各論
第10章 循環器系疾患治療薬
高血圧治療薬
- 血圧=心拍出量(循環血液量) ×末梢血管抵抗であり,高血圧の治療は心拍出量(循環血液量)を減らす,または末梢血管抵抗を減らす薬が使われる
- 各降圧薬には血圧を下げる以外の臓器保護効果が期待されている
- 各降圧薬の特徴的な有害作用には留意する必要がある
- 降圧薬は長期に投与される薬であるため,患者に薬を飲む意義をしっかりと認識してもらうことが重要である
1血圧の上がるメカニズム
突然だがオームの法則をご存知だろうか?電圧は電流と抵抗の積で決まる「電圧(V) =電流(I) ×抵抗(R)」という物理の法則である.物理をならったことがなくても,図1Aを見ることで,なんとなくイメージをもっていただけると思う.ある一定量の水を流し続けるには,流す水の量と流れの間に加わる抵抗に打ち勝つだけの高さに水をくみ上げる必要がある.その高さが電圧である.
同様に,血圧も「血圧=心拍出量(循環血液量) ×末梢血管抵抗」であらわされる(図1B).つまり,心臓から拍出される血液量を血管抵抗に逆らって全身に流し切るための圧力が血圧になる.よって,血圧は,心拍出量が増加したり,あるいは血管の抵抗が増大したりすることで高くなる.言い方を変えれば,血液を全身に流し切るためには,それだけの血圧が必要ということである.高血圧患者においては,血圧上昇の原因を推察することで,多くの降圧薬のなかからなぜこの薬が処方されているか,その理由がわかるだろう.
2心拍出量(循環血液量)の増加する理由
血液は0.9%の食塩水である.しかし,塩分の摂取量が多いと,血液が「濃い食塩水」になり,それを適正な食塩水濃度にするために水分量を増やすことで,循環血液量が増加する.また肥満に伴って身体の体表面積が増大すると循環血液量を保つために,身体の食塩水を濃くするような,塩分をため込むホルモン,例えばレニン-アンジオテンシン(RA)系が活性化され血圧が上昇する.さらに,RA系は交感神経◆ を活性化し,心拍出量を増大させることによっても血圧を上昇させる.
3末梢血管抵抗の増加する理由
加齢に伴う動脈硬化の進行で,血管のしなやかさが低下したり,動脈内にプラークができることで,血管の内側が狭くなることが血管抵抗を増加させる最も大きな原因である(図2).さらに,血管を拡張させる一酸化窒素の量が減ったり,交感神経の活性化により血管が収縮することも血管抵抗が高まる原因となる.前述したRA系の活性化は交感神経を高めることで血管収縮も増大させる.
したがって,年をとるにつれて動脈硬化が進めば血圧は自然と上昇してくるが,血管の老化による血管抵抗を元に戻すことは難しいため,加齢とともに降圧薬を用いた治療が必要となり,それが生涯続くこととなる.
4降圧薬を継続して服薬してもらうために
血圧が高いことで生じる身体的症状は少ない.頭痛や肩こりなどが起こることもあるが,収縮期血圧が200 mmHgを超えても無症状の人もいる.高血圧の問題点は,脳梗塞や心筋梗塞などの,死亡や生活の質の低下を招く後遺症を起こす大きな病気を誘発する「要因」になることである.図3に示すように高血圧は死亡につながる最も危険な要因であり,循環器疾患を起こす要因としても強力なものであり,高血圧をきちんと治療することは将来の「大病」を予防するためにとても重要である.その意味から高血圧は「サイレントキラー」といわれている.痛みやつらさがない状態で,長期間にわたって高血圧の薬を飲んでもらうためには,薬を飲む意義を高血圧患者にしっかり認識してもらうことがたいへん重要である.
5降圧薬のメリットと注意点
降圧薬には単に血圧を下げるだけでなく,心臓や腎臓,脳や血管など臓器を保護する作用も期待されている.最近では中年期の高血圧をきちんと治療することが高齢者になったときに認知症の発症を防ぐこともわかってきた.将来の健康維持のために若いときから高血圧を予防し,必要であれば積極的に治療を進めていくことが肝要である.
一方で降圧薬にもそれぞれ特徴的な有害作用があることから,長期間の服用が必要となる降圧薬の有害作用をよく理解し,高血圧患者に何らかの症状が出た際には薬剤の有害作用でないかをきちんと判断できるようにもしておきたい.