第3章 ブロック作製
1 組織の前処理
細胞や組織の状態を観察するためには,組織を数μm程度の厚みにスライス(薄切)する必要があります.組織片は,柔らかすぎてそのままでは薄切することができません.組織中の水分などをパラフィンに置換してそのままパラフィンに埋まったブロック状にしたり,凍結組織切片用の「コンパウンド」とよばれる包埋剤の中で凍結させたりすることで,適度な硬さにすることができ,薄切が可能になります.この工程を組織の包埋といいます.第3章では,第2章まででサンプリングした組織をブロックに包埋する手順を説明します.
1パラフィン包埋のための固定後の処理
パラフィン包埋を行う組織は,ホルマリンなどの固定液により(部位によっては灌流固定および)浸漬固定を行ったものを用います.図1に,固定からパラフィン包埋までの作業の流れをフローチャートにまとめました.固定後の組織の水分を,順次炭化水素の混合物であるパラフィンに置き換えるため,まずは,PBSで洗浄後に70%エタノールに置換します.この際,4℃中で長期間保存することが可能です.また,脂肪の多い組織や,胎仔のようにいろいろな組織が混在していて,溶液が置換されにくい組織の場合は,包埋の前に70%エタノール中で液を交換しながら一定の期間以上浸漬する必要があります.置換の時間が短くなってしまうと,薄切(第4章)の過程で切片をお湯に浮かべた際に切片上に水が滲み出したり,スライドガラスに載せた際にしわが入りやすくなるといった包埋不良の原因になります.またエタノール置換の操作は,固定液やPBSに由来する組織中の塩をとり除く処理も兼ねています.免疫染色やISH用のサンプルの場合は,経験的に固定後には蒸留水での洗浄はしない方がよい場合があります.
1)準備
①器具
②試薬
- PBS
- 70%エタノール
2)プロトコール
①②で用いる各溶液を組織の50倍量程度,ビーカーやタッパーなどの容器に用意する.
②第2章でサンプリングした組織が入っているカセットをそのまま溶液に入れ,スターラーでゆっくり撹拌しながら,または振盪機でゆっくり振盪させながら,各溶液に順次浸漬していく(図1).
2脱脂
脱脂とは,脳,脊髄,脂肪,乳腺,気管,皮膚,骨組織,舌,膵臓,胎仔などの脂肪の多い組織に含まれる脂肪成分を除去する方法です.包埋の工程では,水→エタノール→中間溶剤→パラフィンと置換していきますが,脂肪成分が多いと最初の工程で脂肪に包まれた水がエタノールに十分に置換されません.脱脂不良の場合は薄切時に切りにくかったり,染色性に影響が出たりします(図3).
一般的には,クロロホルムにエタノールやメタノールを混ぜた溶液で処理しますが,低毒性の溶剤G-DegreaseやG-NOXを使用して脱脂をすることも可能です.
1)準備
①器具
- 脱脂用スターラーツールセット(ジェノスタッフ社 #INT-STS-DG)
- スターラー
- 活性炭入りのマスク(クロロホルムを使用する場合は,ドラフトを使用するなど吸引しないように注意する)
②試薬
- 70%エタノール
- 100%エタノール(モレキュラーシーブスで脱水する)
- くみ出しのエタノール(99.5%,試薬特級グレード)の中にボトルの1割程度モレキュラーシーブス(富士フイルム和光純薬社 モレキュラーシーブス 3A 1/8 #133-08645など)を入れる(図4.1).最初にモレキュラーシーブスを入れる際には,少量のエタノールでモレキュラーシーブスに付着した粉を洗い流してから使用するとよい.エタノールは20~30回程度つぎ足して使用することができる.
- G-Degrease(ジェノスタッフ社 #GFR-01)
2)プロトコール
- スターラーで撹拌しながら,以下の液へと順次置換していく.有機溶媒を使用するので,図4.2のように上部をサランラップで覆い,ビニールテープで密閉させるとよい.
組織を70%エタノールで保存しておいた場合は,❸の工程から開始する.(1パラフィン包埋のための固定後の処理の項を参照)
室温にもどす. ❻100%エタノール1時間室温 ❼G-Drgrease5時間室温 (またはG-NOX9時間室温) ❽100%エタノール1時間室温 ❾100%エタノール1時間室温
◆❾までの処理を行った後,脱灰を行わない場合は,包埋の工程へ進む(CT-Pro20を使用する場合,第3槽からスタート).引き続き脱灰の処理をする場合は,以下❿の処理を行う.
3脱灰
骨や歯などの硬組織や石灰化した組織は,そのまま包埋すると硬くて薄切することができません.そのため組織からカルシウムを除去する必要があります.この方法を脱灰といいます.脱灰には,酸を用いる方法と,EDTAなどのキレート剤を用いる方法があります(表1).酸を用いて脱灰すると,短時間で処理が終わりますが,タンパク質やRNAの検出は難しくなります.そのため免疫染色やISH用のサンプルでは,時間はかかりますが,EDTAを用いた脱灰を選択します.また,昆虫の殻(外骨格)や甲殻類(エビ,カニなど)の殻などはタンパク質ですので,これらの脱灰処理では十分な効果は得られません.
1)EDTA 脱灰(ISH や免疫染色用)
①器具(酸脱灰でも共通のものを使用)
- 脱灰用スターラーツールセット(ジェノスタッフ社 #INT-STS-DC)(図4.3)
- スターラー
②試薬
- 脱灰液G-Chelate Mild(ジェノスタッフ社 #GCM-1):EDTAをベースとした,ISHと免疫染色用に調製した脱灰液
- PBS
- 70%エタノール
- 100%エタノール
③プロトコール
- スターラーで撹拌しながら組織の50~100倍量程度の以下の溶液へと順次置換していく.
◆最初の1週間は毎日,その後は1週間に2~3回程度,液を交換する.冷蔵庫内にスターラーを入れて撹拌するとよい(図4.4).
❽包埋の工程へ(CT-Pro20を使用する場合,第3槽からスタート)
2)酸脱灰(HE 染色など特殊染色用)
①試薬
- 脱灰液G-Chelate Quick(ジェノスタッフ社 #GCQ-1):塩酸をベースにした迅速脱灰液
- 中和剤G-Chelate NT(ジェノスタッフ社 #GCN-1)
- PBS
- 70%エタノール
- 100%エタノール
②プロトコール
- スターラーで撹拌しながら組織の50~100倍量程度の以下の溶液へと順次置換していく.
◆脱灰の必要日数と目安は,ラット膝関節で1~2日間程度.脱灰の状態は,剃刀などでサンプルを少し削り確認する.脱灰時間が長いと染色性が落ちるので,酸脱灰の場合,3日以内に脱灰が終了する程度の大きさにあらかじめ切り出すのが良い.
◆大きい骨は2〜3日
❿包埋の工程へ(CT-Pro20を使用する場合,第3槽からスタート)