眠の長さは変化すると考えられています(第8章「発達と老化による睡眠の変化」参照)。ですので、何時間寝るのがよいのですかという質問に、的確に答えるのは非常に困難です。

睡眠の質

睡眠の質については、深い睡眠と浅い睡眠、そしてノンレム睡眠とレム睡眠などの違いがあります。これらについては、第5章の睡眠の構造について述べた章でくわしく説明します。

睡眠のフェーズ(相)

睡眠のフェーズというのは、どの時間帯に眠るのかということです。まず、動物には夜行性の動物と昼行性の動物がいます。また、ヒトで問題になるのは、睡眠覚醒概日リズム障害という疾患で、例えば極端な夜型である睡眠相後退型では、眠る時間が遅い方向にずれていて朝起きられずに遅刻が多くなるという問題が出てきます。これについては、第4章「生物時計とサーカディアンリズム」や第18章「概日リズム睡眠・覚醒障害」の中で説明します。

5睡眠の異常

このような問題を解決するのが、睡眠医学です。現在は、睡眠医学の専門医によって、さまざまな専門知識をもって治療がなされるようになってきています。本書の後半の部分(第2部)では、このような睡眠の異常について、くわしく説明していきます。

6謎に満ちた眠りの世界

このように、睡眠科学、睡眠医学は、さまざまな分野と関連したとても興味深い分野です。さらには、眠りは毎日私たちが体験すること。ですので、本書を読んでいただければ、その実践は即座にその夜に自分で体験できる部分もあるわけです。

さあ、ご一緒に謎に満ちた眠りの世界に歩みを進めて行きましょう。

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