実験法 Ⅰ.スタンダード編
1 これからはじめるエクソソーム研究の実践ガイダンス
吉岡祐亮
(東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門)
はじめに
近年,細胞外小胞のエクソソームを研究対象とすることが一般化されてきて,多くの論文や学会発表でエクソソーム研究に触れる機会が多くなったが,その際筆者が一番気にするのが,100 nm前後の微粒子であるエクソソームを“どのように集めたのか?”という点である.もっと言ってしまえば,“それは本当にエクソソームなのか?”と聞きたくなることがある.エクソソームを回収すること,回収したエクソソームがエクソソームであることを証明することはエクソソーム研究の基本であり,これらを踏まえたうえでさまざまな解析ができる.ほかにも,エクソソームと一言で言っても,由来する細胞や体液の種類によってエクソソームを構成する分子はガラッと変わるため,自分が扱うエクソソームはどんな特徴をもっているか把握する必要もある.本書では,これら一連の実験が行えるように体系立てて各実験方法などを解説をしており,本稿ではまずエクソソーム研究の全体像を掴めるように本書の使い方を記した.
実験をはじめる前に研究の全体像を把握しよう
まず,エクソソーム研究をはじめるにあたって,研究の目的に適した実験方法を選択する必要があり,そのためゴール設定(目的)は重要である.大きく研究の性質を分けると,①細胞間コミュニケーションツールとしてエクソソームの機能や生命現象,疾患への関与を明らかにする,②エクソソームの生合成経路や取り込みのメカニズムの解明,③バイオマーカーとしてエクソソームの有用性を調べる,④エクソソームを利用した治療薬開発(ドラッグデリバリーシステムへの応用)や治療効果を有するエクソソームの解析,⑤エクソソームを検出する技術,内包物を解析する技術などの技術開発,などがあげられる.もちろん,前記以外の研究目的もあるとは思うが,主要な例としてあげている.例えば,①~③を研究する場合,①に関しては,エクソソームを分泌する側の細胞と受容側の細胞という側面で考える必要があるが,②のエクソソームの生合成経路の解明や③のバイオマーカー探索であれば分泌側の細胞だけを対象とし,受容側の細胞でエクソソームがどう機能するかまで考えることは少ない.言い換えれば,①の場合は,本稿で紹介するエクソソームの取り込み実験(実験法5参照)を行う必要が生じることがあるが,②,③の場合は,ほとんど必要ないだろう.一方で,②に関しては例えばエクソソームの分泌量を解析するような実験(実験法5や実験法8,9,12参照)を頻繁に行ったり,③に関しては臨床検体(血清や尿)からエクソソームを回収したりする実験が必要で,エクソソーム回収作業において条件検討などが求められる場合や,①,②は体液を扱わずとも培養上清由来エクソソームだけで目的を達成できる場合もあり,目的や状況によって実験方法や必要な実験が異なる.①〜④においては,どのような細胞(体液)由来のエクソソームを実験に用いるかが重要になるが,⑤においては,由来が何であろうと問題とならない場合があり,選択するポイントはエクソソームを分泌しやすい細胞株かどうかだけ,ということもある. 以上は大雑把な例ではあるが,やはり研究をはじめる際には研究の全体像をある程度把握し,実験をイメージする必要があるだろう.
実際に実験の各ステップをイメージしてみよう
では,エクソソーム研究をはじめたいと思ったとき,研究の一連の流れをイメージできるように,本書の解説稿とともに紹介,解説する.ただし,研究に明確な(完璧な)セオリーはないので(と筆者は考えている,もちろんある程度お作法みたいなものはあると思っているが),あくまで参考として読んでいただきたい.
Ⓐ サンプルの選択
図に示したのが,大まかな流れである.まずはじめに,エクソソームの由来(どのような細胞・体液か)を決定し(図Ⓐ),エクソソームの回収が必要であるかどうかを検討する.ほとんどの場合はエクソソームの回収が必要となるが,例えば,血清中のCD9陽性エクソソームの粒子数が知りたい,となればエクソソーム回収をせず,直接血清をExoViewなど使って解析することも可能である.
Ⓑ サンプルの前処理
エクソソームを回収する場合は,前処理作業が必要となり,サンプルタイプによって異なるので図Ⓑに記載してある稿を参照していただきたい.
Ⓒ エクソソームの回収
次に,回収法の選択を迫られるわけであるが,この選択は慎重にすべきである.2014年に前版を出版したときと比較しても,この数年で市販キット・試薬を含むエクソソーム回収方法が充実してきた.ゆえに,頭を悩ませるところであるが,実験法3を参考に,回収に用いるサンプル溶液量,サンプル数,求めるエクソソーム精製度,コスト,そしてどのようなポピュレーションのエクソソームを手に入れたいのかなどによって選択していただきたい.とはいえ,回収の基本は超遠心法であるため,まずは超遠心法での回収を念頭に入れ,超遠心法が難しい場合や特定のポピュレーションのエクソソームがほしい場合などに超遠心法以外の方法を検討するという流れがよいだろう(図Ⓒ).
Ⓓ エクソソームの確認
次は,エクソソームを目的通り回収できたのか確認する作業が必要である(図Ⓓ).エクソソームが細胞程度の大きさがあれば,目視ないし光学顕微鏡で簡単に確認できるが,nmサイズのエクソソームの姿をしっかりと見るには電子顕微鏡による観察が必要である.電子顕微鏡観察については実験法7を参照していただきたい.多くの論文では,回収してきたエクソソームについて一度は電子顕微鏡観察を行って,その大きさや形状を示していることが多い.ただし,電子顕微鏡は高価な装置であり,技術的にも簡便ではないことから観察にハードルを感じる場合もあると考えられる.そこで,同様に装置は必要となるが,ナノ粒子トラッキング(NTA)法や電気抵抗パルス(TRPS)法を利用した粒子径・粒子数測定装置を使用することで,エクソソームの大きさにあたる100 nm前後の粒子を手軽に検出し,回収の成功を確認することができる.同時にエクソソーム溶液中の粒子数も求めることができるため,普段と同じように回収したはずなのになぜか今日はエクソソームが少ない,ということも判定できる点は電子顕微鏡観察にはないメリットである.ただし,検出された粒子がすべてエクソソームであるというわけではないことは理解しておく必要がある.そこで,これら粒子サイズの確認に加え,エクソソームマーカーと言われているタンパク質をウエスタンブロット法などで検出することが一般的となっている.マーカーについてはISEV(International Society for Extracellular Vesicles)が出しているガイドラインを参照していただきたい1).また,実際にエクソソームを実験に用いる際には,“どのくらい”のエクソソームを使用しているかを示すことが必要な場合が多いが,どのような単位で表すか正式に決まってはいないものの,粒子数かタンパク質量で表されることがほとんどである.同様にRNAに関する実験では,エクソソームに由来するRNA量や,どのくらいの粒子数ないし体液量(培養上清量)に由来するRNAであるかなどを示す場合が多い.以上のことが,エクソソームを実験に使う準備段階としてのエクソソームの確認事項である.
Ⓔ エクソソームの特徴把握
次の流れとしては,エクソソーム分子の特徴を解析することである.場合によっては,回収したエクソソームを目的の細胞に添加し,その効果やフェノタイプの変化を確認した後に,エクソソーム分子の特徴などを解析することもある.どちらにせよ,エクソソームが機能分子の複合体である以上,その機能を果たす責任分子を明らかにするという研究スタイルは多いだろう.また,バイオマーカー探索などにおいても同様である.図Ⓔに示したようにExoViewやExoScreenを用いた膜タンパク質の解析から古典的なウエスタンブロット法によるタンパク質の解析などが選択肢となる.また,miRNAやmRNAなどの核酸もエクソソームを構成する分子であり,特徴的な分子プロファイルを示すので,qPCR法などを使って解析可能である.もちろんタンパク質や核酸だけではなく,糖鎖解析を行い,そのエクソソームを特徴付けることも可能である.本書ではあまり触れていないが,タンパク質やmiRNAなどの核酸の網羅的解析による実験はエクソソーム分子の特徴を把握するのに有効である.エクソソームに含まれるタンパク質,核酸はそれぞれ数千種類ずつあることが予想されるため,エクソソーム中の機能分子の検討がつかない場合やバイオマーカーの候補がない場合などは特に威力を発揮する.
Ⓕ エクソソームの機能解析
最後に,エクソソームの機能を解析するステップとなる(図Ⓕ).バイオマーカー探索やエクソソームの検出技術の開発などには必ずしも必要となるわけではないが,生命現象の解明や疾患メカニズムの解明には必須の部分になるだろう.ただし,機能解析については研究目的によって解析の方法が異なり,本書ではin vitroでの細胞へのエクソソームの取り込みやマウスなどのin vivoにおけるエクソソームの動態確認の方法を中心に解説している.まずは,回収したエクソソームが目的の細胞もしくは臓器などに取り込まれることがエクソソームの機能発揮の条件であるため,一度はこの取り込みを評価しておきたい.また,エクソソーム中の目的機能を果たすであろう責任分子の評価をする際には,細胞を遺伝子改変し,目的分子をエクソソーム中に導入したり,逆に,目的分子を排除したエクソソームを作るなどして,対象細胞へそれらエクソソームを添加する実験を行うことも考えられる.機能解析まで進めることができれば,本書を十分活用していただけたということになるので,最後の機能解析自体はそれぞれの適したアッセイ系などで評価していただきたい.
おわりに
研究に明確な(完璧な)セオリーはない,とはいえある程度は,この実験を行う必要がある,それはそもそもエクソソームと言えるのか?という場合や,その実験は本当に目的達成するために適しているか?という場合がありうるので,最低限のお作法的な実験はカバーしておくべきである.本稿ではエクソソーム研究の流れを把握していただくことを目的として,詳細はこれ以降の各稿のプロトコール等を参考にしていただきたい.またエクソソーム自体のことをもっと知りたい方はレビューとフォーラムを読んでいただきたい.
文献
- Théry C, et al:J Extracell Vesicles, 7:1535750, 2018