第1章 便秘の基本を理解しよう
4 便秘診断のアルゴリズム
~これだけは外せない初診ですべきことは何か~
中島 淳
(横浜市立大学肝胆膵消化器病学教室)
- 便秘の初診ではまず大腸がんや消化管閉塞などの器質性疾患のリスク評価が重要である
- 便秘の病型重症度は排便回数に加え便形状を用いた評価も必要である
- 便が出たか出ないかに加え,便を出せない排便困難症状にも注意をすべきである
- 便排出障害を評価するには,問診に加え直腸指診や直腸エコーを活用する
- 高齢者への便秘診療では直腸内糞便塞栓に注意が必要である
はじめに
慢性便秘症を訴える患者は千差万別でかつ非常に多い.しかし初診でリスク評価を誤ると思わぬ落とし穴に陥ることもある.患者数が多いだけに要注意である.また治療もなかなかうまくいかず難渋することがある.これまでの慢性便秘症診療では多くは便が出るか出ないかに注力をしてきたが,特に高齢者に多い,直腸の糞便塞栓,宿便があることが考慮されないことや,怒責や残便感といった便が出てても患者満足度を著しく棄損する症状は顧みられることがなかった.実際慢性便秘症の治療で患者は便が出るか出ないよりも排便困難症状がつらいと訴えることが多い.このため旧来の慢性便秘症治療は患者満足度が非常に低いものだった.したがって慢性便秘症の診断では排便回数や便形状に着目した重症度の評価に加え,排便困難症状に着目し,必要があれば直腸エコーや直腸指診,浣腸による排便の有無のチェックなどによる便排出障害の評価を行うことが重要である.
これは高齢化社会での治療においては便排出障害の因子を加味することで,トイレ環境の整備に加え,坐薬や,浣腸などを活用した治療が重要となってくることを示唆している.さらに重症である場合はバイオフィードバック療法などの専門施設での治療の幅を広げなければならない.本項では高齢化社会で慢性便秘症患者が激増している昨今において,便秘の初診でやるべきことを簡潔に概説する.
初診時のリスク評価と危機回避の手立てはどうすべきか
1.便秘診療のリスクヘッジ
便秘を訴えてきた初診患者を診て外来で便秘薬の処方だけして帰したらその後大腸穿孔したとか,大腸がんが隠れていて消化管閉塞で入院したなどということは高齢化社会の今,稀ではなくなったといってよい.したがって慢性便秘症診療では安易に薬を出す前にしなければならないチェック項目をクリアしておくことがリスクヘッジ上重要である.便秘治療による重篤な合併症は,頻度的には器質性疾患,特に大腸がん,次に消化管閉塞であり,これに糞便塞栓による消化管穿孔などが加わると高齢者では問題になることがあるため注意が必要である.ご老人の患者から便秘で薬をくださいと言われ,ただ便秘薬の処方をしただけで取り返しのつかないことになる可能性のある時代と考えなければならない.
1)大腸がんなどの器質性疾患の除外
ではどうすればいいか?その最低限の対応は図1にリストアップしている.具体的には大腸がんなどの器質性疾患の除外である.体重減少や,血便や貧血,40歳以上,大腸ポリープの切除歴や大腸がんの家族歴などがあれば特別な腹部症状がなくとも大腸がんを念頭に置いた検査を計画すべきである.大腸内視鏡がベストであるが通常はまずは便潜血検査は最低行うべきであろう.ただし直近で大腸内視鏡検査をした場合はその限りではない(その旨はしっかりカルテに記載する.これを忘れて患者の話が間違いだったらアウト!).
2)消化管閉塞症状の除外
次に症状であるが,腹痛,嘔吐,嘔気,腹部膨満などは消化管閉塞の症状であり,これらの症状が認められれば腹部の理学的所見が軽微であっても腹部画像検査(単純X線やCT,エコーなど)にてチェックが必要である.高齢者では初診ですでにフリーエアーがあることも稀にある.
3)過敏性腸症候群の治療
慢性の腹痛と便通異常のみでほかの所見を認めないときには過敏性腸症候群(IBS)であることを念頭に置いて治療を進めるとよい.
以上便秘診療は初診のリスク評価がきわめて重要であることを肝に銘じてあたるべきである.特に高齢化社会では.
4)治療時の注意点
ここ数日排便がないという場合は後述する直腸エコーで直腸の糞便塞栓の有無をみて,摘便や浣腸によってまずは直腸に嵌頓している便を出すことが薬物治療の前に必要である(もちろん直腸エコーをせずに直腸指診でもOKである).直腸内に糞便がある場合は原則摘便をしてある程度直腸内の糞便を除去してから浣腸を行い,残りの糞便を排除することが重要である.いきなり糞便で緊満した直腸に浣腸を入れるのは高齢者では直腸穿孔のリスクを高めるので注意する.また,便の出口に硬い糞便が嵌頓して鎮座しているのに便秘薬を使うと高齢者では腸管穿孔のリスクが高まることに注意しなければならない.そのため,原則摘便して直腸内糞便を出してから便秘薬の投与をはじめるべきである.
便秘診療では患者の診たてが重要!
1.高い患者満足度が治療継続の肝
便秘診療では治療継続率が非常に低い.この原因は便秘と一口にいっても軽症から重症までの患者がおり,その重症度を考えずに1つの薬を出せば一定の割合では薬が効きすぎて下痢になり処方中断に至る場合がある.また,一定の割合は重症の患者で薬が効かなくて再診に来なくなったりするわけである.また便秘患者は便意が低下していることが多く,治療が効いてもトイレに行かなければ患者からすれば効かないことになってしまう.この便意が低下している患者は直腸に糞便が充填されても便意を感じず(トイレに行く気がしない),トイレに行かないため多くは直腸内に糞便塞栓を形成している(宿便).この直腸内宿便は後で述べる直腸エコーで容易に評価できる.また,患者満足度を上げるためには治療を望んで来た以上,一つの目安として24時間以内に排便させられるかが肝になる.そのために重症と評価した場合,24時間以内に排便させるために刺激性下剤の頓用使用などを行う.
また高齢者や小児などでは直腸に巨大な糞便塞栓(宿便)があって便が出せない状態で来ることがある.直腸に糞便塞栓があるのに薬物治療をすると無効なばかりではなく直腸穿孔などの重篤な事態を招くことが高齢化社会では気をつけなければならない点である.
2.便秘の病型分類と診断のフロー
では多忙な診療現場で便秘診断において,目の前で慢性便秘症を訴え治療を希望する患者と対峙した際にまずどうすればよいだろうか?
慢性便秘症の病型分類は①結腸通過時間正常型,②結腸通過時間遅延型,③便排出障害の3つに分類されるが,わが国ではそもそも結腸通過時間を測定することが実地診療ではできない.また直腸肛門機能,特に直腸の知覚低下なども測定できない.消化器科の専門医などでは前述の①~③のどの慢性便秘症タイプかを問診などである程度把握することもできなくはないが(後述),通常の慢性便秘症診療では治療方針に大きく影響を与えない限りわざわざ慢性便秘症の病型診断をする必要もないし,する気もないだろう.
そこで慢性便秘症の診断のアルゴリズムとして治療を念頭に置いた実地診療で簡単にできる方法を提案したい(図2).この診断の流れのポイントは通常の便秘薬の治療に不応性である便排出障害や,直腸知覚鈍麻による排便困難状況を加味している点である.また後半には詳細な問診により専門性が高い分類もある程度可能であることも解説するが,いかんせんわが国では結腸通過時間測定ができないので限界があろう.