第3章 ドリル2:実践編
5. 皮膚軟部組織感染症
症例
60歳代前半の女性.2年前に子宮体癌で子宮全摘術を受けた後から両下腿の浮腫が続いており,術後合併症であるリンパ浮腫と診断されていた.子宮体癌の転移巣については緩和医療を行っていた.2日前から右下肢にピリピリとした痛みを感じ,皮膚が赤く腫れてきた.本日になり,痛みで歩けなくなったため救急搬送された.アレルギー歴はない.
来院時の体温は38.5℃,血圧は150/88 mmHg,脈拍数は98回/分,呼吸数は20回/分,酸素投与1 L/分でSpO2 99%であった.身体診察では両下腿の浮腫があり,右下腿は足背から足関節にかけて全周性に発赤腫脹が確認できる.虫刺痕のような傷が足背に1カ所みられ,そこから滲出液の流出がわずかにみられる.壊死性筋膜炎を示唆する所見はない.血液培養2セットを採取し,蜂窩織炎の診断で入院とした.
- ⓐ Streptococcus spp.
- ⓑ Enterococcus spp.
- ⓒ Staphylococcus spp.
- ⓓ Moraxella spp.
- ⓐ セファゾリン
- ⓑ バンコマイシン
- ⓒ セファゾリン+バンコマイシン
- ⓓ セフトリアキソン
- ⓐ α溶血性
- ⓑ β溶血性
- ⓒ γ溶血性
- ⓓ ⓐ〜ⓒのいずれでもない
- ⓐ ベンジルペニシリン
- ⓑ アンピシリン
- ⓒ クリンダマイシン
- ⓓ バンコマイシン
- ⓐ Pseudomonas aeruginosa
- ⓑ Campylobacter jejuni
- ⓒ Campylobacter fetus
- ⓓ Helicobacter cinaedi
菌の染色性や配列は検体ごとに異なる
グラム染色像を確認すると,中央に好中球があり,視野の10時方向に球菌が複数観察できます(図21).球菌は赤みがかっているものが多く,陰性球菌と判別してしまいそうです.しかしながら陰性球菌による蜂窩織炎は通常考えにくいことから,赤みがかった陽性球菌か,あるいは脱色しすぎた陽性球菌であろうと推定できます.診断が蜂窩織炎であることも考慮すると,これはStreptococcus spp.かStaphylococcus spp.と推定します.膿などの酸性度が強い検体や貪食された菌では,菌の染色性や配列が血液培養と異なることを知っておきましょう.
血液培養検体で6連鎖以上となる「長いタイプ」の陽性球菌も,膿などで酸性度が強く発育条件がよくない検体では2連鎖や4連鎖といった「短いタイプ」として見えることがあります.また,検体の酸性度が強い場合や白血球に貪食された場合には,細胞壁の障害により脱色されやすくなる1)ため,グラム陽性菌なのに赤みがかって見えたり大小不動に見えたりすることがあります(図24).
今回の検体が白血球を含んでおり,単なる滲出液ではない膿であることを認識すれば,この球菌は実は「長いタイプ」で「脱色されすぎている」可能性を思いつくことができます.もし,短いタイプの球菌の場合はStreptococcus pneumoniaeかEnterococcus spp.が原則なのは確かですが,この2菌種は皮膚への病原性がほぼありませんので今回の起因菌である可能性は否定的です.
グラム染色検査で確認して,必要であればescalation
治療開始前にグラム染色検査で診断するだけでなく,治療効果判定にもグラム染色検査を用いることができます.有効な抗菌薬を投与すると,グラム陽性球菌なら数時間で,グラム陰性桿菌なら1〜2日で菌量が減るか消失するはずです.患者状態を慎重に観察できる時間的余裕があるならば,グラム染色で推定する菌のうち,まずは耐性菌をカバーせずに狭域に治療します.そして菌量が減っていればそのまま狭域に,菌量が減っていなければその時点で抗菌スペクトラムを広域化(escalation)する方法があります.
本症例の場合で例示すると,まずは推定される耐性菌の1つであるメチシリン耐性黄色Staphylococcus spp.をカバーせずにセファゾリン(CEZ)で治療を開始します.そして12〜24時間後にもう一度グラム染色を行い,菌量が減っていればそのままセファゾリンで,菌量が減っていなければその時点でより広域なバンコマイシン(VCM)にescalationします.このように症例ごとにきちんとした重症度の評価,慎重な経過観察を行えば,バンコマイシンなど広域抗菌薬を温存することができる可能性があるのです.なお,セフトリアキソン(CTRX)は陽性球菌に加えてEscherichia coli(大腸菌)などの陰性桿菌をカバーすべき症例か髄膜炎で選択される薬剤ですので今回の症例には不適です.
最初から菌名が判明している症例はほとんどありません.ですから,治療に用いた抗菌薬が起因菌をカバーできていないという可能性は確かにありうることです.しかし,その可能性を過度に心配し,重症度や緊急度にかかわらず広域抗菌薬で治療開始してしまう「とりあえず広域に」といった診療が時に見受けられます.この方法は多くの菌(または幅広い菌)に対応できる長所がある一方,耐性菌が選択される,あるいは耐性菌がつくられる原因にもなってしまう短所もあります.「菌名と感受性に合わせてde-escalation」を行うことでどうにか短所を補えるものの,「とりあえず広域に」と治療している限り,どうしても耐性菌が増えてしまう懸念があります.だからこそ,耐性菌を減らすための手段として「グラム染色検査で確認して,必要であればescalation」をおすすめします.
レンサ球菌属の菌名の推定に溶血性を利用する
レンサ球菌属(Streptococcus spp.)はその溶血性によってα溶血性,β溶血性,γ溶血性の3種類に分けられます(表15).α溶血性は血液寒天培地を緑色に変色させるもの,β溶血性は透明にするもの,γ溶血性は変化がないものを指します.
今回の血液培養検体のグラム染色像では6連鎖以上の球菌が確認でき,「長いタイプ」のStreptococcus spp.であろうと推定できます(図22).菌体のうちの1つや2つではなく,すべてに赤みがかっているように見えます.よく見ると背景の赤血球の細胞膜が全く見えず,強く溶血していることがわかります.このタイプのレンサ球菌を見たらβ溶血性レンサ球菌と推定します.真にβ溶血性を示すかどうかは血液寒天培地に塗り直してコロニーの周囲の溶血性で確認するのが正しいのですが,菌が検出された血液培養ボトルの外観で溶血が強いことを推測することもできます(図25).例えば,図25aのボトルは赤血球の影響でガラスが濁っているため,すりガラスを通してみたように,ボトルの向こう側にある格子模様が見えません.しかしβ溶血性レンサ球菌が発育した図25bのボトルは赤血球が溶血しているために透き通って見えるので,向こう側にある格子模様が明瞭に見えます.
β溶血性レンサ球菌は原則としてベンジルペニシリンに感受性と覚える
β溶血性レンサ球菌は,強い組織破壊性と強い炎症を起こします.しかし,その凶暴さにもかかわらず,ほぼすべての株がベンジルペニシリンに感受性を有しているのが特徴です.実際に,Streptococcus pyogenesは世界中でペニシリン耐性株が存在しませんのでベンジルペニシリンは100%感受性です.さらに,国内のStreptococcus agalactiaeは約99%が感受性です2, 3).つまりレンサ球菌がβ溶血性であるとわかった段階でベンジルペニシリンが第一選択薬となります.重篤なペニシリンアレルギーのある症例ではクリンダマイシン(CLDM)やバンコマイシンが第二選択薬として使用可能です.一般的には溶血性の強さが病原性の強さを表すことが多く,β溶血性レンサ球菌感染症は劇症化を示すことがあります.β溶血性レンサ球菌による感染症でショック症状を伴うものの一部は「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(5類感染症)」として感染症法に基づく届出が必要になりますので,届出の必要性の確認も忘れないようにしましょう.ちなみに,α溶血性であるにもかかわらず例外的にβ溶血性レンサ球菌と同等以上の強い病原性を示すのはStreptococcus pneumoniaeです.
らせん桿菌のHelicobacter cinaediを知っておこう
グラム陰性の,細くてとても長く,波線のように見えるこの菌は,らせん桿菌の一種です(図26).その特徴的な形態からHelicobacter cinaediと推定します.写真だけではわかりづらいので,模式図も示します(図26b).
検出自体が稀な菌で,一般的な培養ではなかなか発育しづらいことから,特徴的なグラム染色像をもとにした臨床診断がとても大切になります.本菌が報告された当初は,免疫不全者での感染例やペットからの感染が疑われる例の報告がありました.しかし,近年はそういったリスク因子がなく本菌による感染症を起こした症例報告もあります.Helicobacter cinaedi感染症の約30%は蜂窩織炎で,比較的突然発症の高熱とともに四肢の紅斑(全周性よりは斑状)をきたし,血液培養で菌血症を契機に診断されることが多いとされています4, 5).グラム染色像を知っていると「得する」菌の1つです.
本症例はStreptococcus dysgalactiae subsp. equisimilisによる蜂窩織炎・菌血症でした.セファゾリンの点滴静注で治療を開始し,翌日にはベンジルペニシリン(PCG)にde-escalationしました.
入院5日目には,痛みは残るものの歩行可能となりました.自宅で過ごしたい患者の希望を最優先するため,同日,アモキシシリン(AMPC)に経口スイッチのうえ退院とし,合計14日間の治療を行いました.
引用文献
- McClelland R:Gram’s stain:the key to microbiology. MLO Med Lab Obs, 33:20-22, 25-28;quiz 30-31, 2001
- 厚生労働省:公開情報2019年1⽉〜12⽉ 年報(全集計対象医療機関:2038施設)院内感染対策サーベイランス検査部門 【外来検体】.データ集計日 2020年04月06日,公開情報掲載日 2020年06⽉26⽇
- 「M100 Performance Standards for Antimicrobial Susceptibility Testing, 30th Edition」(Clinical and Laboratory Standards Institute:CLSI),2020
- Shimizu S & Shimizu H:Cutaneous manifestations of Helicobacter cinaedi:a review. Br J Dermatol, 175:62-68, 2016
- Shibazaki S, et al:Unique Cellulitis:Helicobacter cinaedi. Intern Med, 57:1183-1184, 2018