実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ:ライトシート顕微鏡実践ガイド組織透明化&ライブイメージング〜臓器も個体も“まるごと”観る!オールインワン型からローコストDIY顕微鏡まで
実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ

ライトシート顕微鏡実践ガイド組織透明化&ライブイメージング

臓器も個体も“まるごと”観る!オールインワン型からローコストDIY顕微鏡まで

  • 洲﨑悦生/編
  • 2023年12月08日発行
  • B5判
  • 203ページ
  • ISBN 978-4-7581-2268-9
  • 9,900(本体9,000円+税)
  • 在庫:あり
本書を一部お読みいただけます

序にかえて

洲﨑悦生
(順天堂大学大学院医学研究科生化学・生体システム医科学)

「ライトシート顕微鏡」という名前の顕微鏡を聞く機会が最近増えたかもしれない.名前だけ知っているけど,何にどうやって使うのかよく知らない.使いたいけど周囲に機材がない.自分の研究に必要だと思っているが高価で買えない.そのような読者の方々に,編者が知る限りにおいて日本ではじめての本格的なライトシート顕微鏡のガイド本をお届けする.各稿の執筆は,編者が信頼を寄せるスペシャリストの先生方にお願いした.読んでいただければおわかりの通り,全筆者が全精力を傾けて執筆した,とびきりに「熱い」書籍である.

はじめに

1902年にSiedentopfとZsigmondyらが概念提唱した1)「古くて新しい」ライトシート顕微鏡は,2004年にErnst Stelzerたちが蛍光イメージングと組合わせたこと2)※1,2007年にHans-Ulrich Dodtたちが組織透明化技術と組合わせたこと3)で再度脚光を浴び,顕微鏡技術の発展と生物学的応用の両輪で活用の幅を広げてきた().この顕微鏡の強みは,薄いシート照明の形成により光学断層像を生成することで,シート照明厚に応じたz解像度が得られること,3D/4Dの画像を高速に取得できること,励起面のみを照射するので蛍光消退が最低限に抑えられること,等があげられる.一方でサンプル側方から励起光を照射し,励起面に垂直な方向から撮影するという構成上,基本的には透明体(組織透明化サンプルや小型で透明に近い動物・昆虫胚など)が撮像対象となる.多くのライトシート顕微鏡,特に開発要素の強いものは,研究者が独自に構築したシステムが利用されるが,最近では便利で使い勝手のよい市販機も複数リリースされている.本書籍では実験者の目的に応じて読み分けができるように,透明化組織の撮影を前提とした前半と,ライブイメージングを前提とした後半に分けて構成した※2

しかし,この優れたデバイスを使いこなすには,サンプル調製,ラベリング,顕微鏡の取り扱い,大規模な画像データの解析といった,生物学だけではなく,物理学,化学,エンジニアリング,データサイエンスの基本的な素養の総合力が必要である.したがって,この書籍を通読した読者のなかには,内容が少し高度であったり,専門性が若干高めの記述があったりして,読みにくさを感じる方もいると思う.しかし,それはそれぞれの稿の筆者がこの顕微鏡と周辺技術の利活用に必要だと考えた理解の粒度である.読者においては馴染みのない領域であっても,怯むことなく取り組んでほしい.

※1

編者は,P. Keller らのライブ観察用ライトシート顕微鏡(DSLM)論文10)をはじめて読んだ際,ゼブラフィッシュ胚全身の全細胞が発生していくさまをタイムラプスで捉えた動画に衝撃を受け,自分のPC のデスクトップにダウンロードして毎日鑑賞していた(自分がその十数年後にこのような本の出版にかかわるとは露にも想像していなかった).

※2

Stelzer らによる近年の英文総説11)は必読.こちらのElisa らによる英文総説12)も技術的要点がコンパクトに纏まっている.

実験デザインの正しい順序

ともあれ,この本を手にとった方は,程度の差こそあれ,おそらくライトシート顕微鏡を使いたいと思っているに違いない.そこで編者からこの技術の活用に際して(そして一般的な実験デザインの考え方として)非常に重要な指摘を一番最初に行っておきたい.それは,実験デザインは逆算である,ということである.問いは何か?その問いを解くためにどういう情報を得たいのか?そのためにどういうデータを何を使って取得するのか?いつどのようなスケジュールで?コントロールは?ここまで考え抜いて実験開始!こういう思考回路の方が,「自分が必要なデータの取得にライトシート顕微鏡が必要」と考えていらっしゃるのなら,編者としては安心してこの本を読んでいただける.しかしながら,この思考回路を逆にしてしまう人が,私の経験上,かなりの数いらっしゃるようである.撮影する顕微鏡の目処が立ってないのにとりあえず文献や広告で見つけた透明化法を試してしまう(その後,それなりに透明になったサンプルを抱えて顕微鏡を探し回ることになる).とりあえずラボや研究所にあった顕微鏡でデータを撮ってみる(その後,撮ったデータでどういう解析ができてどういう情報が読みとれるかをあちこちに聞いて回ることになる).逆である.こういう情報が得たい.それにはこういうデータをとってこういう解析を行う.こういうデータはこのサンプル調製法とこの顕微鏡でとれる.じゃあその方法を使えるようにしましょう.この順番.もしあなたが,なんとなく透明にしてみたサンプルを持て余していて,この本を手にとったとしましょう.そのサンプルで何を明らかにしたいんですか?その生物学的問いの解決に,ライトシート顕微鏡で取得したデータが本当に必要ですか?

実験系の構築

もう1つ重要な指摘を.それは,はじめての実験系は「ポジコン」を使ったベンチマーキングから行うのが原則,という点である.論文でおもしろそうな実験系を見つけました.マテメソを読んでプロトコールを書き出して,いざ「自分のサンプルで」実験開始.なぜかうまくいかない.自己流のアレンジをはじめる.やっぱりうまくいかない.うーん,なんでうまくいかないのかよくわからないけど,あんまりいい方法じゃなさそう(やめてしまう).これで失敗する人も私の経験上とても多い.まずは論文の完全な再現からやってみませんか?同じサンプル,同じ試薬(メーカー,型番も),同じ顕微鏡を可能な限り準備し,論文と同等の質の結果が出るまで試してみる.はじめての実験系は,どこがキモなのか,慣れるまでなかなかわからないものである.開発者は血のにじむような努力で最適化を行い,これがベスト,というプロトコールにして論文化している.つまり,エンドユーザーが原理の理解も不十分な状態で闇雲に条件や工程を改変(改悪)すると,多くの場合パフォーマンスは落ちる.わからなければ開発者に問い合わせましょう.ほとんどの場合,喜んで懇切丁寧に教えてくれると思います.

おわりに

本書を通じて読みとれるメッセージは,「計測デバイスを自分でつくる」というマインドセットである.ライトシート顕微鏡はカスタムメイドな開発機が業界を牽引してきたし,ノウハウを共有して研究コミュニティが利用できるようにするためのオープンソース化も,早期から提案されてきた.TomancakらのopenSPIM4)はその走りであり,最近では透明化組織のフレキシブルな観察機材として提案されたmesoSPIM5)6)や,透明化(固定)組織編-6で紹介されるdescSPIM7)が提案されている.ユニークなものでは,レゴブロックを用いた顕微鏡LEGOLish8)や,3Dプリンタでユニットを形成して組合わせるUC29)なども提案されている.自らデバイスをつくると,世界で自分しか計測できないデータを取得できる強みが生まれ,オープンソース化で再現性も担保できる.このようなカルチャーは,実験研究において非常に重要で,この分野の魅力の1つと考える.

読者の先生方が本書をきっかけにライトシート顕微鏡を活用し,3次元・4次元のデータがもつ「1次元以上」の情報量を体感して,ご自身の研究手法としてとり込んでいただければ,編者としては望外の喜びである.

文献

  • Siedentopf H & Zsigmondy R:Annalen der Physik, 315:1-39(1902)
  • Huisken J, et al:Science, 305:1007-1009, doi:10.1126/science.1100035(2004)
  • Dodt HU, et al:Nat Methods, 4:331-336, doi:10.1038/nmeth1036(2007)
  • Pitrone PG, et al:Nat Methods, 10:598-599, doi:10.1038/nmeth.2507(2013)
  • Voigt FF, et al:Nat Methods, 16:1105-1108, doi:10.1038/s41592-019-0554-0(2019)
  • Vladimirov N, et al:bioRxiv, doi.org/10.1101/2023.06.16.545256(2023)
  • Otomo K, et al:bioRxiv,doi.org/10.1101/2023.05.02.539136(2023)
  • LEGOLish
  • Diederich B, et al:Nat Commun, 11:5979, doi:10.1038/s41467-020-19447-9(2020)
  • Keller PJ, et al:Science, 322:1065-1069, doi:10.1126/science.1162493(2008)
  • Stelzer EH, et al:Nat Rev Methods Primers, 1:73, 2021
  • Elisa Z, et al:Microsc Res Tech, 81:941-958, doi:10.1002/jemt.22981(2018)
  • Dunsby C:Opt Express, 16:20306-20316, doi:10.1364/oe.16.020306(2008)
  • Wu Y, et al:Nat Biotechnol, 31:1032-1038, doi:10.1038/nbt.2713(2013)
  • Chen BC, et al:Science, 346:1257998, doi:10.1126/science.1257998(2014)
  • Vladimirov N, et al:Nat Methods, 11:883-884, doi:10.1038/nmeth.3040(2014)
  • Tainaka K, et al:Cell, 159:911-924, doi:10.1016/j.cell.2014.10.034(2014)
  • Cressey D:Nature, 516:304–309, doi:10.1038/516304a(2014)
  • Nat Methods, 12:1, doi:10.1038/nmeth.3251(2015)
  • Vogt N:Nat Methods, 12:38, doi:10.1038/nmeth.3241(2015)
  • Gao L:Opt Express, 23:6102-6111, doi:10.1364/OE.23.006102(2015)
  • Dean KM, et al:Biophys J, 108:2807-2815, doi:10.1016/j.bpj.2015.05.013(2015)
  • Glaser AK, et al:Nat Biomed Eng, 1:0084, doi:10.1038/s41551-017-0084(2017)
  • Matsumoto K, et al:Nat Protoc, 14:3506-3537, doi:10.1038/s41596-019-0240-9(2019)
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