第1部 リアルタイムPCR 基本編
1 リアルタイムPCRの原理
北條浩彦
(国立精神・神経医療研究センター)
はじめに
PCR(polymerase chain reaction)は,前述したように3つのステップ,①熱変性,②アニーリング,③伸長反応によって目的のDNA(遺伝情報)領域を増幅させる方法である(第0部図7).このPCRによって増幅するDNA(PCR産物)をリアルタイムで測定(モニタリング)する方法が,リアルタイムPCR法である.では,PCRの反応過程で増幅するDNAをどうやって検出,測定するのだろうか? その答えは,蛍光物質を利用して増幅するDNAを測定する,である.そして,大きく分けて2通りの方法がある.1つがインターカレーション法,もう1つがハイブリダイゼーション法である.表1にそれぞれの特徴をまとめた.これらの方法によってモニタリングされたPCRの増幅曲線からPCRの鋳型となった初期DNA(初期鋳型DNA)の量を求めることができる.
インターカレーション法
インターカレーション法は,SYBR® Green
Ⅰなどの蛍光物質(インターカレーター)が二本鎖DNAに入り込み,
この方法は低コストで簡便であるが,一つ注意しなければならない点がある.それは,ターゲット領域以外の領域が増えてしまった場合,その目的外のPCR産物(増幅DNA)も含めて増幅したすべてのPCR産物が検出・測定されてしまうという点である.蛍光物質には特異性がなく,どの二本鎖DNAにも結合する(入り込む)ため,そのような問題が起こる.ターゲット以外のDNA領域が増幅したか否かは,リアルタイムPCR後の融解曲線分析(dissociation curveの確認)を行うことで確認することができる(図2).もし,ターゲット以外の領域が増幅している場合には,PCRプライマーの設計やり直しなど,条件の検討が必要である.
ハイブリダイゼーション法
ハイブリダイゼーション法は,PCRプライマーに加え,蛍光物質で標識したDNAプローブを使って目的のPCR産物だけを検出する方法である.蛍光ラベルしたDNAプローブが目的のDNA(PCR産物)にハイブリダイゼーションすることで,そのハイブリダイズしたDNAの量を検出する.したがって,ハイブリダイゼーション法は,前述のインターカレーション法よりもさらに特異性の高い測定方法であるといえる.
このハイブリダイゼーション法には重要な工夫が施されている.それは蛍光共鳴エネルギー転移(fluorescence resonance energy transfer:FRET)という現象に基づく工夫である(図3).蛍光共鳴エネルギー転移は,励起状態(エネルギーが高い状態)にある蛍光物質のそばに別の蛍光物質が存在すると,「共鳴」によって励起エネルギーの移動が起こり,励起状態にあった蛍光物質が(エネルギーを失って)基底状態にもどり,そばにある別の蛍光物質が(そのエネルギーを得て)励起状態になるという現象である.前者の(エネルギーを与える)蛍光物質をドナー(donor),後者の(エネルギーを受ける)蛍光物質をアクセプター(acceptor)という.このFRETをプローブに応用することで,特異性と定量性をさらに向上させることができる.ハイブリダイゼーション法で用いられる代表的なプローブとしてFRETプローブとTaqMan®プローブがある.以下に,それらについて解説する.
1. FRETプローブ
FRETプローブ(図4A)は,前節で説明したFRETの原理をそのまま応用したプローブである.近接するように設計された2つの配列特異的なプローブは,それぞれドナー(プローブX),アクセプター(プローブY)の異なる蛍光物質で標識される.これらの標識プローブは,PCR過程のアニーリング期にPCR産物(DNA)にハイブリダイズし,異なる2つの蛍光物質が近接する.その結果,FRETが起こり,ドナーによって励起されたアクセプター蛍光物質から発せられる蛍光を測定することで目的のPCR産物量を知ることができる(発せられる蛍光強度は,ターゲットのPCR産物量に比例する).PCRの伸長反応と熱変性のステップでは,それぞれのプローブはPCR産物から解離している(ハイブリダイズしていない)ため,FRETは起こらず,アクセプターからの蛍光は検出されない.
2. TaqMan®プローブ
TaqMan®プローブ(図4B)は,PCR産物に対してハイブリダイズするプローブである.TaqMan®プローブ上にはレポーターとクエンチャーの2つの蛍光物質が近接して標識されている.TaqMan®プローブは,PCRのアニーリング期にPCR産物上のターゲット部位にハイブリダイズする.しかし,この状態では,レポーターからの蛍光は近傍にあるクエンチャーによって消光させられてしまうために光を発することができない.
次のPCR段階に進み,Taq DNAポリメラーゼによるPCRの伸長反応が起こる.これが重要なステップとなる.このとき,Taq DNAポリメラーゼがもつ5′→3′エキソヌクレアーゼ活性によってハイブリダイズしたTaqMan®プローブが加水分解され,レポーターとクエンチャーが分離する.その結果,クエンチャーから解放されたレポーターの蛍光物質が蛍光シグナルを発することができるようになり,それを検出することでPCR産物量を知ることができる.
リアルタイムPCRによってなぜ元のDNA量が判定できるのか?
リアルタイムPCRによってDNAの増幅過程をモニタリングする方法について説明してきたが,なぜこのモニタリングによって元のDNA量が判定できるのだろうか?
理論的にはPCRは,1サイクル進むごとにPCR産物が2倍,2倍,2倍…と増えていく.つまり,2のn乗倍(2n倍:n=サイクル数)に従った指数関数的な増幅が起こる※1.この増幅をモニタリングすると,図5に示すような増幅曲線が得られる.そして,PCRに用いる鋳型DNA量が多ければ多いほど,この増幅曲線が早いPCRサイクルで立ち上がってくる.段階希釈した鋳型DNAサンプルを用いてリアルタイムPCRを行った場合,DNA量が多い順に増幅曲線が立ち上がり,さらに等間隔に並んだ曲線が得られる(図5A上).この等間隔に並んだ増幅曲線に対して,あるPCR増幅量を
リアルタイムPCRを使った定量法には,いくつかの方法がある.詳しくは第1部基本編2で解説するが,それぞれ特徴があり,実際の解析ではそれらの特徴を理解して適したものを選ぶことが大切である.
参考文献
- Nazarenko I, et al:Nucleic Acids Res, 30:2089-2195, 2002
- 「バイオ実験で失敗しない!検出と定量のコツ」(森山達哉/編),羊土社,2005
- 北條浩彦:ぶんせき,524:308-314,2018
- 「原理からよくわかる リアルタイムPCR完全実験ガイド」(北條浩彦/編),羊土社,2013