第Ⅰ部 画像取得
第1章 画像取得のイントロ
1 なぜ顕微鏡で撮影するだけなのに光学理論まで知らなくてはならないのか?
亀井保博
(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 超階層生物学センター)
はじめに
まず,「画像取得」と「画像解析」を一冊にまとめた本書の企画意図を記しておく.本書の執筆者の多くは,日々バイオイメージングの研究支援活動としてさまざまな研究者と共同研究を行っている.また,毎年光学基礎を学ぶ顕微鏡組み立て実習※1と,生物画像解析のトレーニングコース※2を開催し,イメージング・画像解析の基礎を学ぶ機会を提供している.これらの機会において,しばしば解析にとりかかる以前の問題に直面することがある.例えば,「この蛍光顕微鏡画像を使って,発現量の定量解析をしてほしい」との依頼がある.ところが撮影条件等を聞くと,非線形の撮像データであったり,適切な方法で撮影されておらず,「提供された画像から定量解析はできない」との結論となって再度の撮像からやり直すことになる.
本書では,「画像を解析して何か主張したいときは,解析目的とその解析方法を想定した適切な顕微鏡法による画像取得が必要」というあたり前のことを書いている.しかし,生物系の研究にはこの俯瞰的な考え方があまり意識されておらず,時間と労力が無駄になっていると感じている.このような経験から,画像取得と画像解析は密接に関係することを意識しながら,それぞれの基本を学ぶ入門書の必要性を感じて本書を企画した.また,前述の実習やトレーニングコースにおいて受講者から受けたさまざまな質問や疑問を参考にして生物系研究者が見落としがちなイメージングの注意点やうまくいくためのポイントを本書の解説に反映している.各自の研究の目的に沿った画像取得と画像解析を進めるための基本を学ぶ手引き書として,研究プロジェクトの初期にイメージング実験の全体を把握するために参考にしていただければと思う.本書はあくまでも初学者向けの入門書であり,より深い原理や技術の理解が必要となる場合には,手がかりとなるキーワードや参考書籍を記載しているので,それぞれの分野の専門書を調べていただければと思う.
1第Ⅰ部「画像取得」の構成
第1章から第3章で構成された第Ⅰ部「画像取得」の内容を概説する.
まず第1章はイントロとして,光学理論を学ぶ意味や顕微鏡の選び方・試料調製,イメージングを行う際の心構えなど各論に入る前に知っておくべきポイントや全体像を把握するための知識を紹介している.
続く第2章では,光の知識の概説からはじめている.生物系の研究者には物理や数学が苦手な方も多いだろう.しかし蛍光顕微鏡を使いこなすためには外せない項目である.2章-1では光の全体像を波というキーワードを中心に俯瞰し,蛍光の本質も含めて述べつつ読み易く記載している.次に,2章-2では光学原理の基礎として,レンズを通る光の進行を理解できるように図を多用して顕微鏡の原理を解説し,続く2章-3では明視野顕微鏡の種類と使い分けを記載している.さらに2章-4で光学デバイス原理と種類,そしてデジタルデータそのものも解説している.ここまでは基礎となる.
そして,第3章で各蛍光顕微鏡の原理に移る.まずは蛍光現象の原理の解説と蛍光顕微鏡の基礎(3章-1),その後,現在一般的になりつつある蛍光顕微鏡の派生技法である共焦点顕微鏡(3章-2),二光子・多光子顕微鏡(3章-3),超解像顕微鏡(3章-4),ライトシート顕微鏡(3章-5)に関しても触れる.各解説においては,正確性に欠ける表現となる場合や,数式を出さずに説明することも多いが,生物学を中心に学んできて物理・化学・数学について十分な知識がなくても,原理・技術の全体像を掴むことを優先するための説明であると理解していただければと思う.
2光学理論や原理を知らないとおちいりやすい落とし穴の例
ここではまず本項タイトル「なぜ顕微鏡で撮影するだけなのに光学理論まで知らなくてはならないのか?」の答えにつながる事例として,知識がないことでおちいってしまいがちな落とし穴の例を紹介する.
一般に普及している一眼レフやコンパクトカメラには「画像エンジン」とよばれるブラックボックスの画像処理アルゴリズムが搭載されている.そのためその処理が施された画像を定量解析をすることは御法度なので注意が必要である.「画像エンジン」では輝度情報の処理,例えば,画像中の暗い(輝度が低い)領域では輝度変化を強調し,一方で明るい(輝度が高い)領域では明るさを抑え込むような演算を行っている.このような画像処理を通して,いわゆる「黒潰れ」と「白飛び」をなくして,階調豊かな映像に変換して,見た目に「美しい」写真が手軽に撮影できるようになっている(図1Aのc).なぜこのような「処理」を行う必要があるのだろうか.結論から言うと,画像のデータ量を抑制するためである.撮像素子の詳細に関しては2章-4をご覧いただき,ここでは概要だけを記載する.撮像素子の各素子に入った光は数値化(輝度値という)されるが,その段階は0〜255の256段階(階調)という制限がある.一般のカラーカメラの場合には,各pixelはRGB(Red,Green,Blueの3色)に分割されていておのおの8 bitの階調があり,合計で24 bitの情報量となっている.図1Bでは簡便化のため8 bit モノクロカメラを想定して紹介する.光量(入力量)に対して輝度値(出力量)は直線的(青)の特性があるが,一定量以上の入力があると飽和してしまう(白飛び).8 bitカメラの場合には255が飽和値となる.つまり,この青色直線の範囲が入力値と出力値が比例関係を保たれる範囲(ダイナミックレンジとよぶ)となる.この明暗の範囲を超えた明るさの階調を表現したい場合には2通りの方法がある.1つは階調を増やすことである.12 bitとすれば,さらに細かな明るさの違いを表現できる(図1Bの12 bit).一方でデータ量は増え(12×3=36 bit,これはRGB24 bitの4,096倍のデータ量),また印刷やモニターでの表示においても忠実に再現することが現実的でない.もう1つの方法は,画像処理で8 bit内で入力値と出力値の演算を行うことである.図1Bでは2通りの演算の例を示した.緑線はおよそ150の出力値から徐々に明るさを抑える演算であり,顕微鏡用のカラーカメラによくある方法である.また,赤線はHDR(high dynamic range)とよばれる一般用カメラに搭載されている画像エンジンである.科学の世界においてはこの画像エンジンの演算がブラックボックスであり,入力値と出力値が比例関係にないデータでの定量比較の議論はご法度であることはご理解いただけると思う.例えば,緑線のような演算であった場合には,蛍光物質の量(入力値)が50と500に対して,輝度値は50,250となる.本来10倍の量があるはずなのに,5倍と推定することは正しくない(HDRに至っては2倍程度のアンダーエスティメーションになる).
見る者に美しい印象を与える芸術的な表現は科学的な研究に必要なことだろうか? もちろん,研究においても,インパクトは重要である.新たな現象を,よりわかり易く,明確に表現するための画像として示す場合,つまり定性的な例示としては有効であろう.しかし,充分に注意して扱うべきであり,前述のような画像処理された画像から明るさ(輝度)の定量を行ってはならない.本来は,入力と出力の直線性が担保されているモノクロカメラで撮像する必要がある.その他にも,蛍光の励起光源の選択,フィルターの選択,露光時間の決定などさまざまな要素があり,知るべき基本がたくさんあるのである.
もう一つ,よくある誤った観察方法について記載する.解像度が高いあるいは細かな構造が見えてボケがない写真は美しいと感じる.したがって,できるだけ高い倍率で,解像度が高い像を得るため,生きている試料(例えば胚など)の観察に,やみくもに高倍率(63×や100×対物)の油浸レンズを選んでいないだろうか? 高倍率レンズの多くは油浸レンズである.カバーガラスに近い領域の撮影においては問題に気が付かないだろうが,カバーガラスから遠い(深い)部分を観察したり,三次元像を観察すれば問題があることに気が付くはずである.一つは像の劣化とそれに付随する輝度低下であり,もう一つは変形(z方向の距離)である.問題の本質は,「屈折率の不一致(しばしばインデックスミスマッチとよぶ)」にある.光学レンズ設計で高倍率レンズでは解像度を大きくする必要に迫られて油浸(高屈折率)を採用している(詳細は1章-2).切片を包埋した試料の場合には,浸液と同じ高屈折率の包埋材を使えば問題はないが,生きた試料,つまり,水系の試料を油浸レンズで観察することに大きな問題がある.つまり,試料の屈折率と浸液の屈折率が異なることに起因する問題であり,具体的には,深い部分の観察においてレンズの光軸付近と周辺部とは集光位置が異なり(図2A右,B左),像の輝度低下と劣化(ボケ)につながるのである(図2C).正しい使い方は,試料と同じ屈折率の浸液を使うことである(図2B右).本来は高分解能観察が目的であっても,使い方を誤った場合には逆に像の劣化を起こすことになる.この現象は同時に,光学断層像による3D立体構築時のz軸距離が不正確となり,結果としてxz像が変形することも引き起こす(図2C).輝度定量に関して十分に注意する(4章-3も参照)ことはもちろんであるが,形や距離の定量においても撮像方法によってはアーティファクトを生むことを知っておいてもらいたい.
おわりに
本項のタイトルである「なぜ顕微鏡で撮影するだけなのに光学理論まで知らなくてはならないのか?」の答えはすでにご理解いただけていると思う.ここであげた例は,研究者の技術や原理に対する知識の不足によって起こる.目的は顕微鏡像の撮影であるが,その後の解析を想定すれば十分な知識がなければ誤った結果となる可能性があるために原理の理解は必要である.本書では,生物系実験研究者を対象に,最低限の光学機器の特徴や原理,画像解析の基本原理を概説しているので,落とし穴に落ちない,あるいは落とし穴を察知できるようになり,自らの研究にイメージングを最大限活用していただきたい.次項では,自らの研究のためにはどの顕微鏡技術が適するのかの選択方法を概説する(1章-2).昨今のイメージング手法は非常に多岐にわたる技術要素が活用され,すべての原理あるいは技術的な知識を網羅することが難しいのも現実であろう.そこで,次々項では,さらに高度な原理に基づく撮像が必要になった場合の専門家との相談(コンサルテーション)における心構えを紹介する(1章-3).
参考図書
- 「達人に訊くバイオ画像取得と定量解析Q&A」(加藤 輝,小山宏史/編),羊土社,2021
- 「新・生細胞 蛍光イメージング」(原口徳子,木村 宏,平岡 泰/編),共立出版,2015