序 章
もっとよくわかる! 腫瘍免疫学
発がん,がんの進展,がん治療での
免疫応答の変遷
西川博嘉
(国立がん研究センター研究所腫瘍免疫研究分野/国立がん研究センター先端医療開発センター免疫トランスレーショナルリサーチ(TR)分野/名古屋大学大学院医学系研究科微生物・免疫学講座分子細胞免疫学)
現在,日本人の約半数が悪性腫瘍(がん)に罹患する.さらに,がんは日本人の死亡原因の30 %を超えて年々増加傾向にあり,まさに「国民病」ともいえる疾患である.がんの治療法として,外科的切除,化学療法,放射線療法に続く第4 のがん治療法としてがん免疫療法が注目を集めている.従来のがん治療ががん細胞自身を標的として直接攻撃するのと異なり,がん免疫療法はがん細胞を標的とはせず,宿主の免疫系のがんに対する反応(抗腫瘍免疫応答)を活性化することでがん細胞を攻撃・駆逐する.
前立腺がんに対する樹状細胞療法を応用したsipuleucel-T がアメリカ食品医薬品局(FDA)から承認されたのを皮切りに,がん免疫療法は新時代に入った.とりわけCTLA-4(cytotoxic T lymphocyte antigen 4)やPD-1(programmed cell death-1)といった免疫チェックポイント(免疫共抑制)分子によるT 細胞応答の抑制(ブレーキ)を外すブロッキング抗体(免疫チェックポイント阻害剤)の臨床的有用性が大規模臨床試験で証明され,悪性黒色腫,非小細胞肺がん,腎細胞がん,膀胱がん,頭頸部がん,胃がんやホジキンリンパ腫をはじめ,多くのがん種に対して臨床応用が進んでいる.免疫チェックポイント阻害剤の臨床応用により,がん免疫療法の光と影(よい点と悪い点),つまり従来の抗がん剤と比較して進行がん患者でも劇的な効果を示す一方,治療効果の個人差,耐性の出現,免疫関連有害事象などの課題も明らかになってきた.
がん免疫療法は依然として発展途上で,がんがどのように免疫系を抑制して生き延びるのか,その機序を発がん,がんの進展,がん治療というそれぞれのフェーズで詳細に解明することが,がん免疫療法の成功さらにはがん征圧のための重要な鍵となる.本書では,がんによる免疫応答を「発がん― がんの進展― がん治療」というフェーズの違いに焦点を当てて,それぞれで中心的な役割を果たすがんに対する免疫応答の変遷を述べる(図1).
1がん免疫研究の歴史
免疫系は自己と非自己を識別し,自己には反応せず(自己免疫寛容),非自己に反応して排除する.現在,がん細胞は遺伝子変異の蓄積により形成されることから,免疫系がこれらの遺伝子変異に由来するタンパク質を非自己(がん抗原)と認識して破壊することでがんの進展を抑制していることが明らかになっている.しかし,「免疫系が生体内に生じたがん細胞を非自己として認識し攻撃するか」については長年にわたり議論がなされてきた.
W. B. Coleyが悪性腫瘍患者において,丹毒感染により腫瘍が退縮する患者が存在することを見出したことが,炎症・免疫をがん治療に応用する試みのはじまりである.これらの事象をもとに20世紀初頭P. Ehrlichは,免疫系が体内で絶え間なく出現する異常細胞(がん細胞)を排除しないなら,がんの発生は驚くべき頻度になると考え,「免疫系ががんから生体を防御している」という概念を提唱した.この考えは,F. M.BurnetとL. Thomasに引き継がれ,1960 年代に「生体内では頻繁に細胞に遺伝子変異が引き起こされ悪性細胞が出現するが,これらの危険な悪性細胞は免疫系により認識され排除される」というがん免疫監視機構(cancer immunosurveillance)としてまとめられた.
一方で,P. Medawarらによる自己免疫寛容機構の解明により,自己もどきであるがんは免疫系に排除されないという,がん細胞に対して免疫応答が誘導されることに否定的な見解も示された.1970年代,野生型マウスと比較して胸腺を欠損したヌードマウス(理論上T細胞が存在しないが,実際はT細胞の残存,NK細胞の強い活性化が認められた)で化学発がんに差が認められなかったことが,O. Stutmanらにより報告されるとともに,W. B. Coleyが治療に応用したColey’s toxinによる臨床成果も不十分であったことから,がんに対する免疫応答の存在が疑問視されるとともに,がん免疫研究は一時後退した.
その後,遺伝子改変技術などの実験技術の進歩により,種々の免疫関連遺伝子変異動物を用いて発がんへの影響が検討された.その結果,T およびB 細胞が存在しないRAG(recombination-activating genes)欠損マウスや,IFN(interferon)- γやパーフォリンといった抗腫瘍免疫応答にかかわる分子が欠損したマウスでは発がんが促進することが示され,がん免疫監視機構の存在が動物モデルで証明された.さらに,1991年にはヒトがん抗原がT. Boon らによって同定され,ヒトにおいてもがん免疫応答の存在が分子的に解明される端緒となった.しかし,正常な免疫系をもつ宿主でなぜ異常細胞(がん細胞)が排除されず発がんに至るのか,といった課題も依然として残っていたが,発がん過程での免疫系のかかわりは,R. D. Schreiber やL. J. Old らによって「がん免疫編集(cancer immunoediting)」としてまとめられた.
2「発がん―がんの進展―がん治療」での免疫応答:がん免疫編集から考えるがん免疫療法
1)発がんにおける免疫応答(→第2章)
がん免疫編集(cancer immunoediting)では,発がんにおける免疫系のかかわりを,排除相(elimination),平衡相(equilibrium),逃避相(escape)の3つの相に分けている.本概念を理解することはがん免疫療法を理解するうえできわめて重要である.
紫外線,放射線や化学物質への曝露などの外界からのさまざまな刺激により遺伝子変異をもった異常細胞が出現すると,細胞自身がもつ自己修復能により修復されるが,修復できない場合は免疫監視機構により免疫系が遺伝子変異に由来する変異タンパク質を異物として認識して攻撃し,異常細胞は排除される(排除相 →第2章-1, 2).このとき,外界からの刺激によって誘発される慢性的な炎症反応は,異常細胞が出現することに貢献していることから,好中球などを中心にもたらされる慢性的な炎症反応は,宿主にとって負の働きをしていると考えられる.一方で,異常細胞は,NK 細胞,NKT 細胞やCD8+T 細胞の攻撃により排除される.発がんにおける遺伝子改変マウスの研究をかんがみるとNK 細胞やNKT 細胞のノックアウトマウスでは発がんの促進が多くの系で証明されているが,T 細胞においてはまれに発がんへのかかわりが十分に証明できない系も存在する.従って,腫瘍免疫においても感染免疫と同様に,発がんの初期(異常細胞=異物が生体内に現れたばかりの時期)は,自然免疫系,とりわけNK 細胞が重要な働きを担っていると考えられる.
しかし,がん細胞は免疫系の存在下での生存に適した免疫原性が低いがん細胞をダーウィンの自然選択説的に選択する(免疫選択).これにより免疫系からの攻撃を回避して生体内に生存可能となるが,この状態では無限に増殖できない(平衡相 →第2章-3).そこでがん細胞は,本来は自己に対する不適切,もしくは過剰な免疫応答を抑制して生体の恒常性を維持するのに重要な働きをしている免疫抑制機構をがん組織に取り込むことで,抗腫瘍免疫応答を抑制する環境をつくり上げる(免疫逃避).これにより免疫系からの攻撃を逃避することで無限に増殖し(逃避相 →第2章-4),臨床的「がん」となる.以上より,臨床的に診断される「がん」は,免疫系によって選択され,多様な免疫逃避機構を確立した〔編集(edit)された〕がん細胞の集団になっている.
2)がんの進展と免疫応答:がん免疫編集から見た
non-immunogenic tumorとimmunogenic tumor(→第3章)
がん細胞内の遺伝子変異に由来するタンパク質は,生体にとって新たに出現した異物であり,がん特異的抗原(tumor-specific antigens:TSA =ネオアンチゲン)とよばれる.これらの抗原は,免疫系とりわけCD8+T 細胞の標的となるため,遺伝子変異が多い(=ネオアンチゲンが多数存在する)がんではがん局所にCD8+T 細胞が多数存在すると考えられる.しかし,遺伝子変異が多いがん細胞は,発がんの過程でCD8+T 細胞からの攻撃を逃避する必要があることから,免疫抑制細胞および免疫抑制関連分子の発現も同時に認められる免疫原性が高い腫瘍(immunogenic tumor)になることが多いと考えられる.
一方で,がん免疫編集説に従えば,これらの遺伝子変異に由来して異物と認識されやすい抗原性の高いがん抗原は,本来は発がん過程で排除されているべき抗原と考えられる.よって平衡相における免疫選択により,これらの抗原性が高いがん抗原を脱落させたがん細胞が選択されて,免疫原性が低い腫瘍(non-immunogenic tumor)が形成される.もしくは,これらの抗原性が高いがん抗原が脱落しなかったがん細胞は,抗原提示機構やIFN-γなどのエフェクター分子の受容体などに異常があり,抗原性が高いがん抗原が抗原提示されない等の理由により,それらのがん抗原に対する免疫系の攻撃に対して不応答性のがん細胞が選択されて,免疫原性が低い腫瘍(non-immunogenic tumor)になっていることもある.すなわち,
① がん細胞は,自身が免疫系の排除から免れるため免疫原性の高い抗原を脱落させ,自己もどきとなることで免疫系から逃避して増殖する(primary resistance).
② がん細胞は,制御性T 細胞(Treg),骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)や免疫チェックポイント分子などによる免疫抑制を積極的に活用し抗腫瘍免疫応答を抑制する(adaptive resistance).
という2 つの機構は,マウスモデルで示されたように,①が作動し平衡相に達した後に②が作動するというように段階的に進行するというより,ヒトでは両者がオーバーラップして作動していると考えられる.つまり,個々のがん患者の臨床的「がん」は,それぞれの機構への依存度が異なり,①の機構が主に発がんにかかわっているnon-immunogenic tumor と,②が主なimmunogenic tumor が存在する.
immunogenic tumor ではがん特異的抗原が多数存在し,かつそれらの抗原を認識するCD8+T 細胞も多数存在するものの,免疫抑制細胞などのさまざまな免疫抑制機構により抗腫瘍免疫応答が抑制されている.これらの抗腫瘍免疫応答はready to go の状態であり,免疫チェックポイント阻害剤等で免疫抑制を外すことができれば,有効な抗腫瘍免疫応答を回復できると考えられる.②が主ながんでの免疫抑制機構の一例が,CD8+T 細胞などのエフェクターT 細胞が浸潤してIFN- γを分泌したことによりがん局所に誘導されるPD-1 リガンド(PD-L1)発現である(外因性発現).つまり,エフェクターT 細胞の攻撃を受けたため,このままでは発がんにいたることができないことから,PD-L1 発現を誘導してエフェクターT 細胞からの攻撃を免れて発がんしたと考えられる.よって,このようながんはPD-1/PD-L1 阻害剤などの免疫チェックポイント阻害剤に反応しやすく,がん免疫療法に感受性がある「hot tumor」であるといえる.
①が主ながんは,現状のがん免疫療法の対象となりにくい「cold tumor」となるため,いかに限られたがん抗原に対してCD8+T 細胞に対する免疫応答を誘導するかなどの検討が必要となる.また,発がんに深く関与するドライバー遺伝子異常に由来するシグナルにより,がん細胞自身が抗腫瘍免疫応答を直接抑制していることも明らかになってきている.つまり,平衡相では免疫原性の高い抗原分子などを脱落したがん細胞が選択されることに加えて,直接的に抗腫瘍免疫応答を抑制できるドライバー遺伝子変異をもったがん細胞が選択されている.WNT/ β- カテニン,PTEN,MYC,EGFR,RHOA やFAK(focal adhesion kinase)などの分子のがん細胞での活性化が,CD8+T細胞の浸潤抑制,免疫チェックポイント分子の高発現やTreg 浸潤促進,活性化に関連することが示されている.特にWNT/β-カテニン活性化は,ATF3 を誘導し,それによりCCL4 遺伝子の転写が抑制されることで,がん局所への樹状細胞などの抗原提示細胞浸潤が阻害され,CD8+T 細胞などのエフェクターT 細胞の浸潤・活性化が抑制されることが示されている.興味深いことに,非小細胞肺がんではWNT/ β- カテニン活性化は遺伝子変異量が多いがんで認められる.つまり,遺伝子変異量が多く本来なら発がんに至らないはずのがん細胞がWNT/ β- カテニン活性化により,CD8+T 細胞などの抗腫瘍免疫応答を阻害することで発がんに至ったと考えられる.このような場合,がん細胞自体はimmunogenic tumorであるが,がん組織はcold tumorとなっている.また主に血液悪性腫瘍では,B 細胞リンパ腫でみられるCⅡTA(MHC class Ⅱ transactivator)とPD-L1, 2 との遺伝子融合による発現上昇,ホジキンリンパ腫での9p23-24 染色体(PD-L1, 2 の遺伝子座)の遺伝子増幅および成人T 細胞白血病・リンパ腫を中心に認められるPD-L1 遺伝子の3 ′非翻訳領域の構造異常によるPD-L1 の発現上昇などのように(内因性発現),がん細胞側の遺伝子異常によるPD-L1, 2 の発現上昇等が直接的にエフェクターT 細胞を抑制している.これらの遺伝子異常が存在する場合は,遺伝子異常に由来するがん抗原を認識し攻撃するCD8+T 細胞が誘導されていても,がん局所に浸潤できなかったり,活性化が阻害されたりしている.このような場合は,がん細胞側が持つ遺伝子異常に由来するシグナルにより免疫抑制細胞・分子を増強させているため,免疫抑制関連遺伝子のみががん局所で認められるcold tumor になっている.
以上のように,発がん過程での平衡相,逃避相への依存度の違いにより,immunogenic tumor,non-immunogenic tumor といった免疫的な特性ががんの進展に伴ってより鮮明となる.この過程でがん細胞がもつ遺伝子変異は,がん特異的抗原となり抗腫瘍免疫応答を活性化するものの,同時に獲得免疫であるT 細胞,特にCD8+T 細胞からの攻撃を抑制,阻害していることがある(図2).腫瘍免疫においても自然免疫から獲得免疫への反応の移行が重要であると考えられるが,がん側からのさまざまな抑制機構によりこれらの獲得免疫系が中心となる抗腫瘍免疫応答の十分な活性化が阻害されてがんの進展が進むと考えられる.
「 immunogenic tumor=hot tumor」
「non-immunogenic tumor = cold tumor」とは限らない
Immunogenic tumor とは免疫応答を引き起こしやすいがん細胞のことである.したがって遺伝子異常を多数有するがん細胞は,遺伝子異常ががん特異抗原(ネオアンチゲン)となることから免疫応答を引き起こしやすく,immunogenic tumorといえる.対してnon-immunogenic tumor は免疫応答を引き起こし難いがん細胞のことで,遺伝子異常が少ない自己もどきのがん細胞が該当する.一方で,より臨床に近い考え方としてhot およびcold t umor というよび方がある.通常はimmunogenic tumor = hot tumor であり,non-immunogenic tumor = cold tumor であるが,immunogenic tumor であってもWNT/β- カテニンシグナルが活性化しているがんでは,がん組織に免疫細胞浸潤はほとんど認められず, cold tumor となっている.よってがん細胞自体は免疫応答を引き起こしやすいにもかかわらず,追加の遺伝子異常(WNT/β- カテニンシグナルなど)によりcold tumorとなっている場合があり,がん組織の微小環境を理解するうえで注意が必要である.
3)がん免疫療法での免疫応答:がん治療から見た
non-immunogenic tumorとimmunogenic tumor(→第4章)
2)でも記載したように ② adaptive resistance が主ながんでは,がん抗原が豊富に存在することから多くの場合immunogenic tumor となっており,CD8+T 細胞を中心とした獲得免疫系の活性化が期待できる.そのためには,これらのCD8+T 細胞を抑制している主な機構は何か? を個々のがん患者で知ることが重要である.免疫抑制の中心としてPD-1/PD-L1 経路が考えられることから,PD-1/PD-L1 阻害剤が重要な治療選択肢となる.一方で,PD-1/PD-L1 経路に加えて他の免疫チェックポイント分子やTreg,腫瘍関連マクロファージ(TAM)が免疫抑制を担っていることがある.例えば,肝転移巣ではがん細胞の代謝が亢進していることから乳酸濃度が上昇し,これに伴いTreg の活性化が誘導されている(図2).このような場合はPD-1/PD-L1 阻害剤に加えてTreg 標的治療を併用することが重要となると考えられる.従って,現在臨床で測定が可能なPD-L1 発現のみならず,どのような免疫抑制機構が主に作動しているかを十分に解析したうえで,治療方法を検討することが重要である.
一方で ① primary resistance の機構が主に発がんにかかわっているnon-immunogenic tumor においては,CD8+T 細胞の活性化が十分に誘導されていないことから,PD-1/PD-L1 阻害剤のみでの治療は難しいと考えられる.前述のように発がん過程で生じたドライバー遺伝子異常に由来するシグナルによりがん細胞自身が抗腫瘍免疫応答を抑制している場合は,そのドライバー遺伝子が関与するシグナルの阻害剤を併用することが有用であると考えられる.特に,がん細胞はimmunogenic tumor であるがWNT/ β - カテニンシグナルによりT 細胞浸潤が阻害されcold tumor になっている場合などは,それらの分子シグナルを阻害することで治療効果が得られる可能性も示唆される.現在,臨床現場でもがん細胞の遺伝子異常はパネル検査等により網羅的に測定が可能である.これらの検査情報は主に分子標的薬の選択に用いられているが,遺伝子異常が免疫応答に影響を与えることが明らかになってきた現在,これらの検査情報を用いて分子標的薬とPD-1/PD-L1 阻害剤などの免疫チェックポイント阻害剤を併用することにより,さらに効果的な治療が可能になると期待される.また,分子標的薬としては十分な治療効果が得られなかった製剤のなかにも,「免疫応答を調節する」という視点で再度検討することにより,新たな併用療法剤としてリバイバルする製剤や標的シグナルが存在する可能性があると考えられる.
Non-immunogenic tumor のなかには,そもそも遺伝子変異量(=がん抗原)が少ないため,分子標的薬との併用でも十分に免疫応答が誘導されないようながんも存在する.そのような場合は,発がん過程で誘導される免疫応答と同様に,自然免疫から獲得免疫への流れを人工的に形成することが必要になる.現在までnon-immunogenic tumor に対して自然免疫応答を活性化するための検討が数多くなされてきたが,十分な臨床効果が得られていない.その原因の1 つとして,自然免疫応答を誘導する際,抗腫瘍免疫応答として重要なNK 細胞等を誘導するのみならず,好中球などのがんの進展を促進する方向に働く細胞も活性化してしまっていることがあげられる.よって,いかに自然免疫から獲得免疫への流れを適切に誘導し,CD8+T 細胞の活性化につなげるかが重要である.もしくは,現在血液悪性腫瘍で成功したCAR-T 細胞治療のように,養子免疫療法を用いることも検討すべきである.
3おわりに
Immunogenic tumor でもnon-immunogenic tumor であっても適切ながん免疫療法は個々の患者で大きく異なる.それぞれの患者で,抗腫瘍免疫応答は抑制されているのか? それなら,主に作動している抑制機構は何なのか? なぜ抗腫瘍免疫応答が誘導されていないのか? 等を十分に解析し,臨床現場でもそれに応じた治療を進めることが今後の理想的ながん免疫療法である.がんプレシジョン医療は分子標的薬を検討する際に考慮されているが,今後はこれをがん免疫療法にも展開して「がん免疫プレシジョン医療」に展開することが重要である.
一方で,がん免疫療法に対する治療抵抗性が獲得されることも明らかになってきている.これは,免疫系の特徴である免疫記憶に基づくがん免疫療法の長期の臨床効果(カプランマイヤー曲線のtail plateau)を阻害するものであり,十分な注意が必要である.特にがん抗原の欠失や抗原提示機構およびIFN-γシグナルにかかわる異常ががん免疫療法を施行中に獲得されることが報告されている(acquired resistance).これらの異常は免疫系の攻撃から免れるためにがん細胞が発がんの過程で獲得する異常(primary resistance)と類似することから,がん免疫療法によりこれらのがん細胞が新たに出現したのか,すでに存在していたがん細胞が選択されたのかは今後の検討課題である.これに対しても前述したように,十分な解析に基づいて治療を進めることが枢要である.