第1章 今,なぜ倫理コンサルテーションなのか?
2 コンサルテーションチーム活動が目指すもの
神尾正子1),野口善令2)
(元
名古屋第二赤十字病院1),豊田地域医療センター総合診療科2))
1なぜ倫理コンサルテーションチームが必要なのか
「なんか変だな?」「本当にこれでいいのか?」「本当に患者さんのためになるのか?」
日常の臨床場面で直感的に感じるこのような思いを,実は何度も経験しているのではないだろうか。モヤモヤした思いを抱きながらも,その対処方法が見つからないまま目の前の処置に追われていると,時間の経過とともに疑問に思ったことは薄れてしまい,深く考えないうちに時が流れてしまう……。モヤモヤした疑問は,個人的な問題のまま残ったり,あるいは部署内だけで処理されたり,ということもあるだろう。
現代の医療は複雑になり,非常に難しい問題を抱えている。それが引き金となって大きな事件となる危険性も孕んでいる。それを未然に防ぐためには,部署を超えて関係する人々に相談することが必要なのである。
モヤモヤとした思いは,カタチにすることが必要である。言葉にして伝えてみること。それが,「相談」である。1つの部署の「問題」と考えられていたことが実はそうではないということに気づき,医療スタッフ全体の問題として話し合うことこそが重要である。そのことに気づいたときに,名古屋第二赤十字病院の「臨床倫理コンサルテーションチーム」が誕生した。
人は,自分が倫理的と信じているものに反した行為を見聞きした際に,反感,嫌悪感,怒りなどの強い感情を抱くことが多い。これが倫理的葛藤・ジレンマとよばれる状況である。葛藤の原因となった医療現場の状況が個人の力で解決できない場合には無力感,罪悪感を避けるために倫理的な問題にあえて気づかないように無意識に抑圧することもある。これ以外にも,何が問題かは認識できていないがなんとなくモヤモヤした割り切れない感じを抱く,全く何も感じないなど,医療従事者の倫理に対する感度レベルはさまざまである。
倫理的葛藤・ジレンマが生まれる原因は,つまるところ価値観の対立である。人々は人間として普遍的な倫理観をもつように思われるが,現実には,万人が共有する共通の倫理観というものはない。それぞれの個人の生い立ちや経験,所属する組織,コミュニティ,職種グループの文化などによって育まれた価値観に基づく異なった倫理観をもっている。この異なった価値観・倫理観が,患者・家族と医療者,あるいは医療者同士の間でぶつかり合って生じるのが,医療の現場での倫理的ジレンマの実体である。
臨床倫理コンサルテーションは,思考以前のモヤモヤした感情を言語化して,他人の価値観を尊重しながら,現実的な解決策を生み出す作業でもあるので(図),このような個人レベル,組織レベルで葛藤,軋轢を生む原因になりうる価値観の衝突を解決するのに有効であり,医療現場のスタッフの心理的な苦しさを緩和する可能性を秘めている。また,自分とは異なる他者の価値を尊重しつつ,自分の価値も尊重してもらいながら解決策を探るプロセスは,医療者に満足感を与えてくれる。忙しい医療の現場で,人的,時間的な負担があるにもかかわらず,当院の臨床倫理コンサルテーションチーム活動が持続可能になっているのは,この効用が,コンサルテーションチーム,現場の両方で実感できているためであろう。
とはいえ,病院内倫理コンサルテーションサービスへの必要性の認識と期待は,すでに2005年に長尾らの調査で明らかにされている1)。この調査では「院内で倫理コンサルテーションが行われる必要があるか?」の質問に対する回答は
であり,「ある」の理由は
- 第三者として客観的に問題を分析し論点を整理してほしい
- 医療不信を軽減させたい
- 医療訴訟を未然に防ぎたい
- 医師と患者,家族間のコミュニケーションの調整をしてほしい
などであった。
必要性についてはずっと以前から認識されているのに,最近まで体制をつくって実践にうつすのが困難であったということであろう。そこで,病院内倫理コンサルテーションサービスを立ち上げて,運営していく具体的なガイドとすべく本書を企画した。
2倫理コンサルテーションチームへの相談と議論
“倫理的である”とは「これでいいのか?」「これで正しいのか?」といった行為の正しさや良さを問うことであり,よりよい解決のためにともに努力することである。こうしたことは医療行為にも当てはまる。
問題解決にあたり大切なことは,一人の問題や一部署の問題にしないことである。もし,オープンにしたくない風土があるとしたら,そのこと自体が問題なのかもしれない。一人のモヤモヤとした思いを受け止めることのできる場が「ある」か「ない」かは,医療スタッフのこれからを決定するといっても過言ではない。
早急な意思決定が求められる臨床現場において直感は大いに役立つ。しかし,個人の直感に頼るだけでは解決できない問題にも多々遭遇する。こうした場面に対し,適切に解決するためにともに筋道を立てて考えることが大切である。
倫理コンサルテーションチームでは,相談を受けると問題を明らかにして,倫理的な考え方に則って相談者と援助者がともに考えていく。そのことにより,よりよいと考えられる結論に至るところに狙いがある。誰のために議論をするのか,問題はどこにあり,何なのか,という本質を見失わないことが重要である。
議論をするうえで重要なことは,医療者間に権威の勾配がなく,対等・平等な関係であるということである。すなわち,相手を尊重する態度が求められる。もちろん,それぞれのスタッフが倫理的問題を説明できる力や相手が納得できるように論理的に主張する技術も身につけるように努力しなければならない。
3倫理コンサルテーションチームの活動
通常なら他人に相談しにくい事柄が,なぜ,倫理コンサルテーションチームになら相談できたのだろうか。相談者からの回答は,「活動を理解している」「盾になってもらえる」「上司の勧めがあったから」「以前相談してよい体験をしたから」などであった。何よりも相談して「よかった」という相談者の気持ちが大切なのである。
「相談してよかった」と実感してもらうために,倫理コンサルテーション活動には,①「早い対応」,②「相談(依頼)しやすさ」,③「実行性のある助言や支援」などが求められる。
では,倫理コンサルテーション活動は,どのようにして行われるのだろうか。
まず,依頼が入ると担当者が現場に向かう。その際,対話のルールが守られ,医療者間の対等・平等な関係が保たれることが大切である。現場のスタッフが一方的に責められるようなことがなく,ともに考えともに解決することができるようなチーム活動でなくてはならない。最終的に依頼者に「相談してよかった」と思ってもらえるように,ともに考えるプロセスが互いの成長につながることを目指していかなければならない。
現代は,価値観が多様化し,かつ高度な医療が求められる時代であり,臨床現場においては,思いもよらない倫理的な問題も発生しかねない。「倫理コンサルテーションチーム」の活動は,そうした倫理的問題の芽にいち早く気づき,拾い上げることができる体制そのものなのである。
4倫理コンサルテーションチームの役割
倫理コンサルテーションチームでは,医療に携わる多職種のスタッフが多様な倫理的視点をもって活動している。職種によってものの見方は異なるが,その違いを尊重していかなければならない。その一方,倫理コンサルテーションチームは「共有できる倫理視点」を創出しなければならない。そのためには,①広く職員全体に向けた倫理学習,②倫理コンサルテーションチームスタッフの学習や研修が望まれる。
当施設では,私たちチームの存在や活動を認知してもらうために,まずは「倫理コンサルテーション」を行う部門があることが職員に紹介された。全職員に向けた講演会が行われ,また職員が携帯する「職員ハンドブック」にも掲載された。医療において生じる倫理的問題で困っているときには,ここに相談ができ,解決に向けてチームが援助するという体制になっている。
こうしたことが日常の臨床場面で当たり前のようになったときに初めて医療現場のレベルは上がり,日常的な倫理的問題に対応できるようになり,最終的な目標である医療の質の向上につながる。
今日,医療の倫理として,医療の実施にあたっては患者・家族への適切な説明責任(情報の共有・理解・技術の正しさ)も求められている。倫理コンサルテーションは,患者・家族に寄り添う医療者の役割やその大切さを再認識させる働きでもある。
医療者側に「対話の文化」が定着し,医療者同士がお互いを尊重し,お互いの尊厳を守ることは,ひいては患者・家族の尊厳を守ることにつながっていく。
文献
- 長尾式子,他:日本における病院倫理コンサルテーションの現状に関する調査.生命倫理,15(1):101-106, 2005