第1章 注射、採血、穿刺のこれだけは身につけてください。
2 局所浸潤麻酔
酒井規広
(総合大雄会病院麻酔科)
- 慌てずにゆっくり穿刺・局所麻酔薬注入
- 局所浸潤麻酔も麻酔の1つ,甘くみるな,緊急処置はいつでも準備せよ
- 効くまで待て
はじめに
局所浸潤麻酔は,創の縫合や腫瘤の摘出,排膿切開などの小外科治療のほか,動脈・中心静脈カテーテルの挿入や,腰椎穿刺など,手術室,集中治療室,救急室における全身管理,検査にも広く用いられる,基本的な手技です.
本項では,適切な局所浸潤麻酔を行って,安全で確実な処置を行うための手技の習得を目標とします.
手技の基本手順
安全な局所浸潤麻酔を行うために,必要な準備を確認していきましょう.
1)局所麻酔薬の選択(表1)1)
- リドカイン(キシロカイン®),メピバカイン(カルボカイン®)が一般的に使用されます
- リドカインは組織浸透性の高さ,作用発現性の早さ,60分程度の持続効果を期待できるため,第一選択です
- メピバカインはリドカインに類似し,局所の血管収縮作用があります
- ブピバカイン(マーカイン®),ロピバカイン(アナペイン®),レボブピバカイン(ポプスカイン®)は長時間効果を発揮しますが,作用発現までに時間がかかるため,外来処置では用いられません
- 局所麻酔薬に対するアナフィラキシーや異常な反応の既往がある場合などは,使用禁忌です
- 血管収縮薬(アドレナリン)添加局所麻酔薬は,局所麻酔薬の血中への吸収を遅延させ,作用時間延長,中毒予防,局所出血予防に効果的です〔29ページ アドレナリン(エピネフリン)添加局所麻酔薬とは参照〕
2)実際の手技の流れ~準備と消毒
切創に対する皮膚縫合を想定し,実際の準備をみていきましょう.
準備
以下のものを準備しましょう.
- 消毒液(ポビドンヨードもしくはクロルヘキシジン:第1章-1参照)
- シリンジ(5mLもしくは10 mL)
- 注射針(23 Gもしくは25 G)
- 局所麻酔薬(1%リドカイン10 mLをシリンジに引く)
- 清潔覆布
- 縫合に必要な道具(針,縫合糸,持針器など)
- 救急処置セット一式(蘇生・気道確保の道具,静脈路確保の準備など)
- 滅菌手袋の装着
- 飛沫飛散防止のため,マスクは必須
消毒
- 創部を中心にやや広めに消毒します
- 創部が汚染されている場合は事前に十分に生理食塩液で洗浄します
局所浸潤麻酔(図1)
- ❶患者をリラックスさせる
看護師にそばについてもらうなどの工夫をしましょう.
- ❷患者に局所麻酔を行うことを伝え,穿刺を開始する(図1③,図2)
- ❸皮膚への刺入はすみやかに,スッと入れる
力は入れません.
- ❹局所麻酔薬注入前に,吸引試験を行う
針が血管内に入っていないことを確かめるため
- ❺創部の皮内に直径約1cmの丘疹をつくるようにゆっくり薬液を注入する
- ❻丘疹を,連続的に針を進めながらつくっていく(図1⑤,図4)
- ❼ときどき吸引試験を行い,血液の逆流がないことを確かめる
- ❽針の方向を変えるときは,いったん針を手前に戻す
- ❾異常知覚や放散痛を患者が訴えたときは,針を引く
神経を穿刺している可能性があります.
- ❿重要! 局所麻酔薬の効果が現れるまで,しばらく待つ
30秒〜1分程度(column参照).
- ⓫穿刺針を刺入し,患者が痛みをまだ感じる場合は,さらに少量の局所麻酔薬を追加し,痛みがなくなるのを待つ
- ⓬穿刺針を刺入しても痛みを感じなくなったら,縫合を開始する(図1⑥)
よくあるトラブルと対処法
1)血管内注入して局所麻酔薬中毒を起こした
血管内への薬液投与によって局所麻酔薬中毒を起こした場合は,以下のような症状を呈します.
即時型
血管内への直接注入や大量投与による急速吸収で,注入直後にいきなり痙攣,中枢神経系の抑制が起こります.
遅延型
局所麻酔薬注入5~30分後に症状が発現します.めまい,不安,興奮,多弁となり,悪心,嘔吐をきたすこともあります.ついで,血圧上昇,呼吸促迫をきたし,四肢と顔面の震えを起こします.最終的に全身痙攣に移行します.痙攣が継続すると呼吸運動が阻害され,チアノーゼを起こします.さらに,中枢神経系の抑制により意識・反射喪失,呼吸停止,ショックに至ります.
予防
- ●パルスオキシメーター,血圧計を装着して,バイタルサインを常に確認する
- ●局所麻酔薬の使用量を把握し,過量投与にならないように努める
- ●顔面や粘膜など,血流が多い場所は局所麻酔薬が吸収されやすいため,注意を要する
- ●肝機能障害の患者には注意する
局所麻酔薬の代謝スピードが低下するため.
対策と処置2~5)
- ❶不穏に陥ったら,局所麻酔薬の投与を中止し,すぐに応援を呼ぶ
静脈路の確保,バイタルサインの確認,高濃度酸素投与の開始を行います.
- ❷痙攣が起きたら,ベンゾジアゼピンの分割静脈内投与〔ミダゾラム(ドルミカム®)0.1 mg/kg〕を行う
- ❸意識障害の遷延,呼吸抑制が起こったら,気道確保,換気を行う
また循環抑制が起こったら,静脈路より輸液,昇圧薬を用いてショックに対する治療を開始します.
- ❹循環停止が起こったら,すぐに心肺蘇生を開始する
- ❺痙攣,意識障害,呼吸・循環抑制,心肺停止が見られるときは,上記の治療に並行して,脂肪乳剤(イントラリポス®)の投与をすみやかに行う
下記投与量は体重70 kgの成人を目安としています.
脂肪乳剤の投与法- 20%イントラリポス® mLを1分間ですみやかに静注します
- 20%イントラリポス®を0.25 mL/kg/分で点滴静注を開始します
- 心拍再開しない場合は,20%イントラリポス®100 mLを5分ごとに2回追加静注します
- 2回追加静注して5分たっても心拍再開しない場合は,20%イントラリポス®の点滴静注を0. 5 mL/kg/分に増量します
- 心拍再開まで点滴静注を継続します
*プロポフォールは脂肪乳剤を含みますが,心抑制を起こすので,脂肪乳剤の「代用」としては用いてはいけません.
2)アナフィラキシーショックを起こした
リドカインなどのアミド型局所麻酔薬では,アレルギー反応は滅多に起こりません.一方,エステル型局所麻酔薬であるプロカインなどに稀に見られます(最近は使うことが珍しくなりました).
アレルギー反応は注射後短時間で,浮腫,呼吸困難,著明な皮膚発赤,低血圧をきたします.循環虚脱状態になるとアナフィラキシーショックとなります.
予防
- ●薬剤に対する既往歴,家族歴を聴取する
- ●皮内テストを考慮する
発生時の対策6)
- ❶局所麻酔薬の投与を中止し,すぐに応援を呼ぶ
静脈路の確保,バイタルサインの確認,高濃度酸素の投与を開始します.
- ❷呼吸症状:喘鳴,嗄声が発生した場合
呼吸症状が現れた際は,以下の対応を順に行っていきます.
- アドレナリン1回0.3 mg皮下注もしくは筋注をくり返します(5~10分ごと,症状が回復するまで).小児の場合は0.01 mg/kgずつ注入します(最大0.3 mg).
- 酸素投与を継続します(マスク6~8L).
- ステロイド点滴静注:ヒドロコルチゾン1回100~200 mg(小児:5mg/kg)またはメチルプレドニゾロン1回40 mg(小児:1mg/kg)を6~8時間間隔で投与します.
- 抗ヒスタミン薬:ジフェンヒドラミン(H1受容体拮抗薬)1~2mg/kg 点滴静注を行います.
- β刺激薬の吸入(サルブタモール)を行います.
- 呼吸不全が進行した場合は躊躇なく気管挿管もしくは気管切開をします.
- ❸循環器症状:動悸,冷感,血圧低下,意識障害を起こした場合,❷に加えて
- 急速輸液を行います.生理食塩液5~10 mL/kg点滴静注を5分継続の後,リンゲル液に変更して大量投与します(年齢,体格に応じて適宜調整).収縮期血圧90 mmHg以上を目標にします.
- 5~30分間隔でアドレナリン筋注1回0.3~0.5 mgを行います.もしくは0.1 mg/mLを5分かけて緩徐に静注します.
- ドパミン製剤 2~20μg/kg/分で投与開始を考慮します.
※β遮断薬内服時,アドレナリンの代わりにグルカゴン1回1~5mg(20~30μg/kg,5分以上)静注を行います.以後,5~15μg/分で持続点滴します.
3)患者が不安,不穏に陥った(局所麻酔薬中毒ではない場合)
処置や注射に対する不安,恐怖により,反射的に蒼白や冷感などを起こすことがあります.
予防
- ●できるだけ処置を仰臥位で行う
応急処置がとりやすいため.
- ●前投薬を行う(ミダゾラム1回1~2mg静注,もしくはヒドロキシジン投与)
外来処置の場合,患者を帰宅させる必要があるため,使用量に注意しましょう.年齢,体格によって調整します.
- ●患者の不安を取り除く工夫をする
顔面や頭頸部の処置は,覆布を顔にかけて,患者の視界を妨げるため,特に恐怖感を感じやすいです.看護師などほかの医療スタッフが患者に寄り添うだけでも,患者の不安感は軽減します.
アドレナリン(エピネフリン)添加局所麻酔薬とは
局所麻酔薬のなかでもアドレナリン(エピネフリン:epinephrine)が添加されているものについて詳しく説明します.
市販されているリドカインのなかに,「1%E」と書かれているバイアルを見かけます(図5).リドカイン(キシロカイン®)にはアドレナリンが添加されている薬剤が市販されています.0.5%Eおよび1%Eリドカイン製剤は,溶液1 mLあたり,アドレナリン0.01 mgが添加されています(溶液1mL=1g=1,000 mgですから,0.01 mg/1,000 mg=1/100,000.すなわち10万倍希釈になります).2%Eリドカイン製剤は8万倍希釈です.
1)アドレナリン添加局所麻酔薬のメリット
- 局所血管の収縮による止血効果
- 局所麻酔薬の血中への移行遅延による効果の延長・使用量上限の増加・局所麻酔薬中毒の予防
最も有効なアドレナリン添加量は溶液1mLあたり0.5 mg(20万倍希釈)と言われています4)が,市販のアドレナリン添加剤には20万倍希釈の製剤はありません.そこで,1%Eリドカイン製剤10 mL(図5)と非添加1%リドカイン10 mL(図6)を混合すると,ちょうど20万倍希釈となります.
2)アドレナリン添加局所麻酔薬使用時の注意
- アドレナリン投与が患者の疾患を悪化させる可能性がある場合,使用には注意が必要です(禁忌ではない).特に不整脈,高血圧,糖尿病,甲状腺機能亢進症,動脈硬化病変が著明な高齢者への使用は,注意を要します.
- 終末動脈をもつ身体部位には使ってはいけません(絶対禁忌).特に手指,足趾,鼻尖,耳介,陰茎へ使用してはいけません.使用した場合,血管収縮によって血流が阻害され,組織壊死を起こす可能性があります.
3)アドレナリン添加局所麻酔薬を血管内注入した場合の鑑別と対策
- 頻脈,血圧上昇,胸部不快感,冷感,不整脈,発汗,呼吸促迫,振戦をきたします.局所麻酔薬中毒と似ているため,鑑別を要します.
- 循環器系のモニタリング(心電図,血圧計)を行うことで,血管内注入を早期察知できます.疑った場合には,局所麻酔薬中毒と同様,静脈路を確保し,酸素投与を行いながら,すみやかに応援を呼びます.ほとんどの場合,経過観察のみで症状は落ち着きます.
私は麻酔科医なので,脊髄くも膜下穿刺(腰椎穿刺),硬膜外穿刺,末梢神経ブロック,中心静脈カテーテル挿入を日常的に行っており,日々局所浸潤麻酔のお世話になっています.局所浸潤麻酔を行うときには忘れがちですが,局所浸潤麻酔は,薬液を注入した瞬間に鎮痛が得られるわけではありません.
私は局所浸潤麻酔の針を皮膚に穿刺するときに「ちょっとチクっとします」と伝えます.刺入しても,すぐには薬液を注入しません.患者に「今からお薬が入るのでちょっとしみますね」と伝え,ゆっくりと局所麻酔薬を注入します.注入が終わった後,穿刺部位を軽く押さえ,心電図モニターの音を聞きながら「1,2,3…」と数え,30秒以上待ちます.そうすると,処置のときに,患者が全く痛がりません.そう,局所浸潤麻酔が効くのには,時間がかかるのです.局所浸潤麻酔をして,効果が発現されるまでの間,スマートな手技をイメージトレーニングするとよいでしょう.心穏やかにイメージトレーニングしながら待つ姿は,ベテランの風格を漂わせるから不思議です.
文献
- 酒井規広:長時間作用型局所麻酔薬の使い方. LiSA, 19, 678-684, 2012
- 「Neural Blockade 4th edition」(Cousins MJ, et al, eds),pp1268-1274, Lippincott Williams & Wilkins, 2009
- AAGBI Safety Guideline: Management of Severe Local Anaesthetic Toxicity.
- 山本 健:局所麻酔・脊髄くも膜下麻酔の実際.外科治療,101, 220-227, 2009
- Safety Committee of Japanese Society of Anesthesiologists:Practical guide for the management of systemic toxicity caused by local anesthetics. J Anesth, 33:1-8, 2019 (日本語訳)
- 厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル.アナフィラキシー.