第1章 線維化(症)とは何か
菅波孝祥
(名古屋大学環境医学研究所分子代謝医学分野)
1はじめに
線維化(症)は,従来,さまざまな慢性疾患のなれの果てと捉えられてきた.組織が傷害を受けると,一過性の炎症応答や細胞外マトリクス産生を経て,正常な組織が修復される.一方,より強い傷害が生じたり,弱い傷害であっても長期化すると,この修復機構が破綻する.すなわち,細胞外マトリクスの過剰蓄積,各臓器を特徴づける実質細胞※1 の欠落,多種多様な間質細胞※2 の増加などにより,組織構築そのものが大きく変化する(組織リモデリング).その結果,臓器固有の機能が障害され,最終的には臓器機能不全に陥る(図1).このため,肝線維化(肝硬変)-肝不全,腎線維化-腎不全,肺線維化-呼吸不全など,臓器の線維化(症)は不可逆的な機能不全状態とほぼ同義に捉えられ,もはや治療による改善は見込めない状態と考えられてきた.
しかしながら最近,病因や病理組織に基づく分類学的な議論から,治療戦略の開発に向けた議論へとパラダイムシフトが生じている.例えば,1型糖尿病に対して膵移植を実施すると,長期的に糸球体硬化病変が改善1),間葉系幹細胞移植療法により肝硬変が改善2),高度肥満に対する外科手術により脂肪組織線維化が軽減3)するという.このように,進行期においても可塑性が残存する事例が次々に報告され,従来の予防のみならず,線維化(症)に対する治療の可能性が注目されるようになった.一方,線維化のプロセス自体は,線維症として認識されるよりもずっと早い段階ではじまっており,これをどのように可視化して捉えるかは喫緊の課題である.また,線維化(症)の基本的な病態メカニズム,特に,生理的な組織修復と病的な線維化の違いはどこでどのように運命付けられるのかに関しても,いまだ不明な点が多い.このように線維化(症)研究に大きな注目が集まる中,生体イメージングや細胞系譜追跡実験などの解析技術の進歩,さらにシングルセル解析技術の飛躍的な発展によって,線維化プロセスを担う細胞群や細胞間ネットワークが急速に明らかになってきた.そこで本書では,線維化(症)を“正常から疾患に至る組織構築の動的な制御とその破綻”と定義し,「線維化(症)を担うプレーヤー」,「線維化(症)を制御するネットワーク」,「臓器・疾患と線維化(症)」の観点から分かりやすく解説する(図2).
2線維化(症)を担うプレーヤー
第2章では,線維化(症)を担うプレーヤーを紹介する.すべての臓器は,臓器固有の機能を担う実質細胞と,それ以外の多種多様な間質細胞から構成される.当初は実質細胞に注目して研究が行われてきたが,近年,正常から疾患に至る過程で間質細胞の種類や細胞数がダイナミックに変化し,実質細胞との相互作用で臓器全体の機能にも大きな影響を及ぼすことが明らかになった.例えば,脂肪組織の組織像は,巨大な脂肪滴を有する脂肪細胞(実質細胞)で埋め尽くされているように見える(図3).これは,脂肪細胞が生体の余剰エネルギーを中性脂肪として蓄えることを主要な役割としており,そのサイズ(直径50〜100μm)が周囲の間質細胞(直径〜20μm)よりもはるかに大きいためである.しかしながら,実際に脂肪組織をコラゲナーゼで処理して個々の細胞を分離すると,約1/3は間質細胞が占めていることがわかる.また,過栄養が持続して肥満を呈すると,脂肪細胞はさらに肥大化(直径〜150μm)するが,脂肪細胞と脂肪細胞の間隙にマクロファージなど免疫細胞の浸潤が認められるようになる.この状態では,間質細胞は全体の50%程度にまで増加するという.このような状態が持続すると,マクロファージを代表とする免疫細胞の浸潤に加えて,血管新生や線維芽細胞の活性化,細胞外マトリクス産生が生じ,脂肪組織は線維化する.その結果,脂肪組織のサイズはむしろ縮小して余剰エネルギーを十分に蓄えられなくなり,機能障害に至る4)5).
このように,主に病理組織学的な解析を踏まえて,線維化(症)における多彩なプレーヤーに関する知見が集積してきたが,最近のシングルセルトランスクリプトーム解析により,プレーヤー数は飛躍的に増加した.例えば,マクロファージや脂肪細胞前駆細胞にも多様性があり,肥満の進展過程でさまざまな亜集団が増減しながら固有の役割を担っているという.特に線維芽細胞には特異的なマーカーが存在せず,従来は「その他」の細胞と位置づけられてきたため,遺伝子発現プロファイルによる新たな分類は,これまでの理解を一変させる可能性がある.さらに第2章では,非細胞成分である細胞外マトリクスにも焦点を当てた.慢性的な過栄養による脂肪組織線維化という従来の認識に加えて,食事摂取など一過性の栄養状態の変化にもダイナミックに応答しているという6).また構造支持機能に加えて,細胞外マトリクスには,生理活性物質の局在や活性化の制御,細胞外マトリクス自身の分解産物による情報伝達など新たな役割も明らかになってきた.
3線維化(症)を制御するネットワーク
第3章では,線維化(症)を制御するネットワークを紹介する.従来,細胞間の情報伝達としてホルモンやサイトカインが精力的に研究されてきた.遠隔部位にも作用するエンドクライン,分泌細胞周辺にのみ作用するパラクライン,分泌細胞自身に作用するオートクラインなどの作用様式が存在する.線維化(症)は,主に臓器局所の細胞間相互作用により形成されるため,パラクラインやオートクラインのメカニズムが精力的に研究されてきた.例えば,線維化の主要な制御因子であるtransforming growth factor-β(TGFβ)は,線維化形成の場で細胞外マトリクスに結合して蓄積し,線維化促進に作用する.TGFβは,線維芽細胞を筋線維芽細胞に分化誘導して細胞外マトリクス産生を増強する一方,周囲の間質細胞に作用してマトリクスメタロプロテアーゼ(MMPs)など細胞外マトリクスを分解する酵素群の産生も促す.これは一見矛盾した作用に見えるが,線維化は組織破壊と再構築をくり返しながら進行すること,マトリクスメタロプロテアーゼは前述の細胞外マトリクス分解産物を生成することなどから,線維化形成の場において,複雑なネットワークがダイナミックな組織リモデリングを制御していると捉えることができる.
第3章では,新たなネットワーク機構についても紹介する.線維化(症)は加齢とともに増加することが知られており,老化細胞が示すsenescence-associated secretory phenotype(SASP)という形質が注目されている.SASPを介してさまざまな炎症性サイトカインや増殖因子,代謝物などが放出され,周囲の細胞に慢性炎症を惹起することで加齢性疾患の病態形成に重要な役割を担うという.慢性炎症自身が細胞老化を誘導することから,老化と慢性炎症が増悪サイクルを形成すると捉えることができる.また,組織障害や種々のストレスによって生じる細胞死も,ネットワーク形成の起点となる.特にネクローシス型の細胞死では,damage-associated molecular patterns(DAMPs)と称される細胞内分子が細胞外に放出されることで,周囲の免疫細胞に炎症を惹起する.さらに,新たなネットワークの担い手として,エクソソームを含む細胞外分泌小胞が注目されている.エクソソームは脂質,タンパク質,核酸などを含有し,送達先の細胞機能を修飾することが明らかになった.血中で簡便に測定できるバイオマーカーとしての意義も期待されており,細胞外分泌小胞の定義や測定方法など国際的な議論が進行中である.
4臓器・疾患と線維化(症)
第4章では,さまざまな臓器や疾患における線維化(症)について,病態メカニズムや疾患の特徴,今後期待される治療法などについて説明する.線維化(症)では,いずれの臓器においても実質細胞の欠損と,これに応答する間質細胞や細胞外マトリクスの増加,その結果生じる臓器機能障害が認められる.第2章や第3章で紹介したプレーヤーやネットワークがおおむね共通に認められる一方,臓器・疾患に特異的な細胞種や機序も存在する.特に線維芽細胞の生理的な役割については未解明の点が多いが,間葉系幹細胞,間葉系前駆細胞などと称されるように実質細胞の供給源となる他,腎臓では造血作用を有するエリスロポエチンを産生するなど臓器特異的な役割が知られている.近年,全身性強皮症の治療薬として抗CD20モノクローナル抗体のリツキシマブ,また肺線維症の治療薬としてチロシンキナーゼ阻害薬のニンテダニブなど,線維化(症)の病態メカニズムに立脚した新規薬剤が臨床応用されている.このような治療戦略の開発により,従来,慢性進行性で不可逆とされた線維化(症)の “point-of-no return” がシフトする可能性が期待される.しかしながら,線維化プロセスを阻害し,間質細胞や細胞外マトリクスが減少したとしても,必ずしも臓器機能の回復につながらない可能性もある.例えば,皮膚では皮膚付属器(毛包,脂腺,汗腺など)の消失は不可逆的であり,腎臓では障害を受けて脱落した尿細管は短縮し,また実質細胞の再生・分化能には臓器によって大きな違いがある.
5おわりに
本書では,アンメット・メディカル・ニーズの非常に高い線維化(症)について,臓器・疾患という縦糸とプレーヤー・ネットワークという横糸の両面から見直し,俯瞰する構成をとった(図2).従来,臓器・疾患別にとり組まれてきた線維化(症)の研究を,新たな視点で再認識していただきたい.また,誌面の都合上,書き切れなかった内容を第5章に「線維化(症)の克服に向けて」と題して記載した.線維化(症)に対する治療が現実的になり,本領域の研究開発は世界的にも勢いを増している.これまでの研究経緯を振り返り,新しい技術と概念で診断・治療を考える契機としたい.
文献
- Fioretto P, et al:N Engl J Med, 339:69-75, 1998
- Terai S & Tsuchiya A:J Gastroenterol, 52:129-140, 2017
- Abdennour M, et al:J Clin Endocrinol Metab, 99:898-907, 2014
- Suganami T, et al:Endocr J, 59:849-857, 2012
- Suganami T & Ogawa Y:J Leukoc Biol, 88:33-39, 2010
- Toyoda S, et al:J Biol Chem, 298:101748, 2022