救急/プライマリ・ケアの骨折診療スタンダード 原著第4版

救急/プライマリ・ケアの骨折診療スタンダード 原著第4版

  • 仲田和正/監,舩越 拓,吉田英人/翻訳,M. Patrice Eiff,Robert L. Hatch/編
  • 2022年03月04日発行
  • B5判
  • 480ページ
  • ISBN 978-4-7581-2386-0
  • 8,800(本体8,000円+税)
  • 在庫:あり
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6 橈骨と尺骨の骨折

共同執筆者:Charlie Michaudet

橈骨遠位端骨折は,最も一般的な骨折の1つであり,そのなかでも最も身近なものはColles骨折である.Colles骨折は1814年にはじめて提唱された.提唱者のColles氏は,このタイプの骨折は安定したもので,通常は良好な転帰が得られると考えていた.しかし,近年多くの知見から良好な転帰を得るためには,骨折のパターンに応じた注意深い評価と治療が必要であることがわかってきた.橈骨遠位端骨折の解剖および自然経過を熟知することが,適切なマネジメント・紹介のために必要不可欠である.橈骨骨幹部および尺骨骨幹部の骨折は一般的に転位しやすく,不安定な骨折である.また多くの症例で手術加療を要する.転位のない関節外での橈骨遠位端骨折や尺骨骨幹部の単独骨折はプライマリ・ケア医師によって適切にマネジメントすることができる.骨折整復の経験が豊富な医師は,骨折による転位を正確に評価し,フォローアップとリハビリテーションに細心の注意を払うことで,転位したColles骨折を安全にマネジメントすることができる.橈骨遠位端骨折は小児や青年によくみられ,ほとんどの場合,問題なく治癒する. 橈骨および尺骨骨折の治療における,シュガートングスプリント・長上肢ギプス・短上肢ギプスの手順については付録を参照のこと.

橈骨遠位端骨折(成人)

解剖学的考察

橈骨遠位部には3つの独立した関節が存在する.橈骨遠位端の関節面には,舟状骨窩と月状骨窩という2つの窩があり,近位手根骨である舟状骨および月状骨と結合している.尺骨切痕は凹状の溝で,遠位尺骨と関節を形成し同部位を安定させている.橈骨遠位端の内側は,三角線維軟骨複合体(TFCC)を介して尺骨遠位端・三角骨・月状骨に結合している.TFCCは,三角線維軟骨・尺骨手根半月板・尺骨月状骨靱帯で構成されている.この構成要素は,橈骨遠位端骨折にしばしば合併する尺骨茎状突起骨折の原因となる.

橈骨遠位端骨折の評価では,4つの解剖学的測定が重要である(図6.1).

前後像では,橈骨遠位端の関節面の傾斜または橈骨傾斜(radial inclination)は約25°,橈骨遠位端長は橈骨茎状突起先端を通る線と尺骨関節面までの距離(訳注:橈骨長軸に垂直な線のこと)の間の距離を指し,約1 cmである.また,橈骨関節面の中心は尺骨関節面より1〜2 mm遠位にある.

橈骨関節面の中心と尺骨関節面の長さの差を尺骨変異(ulnar variance)と呼び,尺骨関節面が橈骨関節面の中心よりも遠位にある場合を尺骨プラス変異(ulnar plus variant)と呼ぶ(訳注:原著ではpositive ulnar varianceと記載).この所見は異常であり,正常な手関節の機能が妨げられる可能性がある.側面像においては,橈骨遠位端に約10°のわずかな掌側傾斜がみられる.正中神経と長母指伸筋腱は橈骨遠位部に近接しており,橈骨遠位端骨折に付随して傷害を受ける可能性がある(図6.2).

分類

歴史的に,橈骨遠位端骨折の分類方法は1967年にFrykmanが提唱したものが最も一般的である(図6.31).I型とⅡ型は関節外骨折,Ⅲ型とⅣ型は橈骨手根関節に骨折が及ぶ関節内骨折,V型とⅥ型は橈尺関節に骨折が及ぶ関節内骨折,Ⅶ型とⅧ型は橈骨手根関節と橈尺関節の両方に骨折が及んだ関節内骨折である.偶数番の型は,橈骨遠位端骨折に加えて尺骨茎状突起骨折を合併していることを表している.Frykman分類は,橈骨遠位端骨折の状態説明と治療アウトカムの評価に有用であり,Frykman分類の数字が大きいほど予後が悪化する可能性が高くなる.

不安定な骨折のサインとして,背側への転位が20°以上あること,著しい粉砕骨折,10 mm以上の橈骨短縮などがあげられる.一方で安定した骨折は一般的に関節外骨折で,転位は最小限から中程度とされ,整復した際に再転位することがない.

損傷のメカニズム

橈骨遠位端骨折の原因で最も多いのは,手関節を伸展させた状態で,上肢を伸ばして転倒することである.また,Colles骨折の60~70%が閉経後の女性に生じている.10~15%は,若年患者において激しい損傷によって起こり,月状骨が橈骨に打ち込まれ,強い力で「打ち抜き」された橈骨骨折(ダイパンチ骨折)が生じる.

急性期治療

初期評価

患者は典型的な受傷機転および手関節の疼痛・腫脹を訴える.診察では特に背側で明らかな手関節の腫脹と皮下出血がみられる.Colles骨折による転位は,手や手関節の外観からフォーク状変形と呼ばれている.圧痛点は手関節の背側に存在し,可動域(ROM)は疼痛によって制限される.母指・示指・中指の手掌側の知覚を確認することで正中神経の機能を評価できる.毛細血管再充満時間が2秒以内で,橈骨動脈の拍動が十分であることも確認する必要がある.肘部を触診し,関連する障害がないか検索を行う.同様に舟状骨(嗅ぎたばこ窩)や他の手根骨を触診し,手根骨・靱帯の損傷がないか確認する.

緊急時での対応

開放骨折,神経血管障害,皮膚の突き上げ(テンティング)やコンパートメント症候群があれば,緊急で整形外科にコンサルトを行う.専門医による治療がすみやかに受けられない場合であっても,骨折の転位に伴うテンティングや神経血管障害に対しては,十分な鎮痛や局所麻酔(後述)を行った後,すみやかに整復を行うことで改善することが多い.局所麻酔が検査に支障をきたす可能性があるため,投与前に神経学的機能を必ず評価する.ベッドサイドでの非観血的整復を行ったがうまくいかない場合(自然に再転位してしまう場合)には,外科的介入が必要な不安定型骨折の可能性が高いため,帰宅させる前に整形外科へのコンサルトを行うことが望ましい.嗅ぎたばこ窩の圧痛が認められる場合は,第5章で解説する舟状骨骨折を疑った場合の治療方針に従う.

画像診断

橈骨遠位端骨折の画像評価には,手関節3方向の撮像(前後像,側面像,斜位像)が必要である.前後像では,橈骨遠位端尺側傾斜・橈骨遠位端長,尺骨変異を調べ(図6.1A),側面像では,橈骨遠位関節面の掌側傾斜を評価する(図6.1B).

橈骨手根関節と遠位橈尺関節(DRUJ)では,骨折が関節内にまで及んでいるかどうかを調べる必要がある.同様に,粉砕・重度の転位・2 mm以上の関節面のずれなど,リスクの高い所見の有無も確認する.転位を合併している場合は,Barton骨折またはHutchinson骨折(それぞれ後述)が存在している可能性がある.Colles骨折は関節外骨折(Frykman I・Ⅱ型)で,通常は橈骨遠位端の関節面から2 cm以内に生じる.この骨折では,掌側の骨皮質は引張力によって破壊され(sharp fracture),背側の骨皮質が圧縮によって破壊される(dorsal comminution).典型的なColles骨折では,遠位骨片は背側かつ近位側に転位する.また,橈骨遠位端尺側傾斜の角度は減少し,橈骨遠位端長は短縮する.通常みられる掌側傾斜は消失するか,逆に背側傾斜となる(図6.4).

尺骨茎状突起骨折・舟状骨骨折・月状骨骨折などをはじめとした橈骨遠位端骨折に随伴した骨折の画像評価も行う.手関節を支える靱帯の損傷によって,舟状骨と月状骨の間に解離が生じることがある.これは画像上,舟状骨と月状骨間隔の拡大として捉えられ,Terry Thomasサインと呼ばれる(第5章 図5.12参照).コンピュータ断層撮影(CT)は解剖学的な解像度に優れ,複雑な骨折,特に関節内への進展を伴う骨折の評価に有用である.また,骨折が疑われるがX線画像ではわからない場合にもCTは有用である.磁気共鳴画像(MRI)は軟部組織のコントラストに優れているため,骨折に随伴する靱帯損傷・腱損傷・軟骨損傷・TFCC損傷をより厳密に評価することができる.

治療方針

コンサルト・紹介の適応
緊急の診察(評価より30~60分以内)

開放骨折,急性神経障害,皮膚のテンティング,コンパートメント症候群,または血管障害のある患者は,緊急に整形外科医の診察を受ける必要がある.専門家による治療が迅速に受けられない場合でも,転位の大きい骨折に伴うテンティングや神経血管障害は一般的に十分な鎮痛や局所麻酔(後述)を行った後,早期に骨折を非観血的に整復することで改善できる.

整形外科への紹介(評価より2〜3日以内)

転位した骨折で,整復が必要にもかかわらず医師がそれを行うことに不安がある場合は,24時間以内に整形外科へ紹介し整復を行うことが望ましい.整復に慣れた医師であれば橈骨遠位端骨折の多くは対応が可能である.一方で,橈骨遠位端骨折のなかには不安定なものもあり,そのような場合はいったん整復できたとしても再度転位してしまう可能性が高い.このような骨折に対しては整形外科手術による治療が最適である.どのような画像所見や臨床所見が外科的評価を必要とするかについての十分なエビデンスはない.既存のスコアリングシステムは骨折の不安定性を過小評価してしまう可能性があるという研究もあり,十分に注意して使用すべきである2).なお,以下の所見がある骨折は原則的に紹介が必要である:粉砕骨折・関節内に及ぶ骨折,20°以上の背側への転位,橈骨の横幅の2/3以上の転位,橈骨の5 mm以上の短縮,5 mm以上の尺骨変異(つまり尺骨関節面が橈骨関節面の中心よりも5 mm以上遠位にある場合)3,4).その他,一般的に手術による固定が必要となる骨折には,脱臼骨折・手根骨や靱帯の損傷を伴う骨折・転位のある関節内骨折(すなわち,関節面に2 mm以上の段差がある骨折)・大きな転位骨片を伴う尺骨茎状突起骨折の合併・掌側転位を伴う骨折(Smith骨折,後述)などがある.患者特性は手術療法か保存療法かの選択にも影響する.“ニーズの高い患者”(活動的な患者で利き手を負傷した場合など)は,満足いくアウトカムのために手術を必要とする可能性が高い.一方で,たとえその骨折に対して一般的に手術が望ましい状態であったとしても,高齢の患者,特に手術リスクの高い患者では手術を避けることが好ましいこともある.この一般的なプラクティスは70歳以上の不安定な撓骨骨折を受傷した“ニーズの低い患者”を対象とした1件の小規模研究で検証されている.約5年間のフォローアップの後,アライメントは手術群の方でよりよい結果となったが,機能面および主観的なアウトカムは両群で同等であり,ギプスによる治療の方が痛みは少ないという結果であった5)

初期治療

橈骨遠位端骨折(Colles骨折)のマネジメント指針を表6.1に示す.

橈骨遠位端骨折の治療は,骨折のパターン・骨質・機能に対する患者のニーズ(年齢・利き手・職業・趣味・活動度)・付随する損傷(正中神経の圧迫・手根骨骨折,肘部骨折など)など,いくつかの重要な要素によって個別に検討する必要がある.不安定性のない骨折に対しては,現在でも非観血的整復とギプス固定が標準的治療である.

転位のない関節外骨折(FrykmanⅠ・Ⅱ型)

転位のない,もしくは転位が非常に小さい関節外骨折を受傷した患者はいくつかのタイプの副子の1つを用いて初期治療を行う6).骨折の急性期に全周性のギプスで固定してしまうと,虚血や手根管症候群のリスクが増加するため,ギプスがシャーレのように分割されていない限り,装着すべきではないとされている.前述のような,不安定性もなく,転位もない骨折の場合,きちんと型をとった「クラムシェル」スプリント(訳注:二枚貝のような副子)の使用で十分である.実際,副子の使用は成人における1つの研究と小児におけるいくつかの研究(後述)によって支持されている7).クラムシェルスプリントは肘付近から手掌皮線まで伸びる掌側副子と肘付近から中手関節(MCP関節)まで伸びる背側副子の2つの別々の要素からなる.きちんと型をとったシュガートングスプリントを代わりに用いることで,非常によい安定性を得ることもできる.シュガートングスプリントは近位の手掌皮線から掌側の前腕,肘を回って背側のMCP関節に戻るような手関節・前腕の副子である.肘は90°に屈曲させ,前腕は回内-回外の中間位に,手関節も屈曲-伸展の中間位にする.この副子における各段階の装着方法の詳細は付録を参照のこと.患者には患肢を挙上したまま肩と手指の自動運動による関節可動域訓練をすみやかに開始させ,3〜5日以内の再受診を指示する.

転位のある関節外骨折(FrykmanⅠ・Ⅱ型)

転位のある関節外骨折における非観血的整復は十分な麻酔を行ってから試みる.複数の整復法を比較した研究によると,それらの効果には差がないとされている8,9)

多くの転位のある骨折では鎮痛薬の静脈投与・筋肉内投与に加え,血腫ブロック(方法は第4章で説明)を行うことで十分鎮痛が可能である.ときにBierブロックや腋窩神経ブロックが必要な場合もある.Bierブロックは非観血的整復において優れた麻酔効果を発揮し,また簡単に行うことができる.小児患者を対象とした2つの大規模な研究では,Bierブロックと意識下鎮静法を比較している.これらの研究によると,Bierブロックは安全かつ効果的であり,意識下鎮静法と比較して,帰宅までの時間の短縮とコストの削減につながったとされている10,11).Bierブロックを行うには,まず静脈留置針を手背の表在静脈に挿入する.次に腕を挙上させ,弾性包帯を遠位側から近位側に巻くことで血液を中枢へ押し戻す.血圧計のカフを上腕に装着し250 mmHgまで加圧させる.この際,カフが勝手に減圧しないように細心の注意を払う必要がある.Bierブロック専用のカフを用いるか,エアリークを防ぐためにチューブをクランプするのがよい.カフ圧を固定した後に,弾性包帯を除去する.腕を心臓の高さまで下げ,0.5%リドカインを20〜40 mL(2 mg/kg,最大40 mL/時まで)を静脈投与する.針,もしくはカテーテルを抜去する.通常5〜10分程度で腕部の麻酔は完了する.ターニケットの加圧による痛みを防ぐため,2つ目のカフを1つ目のカフより遠位側に装着・加圧し,1つ目のカフを減圧することもできる(訳注:2つ目のカフを巻く位置は麻酔薬によって鎮痛されているため疼痛が軽減される).ただし,カフは最低でも20分間は加圧したままにしておくこと.これよりも短い時間でカフが減圧されてしまうと中毒量のリドカインが全身循環に回ってしまう可能性がある.したがって,リドカインによる局所麻酔中毒を治療するための薬剤と器具を準備しておく必要がある.また,ブピバカインのような長時間作用型の局所麻酔薬はこのタイプの局所ブロックに対しては決して使用してはならない.

フィンガートラップを用いた整復法

肘を90°に屈曲させ,前腕の回外-回内を中間位にした状態で,母指・示指・中指に牽引を加える.ストッキネットを用い,腕に5〜10ポンド(訳注:約2.2〜4.5 kg)の牽引を5分以上かけてから整復を行う(図6.5A).術者の母指を遠位骨片の背側に位置させ,残りの指は骨折線のすぐ近位の掌側前腕に置く.その後,遠位骨片を遠位側・掌側・尺側に押し込み,Colles骨折でしばしばみられる背側への転位と橈骨の短縮を整復する(図6.5B).整復後,正中神経の機能を評価し,前述のシュガートングスプリントを装着し整復位を保持する.整復位を保持するために手関節を15°掌屈させ,10〜15°尺側に変位させ,わずかに回内させて固定することが推奨される12).ただし15°以上掌屈して固定すると,急性の手根管症候群13)や複合性局所疼痛症候群(CRPS) 14)のリスクが上昇する.副子固定を行う際,3点支持になるよう愛護的にモールディングを行うことで整復位を維持することができる(訳注:後述の図6.12参照).

フィンガートラップを用いない整復法

フィンガートラップを用いることができない場合,非観血的整復は助手のサポートのもと行うことになる(図6.6).助手は患者の肘を保持し,対抗牽引(カウンタートラクション)をかける.術者の右手と母指で遠位骨片に縦方向の牽引をかけている際,前腕は回外位とし,術者の左手で保持する.回外位の状態で一旦背側への転位を促すことで整復時の骨折部の嵌入を軽減する.それに続いて,前腕と手関節を回内することで整復が行える.左手は静止した状態で,右手だけで回内(訳注:掌屈)を行う.この操作によって手関節は尺側に変位し,遠位骨片の橈側・背側の傾斜が正しい位置に整復されるようである.整復後,正中神経機能の評価を行い,前述のように腕部を副子で固定する.

整復後はX線写真を撮像する.このとき,背側の橈尺関節のアライメントを評価するため,真横からの撮像も行う15).この面のアライメントが不整である場合は遠位橈尺関節の脱臼を示唆しており,整形外科への紹介が必要である.整復術の目的は長さ・アライメント・関節面の整合性を正常に回復させることである.適切な整復を行うには橈骨遠位部の関節面が背側に傾いていないこと,橈骨の短縮が3 mm以下であること,骨折片の転位が2 mm以下であることが必要とされる.これらの基準を満たしていない場合は再度,非観血的整復を試みるべきである.整復後は患肢を挙上させ,肩と手指の自動運動による関節可動域訓練をすみやかに開始させ,2〜3日以内の再評価のための受診を指導する.非観血的整復術で十分な整復が得られない場合は,前述の通り腕部を副子固定した後に整形外科へ紹介する必要がある.ガイドラインによると,整復後のX線写真で10°以上の背側への転位・3 mm以上の橈骨短縮・2 mm以上の関節内転位や関節面のずれがみられた場合は手術加療が推奨される15)

関節内骨折(Frykman Ⅲ~Ⅷ型)

正中神経の機能に異常がない場合は,骨折をシュガートングスプリントで固定し,整形外科に紹介すべきである.正中神経の機能が損なわれている場合は,フィンガートラップによる牽引を用いて非観血的整復を試み,その後,患肢をシュガートングスプリントで固定する.その後,すみやかに整形外科医へ紹介する必要がある.

根治的治療

フォローアップ治療
転位のない関節外骨折

患部の腫脹が改善するまで待って,患者は3~5日以内に再受診し根治的なギプス固定を行う必要がある.ガイドラインでは,成人の橈骨遠位端骨折の根治的治療に取り外し可能な副子を使用することを推奨していない15).再受診時は副子を外し,橈骨動脈の拍動・指の毛細血管再充満時間・正中神経の機能を評価し,神経血管系の状態を再確認する.副子を外した腕でX線写真を再度撮像し,転位が生じていないことを確認する.骨折に転位がない,もしくは転位がごく小さなものであれば,短上肢ギプス〔手掌皮線から肘前窩の2インチ(訳注:約5 cm)以内のところまでのギプス〕を適応してもよい.短上肢ギプスでは手関節は正中位に位置し,MCP関節と肘関節は完全に屈曲できるようにする.指・肘・肩の関節可動域訓練を継続するように指導し,2週間後に定期フォローアップを行い,X線撮影で骨折のアライメントを再確認する.ギプスの固定は4〜6週間継続し,骨折部の圧痛がなくなった段階で固定を中止してもよい.また,治癒の確認のため,4〜6週間経過した段階でX線写真を行ってもよい.

60歳以上の患者の場合,固定期間は可能な限り短くし,固定後の訓練の期間(すなわち,完全な関節可動域を得るための理学療法の期間)は固定していた期間とほぼ同じくらいにする.また安定している骨折(1〜2週間ごとにX線画像で評価)の場合,受け入れに問題がなければコックアップ式副子(訳注:手関節固定の装具)をギプス固定の代わりに使用してもよい.このタイプの装具を使用することはギプス固定と比較し,患者にとって快適であり,固定後の関節拘縮を最小限にすることができる16).ただし,頻回のフォローアップに協力してくれる安定した骨折を有する患者を正しく見極めることが,この治療法を効果的に行うためには重要である.

背側の骨皮質の粉砕はColles骨折でよくみられるが,これによって骨折が転位し,遠位骨片が背側に変位しやすくなる.転位が出現した場合,転位のある関節外骨折と同様の対応を行うことになるが,副子やギプスが緩んでずれたのでなければ,骨折が不安定である可能性が高いことを念頭に置く必要がある.

整復後の関節外骨折

非観血的整復の後,患者は2〜3日以内に再受診する必要がある.腫脹が改善していれば,シュガートングスプリントを強めに巻くことで整復位を保持するか,手関節と前腕を前述のようなポジションにし,肘を90°に屈曲した状態で長上肢ギプスを装着する.1週間後に再診し,X線画像を撮影し,骨折部のずれがないかを確認する.整復位が失われている場合は再度整復を試みる必要がある.1〜2週間ごとに再診・画像評価を行い,古いギプスを外し,きちんと型をとった新しい副子・ギプスを装着する.整復位が失われた場合は基本的に整形外科へ紹介するべきである.ただし,副子やギプスの緩みによって転位が生じた場合は再整復を行うことは妥当である.

治癒までに必要な固定期間は通常6〜8週間である.シュガートングスプリントもしくは長上肢ギプスは最初の3〜4週間で用い,その後の数週間の固定には短上肢ギプスを用いる.副子やギプスを装着する場合,3点支持になるよう愛護的にモールディングを行うことで整復位を維持することができる.また,X線画像である程度治癒している所見や適切な位置で安定している所見があれば,短上肢ギプスに変更するべきである.高齢の患者ではシュガートングスプリントや長上肢ギプスでの固定期間は最小限(通常は2週間以内)に抑えるべきである.長期間の固定は手関節の拘縮をもたらし,機能低下を招く可能性がある.

骨折部位の疼痛・腫脹・関節可動域・正中神経の機能は毎回の診察時に評価する必要がある.X線画像検査は背側や掌側への転位,橈骨の短縮の徴候がある場合に施行する.手指・肘・肩の関節可動域訓練を毎日行うように患者に指導する.手指の運動には,完全伸展・完全屈曲・握りこぶしをつくる・母指を他の指先に対立運動させる・鉤爪運動〔MCP関節を伸展させたまま遠位指節間関節(DIP関節)と近位指節間関節(PIP関節)を屈曲させる運動〕・PIP関節とDIP関節を伸展させたままMCP関節を屈曲させる・橈尺面での外転-内転運動,などが含まれる.肩関節の運動は振り子運動や自動的な挙上・回旋訓練を行う.ギプスを外した後は完全な自動可動域訓練を開始する.可動訓練の期間は固定期間とほぼ同じにする.

合併症

橈骨遠位端骨折には,変形癒合,手関節の拘縮,外傷後関節炎,認識されていない関連損傷,腱や神経の損傷,コンパートメント症候群,CRPSといった合併症が存在する.橈骨遠位端骨折では背側の粉砕がみられるため,変形癒合は一般的な合併症の 1つである.橈骨の遠位骨片は背側に転位する傾向があり,これにより手関節の関節可動域制限や関節炎の原因になる.手関節の拘縮も橈骨遠位端骨折の一般的な合併症の1つであり,特に60歳以上の患者に多くみられる.これらの高齢患者では長期間の固定を避け,ギプス固定も症状が許す限り,最小限にするべきである.

橈骨遠位端骨折では,この骨折に関連した認識されていない損傷を合併することも多い.手関節の靭帯や手根骨の損傷がそれにあたる.尺骨茎状突起骨折は橈骨遠位端骨折の約半分に合併する.尺骨茎状突起において最も遠位部の小さな骨折は臨床的に重大な問題になることは少ないが,尺骨茎状突起の基部をまたぐ骨折は遠位橈尺関節の不安定性を招くこともある.

橈骨遠位端骨折における圧迫性神経障害は,橈骨神経や尺骨神経で生じることもあるが,その多くは正中神経で生じる.正中神経損傷の症状として,障害の程度にそぐわない疼痛,母指・示指・中指掌側の知覚異常,母指対立筋の筋力低下などがあげられる.正中神経障害の初期症状は通常,著明な骨折の転位・転倒時の過伸展・手根管領域の浮腫や血腫・整復しようとして生じた浮腫・ギプス装着によるもの・ギプスや副子の不適切な位置(手関節を15°以上屈曲しているなど)といった理由で生じる.正中神経の遅発性症状は骨片の掌側転位や過剰な仮骨形成による神経圧迫によって生じることが多い.軽度の非進行性の知覚異常が観察されることもあるが,持続する疼痛や運動機能の低下は緊急での手根管開放術と正中神経の精査の適応になる.

橈骨遠位端骨折後のCRPSはギプス固定後の安静と関連する.受傷後,最初の数週は肩部の焼けるような痛みと,手・指の腫脹が生じる.次の数週間で腫脹は軽減するが,疼痛は持続する.強い疼痛によって関節可動が妨げられ,その後の3〜6カ月間は手や肩,あるいはその両方が「凍結」したようになってしまう.発症初期の皮膚の変化としては腫脹・発赤が生じ,その後ジストロフィー性の皮膚変化や斑点を生じる.早期発見とすみやかな理学療法の開始がCRPSの症状の軽減・回復につながる.通常,CRPSは骨折治療期間中に十分な関節可動域訓練を行うことで予防することができる.また,ガイドラインではCRPSの予防にビタミンCを推奨している15).この場合は1日あたり500 mg,50日間の投与が行われる(訳注:本邦ではステロイド・ビスホスホネート製剤・NSAIDs・プレガバリンなどが使用されることも多い).

仕事やスポーツへの復帰

仕事の再開のタイミングは必要とされる職務内容と,関節可動域や強度の障害の程度によって決定される.軽作業や負荷のない仕事への復帰は,すみやかに可能であり,前述のようなリハビリテーションも可能である.負荷が大きく,手関節や前腕を酷使するような職業の場合は,手関節の関節可動域が最大となり,強度も正常に近い状態となるまで本格的な復帰を遅らせることが望ましい.リハビリテーションを行っている患者は職務内容を変更することも1つの選択肢である.固定用のギプスを外した後の1カ月間は,コンタクトスポーツやコリジョンスポーツ(接触や衝突を伴うスポーツ)を行う際に掌側副子を装着するのも有効である.

Smith骨折

橈骨遠位部のSmith骨折は逆Colles骨折と呼ばれることもある,珍しいタイプの骨折である.一般的に不安定な骨折であり,橈骨遠位部の骨片が掌側および近位側に転位している(いわゆるガーデンスペード変形,訳注:ガーデンスペードは園芸用のシャベルのこと).受傷の原因は,通常,手関節背側への直接的な外力である.あまり一般的ではないが,自転車に乗っていて,ハンドルから投げ出されたときに受傷することがある.診察時には遠位骨片の掌側転位による手関節掌側の腫脹がみられ,近位骨片の遠位端では背側隆起がみられる.手関節を伸展させることでこの変形は増悪する.X線写真では橈骨遠位端の骨折が指摘され,骨幹端部を通るように皮質から皮質へと骨折線が存在し,橈骨の遠位骨片は掌側に転位している(図6.7).この骨折は関節内骨折・関節外骨折のいずれの可能性もあり,手関節脱臼を伴う場合もある.

Smith骨折は原則として整形外科への紹介を行うべきであるが,関節外骨折(Frykman Ⅰ・Ⅱ型)の場合は整復に慣れているプライマリ・ケア医であれば非観血的整復を試みてもよい.麻酔方法と牽引方法(フィンガートラップ法やカウンタートラクション法)はColles骨折で説明した内容と同じである.牽引しながら,両手指で前腕近位側の骨片を保持する.さらに母指を手関節の掌側に位置させ,遠位骨片を背側に押し込む.肘を90°に屈曲させ,前腕は回内-回外を正中位に保持し手関節は若干伸展させた状態で,シングル,もしくはダブルシュガートングスプリント〔訳注:前腕に当てる通常のシングルシュガートングスプリントに加え,肘から近位側(腋窩の7~8cm遠位)までもう1本シュガートングスプリントを当てる方法〕で固定する.整復後のX線写真を撮像し,整復が問題なく行えているかどうかの基準はColles骨折で使用している基準と同じものを用いる.重度の粉砕・骨折の関節内への進展・非観血的整復で整復位が保持できない場合は整形外科コンサルトが必要となる.Smith骨折のマネジメントについては整復後のColles骨折の治療の項で説明したのと同様に,複数回の受診・X線撮影・ギプスの定期的な交換などの綿密なフォローアップを行う必要がある.

Barton骨折

Barton骨折は,橈骨遠位部の関節面の掌側または背側のどちらかが剪断されるように損傷され,橈骨手根関節が脱臼骨折したものを指す.一般的には手関節を激しく打ちつけることで生じる.Barton骨折の70%は若年の男性労働者やバイクの運転手に発生する.Barton骨折は非常に不安定性が高く,観血的整復固定術(ORIF)を要する.このような関節内脱臼骨折における治療の鍵は,外科手術による解剖学的整復と手関節の安定化である.初期治療としてダブルシュガートングスプリントで手関節を正中位で固定し,整形外科へのすみやかな紹介を行う.

文献

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救急/プライマリ・ケアの骨折診療スタンダード 原著第4版

救急/プライマリ・ケアの骨折診療スタンダード 原著第4版

  • 仲田和正/監,舩越 拓,吉田英人/翻訳,M. Patrice Eiff,Robert L. Hatch/編
  • 8,800(本体8,000円+税)
  • 在庫:あり