第1章 病態に合わせた処方の基本
2 糖尿病予防に役立つ処方は?
坂根直樹
(国立病院機構京都医療センター 臨床研究センター 予防医学研究室)
- 海外の研究報告ではメトホルミン,α-グルコシダーゼ阻害薬,チアゾリジン薬などに糖尿病発症の予防効果が認められるが,本邦で保険適用があるのはボグリボース0.2 mg/回のみである
- 一部の降圧薬(ACE阻害薬,ARB)で糖尿病の新規発症リスクが低下し,一部のスタチンで糖尿病の新規発症が増えることが指摘されている
- 処方を行う前に,糖尿病予防に向けた運動,減量,野菜摂取,節酒など糖尿病予防に向けた療養指導を必ず行う
55歳,男性,会社員.
- 【主訴】
- 高血糖.
- 【家族歴】
- 母が糖尿病(インスリン療法).
- 【既往歴】
- 特になし.
- 【内服薬】
- なし.
- 【現症】
- 身長170 cm,体重80 kg,BMI 27.7 kg/m2,腹囲92 cm,血圧138/78 mmHg.
- 【現病歴】
- 特定健診で,高血糖を指摘され受診.ライフスタイルは喫煙(1日に20本),運動不足,砂糖入り飲料1日1本,炭水化物好き.
- 【検査】
- HbA1c 5.9%,LDL-C 112 mg/dL,HDL-C 45 mg/dL,中性脂肪 215 mg/dL,AST 35 U/L,ALT 54 U/L,GGT 67 U/L,Hb 13.5 g/dL
糖負荷試験:空腹時血糖値110 mg/dL,2時間後血糖値180 mg/dL. - 【リスク(後述)】
- ・糖尿病・発症予防ツール:12.9倍,10年以内に49.7%
・糖尿病発症リスク予測シート:C判定(とっても危険)
・職域コホート:3年以内に19.3%,2倍以上
はじめに
特定健診や健康診断で,高血糖を指摘された人が来院することはよくあります.その際,血糖値やHbA1cを再検して,「血液検査の結果,糖尿病ではありません.糖尿病予備軍なので,薬を飲む必要はありません」と安易に説明してしまうと,糖尿病予防に向けてのライフスタイルの改善に取り組まなくなってしまいます.あるいは,血糖が下がると喧伝されている健康食品に手を出す人も出てきます.なかには,「糖尿病を予防する薬が何かありませんか?」と患者から尋ねられる場合もあります.そういった場合に,本邦で処方できる糖尿病薬はあるのでしょうか.また,耐糖能障害に高血圧や脂質異常症を伴っている場合,どのような薬剤を選択すれば糖尿病の新規発症を少しでも抑えることができるのであろうか,などの疑問がわいてきます.そこで,本項では,糖尿病予防に役立つ処方のエビデンスと糖尿病予防を念頭に置いた療養指導のコツについて解説します.
糖尿病予防に関する薬剤のエビデンス
糖尿病予防研究として有名な,米国で実施されたDPP(Diabetes Prevention Program,研究期間1996〜2001年)1)では,肥満を伴う糖尿病ハイリスク者を生活習慣修正群,メトホルミン群,プラセボ群の3群にランダムに割り付けて,糖尿病発症率の比較を行いました.生活習慣修正群の対象者には7%の減量と週150分の運動を目標とした16回のセッションが提供されました.メトホルミン群の対象者はメトホルミン850 mg/回を1日1回から開始し,胃腸障害がなければ1カ月後に850 mg/回を1日2回に増量しました.その結果,平均2.8年の追跡期間で糖尿病の発症率はプラセボ群が11.0%であったのに対し,メトホルミン群で7.8%,生活習慣修正群で4.8%と低下していました.プラセボ群と比較すると,生活習慣修正群では58%,メトホルミン群では31%の糖尿病発症率の低下が認められました1).ただし,メトホルミンの投与量が2型糖尿病に対する本邦の初期投与量(500 mg/日)と維持量(750〜1,500 mg/日)より若干多いことに注意を払う必要があります.
メトホルミンに加えて2),メトホルミン以外の糖尿病薬についても糖尿病予防効果について検討されています3).2017年8月24日までの43件のメタ解析(192,156人,平均年齢60歳,男性56%,BMI 30.4 kg/m2)ではメトホルミン以外にも,α-グルコシダーゼ阻害薬,脂質吸収阻害薬であるオルリスタット(日本では未承認),肥満治療薬であるフェンテルミン/トピラマート配合剤(日本では未承認)に糖尿病の発症予防効果が認められています4).さらに,ACT NOW Studyでチアゾリジン薬であるピオグリタゾンの糖尿病予防効果が報告されています5).一方,ナテグリニドは糖尿病発症リスクを増加させることが知られています.GLP-1受容体作動薬,DPP-4阻害薬,SGLT2阻害薬などは糖尿病予防効果が期待されていますが,現在のところ,直接的な十分なエビデンスが存在していません(表1).
本邦で処方可能な糖尿病予防に役立つ糖尿病薬は?
糖尿病の食後過血糖の改善にはボグリボース0.3 mg/回が用いられますが,耐糖能異常における2型糖尿病の発症抑制にはボグリボース0.2 mg/回のみに保険適用があり,その効果は41%減でした(HR=0.595[0.433, 0.818])6).なお本剤の適用は,耐糖能異常(空腹時血糖が126 mg/dL未満かつ75 g経口ブドウ糖負荷試験の血糖2時間値が140~199 mg/dL)と判断され,糖尿病発症抑制の基本である食事療法・運動療法を3~6カ月間行っても改善されず,かつ高血圧症,脂質異常症(高トリグリセリド血症,低HDLコレステロール血症など),肥満(BMI 25 kg/m2以上),2親等以内の糖尿病家族歴のいずれかを有する場合に限定することとなっています.
新規の糖尿病発症と関連する薬剤
耐糖能障害者には高血圧を伴っている場合も多いです.降圧薬のなかでは,ACE阻害薬(vs. β遮断薬 in CAPPP試験,vs. 利尿薬/カルシウム拮抗薬 in ALLHAT試験,vs. プラセボ in HOPE試験),アンジオテンシンⅡ受容体阻害薬(ARB)に糖尿病の新規発症低下の報告7)があります.プラセボと比較して,利尿薬(RR=1.20)やβ遮断薬(RR=1.48)が新規の糖尿病発症率を上昇させるのに対して,ACE阻害薬(RR=0.84)やARB(RR=0.84)は新規の糖尿病発症率を低下させます.カルシウム拮抗薬(RR=1.02)は中立です7).ACE阻害薬やARBが糖尿病発症を低下させる機序として,インスリン分泌とインスリン感受性の改善が推定されています.レニン・アンギオテンシン系(RA系)の抑制による細胞内カリウムの保持や膵臓のβ細胞の血流改善がインスリン分泌の改善に働いている可能性があります.さらに,アンジオテンシンⅡ1受容体の活性化がインスリン分泌を抑制することから,ARBがインスリン分泌に影響している可能性もあります.実際,グルコースクランプ法を用いた研究でARBがインスリン感受性を改善することが確認されています.
また,前述のDPPの延長試験でもスタチンの投与は新規糖尿病発症リスクを増加させる(OR=1.36[1.17,1.58])ことが報告されています8).18件のメタ解析でも,新規糖尿病発症率が12%増加しました(OR=1.12[1.05,1.21]).ただし,本邦でも用いられていない高用量(80 mg)のアトルバスタチン(OR=1.34[1.14,1.57])とロスバスタチン(OR=1.17[1.02,1.35])では新規糖尿病の発症率の上昇がみられましたが,その他のスタチンでは発症率に差は認められません9).一部のスタチンが糖尿病の新規発症リスクを増加させる理由として,スタチンによるインスリン分泌の低下とインスリンの感受性の低下が推定されています.
一方,精神障害のある人は2型糖尿病の有病率が高いことはよく知られていますが,統合失調症治療薬である第2世代抗精神病薬は糖尿病の新規発症リスクが高いです.その理由として,薬による食欲増加作用による体重増加・インスリン抵抗性の増大と,β細胞に対する直接作用によるインスリン分泌の低下が推定されています.
薬剤選択の余地がある場合には,新規糖尿病リスクの低い薬剤を選択することが望まれます.
糖尿病発症リスクの計算
図1に糖尿病予備軍へのアプローチの一例を示します.特定健診や人間ドックなどで高血糖を指摘され,医療機関を受診することが多いです.その結果をみて,生活習慣の改善意欲がある人とない人がいます.改善意欲がない人に対しては糖尿病予防に関する情報交換を行います.糖尿病になるとどんな合併症が起きるのか(大血管症と細小血管症),糖尿病予備軍のときから動脈硬化は進んでおり,心筋梗塞のリスクは2倍以上となることを説明します.糖尿病を駅に例えた例などを用いて,現在の状態についてわかりやすく説明するとよいと思います(図2).
糖尿病発症リスクの計算方法はいくつかあります.特定健診の結果から,10年以内に糖尿病を発症する確率を計算するツールが大阪がん循環器病予防センターで開発されており10),冒頭の症例は同性・同年齢の健康的な状態と比べて12.9倍,糖尿病になりやすい状態であり,そのまま放置しておくと10年後には約半分(49.7%)が糖尿病となることがわかります.
また,茨城県の糖尿病危険度予測シート(表2:文献12参照)11,12)を用いて計算すると,① BMIスコア(27.0-29.9⇒1.1),② 血糖値スコア(110-119⇒1.2),③ 採血時の食事状況スコア(空腹⇒1.3),④ 収縮期血圧スコア(130-139⇒1.0),⑤ 降圧剤服薬スコア(なし⇒0.9),⑥ 中性脂肪スコア(200-249⇒1.0),⑦ 喫煙スコア(あり⇒1.1)で,糖尿病リスクスコアは①×②×③×④×⑤×⑥×⑦=1.69点となり,判定は「C」(とっても危険)となりました.
また,職域コホート(J-ECOHスタディ)のデータ13)を利用して,3年以内に糖尿病を発症するリスクを計算すると,前述の症例は19.3%と同性・同年代のリスク(8.2%)の2倍以上となりました.
以上のようなリスク計算結果をもとに,患者へは「10年以内に糖尿病になる確率は50%近くあります」,「3年以内に糖尿病になるリスクは2倍以上です」「とっても危険な状態です」など対象者に合わせて説明するとよいでしょう.
糖尿病予備軍へのアプローチ
糖尿病予防への改善意欲がある人には,具体的な糖尿病予防の方法についてわかりやすく説明します.「少し痩せなさい」「ご飯を減らしなさい」「運動しなさい」などのあいまいな一言では行動変容は起こりにくいのです.運動習慣の獲得(週に150分以上),体重管理(5%以上の減量),野菜の摂取(1日に5皿以上),節酒(日本酒換算1合以下)など具体的な到達目標を提示しましょう.週に150分の運動は1日に1万歩の歩数に相当します.「1日の歩数はどのくらいですか?」「歩数で活動量を把握してみませんか?」「1日1万歩を目標に」などと歩数計の装着習慣を促すとよいです.前述の症例では,80 ㎏の体重を5%減(76.0 ㎏)すると糖尿病発症リスクは41.4%減,10%減量(72.0 kg)なら65.5%減となります.減量目標を決め,体重測定やヘルスケアアプリを用いた減量方法などを説明するとよいでしょう.生活習慣の改善がみられない場合には,生活習慣修正の強化や処方を検討します.血糖が気になる人は健康食品などに手を出しやすいです.現在,「血糖値が高めの人に適する」と表示を認められた特定保健用食品(トクホ)は約100種類あります.そのなかには,杜仲葉や桑葉などα-グルコシダーゼ活性阻害作用をもつ食品もあります.それらを購入するよりもα-グルコシダーゼ阻害薬服用を検討した方がよい場合もあります.特に,α-グルコシダーゼ阻害薬は炭水化物摂取量の多い人に効果が高いので,事前に炭水化物の摂取量について尋ねておくとよいでしょう.
以下に,糖尿病予備群の患者へのアプローチの失敗例と成功例を提示します.
- 患者さん
- :母が糖尿病でインスリンをしていて心配で….
- 医師
- :今は耐糖能障害があるだけですので,大丈夫です.(専門用語を用いた安易な説明)
- 患者さん
- :そうですか.安心しました.
- 医師
- :食事と運動に気をつけて.
- 医師
- :それでは,定期的に血液検査をしてみていきましょう.
- 患者さん
- :はい.わかりました.
- 患者さん
- :母が糖尿病でインスリンをしていて心配で….
- 医師
- :それは心配ですね.検査結果をみると今は,糖尿病の一歩手前の予備軍です.このまま放置しておくと,3年以内に糖尿病になるリスクは2倍以上ですね.
- 患者さん
- :えっ,どうしたら糖尿病にならなくてすみますか?
- 医師
- :糖尿病を予防するには,4つのポイントがあります.
- 患者さん
- :それは,何ですか?(興味深々)
- 処方例
- 耐糖能異常における2型糖尿病の発症抑制
(ただし,食事療法・運動療法を十分に行っても改善されない場合に限る)
ボグリボース1回0.2 mg 1日3回 毎食前
文献
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