実験医学別冊:「留学する?」から一歩踏み出す研究留学実践ガイド 人生の選択肢を広げよう〜ラボの探し方・応募からその後のキャリア展開まで、57人が語る等身大のアドバイス
実験医学別冊

「留学する?」から一歩踏み出す研究留学実践ガイド 人生の選択肢を広げよう

ラボの探し方・応募からその後のキャリア展開まで、57人が語る等身大のアドバイス

  • 山本慎也,中田大介/編
  • 2024年09月13日発行
  • A5判
  • 240ページ
  • ISBN 978-4-7581-2273-3
  • 3,960(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
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2章 研究留学先を探し,オファーを獲得する

山本慎也1)2),中田大介1)
(ベイラー医科大学分子人類遺伝学部1),テキサス小児病院ダンカン神経学研究所2)

ポスドクやスタッフサイエンティストとしての立場で海外留学をするにはまず留学先の候補を見つけ,先方に連絡を取り,インタビュー(面接)を経て,オファー(内定)をもらう必要があります().これらのプロセスはコロナ禍の前後で大きな変化はありませんが,近年,米国外からの留学生の伸びの鈍化,米国内での理系学生のインダストリー志向の上昇傾向なども相まって,積極的にポスドクやスタッフサイエンティストを探しているPIが多くいるように思われます1章を参照).こうしたポジションのほとんどは明確な公募や求人票が出ておらず,各PIが信頼する同僚からの紹介や優秀な留学希望者からの連絡を待っているのが現状です.本稿では留学先の探し方から応募での過程を順を追って説明し,筆者らの経験を踏まえたアドバイスを提供したいと思います.

興味のある研究先のリストを作成する

海外留学とは現在興味を持っている分野をより広く,深く追求する場であると考える人がいる一方,大学院時代のテーマと全く関係ないが大変興味のある分野に進出する大きなチャンスであると捉える人もいます.いずれの立場であっても,今の研究分野や他分野の最新の論文を読み,業界の潮流や自分が本当にやりたいことが何なのかを日頃からよく考える習慣をつけておくことが実りのある海外留学への第一歩です.その次に,留学開始予定の約2年前から,少なくとも約1年前までに興味のある海外のラボのリストをつくることが大切です.最近の論文や学会発表で印象に残った研究,今のラボの教官・先輩・共同研究者の評判がいい教授,興味がある分野の学会やジャーナルで役員・委員を務めている先生などを羅列し,各PI・ラボに関する情報をなるべく多く集めましょう.インターネットや論文検索から得られる,留学先候補の絞り込みに役立つ情報としては以下のようなものがあります.

❶PIのキャリアステージ(若手・中堅・ベテラン)

❷ラボの規模(小規模・中規模・大規模)

❸ここ最近のプロダクティビティー(発表された論文の質や数.ラボの規模による補正が必要)

❹共同研究が多いラボか否か(他のラボとの共著論文の質・数・割合)

bioRxivmedRxivchemRxivCell Press Sneak Peekなどにアップロードされた査読前の論文の有無・内容(未発表の仕事の一端が垣間見れます)

❻ラボ出身者の進路(特にこれまで何人のポスドクや学生が独立し,PIになっているか)

❼ラボメンバー・ラボ出身者に日本人がいるか(いる場合はコンタクトを取ってみましょう)

❽研究資金の充実度(を参照)

また,留学先をリストアップし,絞り込む段階で以下の点を考慮すると良いでしょう.

情報収集にはさまざまなメディアを利用しよう!

大学や研究所の公式ウェブサイト以外にもPIやラボの情報を得る手段はたくさんあります.実際,面白みがなく硬直的な公式ウェブサイトをあまり好まない教官も多く存在し,学外で自ら立ち上げたラボウェブサイト(.eduではなく,例えば .orgや .comなどのドメインを利用)を充実させているPIも少なくありません.X/Twitter,Facebook,LinkedInなどのソーシャルメディアを通じてラボの最新研究を紹介しているPIも多い(Column 2-1参照)ので,さまざまなオンラインリソースを情報源として活用しましょう.また,1章の座談会で話題に出たように,学会などに参加して,興味のあるPIと直接対面で話をする機会をつくり,相手に好印象を与えることができれば,その後のコミュニケーションがスムーズに進む可能性が大幅に高まります.米国ではコネクションコネは自らつくり出すものであり,自分の財産であると考えられているので,積極的に行動し,ネットワークを広げましょう

大御所だけでなく実力のある若手や勢いのある中堅にも目を向けよう!

留学希望先を検討する際,その分野の大御所である研究者に目を奪われがちですが,こうしたPIは他の留学希望者からも人気があり,必然的に競争が激しくなります.また,有名な研究者ほど1人のポスドクに対し指導を行う時間が少ないのが一般的です.ですので,仮に希望する有名ラボに留学をする機会が得られたとしても,思ったほど研究の指南を受けられなかったいうことでは元も子もありません.興味のある大御所に断られた場合,そのラボから大きな論文を出し,最近独立したばかりの若手PIなどを検討するのも作戦の一つです(Column 2-2参照).また,興味深い論文を比較的短期間のうちに連発している中堅の研究者などにも注目すると,リストを充実させることができるでしょう.

大学名にはこだわるな!

日本で有名な大学は学部(Undergraduate)の評価である場合が多く,大学院(Graduate school)の評価とは異なります.特にRockefeller University,Mount Sinai School of Medicine,Baylor College of Medicine,University of Texas SouthwesternやUniversity of California San Franciscoなどのレベルの高い研究を行っている単科大学院大学は,総合大学に比べ日本での知名度が相対的に低い傾向があります.また,Cold Spring Harbor Laboratory,Janelia Research Campus,Max Plank Institutes,Salk InstituteやMayo Clinicなどの大学から独立して運営されている優秀な研究所も日本ではあまり知られていないのが実情です.US News & Reportsなどからは毎年のように大学院・研究ランキング※14 が発表されますが絶対的な指標ではありません.また米国では優秀な大学・研究所が全米各地に分散しており,大学のヒエラルキーがあまり意味をなしません.大学院留学においては大学のブランド力・ネームバリューよりもPI個人・ラボの評価が重要となることを踏まえ,自分の留学目的に合ったリストづくりを心がけましょう.

研究資金の重要性

米国で研究留学を考える場合,PIの競合的研究資金(グラント)の獲得状況を考慮する必要があります.ポスドク・スタッフサイエンティスト・Ph.D.プログラムの学生への給付金や福利厚生(健康保険など)のほとんどがPIが獲得するグラントから拠出されます.仮にあなたがフェローシップを日本や米国の政府機関や財団から確保できた場合でも,PIのグラントが少ないと資金難のため,研究室で行える実験の幅が狭まってしまいます.また,任期の途中で資金が尽きると解雇される可能性が高くなり,そうなる前に留学途中で他のラボを探し,運良く移籍先が見つかっても,新しいPIの下,また一から研究体制を整え直す必要が出てきます.したがって貴重な時間や労力を失わないためにも前もってPIのグラント獲得状況をある程度調査し,インタビューの際には口頭でPIやラボメンバーからラボの資金繰りを把握する必要があります.

インターネット上のNIH RePORTERNSF Award SearchCDMRP Search Awardsといった研究資金検索ツールを使うことで各PIのNational Institutes of Health(NIH),National Science Foundation(NSF),Department of Defense(DoD)などの米国政府機関からのグラントの取得状況を検索することもできます.また,Howard Hughes Medical Institute(HHMI)Chan Zuckerberg Initiative(CZI)Simons Foundation Autism Research Initiative(SFARI)Alzheimer’s Associationなどの医学・生命科学研究に多額の資金を援助している財団・非営利団体のウェブサイトなども参考にすることができます.また,テキサス州のがん研究資金CPRITやカリフォルニア州の幹細胞研究資金CIRMなど,州政府独自のグラントも存在することを頭に入れておくといいでしょう.最後に,PIが著者になっている論文のAcknowledgmentの項目をよく読むと,どのような資金を用いてそのラボが研究を行っているのかを垣間見ることができます.正確な情報を得るためにはPIに直接尋ねることが不可欠ですが,留学先候補リストを作成する際にこうした情報も収集する癖をつけておくとよいでしょう.

まずはコンタクトをとってみる

留学希望先リストが完成した後,先方にコンタクトをとる手段としては電子メールが一般的です.ただ,プロダクティブなPIであればあるほど,1日に百を超えるメールに目を通しては何十通ものメールを “トリアージ” しているものです.そのため,あなたが時間をかけて書いたメールを忙しいPIによく読んでもらい,候補としてのあなたの資質について時間を割いて考えてもらうためにはそれなりの工夫が必要です.

よく読んでもらえず捨てられるメールとして最も多いのが,定型文でしかないものです.例えば,“Dear Professor”(宛名に名前の記載なし)や “Dear Dr. Daisuke Nakada”(名前だけフォントやサイズが違う)という宛名から始まり,自分の過去の業績,経験のある実験系について長々と書いた挙句,先方の研究への興味はざっくりと「造血幹細胞の自己複製に興味があります」,「ショウジョウバエを使った希少疾患の原因遺伝子探索に興味があります」,などと述べるだけのものを多く見ます.実のところ,業績はCV(Curriculum Vitae,理系アカデミア向けの履歴書)を見ればすぐわかり,特殊な技能(例えば高度なバイオインフォマティクス)以外では行える実験系を強調することは大して重要ではありません.それよりも先方の研究分野に興味があることを示すため,具体例やあなたなりの展望を示すべきです.例えば「2024年のあなたのXについての論文のYのデータに興味を持ちました.このデータをもとにZを指標として新規遺伝子探索を行うと研究の幅が広がるのではないでしょうか」,「この論文で用いられているα遺伝子のノックアウトマウスのβという表現型におけるγの治療の効果を見ることに興味があります」,などの意見を示すことでPIの気を引くことができるかもしれません.たとえそれがPIの興味外であったり,技術的に困難・無理な実験の提案だとしても,この人物は自分で考えて研究を行える可能性が高い,という好印象をもらえるはずです.すなわち,いかにこのメールはPIがワンクリックで削除している他のポスドク候補からのメールとは違うか,ということをメールの本文(もしくはカバーレター)で示すかが大事です.

読者の中には海外のPIにポスドク候補としてメールを送りたいが,英語能力に自信がないために足踏みしている人も多くいると思います.英文のメールやCVは周りにいるNative Speakerや海外留学経験のある人に一読してもらい,アドバイスをもらうこともできます.また,よほど読むのに苦労するほどの英文でない限り,メールの受け手としては英文の些細なミスはこの段階ではそれほど気にしていないと思います.むしろ,英文のメールは全く問題なかったのに,後日面接で実際話してみるととても同じ人物とは思えないほど英語での会話がスムーズにいかずびっくりされることがあるかもしれません.とにかく応募の段階で最も大事なのは相手に自分のことを知ってもらうこと,および先方の研究に対するあなたの真摯な興味をアピールすることなので,英語に自信がないことを理由に躊躇することがないよう,心がけてください.

最後に,忙しいPIであれば学内やコラボレーターからの連絡といった重要なメールですら時折見落としてしまうことがあります.そのような中で,あなたが送ったメールも見落とされて数日内に返事がなくても不思議ではないので,もし返信がない場合は1週間ほど後に確認のメールを送りましょう.ただ,2~3回連絡しても返事がないのであれば,諦めて他の候補ラボに連絡をする必要があるでしょう.人事は往々にしてドライであり,先方からの返信がないことを理由に自分の資質について悩むのは無駄です.スペースや資金がないなどの理由で優秀なポスドク候補からの連絡も断らざるを得ないことが多々あります.早速次のPIにコンタクトを取ったり,同時に何名かにコンタクトを取るべきでしょう.いずれにしても,先ほど述べたメールの文面や先方の研究への興味をきちんと書き直すことをお忘れなく.

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