基礎から学ぶゲノム医療

基礎から学ぶゲノム医療

  • 平沢 晃/編
  • 2024年07月31日発行
  • B5判
  • 134ページ
  • ISBN 978-4-7581-2172-9
  • 3,520(本体3,200円+税)
  • 在庫:あり
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5章 小児の先天異常に関するゲノム医療

吉橋博史
(東京都立小児総合医療センター遺伝診療部臨床遺伝センター臨床遺伝科)

 小児領域では先天異常とかかわる診療機会が多く,その主な原因内訳は染色体疾患,コピー数異常,単一遺伝子疾患などである.成長障害,発達遅滞,形態異常を主徴とする先天異常症候群の多くは遺伝性疾患であり,エビデンスにもとづく診療をめざし遺伝学的検査が提案される(概略図).検査の意義は,診断の確定,予防的健康管理 ※1,疾患特性を考慮した療育,ピアサポートや家族会の紹介,家系内再発率の推定など多岐にわたる.臨床診断や遺伝学的診断では,診断プロセスやその限界について患者家族と検査前から情報共有し,心理アセスメントを行う.未診断状態が続く児においても,網羅的ゲノム解析を用いた研究プロジェクトにより診断をめざすことが可能である.診断後は,多診療科との連携により治療や医療管理を提供するほか,多職種との協働を通じ,疾患特性に応じた社会資源,サポートグループなどの支援が期待される.小児ゲノム医療では,難病,がん,周産期疾患へと横断的な広がりがみられ,担当医と遺伝専門職による協働を通じて,ライフステージを考慮した包括的な遺伝医療と心理的社会支援を念頭においた遺伝カウンセリングの重要性が増している.

先天異常

異常形態学

マイクロアレイ染色体検査

次世代シークエンシング

エクソーム解析

未診断疾患イニシアチブ(IRUD)

小児慢性特定疾病

移行期医療

遺伝カウンセリング

先天異常症候群とは

小児科診療で家族から寄せられる日常生活の心配や不安のなかには,子どもの成長,発達,形態,行動にかかわる相談が少なくない.相談を受けた場合,それらを単なる個人差(多様性)として捉えるのか,疾患(共通性)の可能性を疑うのか,その考え方の根拠と説明を求められることになる.出生前に要因が存在し,結果として出生時に認められる症状や疾患は,先天異常birth defect)とよばれ,形態異常,機能異常,行動異常,代謝異常などが含まれる.なかでも,死産児の15〜20%にみられ,新生児期に見逃されても5歳までに気づかれることが多い形態異常(いわゆる奇形)は,周産期から小児期の日常診療でかかわる頻度が高い.

先天異常は,出生児の20〜30人に1人(3〜5%)に発生し,わが国では年間約4万人が出生していると概算されるが,その種類は多岐にわたる(表5-1).米国小児病院からは,治療を受ける児の入院理由の約3分の1,医療費の約2分の1が先天異常と関連することが報告されている.わが国でも,乳児死亡原因の第1位は「先天奇形,変形,染色体異常」であり,小児重症治療病棟の入院患者の約半分を先天異常が占めるなど,先天異常は,乳幼児期小児医療における重点疾患の1つである.

多発する先天異常の種類やパターンの組合わせが臨床的に1つの疾患と認識できるものを,先天異常症候群congenital anomalies syndrome)とよぶ.体つきの違い(形態異常),ゆっくり成長(成長障害),のんびり発達(発達遅滞)などの特徴を伴いやすく,知的機能の障害による日常生活上の介助や見守り(知的障害),行動に対する理解(行動特性)を要することも少なくない.そのため,成長発達経過のなかで新たな問題が顕在化していないか,多診療科・多職種との診療連携,予防的健康管理を通じて,遅滞なく治療・療育※2介入できるよう注意深く観察する対象となる.先天異常症候群の多くは遺伝的背景をもつことから,診断,遺伝型表現型相関※3,サーベイランスや治療方針の決定,遺伝的課題のリスク推定など,ゲノム情報の臨床応用はさまざまな場面が想定される.

小児遺伝診療の実際

先天異常症候群に対する小児遺伝診療の実際について概説する(図5-1).家系における遺伝情報の収集,異常形態学にもとづく臨床診断,遺伝学的検査の提案,結果の病的意義の解釈など,遺伝学的に専門性の高い説明を要す場面では,担当医のほか,臨床遺伝専門医,認定遺伝カウンセラーなど遺伝専門職の医療スタッフとの協働を考慮する(⇒2章).

1)診断をめざす前に

先天異常症候群における診断は,①疾患の特徴を考慮した健康管理,②予防医療のための検査計画,③治療方針の決定,④見通しのある教育や療育,⑤次子再発の推定などを考える起点となる.遺伝情報の病的変化が疾患発症の主因となる遺伝性疾患は多く,成長や発達の遅れ,体つきの違いを認める患者では先天異常症候群を疑い,原因究明のため遺伝学的検査を提案することがある.遺伝学的検査で診断が下ればさまざまなことが得られるが,多くの場合,原因を特定できても治療の中心は対症療法である.約6,500種類を超える単一遺伝子疾患のうち,根本的な治療が存在するものは数百種類といわれる.患者家族における来談理由,診断をめざす目的,現状への遺伝医学的な理解度を確認するほか,原因を知ることで得られること,逆に心的負担を抱えうることなども確認する.すなわち,診断をめざす時点で原因を知ることによる両価的な側面から情報を整理する(表5-2).流死産歴,不妊治療歴,血縁者・家族との関係性,国籍・文化・宗教・思想,死生観・倫理観,障害受容,ストレス耐性など,患者家族がもつさまざまな経緯や背景が,診断をめざすこと自体を躊躇させる要因となっていることもある.今までに受けた医学的,遺伝学的な説明を正しく理解できていないことが遠因で躊躇している場合も少なくない.なぜ診断に至っていないのか丁寧に説明したうえで,診断をめざす前から患者家族を心理的にアセスメントし,患者家族が置かれている状況を多角的に把握しておく必要がある.

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